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下呂温泉の夕べ  青春回顧

 久しぶりの名古屋の友人の合流で、今回は5人の会となった。風呂上りの一杯から始まり、昔話に話が弾む。

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                 下呂温泉の町並み

  学生時代は、ちょうど70年安保闘争の学生運動が激しいころで、我が母校も過激派の拠点となっていたので大学側のロックアウトが行われ、試験がレポートの提出に代わり単位を取得したような状況であった。今考えると当時の学生は一部を除いてはあまり勉強はしていないと思う。それは私だけかも知れませんが?

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          髪結いさんの店先

  われわれの仲間は、適当によく遊び、よく学びだったと思う。貧乏旅行で日本全国を回ることができた。  学校の校庭にテントを張って歩いた四国の旅。  駅の洗面所で顔を洗い、歯を磨いて、朝市のおばちゃんの訛りがきつく、会話が聞き取れない東北の旅。  利尻・礼文島に渡って帰ってきたらバッテリーがあがってしまっていた北海道旅行。 ヒッチハイカーを拾ったら一生面倒を見ることになった今の女房を見つけた九州旅行。などたくさんの思い出話で盛り上がった。

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            町の角に神社 

  また、当時は山登りもよくやった。今では山歩きになってしまったが、当時のエネルギーはやはり若さだったのだろうか。金曜日の夜は、新宿のいわゆる”ションベンヨコチョウ”といわれる西口の飲み屋街で、安い酒を飲んで最終電車で上高地に向かう。

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       なぜかチャーリーチャップリン?

  翌朝、大正池から明神池を眺め、徳沢園から涸沢、穂高岳縦走して岳沢を降りてくるコースを楽しんだ。登るときはなぜこんな苦しい思いをして・・・と考えるが、山登りには、街に戻るとまた行きたくなる不思議な魅力がある。

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            下呂大橋

  岳沢は浮石が多く非常に危険な場所であった。この中の一人も足を滑らせ数メートル落下したことがある。幸い怪我はなく無事下山することができたが、ひとつ間違えば今ごろこうして酒など飲んではいられなかった。

 自然と遊ぶということは危険と表裏一体であることを考えさせられる。今、こうしておいしいお酒を飲みながら当時を語り合えるということは幸せなことである。

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         飛騨牛のほう葉焼き

  それぞれが単独での旅も結構多かった。山好きの名古屋の友人は、思いつくとふらっとでかけて良い情報を持ってくるので、それを聞いて出かけるというパターンである。    

 その例では、私は与論島単独行が印象に残っている。今では、飛行場もできて簡単にいけるようになっているが、当時は日本最南端の島で今よりロマンチックな夢があった。

 東京駅から西鹿児島行きの急行”桜島”に乗ると一昼夜かかって終点に着く。そこからまた一昼夜の船旅である。学生割引と往復割引でかなり安くなる。学生は時間はあるが金がないので便利な旅程である。

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          温水が出ている

  当時沖縄に行くにはパスポートが必要だったので、与論島から沖縄が見えたときは、感慨深いものがあった。サトウキビをかじりながら歩く島内、アクセスは船だけで台風などで海がしけていると、船が寄港できないので交通は途絶える。私もちょうど台風にぶつかり一週間足止めをされた。

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         神社の手洗いの横に温水

  リーフに囲まれた、エメラルドグリーンの百合ヶ浜にテントを張って野宿をたのしんでいたが、台風警報で非難小屋(コンクリート製)に非難するように言われた。サンゴ礁のきれいな海での水遊び、目の前にきれいな色の熱帯魚が泳ぐ、砂浜はスターサンド(星型をした小さな白砂)が一面に広がる。それこそ別天地であった。さんさんと照りつける南の太陽で真っ黒に日焼けして、歯の白さとぎらぎらとした目だけが目立ち、別人になってしまった。ただ肌はやけど状態であった。

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        ホテルのロビー

  近くのおじいさんが焼酎を飲みにこいと誘ってくれ、芋焼酎に生卵をいれ一気に飲み干す、島の名物をご馳走してくれた思い出がある。私のことを本土の若者と呼んでいた。こんな飲み物を飲んでいるから元気なのだなと思った。

 おじいさんの話によると、当時与論島は風葬の習慣があり、百合が浜の近くに骨を保管する洞窟があった。それを本土の観光客が持ち出して困るのだという愚痴を聴いたことがある。

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              ロビーの飾り

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            朝食メニュー

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     有名なトマトジュース  

  とりとめもなく昔話で盛り上がった下呂温泉の一夜、ホテルも自分の部屋で食事ができ、料理も食べきれないほどのご馳走であった。朝食も豪華で、ご飯がおいしくお替わりをしてしまうほどである。 

 トマトジュースが名物らしい。聞いてみると、地元のトマトだけで作っているとのことでこの街ではどこの店にも置いてある。飲んだ翌日のトマトジュースは格別である。さすがに車があるので朝のアルコールは自重している。また、来年の計画を楽しみにして郡上八幡に向かう。

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