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多摩川を上流へ走る

 昨日の雨も上がり、朝からまぶしいほどの良い天気である。早朝から多摩川に行く。河原にはカワウ、コサギ、チュウサギ、アオサギ、セッカ、オオヨシキリ、キジ、などの声が聞こえる。上空ではヒバリの囀りがにぎやかである。

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ヒバリ♂ 

 オオヨシキリは「ギョギョシ、ギョギョシ、ケシ、ケシ、ケシ」とうるさいくらいに鳴いている。鳴くときに真っ赤な口の中が見えるのだが。・・・が、なかなか姿を見せてくれない。河川敷のアシ原が生息地である。3~4割の雄は一夫多妻になるらしい。とにかくうるさく鳴いている。

 近くの木の枝にモズらしい鳥の姿が4~5羽見える。近ずいてみると、モズの幼鳥と親モズである。親が子どもに餌のとり方を教えているのか、一斉に飛び出してしばらくするとまた戻ってくる。子供顔はかわいい、天敵に襲われることなく早く一人前になることを祈る。

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 土手を上流に向かって多摩川の羽村取水堰まで走ることにする。途中の葦原では大きな声の「ギョギョシ、ギョギョシ」が聞える。約二時間、片道25キロメートルぐらいになると思う。途中の橋の橋げたのところにチョウゲンボウの姿を発見する。距離が遠くあまりよく見えないが確かにチョウゲンである。人工物に泊まる野鳥はあまり絵にならないが・・・

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 府中の五本松を過ぎ、日野橋の近くの「根川貝殻板橋」を走る。「根川貝殻板橋」については次のように説明がある。

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 『甲州街道は、江戸時代はじめの慶長8~10年(1603~1605)に整備された。初め、江戸日本橋と甲府(山梨県)を結んでいたが、後に下諏訪(長野県)まで延長された。

この甲州街道が多摩川を渡る「渡し」は、何度か移動され、それにともなって甲州街道の道筋もかわった事が知られている。

 其のうち、慶安年間(1648~1651)から貞享元年(1684)まで使われていたのが「万願寺の渡し」である。台地の上をたどってきた甲州街道は、国立の青柳で段丘を下り、多摩川の河原に下りた。この段丘を下る坂を、昔は「貝殻坂」と呼んでいた。(現在は、晋済寺の西側、富士見町五丁目にある番場坂を貝殻坂とも呼んでいる。)

 貝殻坂の名は、江戸時代に発行された 「四神地名録」 「武蔵国名勝図絵」 「新編武蔵風土記稿」 「武蔵野話」などの書物の中に見られる。そのうち、文政11年(1828)に完成された「新編武蔵風土記稿」の柴崎村(現在の立川市)の項には「貝殻坂、青柳村と当村との境界にあり、土中をうがてば蛤の殻夥しく出づ。土人(ところのもの)の話に古へはこの辺も海なりと伝ふ。」と記されている。

よって本橋を貝殻坂にちなみ根川貝殻板橋と名付けるものである。』

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 下を流れる小川を、カルガモの親子が泳いでいる。子供が11羽、元気に餌をあさっている。このぐらいまで大きくなると心配ないと思うが、近くにはカラスもいるし、猫もいる、無事一人前になって欲しい。

 土手を走り、河川敷を走り、また土手を走りと、上ったり下りたりしながら多摩川沿いを走る。河川敷では、天気がよいので野球、サッカー、ラグビー、テニス、等のスポーツが行われそれを応援する家族や、バーベキューなどをする家族でにぎわっている。本当に良い天気である。

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      多摩川を渡る新都市モノレール

 あらためて、多摩川の景色を見ながら行くと、川の流れ地形もずいぶんと変化があるのに気がつく。ふつう河原のイメージは玉石、砂利がごろごろしているのだが、この辺は岩盤が川の流れで削られたような地形である。

上流へのペダルはかなり重い、背中にカメラの機材を背負っているので汗びっしょりである。たぶん帰りは下り坂になるので楽だろうと考えながら進む。昭島を過ぎるころから河原には釣り人が増えてきた。今頃は何がつれるのだろうか?私は、釣りはまったくやらないのでよくわからないが、今日のように天気がいいと川に入っているほうが涼しそうでうらやましい限りである。

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 およそ二時間ぐらいで目的地に着いた。到着地点にはバイクライダーがたくさんいる。汗を拭きながら、まず水分補給をする。玉川上水の羽村取水堰付近は、川遊びをする多くの家族連れでにぎわっている。

取水口の公園に「玉川兄弟」の銅像がある。玉川上水の施工者である。羽村出身の土木関係の技術を持った兄弟であったらしい。当時の技術で羽村から四谷の大木戸門まで43キロメートルも、勾配を考えながらよく水路を引くことができたものだと感心する。この成功により明治時代になってもかなり優遇されたようである。

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 今でも、羽村第三水門、小平監視所までは実際に東京の水がめ用の用水として使われている。ここからは、村山山口貯水池、東村山浄水場へと原水が送られている。

 多摩川の流れを見ながら一服して汗の引くのを待つ。日陰の涼風が心地良い。対岸の河原に雑木林と葦原が見える。少し下流に戻り多摩川を渡り対岸に移動する。

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