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喜多院    歴史の街川越を歩く  1

  秋晴れの休日、窓をいっぱいに開けて、今日はどこに行こうか考える。宛てもなく、かみさんの発案で川越に行こうと出かけると、市内はお祭りのため通行止めとのナビの案内。そうだ、今日は「川越祭り」の日だと思い出した。幸か不幸かお祭りに出くわしたので楽しむことにした。

 市街に入る手前の駅の近くの駐車場に車を置いて、小江戸バスで 「喜多の院」 まで行ってから 「蔵の街」 まで歩くことにした。

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  山門を入ると境内が青い空の下に広がる、この山門は寛永16年(1639)の川越の大火で喜多院が全焼したが唯一焼失を免れ、喜多院では最古の建物といわれている。四本の柱の上に屋根が乗る四脚門形式で、屋根は切り妻造り、本瓦葺、寛永9年(1632)に天海僧正により建立された。

  山門の手前には、日枝神社があるが、これについての説明によると、現在の赤坂の日枝神社は文明10年(1478)に大田道灌が江戸の地に城を築くにあたって、ここから江戸城内の紅葉山(もみじやま)に分祀したといわれている。

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       天海僧正石像

  正面の慈恵堂は、比叡山延暦寺第18代座主の慈恵(じえ)大師良源(元三大師)をまつる堂宇である。現在は喜多院の本堂として機能している。寛永16年(1639)10月に大火以後、いち早く再建され近世の遺構として貴重なものといわれている。

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  慈恵大師の言葉に 「名誉を求めず、まず他人を立て、自らを後にすべし」 という教えがあり、まさしくそのとおりとわが身を振り返った。また、この大師さまがおみくじを考案されたと説明があり、なかなか説得力があるな・・・とおもいながら参拝をした。

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  昭和46年から4年間にわたり解体修理が行われたが、天井に描かれた数々の家紋はその際に寄進をされた檀信徒のものであるといわれている。天井を見上げて実家の家紋を探したが見当たらなかった。

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  手水舎の横の高さ13メートルあるといわれる多宝塔を右に見て、その先の客殿にむかう。客殿は書院、庫裏とあわせ江戸紅葉山(皇居)の別殿を移築したものである。

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  客殿に入ると板張りの廊下が続き、緑のきれいな庭園が広がっている。大きな枝垂桜はかなりの樹齢でどっしりとして庭園の真ん中に立っている。春先の花の時期にはさぞかしきれいな花の風景を見せてくれるのだろうと思いながら、縁先に腰を下ろししばし古きよき時代をしのんでみる。

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  ここには、徳川家光誕生の間、湯殿、厠がある。壁面には墨絵の山水が描かれており、また天井には彩色による81枚の花模様があり格天井になっている。正面にある家光公がつけたと思われる鎧を座って覗き込みながら天井を見ると、天井の花の絵が見られる。

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  この建物が江戸城にあった頃、徳川時代の三代将軍(在職期間1623~1651)、徳川秀忠公の次男、徳川家光公がここで生まれたということから 「徳川家光誕生の間」 と呼ばれている。

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  また、書院は江戸城にあったころ、徳川家光公の乳母(名はお福)として知られる春日局が使用していた部屋で「春日局化粧の間」として残っている。廊下には、手鏡、くしなども陳列されて当時を思い起こさせる。

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  山門入り口の手前には天海僧正の石像があったが、この客殿には木造の天海僧正の坐像が安置されている。

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  喜多院第27世住職慈眼大師。会津に生まれ、比叡山園城寺などで修行した。関が原の戦いの後、徳川家康の帰依を受け、幕府の宗教行政に参画した。

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  108歳まで生きたといわれている天海僧正が残した言葉、 「気は長く、勤めは堅く、色うすく、食細くして、心広かれ」 という養生訓がある。いい言葉である、実践していきたいと思う。

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 天海僧正の御手植えの槙 樹齢350年  

  これににた言葉でよく言われるのは、 「気は長く、心は丸く、腹立てず、口慎めば、命長かれ」 と、誰の言葉かわからないが云わんとしていることは良くわかる。古都を訪ね、歴史に触れることにより、心の安らぎをおぼえる。先人の養生訓を肝に命じて健康であることをお願いして喜多院を跡にした。

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   客殿から本殿への渡り廊下から多宝塔を見る

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  途中おいしそうなうどん屋があったのではいってみる。冷えたプレミアムモルツでのどを潤し、腹ごしらえをして、「蔵の街」 へ向かう。うどんは腰があってなかなか美味しかった。これで650円とはお得である。 

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