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三輪の里 里山を歩く 1

 町田市三輪地区に点在する古寺社や古代遺跡の横穴古墳群を訪ねる。小田急線鶴川駅から岡上跨線橋を渡り、こんもりとした山の方向に歩くと、多摩八十八ヶ所霊場第十番札所真言宗豊山派長谷寺の末寺 「高蔵寺」 に出る。

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 詩人北原白秋も訪れ歌を読んだというお寺である。植え込みの中に「高蔵寺しずかやと散葉眺めゐて梢の柿のつやつやしいろ  白秋」 と書かれた木の立て札が立っている。

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  山門の両脇には風神と雷神の二体の銅像がたち、石段をのぼるとまた一対の金剛力士像が見える。境内の庭園はきれいによく整備されている。奥の木戸を開けると池があり金色、紅白、白など色とりどりの錦鯉が所せましと泳ぎ回っている。

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  4月中旬から5月下旬の花の時期には、庭内には石楠花が鮮やかに咲き誇りお寺を彩るといわれ、「石楠花の寺」としても有名である。本堂の裏手には石楠花園というよく整備された庭園がある。

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  境内の一角には七福神が祀られている。七福神は、七柱の福徳の神で大黒天、恵比寿神、毘沙門天、弁財天、福禄寿、寿老人、布袋和尚という神々があり、室町時代の末期から農民、漁民の信仰として成長した。七福神は夢枕に宝船に乗って現れると福が授かるといわれ、初夢の枕下に入れて吉夢を見ろことがはやったといわれている。

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  高蔵寺を後にして見事な竹林と木立に囲まれた道を進むと、右手に、奈良の三輪山の景色に似ているので名づけられたという地名の由来をとともに、「自然の出会いをお楽しみください」 と書かれた手製の看板が立っているのがゆかしく感じる。雑木林や畑が残る閑静な里の風景を楽しみながら歩く。

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 山の斜面に小さな注意書きが見える、「化石等を掘るためにこの山を削らないでください」 と書いてある。かつては川か海の底だったのだろうと思われる地層が、あらわに見える曲がりくねった狭い道を下ると、左側に看板があり山の斜面に横穴が二基ある。石段を登って覗き込んでみる。

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 町田市の指定文化財になっている。市の教育委員会の説明によると、『この土地は、昔沢山城(後北条時代における重要な出城の一つ)のあったところで、白坂は「城坂」の意であるとも言われます。この白坂には古くから横穴古墳が十基近く開口しており、未開口のものを含めると十数基になります。

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 昭和三十四年にそのうちの二基を発掘しましたが、内部には五センチから十センチぐらいの川原石が敷き詰められており、数体の遺骨、須恵器などが発見され、これらの横穴は七世紀ごろにつくられたものと推定されました。

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 この地域は多摩丘陵の中でも横穴群の集中しているところですが、白坂横穴群は最も充実しているものの一つであると考えられます。』とある。

 現在では、格子があり中には入れなく中は暗くて見えにくいが、平たい石が敷き詰められている。説明を読み、当時を思い起こすと現存する古墳を大切に後世に残したいと思う。

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 残暑の厳しい八月の終わりに、あせを拭きながら歩く里山風景もまた楽しからずやというところであった。この近辺の里山には、まだまだ沢山の寺社や古墳などの歴史をたどることの出来る地域がたくさん有る。多摩丘陵の歴史散歩はまだまだ続く。

 

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