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2008年8月

谷保天満宮

府中用水沿いに、これからが旬である「多摩川梨」の産地である梨園を見ながら、谷保天神を目指す。この水路は江戸時代に多摩川から水を引き、全長6キロの流れ、国立から府中是政まで続く用水路で今でも谷保の農地をうるおしている。その昔は府中村と谷保村での水利権の争いもあったとかの重要な用水である。2005年には東京都で唯一の「全国疎水百選に選ばれたとか。確かにこの風景を見ていると東京にいることを忘れてしまう。

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赤い天神橋を渡ると、湯島、亀戸と並ぶ関東三大天神のひとつ、通称”やぼてん”と言われる「谷保天満宮」に出る。

2008_08_17__1550国道20号線からの鳥居から入ると階段を下りたところに社殿がある。普通、神社の社殿は階段を上り詰めた ところにあるのではないかと思いながら、社殿に向かう。

延喜3年(903)の創建といわれ、ご神体の菅原道真公木像はこの地に逃れてきた道真の三男道武が手ずから刻んだもの。”やぼてん”という言葉はこの像がいかにも素人くさい造りだったことからうまれたといわれているらしい。

菅原道真といえば学問の神様。境内には合格祈願の絵馬が所狭しと掛かっている。その昔当家の子供達も受験の折には大変お世話になっている。おかげさまで何とか志望校にめでたく合格した。また、東の少し上がったところに天神様にはつきものの梅園があり、2月には紅梅、白梅、約300本の下でおいしいお酒が楽しめる。

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社殿の入り口に変わった牛の石像がある。境内には頭をしっかり持ち上げた牛像があり、皆がさわるので牛の頭は光輝いている。私も御利益を祈って頭をなでてくるのだが、この牛はなにかいわれがありそうである。

「谷保天満宮座牛について」によると・・・・・

牛と天神様の関係は、仁明天皇の承知12年(845)乙巫6月25日に菅公が生誕、また、公甍去の際、筑紫の国三笠郡四堂に墓を築き葬ろうと需車(喪の車)を引き出したが、途中牛車が動かなくなたのでその場所に埋葬した等、菅公と牛に関する神秘的な伝説が数多く残っている。座牛は、この悲しみに動かなくなった牛を表現したものである。・・・・・との説明があった。

困ったときの神頼み、人間は都合よくできている。いつも願うことは「家内安全、交通安全、健康長寿、商売繁盛。」であるが、あるときは神様、あるときは仏様、いずれにしても現在健康で働くことができていることが御利益があるということなのだろう。

でも、ここは学問の神様、好きな言葉は「我以外、皆我が師」一生概勉強である。昨日よりも今日、今日よりも明日と、成長できればすばらしい人生になるかも。

国立の水と緑

国立というと、駅前の大学通り、春の桜並木とおしゃれな街並み、多摩の田園調布とも言われる駅周辺をイメージされる方が多いと思う。ところが、市の南部には豊な雑木林、緑の茂るハケ(段丘崖)の水辺にコサギ、カワセミ、カルガモなどが遊ぶのどかな風景が残っているところがあるのです。今日はMTBで散策してみます。

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古民家・・・屋号を「たくあん屋」といい、かって漬物業と養蚕を営んでいた柳澤家。江戸時代後期の武蔵野の農家の特徴を備える重要な郷土資料として、復元された。茅葺入母屋造りで、つるべ井戸、風よけの高垣などを再現し、屋内には民具などが展示されている。 手前には、田んぼと梨畑が広がる。

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城山公園・・・ハケ(段丘崖)の小川を利用した公園、鎌倉時代の初期、豪族三田氏が城館を築き、谷保城あるいは三田城と呼ばれていた。現在は屋敷林と雑木林が城跡を包むように茂り空堀の跡は散歩道になっている。昼なお暗い深い林をハケ下散策路の方に歩くと、「キツネノカミソリ」群生地に出る。ちょうど今頃が見ごろのようである。

