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2009年6月

下呂温泉でのんびり

  中津川から国道257号線を下呂温泉に向かって走ると、岐阜側からの41号線に入る。合流すると下呂温泉郷である。飛騨川の清流を左に見て右手の山側に下呂温泉合掌村がある。

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 満開のアジサイの坂道を登ると入り口がある。入場料800円で改札を入ると案内の女性が村内の説明をしてくれ、親切にも写真も撮ってくれた。のんびりとした雰囲気に浸り、茅葺の合掌作りの民家をみて回る。物置なのだろうか、昔の農機具などがところ狭しと展示され、子供の頃に見たことのある懐かしい風景が思い起こされる。

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  説明によると『下呂温泉合掌村は、旧大戸家住宅をはじめ、白川郷などから移築した10棟の合掌造りの民家を配し、往時の生活を知る貴重な博物館です。

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 村内には、工芸の体験や伝統の味が楽しめる民芸の郷、合掌の足湯、民族資料館、狛犬博物館、5つのパビリオンで、森の生活文化や下呂の祭りなどを紹介するふるさと村があります。飛騨人の素朴な心が今も息づいている合掌村は、やさしく温かい「心のふるさと」です。』 とある。

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 若い女性が、昔ながらの和紙作りを体験していた。はがきと色紙に色のついたこうぞで絵を描く「絵すき」ができ、1時間ぐらいでよい体験ができるところである。

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 日本で唯一の影絵劇場といわれる影絵昔話館「しらさぎ座」がある。一羽の傷ついたしらさぎが温泉のありかを教えたという「しらさぎ伝説」など・・・・下呂市、下呂温泉に伝わる伝説、昔話を繊細なデザインとやわらかい色調(ハーフトーンシルエット)の影絵で上演する。前日のテレビで紹介されていたので楽しみにしていたが、あいにく休演であった。残念である。

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           しらさぎ座

 旧大戸家住宅は、切り妻合掌造り茅葺屋根、間口21m、奥行き12.3m、高さ13mと合掌造りでは最大級のもである。棟札には、この「大戸家」の建築は、天保四年(1833年)から弘化三年(1846年)までの13年間という長い年月を費やしたと書かれている。

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 民家に入ると古い雛人形や宝物が、所狭しと飾られている。急な階段を上ると二階には昔の養蚕や生活に使われた道具が陳列されている。

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 合掌村を後に、車で5分ぐらい温泉郷を走ると目的のホテルに着く、入り口には呑ん兵衛さん歓迎の看板がかかっていた。迎えの女将さんは力もち、私の重いカメラバッグを簡単に持って3階の部屋まで階段で上がってくれる。私はエレベーターで部屋へ入る。ホテルのいたるところにきれいな花が生けてある。これはうれしい気配りである。

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     湯めぐり手形  1200円で手形加盟の旅館の3ヶ所のお風呂に入ることができる、有効期間6ヶ月。

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 早速ゆかたに着替えて風呂に入る、4階に露天風呂と大浴場がある。目の前に飛騨川が流れ鮎釣りの人がたくさん川に入っている。水の流れは澄んで、清流の象徴として知られる鮎がたくさん釣れそうな川である。河原には野天風呂があるが、上空の橋からは丸見えであり入浴しているのは男性ばかりである。この野天風呂に女性が入ることがあるのだろうか?と疑問と興味を持ちながら眺めている。

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            噴泉池  あいにく掃除中

  飛騨川の流域に湧く下呂温泉は、徳川家康から四代の将軍に仕えた儒学者 林羅山により、有馬・草津と並ぶ「三名泉の一つ」と賞された天下の名泉。温泉街は飛騨川を中心に歓楽的な賑わいと山里の風情が調和して、下呂温泉の魅力を醸し出している。

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           林 羅山 像 

 飛騨川沿いに湧く野天風呂「噴泉池」。清流のせせらぎを聞きながらの温泉は、まさに野天情緒は満点である。だが朝早く入ろうと出かけたが掃除のおじさんが一人、残念ながら入ることはできなかった。

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 下呂温泉では散策の途中で気軽に足湯が楽しめる。喫茶店、旅館の入り口、駐車場どこに行っても無料の足湯がある。また、しらさぎが教えた温泉ということでしらさぎを模ったものがどこでも見られる。

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            橋の袂にもお湯が出ている

 飛騨川にかかる下呂大橋の歩道には足型、手形などの記念のタイルが張られている。聞くところによると一枚3000円だとか、下呂に来た記念に残していく人が多いそうである。中には犬の足型があった。まだ場所があいているので寄付だとおもってどうですかと薦められた。なかなかおもしろいなと思ったが、足型でなく足湯を楽しむことで帰ることにした。

