高松塚古墳
11月に入りやっと秋らしくなってきたが、今年の紅葉はちょっと遅い感じがする。家の周りも、一部唐かえでが色をつけはじめた。10月は同居の義母が亡くなり、納骨まで喪に服したということでブログの方はしばらくご無沙汰してしまった。納骨には奈良まで行ったので、帰りに明日香村を散策、高松塚古墳を見てきた。
高松塚古墳は昭和47年3月発見され、壁画は国宝に指定され保存上一切公開されていない。
現在古墳は修復中なのか建築用の囲いで覆われていたが囲い越しにカメラをむけてみた。
古墳の隣接地に高松塚壁画館があり、中には石槨内部の模型と壁画の忠実な模写・摸造されたものが展示されていた。
彩色壁画は西壁に男子群像、月像・白虎、女子群像、北壁には玄武、東壁に女子群像、日像・青龍、男子群像が描かれている。どの像も優れた筆致で実に細かく描かれている。
■彩色壁画発見まで・・・という説明書があった。
「高松塚古墳は飛鳥地方の西南部に位置し、この一帯は桧隈と呼ばれています。渡来人が特に居住したといわれ、周辺には天武・持統、欽明、文武の各皇陵や中尾山古墳、岩屋山古墳などが築かれています。江戸時代のころ、高松塚は文武天皇陵ではないかと伝承されていた記録も多く見られます。
地元の人が墳丘の南斜面で作物貯蔵用の穴を掘ったところ凝灰岩の切石を発見、これがきっかけとなって昭和47年3月から調査が行われ壁画発見となったのです。」
奈良は生駒、金剛山地と吉野山と四方を山に囲まれた盆地の中にあり町並みが非常にきれいである。これからも歴史上の大きな発見というロマンが潜んでいそうな古都である。
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