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ママ下湧水・・・・中央高速沿いの農道を行くと崖の下にきれいな小川が流れている。カワセミの鳴き声が聞こえるので周りを見回すと用水路の上を飛んでいた。清流の川底に生える水草が水の流れにくねり、涼感を呼ぶ。

案内によると「このあたりは、多摩川の流れによってつくられた階段のような形をした崖で、青柳段丘と呼ばれる中にあります。このようなところをこのあたりでは 「まま」 とか「はけ」 と呼び、そこから湧き出る地下水をここ四軒在家では 「ママ下湧水」 といってます。昭和の初期までは、この豊な清水を利用してわさびがつくられていました。」とある。農家の人がこの湧水で野菜を洗っていた。朝取りの野菜なのだろう、おいしそうだった。

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思い出せば、私の子供のころは畑で採れたキュウリやトマトをこのように清水で洗って生味噌などで食べたものである。スイカなどは一日冷やしておいて食べると冷たくてとてもおいしかったなあ・・・。

せみ

Dscf0122 連日の猛暑で、人間はバテ気味だがせみだけは、朝早くから元気に鳴いている。でも今年のせみの鳴き方は少し違うように感じる。

例年だと、近くの草木にせみの抜け殻がたくさん目立つが、今年はそれが少ない。その上完全にせみに脱皮できず、脱皮の途中で「あり」の餌食になっているものがいた。7年間の地中生活からやっと地上に出たというのにかわいそうな姿である。

Dscf0123 せみの羽化は夜に始まり、30分ぐらいで脱皮を終える。朝には元気にとび回る。

Dscf0124 いつも「にいにいゼミ」が鳴き始め、次に「あぶらゼミ」が鳴き、「みんみんゼミ」が鳴く、最後に「ひぐらし」が鳴くのが私の記憶である。

Dscf0027最近は朝早くから「ひぐらし」がカナカナ・・・・・と良くなく、春先は小鳥の声で目が覚めるが、最近はヒグラシの鳴き声で目が覚める。

これも異常気象の影響なのだろうか?地上での一週間の命、元気に悔いなく鳴いてほしいとおもう。

縄文の村

近代的に計画されたニュータウンの多摩センター駅の近くに、遺跡庭園「縄文の村」がある。駅を出て永山駅寄りの方向に約5分ぐらい線路沿いに歩くと、こんもりとした林があるここが「縄文の村」である。改札からペデストリアンデッキでも歩いていけるので便利だ。

ニュータウン開発で発掘された遺跡群の遺物を収蔵している。またここでは約4,500年前に村の周辺に生えていたと考えられる樹木を約50種植栽し、当時の林を再現している。カヤ、ケヤキ、コナラ、トチノキ、ムクロジ、オニグルミ、クリなどの樹木のほかに、ヤダケ、ミツバアケビ、ヤマユリなどが植えられている。

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復元住居内の炉では、防腐と防虫を兼ねて連日火焚ききを行っている。全国の数ある復元住居でも、管理上の問題から実際に火焚きを行っているところはほとんどないとのこと。確かに木造、藁葺き構造だから火の扱いには細心の注意が要る。

焚かれた火を見ていると縄文の当時の雰囲気が感じられる。臨場感としてはこれ以上のものは無い。

管理人のおじさんに言わせると、冬はいいけど夏は地獄、サウナ状態で中に長くいることはできないとのこと。内部の温度は40度にもなるという。

2008_08_02_1459 特に今年の夏は大変だ、連日の猛暑私も入ってみたが5分と持たない。

そんなときは、隣の埋蔵文化財センターを見学しながら涼をとるといい。ここでは「縄文人に会いに行こう」といって、さまざまな催し物をやっている。

「縄文土器つくり教室」、「縄文アクセサリーつくり教室」、「古代の布つくり教室」、「火おこし体験教室」など実際に火おこしなど体験できるので楽しい経験になるかも。

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多摩センターからモノレールで大塚・帝京大学で降りると多摩の地ビールが飲める「ビア倶楽部」がある。工場併設のレストランなので、つくりたての一杯もまた楽しからずやである。

青森の三内丸山の規模とは比較にならないが、縄文人の生活に触れることができる。

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