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 この温泉は肌がすべすべしてここち良い感触である。町中のいたるところにお湯が出ている、さすがに日本三大名泉である。

馬籠峠を歩く

  二年ぶりの旅行会が開催された。学生時代の友達5~6人と年に一回温泉旅行をすることになっているが、ここのところ私の親の不幸が続いたので延期になっていた。今回は幹事なので、草津、有馬とともに日本三大名泉の一つ下呂温泉にいくことにした。これで三つの温泉は制覇することになる。

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                        馬籠宿入り口の高札

下呂温泉は、今までは、通過することはあっても泊まることが無かったので楽しみにしていた。空模様も朝から行楽日和、どこまで行っても高速道路千円の恩恵(?)、政府の景気対策の実施に協力する事を主旨として中央高速を下る。

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               はぎ  (もの思い)

 運転はそれぞれ交代で行うが、全員呑み助ばかりなのでこの順番が問題、最後の運転手はアルコールを飲めないのである。運転が終わった人から呑めるので、どの区間を受け持つかで楽しみかたが変わる。

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  高速道路のサービスエリアではアルコール類は手に入らないのでそれぞれ持ち込み、仲間で一番の酒豪、飲み仲間無二の友人がおいしい酒を用意してくれた。今回の酒は”黒龍”、北陸永平寺の地酒である。つまみを準備する者、それぞれお互い細かい気使いがうれしい。

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  私は諏訪湖から中津川ICまでを受け持つ、ちょうど昼時につく予定である。海抜約七百メートルの諏訪湖からは殆ど下り坂になる。  道路脇にある勾配注意書きを見ると、3.4%、5.7%、6.7%などと下り坂の連続である。運転は楽だし、燃費もいい。因みに、八王子から諏訪湖までの燃費が8km/l 諏訪湖から中津川までは12.5km/l と結果がでた。最近の車は、駆動機能的には極められたのか付加価値的機能が便利に出来ている。

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  馬籠峠で昼食にする。陽射しはきつく暑いが、なぜかさわやかな雰囲気のする馬籠旧街道を歩く。内陸的気候がそうさせているだろう。道に沿って流れる小川の水音、今が盛りのアジサイの花、遠くかすんだ恵那山を眺めながら急坂の石畳の感触を楽しむ。

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 昔の面影を残す酒屋、民芸品を並べた古風なお店、山々を眺めながらくつろげる喫茶店、旅姿の浪人が出てきそうな旅籠、水車の回る民家など観光客も多くにぎやかである。

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  おいしそうなつくりの蕎麦やがあるので入ることにする。次の運転手に車のキーを渡し、ビールと山菜のつまみ、蕎麦を頼む、アンティークな扇風機が窓辺にある雰囲気のあるお蕎麦やさんである。運転手は冷たいお茶、それ以外は冷たいビールを一気に飲み干す。申し訳ないと心で思いながらビールのお代わりをする。beer

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  名古屋から合流予定の友人が、途中の「道の駅」にいるとの連絡が入ったので馬籠をあとにして下呂温泉に向かう。

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父の日 雨のあじさい

 梅雨に入って雨が降らないとか、梅雨らしくないとか、あいにくの晴天とか言ってたが今日は朝から梅雨らしい雨がしとしとと降っている。ちょっと蒸し熱くいかにも梅雨らしい。

 窓を開けるとかなりの雨、雨に映える花、紫陽花を楽しむ。ちょうどベランダから見下ろすところに額紫陽花がきれいに咲いている。これは私が何年か前にベランダで育てていたものを地面に植えたものである。今では大きな紫陽花の木になって、毎年きれいな花を咲かせてくれている。

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 紫陽花の色は土壌が酸性だと青くなり、アルカリ性だと赤くなるため「七変化の紫陽花」と呼ばれ梅雨の間われわれを楽しませてくれる。原産地は日本でユキノシタ科の落葉低木である。

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 紫陽花の花言葉は色々ある。日本での紫陽花の花言葉は「移り気」・・・紫陽花の花が、緑、白、青、赤紫・・・と開花するにつれて色変わりすることから、移り気な花とされた。「冷たい」というのも、きれいな花を咲かせるが色が変わっていくので、その変わり方を言っているのかもしれない。

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 フランスの花言葉では「忍耐強い愛情」、「元気な女性」とされている。紫陽花は女性なのか・・・・。

