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 丑年 年男 牛島神社

今年は丑年ということで、丑にちなんで向島の牛島神社に行って来た。隅田川の東岸、言問通りをはさんで、水戸黄門様の徳川光圀公の邸跡。墨田公園の隣にある。大きな木が繁り森の中にいる雰囲気である。

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墨田川と言問橋

東武線「業平橋駅」から歩いて5分。営団地下鉄「浅草駅」から墨田川を渡り10分ほど。半蔵門線「押上駅」からも歩いていけるが13分ぐらいかかる。

牛島の由縁は、JA東京の「浮島の牛牧」の説明によると

『文武天皇(701~704)の時代、現在の向島から領国辺にかけての牛島といわれた地域に、国営の牧場が設置されたと伝えられ、この周辺もかつては牛が草を食んでいたのどかな牧場で、当牛島神社は古代から牛とかかわりの深い神社でした。

大宝元年(701)、大宝律令で厩牧令が出され、平安時代までに全国に国営の牛馬を育てる牧場(官牧)が39ヶ所と、天皇の意思により32ヶ所の牧場(勅旨牧)が設置され、この付近(本所)にも官牧の「浮島牛牧」が置かれたと伝えられています。

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時代は変わり江戸時代、「鎖国令」が解けた事などから、欧米の文化が流れ込み、牛乳の需要が増えることとなりました。明治19年の東京府牛乳搾取販売業組合の資料によると、本所両国、太平町、緑町、林町、北二葉町と、本所でもたくさんの乳牛が飼われるようになりました。とりわけ、現在の錦糸町駅前の伊藤左千夫『牛乳改良社』や寺島の「大倉牧場」は良く知られています。』とのことである。2009_02_19__8053

本殿の前には、全国的にも珍しいといわれている三輪鳥居(三つ鳥居)と「狛犬」の代わりに「狛牛」があるので驚く。とにかく「牛」が多いのが特徴である。

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有名なのが「撫で牛」(青銅製)・・・自分の体の悪いところをなで、牛の同じところをなでると病気が治るという。牛島神社の撫で牛は体だけでなく心も治るという御利益があると信じられている。また、子供が生まれたとき、涎掛けを奉納し、これを子供にかけると健康に成長すると言い伝えられているとの事。私はもちろん頭と足、腰、・・・・・。2009_02_19__8065

 この牛の像は、文政八年(1825)ごろ奉納されたといわれ、それ以前は牛型の自然石だったようである。

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「包丁塚」の「ブロンド牛」・・・向島のけんばん通りも近く、料亭街があるせいか調理関係の石碑が目立つ。いつも、前沢、米沢、神戸、松阪、飛騨、りんご、ビールなどなど、と牛では食べることでお世話になっているので、二礼二拍手・・・、敬虔に頭を下げる。石碑には『人の世の奉仕に生きる牛黙す目魚』と刻まれている。

同じ境内の中に、赤い小さな鳥居があり「小梅神社」という。旧向島小梅町にあったお稲荷様だとか、なかなか小粋な感じのする神社である。昔から、水商売の人はお稲荷さんを信仰している人が多いと聞く。若い女性が長い祈願をしていた。

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大鳥居を後にすると、右手に水墨画を見るように手入れのされたきれいな池があり、カルガモ、オナガガモ、アヒル、などが元気に泳ぎまわっている。あとひとつきもすれば、桜がさき花見客でにぎわうだろう墨田川河畔の、静かな牛島神社である。

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