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 小雨の中、近くの公園の紫陽花めぐりをする。雨に映える紫陽花の花である。ただ昨夜からの雨で、紫陽花の花びらが水を含んでしまい、みな頭を下げてしまっている。額紫陽花は元気に上を向いているが、西洋紫陽花は下を向いている。

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 もともと、紫陽花は「あずさい」らしい、「あず」は「集まる」、「さ」は真、「い」は「藍」あいいろの省略形、つまり、「真の藍色が集まっている花」といった意味あいらしい。

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 雨の中、紫陽花の花とともに鳥の声が聞こえるが、オナガが元気に飛び回っている。ブルーのきれいな鳥だが、カラス科で鳴きかたが「ゲーイ、ゲーイ」と鳴くのが残念である。いつもこの公園で営巣しているようである。子育てが終わったのか、いつも群れでいるはずが結構単独で行動している。用心深くなかなかカメラに収まってくれない。やっと撮れても頭がみえない、頭は帽子をかぶったように黒く、見た目はきれいな鳥である。

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 午後になり、雨も上がりそうなので、久しぶりにネパールから帰国している娘とコーヒーブレークに出かける。小山田にスリランカ料理を食べさせる店があるので出かける。娘もインド旅行以来アジアに魅せられ日本を離れている。店のオーナーも同じような経歴であり、話が聞けると思って楽しみにしていたがあいにく外出中であった。

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 ”ギャラリールーツ類”は小山田緑地の里山にある。おすすめのコーヒーとスリランカカレー、スイートポテトをオーダーする。店のベランダから眺める風景は眼下に川が流れ、目の前の山は緑濃い雑木林である。蛙鳴く里山風景である。デザートにスイカをサービスしてくれた。スイカは今年初めてである。昔から初物見逃すなといわれるのでうれしい。

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 コーヒーを飲みながらマスターの話を聞く。今日の夜はここで”日野の自然を守る会”の人達30名の蛍観察会があるのだという。確かに蛍が居そうな環境である。夕暮れになると蛙の合唱でうるさいくらいだという。その蛙は昼間はじっと木陰でたたずんでいる。

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 雨の一日であったが夕方宅配便で秋田の酒”刈穂”が届いた。息子が父の日にということで送ってくれたものである。ありがたいことである。”刈穂”の大吟醸、美味しく頂いた。感謝、感謝である。

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        葉に露を残すムラサキツユクサ 

 伝統の銘酒”刈穂大吟醸”・・・・・創業以来、九十年もの長きにわたってこだわり続けてきた「手作り」ということ。その本当の意味は、造り手の心を酒に込めることにあります。極上の酒を造ろうと、労力も、時間も惜しみなく注がれ続けてきました。この酒には、濃密なときが息づいています。との説明書きがある。

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 酒はやはり日本酒が一番うまいと思う。それも冷やで飲むのが一番である。「冷や酒と親の意見は後で効く」・・・・「親の心子知らず」・・子どもたちはどう思っているのだろうか。

吹上しょうぶ公園をあるく

  今週末も梅雨の晴れ間、青梅の「吹上しょうぶ公園」に向かう。JR青梅線の東青梅駅を下りると、道路の電柱、ガードレールなどいろいろなところにしょうぶ公園への案内がある。あるいて15分ぐらいだが迷わずに行ける。

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  入り口で200円の入場料を払う。以前来たときは無料だったような気がする。しょうぶ公園の木道などはきれいに整備されているので、それを見ると200円は妥当かと納得する。入り口の池には蓮の花が咲き、大きな丸太で作られたしようぶ公園の入り口を入ると、紫陽花と菖蒲がコラボレーションしていてきれいだ。でも紫陽花のほうが勝っているように見える。どちらも梅雨の季節を和ませてくれる花の両横綱である。

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 案内マップの説明には『「ハナショウブ」はアヤメ科アヤメ属の宿根草です。ハナショウブ・アヤメ・カキツバタの野生種は、よく似ているので混同されます。また名前は、よく似ていますが”ハナショウブ(アヤメ科)”と”ショウブ(サトイモ科)”は別の植物です。

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  肥後系  青岳城(せいがくじょう)

 日本でアヤメ属の栽培が本格的にになったのは江戸時代で、とりわけハナショウブは、江戸を中心に諸大名が好み、やがて庶民にも広がり、その結果さまざまな品種が生み出されました。明治時代以降は海外にも輸出され、欧米好みの改良品種も育てられました。

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          江戸系  夢の羽衣

 園内では、江戸系・肥後系・伊勢系・野生系・長井系・米国種・雑種、216品種約10万本のハナショウブが毎年6月上旬~下旬にかけ咲き誇ります。』とある。

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        長井系  出羽万里

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   江戸系  さわらび(白) 千歳姫(紫)

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 木道を歩いていると、ガイドボランティアの人が、ハナショウブ、アヤメ、カキツバタの違いなどを細かく親切に説明してくれる。とにかくたくさんの種類のハナショウブが色とりどりにきれいに咲いている。雨に似合うハナショウブであり、本来は少し雨があたったほうが花びらがきれいに映えるのだが、あいにくの晴天である。

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          江戸系  五三の雪

 花を見に来ている人達を見ると、どちらかというと年配者が多いような気がする。ハナショウブは若い人向きではないのだろうか。車椅子の団体さんが見学に来ていたが見学路はやさしくできているのはうれしい。・・・因みに花言葉は「やさしい心」である。

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 ハナショウブの種類もいろいろある。江戸時代に各地に広がり品種改良されている。それをみると江戸系と長井系では明らかに花びらの形が違う。以前、山形県の長井に行ったときはあまりそれは感じなかったが、ここでは其の比較ができる。やや細身の花びらが長井系には多く見られる。

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     肥後系  山路せん

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           肥後系   雄峯

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        長井古種   三淵の流れ

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      江戸系  加茂千歳

 肥後系は、花は大輪が多くぼってりしている感じである。また伊勢系はどちらかというと小振りな花が特徴である。それとそれぞれの花の名前がまた情緒があっていい。「さわらび」、「千歳姫」、「瑞穂の国」、「三淵の流れ」、「鶴の毛衣」「清少納言」、「吉野太夫」などなどと楽しめる。

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        江戸系 鶴の毛衣

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         江戸系   若水

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          江戸系   吉野太夫

 米国種、雑種などカタカナの名前も見られたが、ハナショウブはやはり日本名が似合う。そんなところにも若者の姿の少なさがあるのかなと思う。

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       江戸系  清少納言

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          江戸系  かざし扇

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           江戸系  小青空

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 天気が良いことを  「あいにくの晴天で」  といってしまったが、つゆの晴れ間にきれいなハナショウブを堪能できた。それぞれの花の名前と色、形を考えながら観ると、また感慨が違う。江戸時代から引き継がれ改良された花、その光景が今われわれの心を和ませてくれる。この「やさしさ」を後世にも残していきたいものである。

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 公園を出たところで、冷たいビールと 「焼き鳥こんにゃく」 という珍しいつまみ・・・・ただ単純に鳥肉とこんにゃくを交互にさしただけではあるが、・・・・・で、のどを潤し帰路に着いた。

都民の森で自然と遊ぶ

 数馬は檜原村の一番奥にある地域である。甲州武田氏の落人集落とも言われるこの山里は、兜造りの民家がたたずむ神秘的な村である。

 武蔵五日市駅からの道路を都民の森へ進む、旧道と新道の分かれ道を旧道に行くと大きくてどっしりとした茅葺の屋根の民家が見えてくる。このあたりが大平地区。この屋根は、破風が大きく、ちょうど兜を置いたように見えるところから兜造りと呼ばれている。飛騨の合掌造りに似ているが、屋根の形が切り妻ではなく入母屋で甲州地方の民家によく見られたという。この地区の民家はいずれも江戸時代の建築で、現在は其のほとんどが民宿を営んでいる。

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     都民の森駐車場入り口奥多摩周遊道路より檜原村遠景

民宿街を抜けると新道に出る。七曲をしばらく行くと都民の森駐車場に出る。駐車場は八時からで其の先の奥多摩周遊道路も19時から8時までは通行止めになっている。入り口には数台の車と何台かのオートバイが開通を待っている。自転車での若者達も多い、ここまで来るのも大変だが、これから山を越えて奥多摩湖まで走るのだからその健脚ぶりに脱帽する。

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    森林館へののぼり口の木道

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      小さな水車が回っている

7時15分、駐車場が早めにあいたので散策の準備をして野鳥の森方面に向かう。入り口から見える森林館にはレストランや売店がある。上り口の木の階段の脇にニッコウキスゲが咲いている。トチの大木が私を歓迎してくれているようにどっしりと構えている。

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                       森林館

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 この森林館から左に折れる大滝の路は、木片チップが敷き詰められていて、歩きやすく整備されている。木片の上を歩くので、感触がやわらかくなぜか足が軽くなったような気がする。快適なので子供でも誰でも気軽に歩けるコースである。路なりにしばらく進むと展望が開け一望出来る。この路の終点には落差33mの三頭大滝が待うけ、美しい滝の流れと吊り橋からの景観をみせてくれる。

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 三頭大滝(みとうおおたき)の説明板によると、『大滝周辺から三頭山にかけては、自然公園第一種特別地域に指定されています。植生も三頭沢周辺部からは、高さ20mにも及ぶブナの大木が見られる、自然林となっています。

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                          うつぎ

  三頭沢は、このような斜面に発達しているブナ林、約80haを流域として、冬にも水の涸れることのない豊な水量を保持しています。

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 この豊な水を背景に、落差33mに及ぶ滑状の流水を持つ独特の滝景観は都民の森のシンボルの一つです。また冬には、滝水は結氷し神秘的な様相を呈します。

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 秋川には、月夜見山を源流とする北秋川と、三頭山を源流とする南秋川の二本があります。

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 三頭大滝は、南秋川最大の滝で、落差33mあります。浅間尾根をはさんで流れ下る二本の秋川は、檜原村本宿で合流して一本になり、三頭大滝から三十数キロメートル下流の昭島市付近で多摩川と合流し、東京湾へと注ぎます。』とある。

 大滝を左に見て沢沿いを登る。滝の上部になるが、柵から中にはいらないようにとの注意書きがある。毎年ここから足をすべらせて落ちる人がいるようである。去年来たときは、ちょうど其の場面で救急車が来ていた。覗きたくなるような景色ではあるが、命と交換というわけにはいかないだろう。注意したいものだ。

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 きれいな沢の流れと、緑を満喫しながらマイナスイオンいっぱいの山道を登る。樹木には丁寧にすべて名前が書いてある。高木はシオジ、サワグルミ、カツラ、オヒョウ、イタリヤカエデなどである。

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 聞こえてくる野鳥の声は、オオルリ、コルリ、ミソサザエ、ウグイス、中には聞いたことのない囀りもある。ちょうど良い場所で路をはずれ、腰をおろし聞き入ることにする。一時間ぐらい座っていると、木々の間を飛ぶ鳥の姿を見ることができた。さすがにミソサザエはすぐ近くできれいな声で鳴いてくれる。

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                  チョットピンあま ミソサザエ

オオルリは子育て中か、餌を口にくわえて頻繁に運んでいる。カメラを向けるが鬱蒼とした緑の葉に邪魔をされてうまく撮れない。今日は目で楽しむことにする。そろそろ登山者も多くなってくる。親子連れ、若いカップル、熟年夫婦が三頭山頂上を目指してゆっくりと歩を進めている。

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 野鳥観察小屋を経て、回廊の路を鞘口峠へと向かう。ブナ、ナラ、カエデなどの雑木林の緑の中をコアジサイ、ギンバイソウ、ミヤマクマワラビなどを見て、古い木道をわたりながら山道を進む。この辺にくると、野鳥の声もアカハラ、ホトトギス、ジュウイチ、コルリ、センダイムシクイ、たまに聞こえるコマドリなどの声になる。特にコルリはすぐ近くで囀ってくれた。ただ緑の葉に隠れてなかなか姿はみせてくれなかったが・・・・。

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     あいにくの曇り空で遠くの山が見えない。

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              栗の老木

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                            炭焼き窯

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                         わさび田

鞘口峠から下山する。わさび田、炭焼き窯をみて木材工芸センターを覗く。

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 ここでは、予約無しでも無料で楽しめる木工教室が開かれている。親子連れが丸太切りにチャレンジしていた。切った丸太は持ち帰ることが出来るので子供たちにはうれしい。畳の休憩所もありここで一服できるので結構楽しめるところである。

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 森林館で、ざる蕎麦を食べ家路へと向かう準備をする。汗をかいた後の冷たい蕎麦は格別おいしかった。久々に汗をかき、オゾンを吸収して都会の喧騒を忘れ、自然と遊んだ一日であった。

高幡不動尊 と 紫陽花

 梅雨入り宣言があった翌日は非常に良い天気で、今日もまた良い天気である。とかく宣言のすぐ後は天気が良いことが多い。天気に誘われて、紫陽花祭りをやっている高幡不動尊に行く。

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 真言宗智山派別格本山、高幡山明王院金剛寺は、古来関東三大不動として成田山、大山とともに有名である。国の重要文化財の仁王門をくぐると、正面に同じく重要文化財の不動堂、左向こうに平安時代の様式を模した赤い五重塔が見える。

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 三万坪の広さの境内には20あまりの堂塔が立ち並ぶ。『その草創は古文書によれば大宝年間(701)以前とも或いは奈良時代行基菩薩の開基とも伝えられるが、今を去る1100年前、平安時代初期に慈覚大師円仁が、清和天皇の勅願によって当地を東関鎮護の霊場と定めて山中に不動堂を建立し不動明王をご安置したのに始まる。』と書かれている。

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 紫陽花の咲く裏山の不動ケ丘には、山内八十八ヶ所の巡礼コースがあり、仮想巡拝ができる。この山には数々の種類の紫陽花が咲き乱れている。紫陽花、額紫陽花、山紫陽花があり中でも可憐な山紫陽花が趣がある。とにかくこんなにも紫陽花の種類があるのかと驚いてしまう。

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      やまあじさいみやまやえむらさき

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          やまあじさいくれない

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           桃花やまあじさい

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          まいこあじさい

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          やまあじさいむさしの

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                  すみだの花火

      なぜか アジサイの花言葉は「あなたは冷たい」 

    ”いつもきれいな花を咲かせるが、梅雨の時期で雨にぬれているからだろうか?”

 せっかくここまできたので、高幡不動駅の北口の「向島用水親水路」を見て帰ることにする。ここは、もともと農業用水として使われていた水路を、土の護岸など水生物にも配慮して整備したものである。昭和30年代頃まで精米などに利用されていた水車も復元されている。

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 きれいな水が豊富に流れ、大きな鯉がたくさん泳いでいるし、また小魚も数多く生息している。カルガモが一羽元気に遊んでいた。こういう自然を大切にして後世に残したいものだ。

牛枠 と オオヨシキリ

 玉川上水の取水堰から,対岸に渡るための人と自転車専用橋がある。橋より河原を見渡すと、釣りをする人、水遊びをする子供たち、それを見ている親、バーベキューを楽しむ家族、夏の日差しに甲羅干しをする人たちなどの様々な光景が見える。中でも多いのは犬を連れた家族連れである。犬の種類もいろいろでその扱いが家族同然である。2009_06_07__4231

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 土手にバイクをおいて河原へと下りる。河原には、川の流れに沿って、水際に木で枠組みをして蛇籠で固定したものがいくつか並んでいる。取水口公園に説明書があった「牛枠(川倉水制)」である。

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 『昔の人達は、祖先から受け継いだ知恵と自らの経験とに基づき、身近な素材をいかし自然と対話しながら、川を治めてきました。そうした治水の技術のひとつが、水の勢いを弱め、堤防が壊れるのを防ぐ「川倉」です。

 形が馬の背中に似ているところから「川鞍(かわくら)」と名付けられ、のちに「川倉」と呼ぶようになったこの仕組みには、さまざまな種類がありますが、最も一般的なものは「牛枠(うしわく)」といわれています。

 「牛枠」は、堤防に植えた河畔林を切り出し組み立てます。木材だけでは水中で浮き上ががるため、水の勢いに負けないよう、川底の玉石をつめた蛇籠で固定します。堤防を強化する林が同時に治水の材料を提供する、優れた知恵によるものです。

 かって「牛枠」のほかにも、「聖牛(せいぎゅう)」・「笈牛(おいうし)」・「鳥脚(とりあし)」などの「川倉」があり、あちこちの川で働いていました。しかし今日では、ほとんどその姿を見ることができなくなっています。』という説明がある。

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 取水口付近までは平坦な河原を歩いていける。親子や子供達がつりをしている池の周りの深い葦原では、オオヨシキリの大きな鳴き声が聞える。

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 『オオヨシキリはスズメ目ウグイス科で全長は18.5センチメートルぐらい、スズメより大きい。頭から背面、尾にかけて黄色っぽい褐色。のどから腹にかけては、うすい褐色。眉は黄白色だがあまり目立たない。鳴くと、赤い口の中が見える。河原や湖の岸などの広い葦原に棲む。夏鳥として渡ってきてすぐは、昼も夜もなく鳴く。オスが先に渡ってきて縄張りをつくり、メスはその中に巣を作る。

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 しばしば一羽のオスに対し複数羽のメスによるハーレムを形成する。ヨシの茎や葉等を組合わせたお椀状の巣を作り、日本では5~6月に一回に4~6個の卵を産む。メスのみが抱卵し、抱卵期は13~15日。雛は生後11~13日で巣立つ。カッコウに托卵の対象とされることもある。

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 食性は動物食で、昆虫類、節足動物等を食べる。ヨシ原や周囲の森林で獲物を捕食する。ヨシを切り裂いて中にいる獲物を取ることからヨシキリの名前がある。』

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 それにしても、「ギョギョシ、ギョギョシ・・・」と大声で鳴く姿は、とてもウグイス科の鳥とは思えない。繁殖期のハーレムはうらやましいと思うが、大きな口をあけての鳴き声には、いま一つ考えさせられる。ウグイスの仲間にしてはあまりにも違いすぎるのではないだろうか。

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 背丈ほどもある葦原を声のするほうに進む。上空では、同じところを行ったり来たり飛び交っている、たぶん自分の縄張りを主張しているのだろう。暑さと葦原の深さに疲れたので土手の上から見ることにする。葦の葉で腕にいくつかの切り傷ができてしまった。土手に腰を下ろすと、さわやかな風がほほをなでる。涼しい・・・目の前の葦原の上を二羽のオオヨシキリが忙しく飛び交う。

 しばらく行動を観察しているとオオヨシキリjの習性がよくわかる。大きな赤い口を開け天まで届くように力一杯の声で囀っている。きっとラブコールなのだろう。

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           羽を広げるカワウ

 いつも、声はすれども姿の見えないオオヨシキリを、今日は思う存分観察できた。これから帰路につく、土手のサイクリングロードも天気がいいのでバイクの量が多い。接触事故もたくさん起きているようなので、注意して無事故で帰ろう。途中、カワウが大きく羽根をひろげていた。本日は約50キロメートルのライディングだった。

多摩川を上流へ走る

 昨日の雨も上がり、朝からまぶしいほどの良い天気である。早朝から多摩川に行く。河原にはカワウ、コサギ、チュウサギ、アオサギ、セッカ、オオヨシキリ、キジ、などの声が聞こえる。上空ではヒバリの囀りがにぎやかである。

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ヒバリ♂ 

 オオヨシキリは「ギョギョシ、ギョギョシ、ケシ、ケシ、ケシ」とうるさいくらいに鳴いている。鳴くときに真っ赤な口の中が見えるのだが。・・・が、なかなか姿を見せてくれない。河川敷のアシ原が生息地である。3~4割の雄は一夫多妻になるらしい。とにかくうるさく鳴いている。

 近くの木の枝にモズらしい鳥の姿が4~5羽見える。近ずいてみると、モズの幼鳥と親モズである。親が子どもに餌のとり方を教えているのか、一斉に飛び出してしばらくするとまた戻ってくる。子供顔はかわいい、天敵に襲われることなく早く一人前になることを祈る。

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 土手を上流に向かって多摩川の羽村取水堰まで走ることにする。途中の葦原では大きな声の「ギョギョシ、ギョギョシ」が聞える。約二時間、片道25キロメートルぐらいになると思う。途中の橋の橋げたのところにチョウゲンボウの姿を発見する。距離が遠くあまりよく見えないが確かにチョウゲンである。人工物に泊まる野鳥はあまり絵にならないが・・・

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 府中の五本松を過ぎ、日野橋の近くの「根川貝殻板橋」を走る。「根川貝殻板橋」については次のように説明がある。

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 『甲州街道は、江戸時代はじめの慶長8~10年(1603~1605)に整備された。初め、江戸日本橋と甲府(山梨県)を結んでいたが、後に下諏訪(長野県)まで延長された。

この甲州街道が多摩川を渡る「渡し」は、何度か移動され、それにともなって甲州街道の道筋もかわった事が知られている。

 其のうち、慶安年間(1648~1651)から貞享元年(1684)まで使われていたのが「万願寺の渡し」である。台地の上をたどってきた甲州街道は、国立の青柳で段丘を下り、多摩川の河原に下りた。この段丘を下る坂を、昔は「貝殻坂」と呼んでいた。(現在は、晋済寺の西側、富士見町五丁目にある番場坂を貝殻坂とも呼んでいる。)

 貝殻坂の名は、江戸時代に発行された 「四神地名録」 「武蔵国名勝図絵」 「新編武蔵風土記稿」 「武蔵野話」などの書物の中に見られる。そのうち、文政11年(1828)に完成された「新編武蔵風土記稿」の柴崎村(現在の立川市)の項には「貝殻坂、青柳村と当村との境界にあり、土中をうがてば蛤の殻夥しく出づ。土人(ところのもの)の話に古へはこの辺も海なりと伝ふ。」と記されている。

よって本橋を貝殻坂にちなみ根川貝殻板橋と名付けるものである。』

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 下を流れる小川を、カルガモの親子が泳いでいる。子供が11羽、元気に餌をあさっている。このぐらいまで大きくなると心配ないと思うが、近くにはカラスもいるし、猫もいる、無事一人前になって欲しい。

 土手を走り、河川敷を走り、また土手を走りと、上ったり下りたりしながら多摩川沿いを走る。河川敷では、天気がよいので野球、サッカー、ラグビー、テニス、等のスポーツが行われそれを応援する家族や、バーベキューなどをする家族でにぎわっている。本当に良い天気である。

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      多摩川を渡る新都市モノレール

 あらためて、多摩川の景色を見ながら行くと、川の流れ地形もずいぶんと変化があるのに気がつく。ふつう河原のイメージは玉石、砂利がごろごろしているのだが、この辺は岩盤が川の流れで削られたような地形である。

上流へのペダルはかなり重い、背中にカメラの機材を背負っているので汗びっしょりである。たぶん帰りは下り坂になるので楽だろうと考えながら進む。昭島を過ぎるころから河原には釣り人が増えてきた。今頃は何がつれるのだろうか?私は、釣りはまったくやらないのでよくわからないが、今日のように天気がいいと川に入っているほうが涼しそうでうらやましい限りである。

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 およそ二時間ぐらいで目的地に着いた。到着地点にはバイクライダーがたくさんいる。汗を拭きながら、まず水分補給をする。玉川上水の羽村取水堰付近は、川遊びをする多くの家族連れでにぎわっている。

取水口の公園に「玉川兄弟」の銅像がある。玉川上水の施工者である。羽村出身の土木関係の技術を持った兄弟であったらしい。当時の技術で羽村から四谷の大木戸門まで43キロメートルも、勾配を考えながらよく水路を引くことができたものだと感心する。この成功により明治時代になってもかなり優遇されたようである。

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 今でも、羽村第三水門、小平監視所までは実際に東京の水がめ用の用水として使われている。ここからは、村山山口貯水池、東村山浄水場へと原水が送られている。

 多摩川の流れを見ながら一服して汗の引くのを待つ。日陰の涼風が心地良い。対岸の河原に雑木林と葦原が見える。少し下流に戻り多摩川を渡り対岸に移動する。

雨の季節を楽しむ

 朝起きると夕べからの雨がまだ降っている。天気予報によると午後には上がるだろうということなので、せっかくの休みを家にいてももったいないので出かけよう。雨の日だからこそ活きる花がある。季節の花、紫陽花と菖蒲を見に行くことにする。

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 近くの公園に雨具の用意をして出かける。いつも満車の駐車場も一台だけである。たぶん奥の池で釣りをする人の車だと思う。公園内にはまだ人は誰もいない、雨の日に出かける人は誰もいないのだろう。菖蒲畑はまだ少し早いが早咲きのあやめが咲き出している。紫陽花も若木であるが花をつけはじめている。これはあやめかカキツバタだろうか?。咲く時期はカキツバタが早く、あやめ、花しょうぶの順だったと思う。あやめは花びらに網目がはっきりしているので分かり易い、しかし最近は新種の花がおおいので識別はむずかしい。

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 雨の露が残る花がきれいだ。蓮の葉に残る雨水が丸くなって光っている。この水玉も、見る角度によって白くきれいに光るときと、そうでないときがある。おおいに水をたのしもう。園内を歩くとウグイスの囀りが大きく聞こえる。東屋の周りでは、ヒヨドリが近くで子育て中らしく、頻繁に餌を運んでいる。近くの畑の野菜の添え木に器用にとまって虫を取っている姿が面白い。

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 水車のある池の廻りではシジュウカラ、キセキレイ、カワセミの鳴き声が聞こえる。きれいに整備された木道を歩く。木道は雨にぬれすべり易い、足元注意である。カワセミも奥の池の竹藪の中に、営巣しているらしく忙しく餌を運んでいるようである。チーチーと鳴きながら飛ぶのですぐわかる。

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 奥の池で釣りをしているおじさんが、カワセミの動向を観察しているらしく  「雛鳥がいるみたいだよ・・・」と詳しく教えてくれた。ちょうどカワセミが巣を作りやすい地形になっている。雛が育つとこの池もまたにぎやかになるに違いない。ただ、カワセミは縄張り意識が強いのでどうなりますか、また楽しみである。

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 朝からの雨も昼ごろには小降りになり、空も明るくなり始めた。公園内を歩く人もちらほら見られるようになってきた。これからの梅雨の季節、雨を楽しむことにより気分転換をしてすごしたいと思う。雨の休日も結構楽しめるものである。

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