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一の関    直利庵のそばを食べる

  久々に岩手県の一ノ関に行った。朝の新幹線 「はやて」 はいつもなら一ノ関は止まらないが一日に何本か一ノ関に止まる車両がある。東京を九時十分に出ると11時25分に着く。

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  ちょうど昼時なので、そばを食べることにした。一ノ関では有名な 「直利庵」 ちょくりあんと読む。この辺には三店舗ぐらいあるが、駅の近くの駅前店に行くことにする。有名な蕎麦屋で、いつも満員なので心配していたが、まだ開店したばかりなので空いていたので安心した。

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 屋号、直利庵の由来について説明している。『その昔、当地方はいたるところに鉱山が多く、金、銀、その他いろいろの鉱石が産出されていた。

  慶長年間に至り、鉱山がだいぶ掘りつくされたので、新たに鉱脈探しが盛んに行われ、うまく掘り当たり良い鉱石が採出されると直利(なおり)といい、また非常に有望な鉱脈に当たれば、これを特に大直利(おおなおり)と称し、全山でお祝いをした縁起のいい言葉です。

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  また、庵の字義は 「いおり」 であるが蕎麦屋の庵は、江戸時代、浅草の金竜山浅草寺に属していた称住院というお寺があり、その寺内に道光庵というソバ屋があり庵主が蕎麦打ちが上手で評判となり、遠くからまで押しかけられ、それから道光庵ぐらい繁昌したなら蔵がたつという一層の商売繁昌を願う心から庵をつけるようになった。

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  当直利庵は明治十七年初代松井徳次郎が開業に際し、一ノ関の旧家大町熊谷清兵衛氏より命名していただいた屋号で、以前は直利庵(なおりあん)と呼ばれていたが、付時の頃ともなく直利庵(ちょくりあん)と呼ばれ広く皆様からご愛顧をいただいており、現在四代目にあたります。

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  古い蕎麦屋ですがいくどとなく水害にあっておりますが一生懸命ケッパッテ(頑張る)おりますから今後末永く御鞭声賜りますようお願い申しあげます。   庵主敬白』

  店の奥にはわんこそばの部屋があり、郷土の飾り物が雰囲気を作り蕎麦が美味しく食べられる構えである。

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  蕎麦が体に良いという薀蓄が書いてあった。『蕎麦を食べると、すぐおなかが空くといわれるのはなぜでしょうか?。

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  それは、そば粉の澱粉は他の穀類の澱粉よりジアスターゼによる消化が非常に早く、その上、水でも十分といわれるほど、糊化温度が低いからです。

  そのため、蕎麦は腹いっぱい食べても胃にもたれる感じが無く、すぐ消化吸収されるからです。

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 また、蕎麦は蛋白質をはじめ、カルシウム、カリウム、鉄等多くのミネラルを含んでおりますので、骨や血や筋肉を作るのに役立ち、お子様の成長促進に最適です。

  また、老化を防ぐビタミンEをはじめ血圧を下げるといわれるルチンも含まれていることが広く知られております。

 大切なあなた、ぜひ健康のためにお蕎麦をお召し上がりください。』 と言われなくても蕎麦好きな私はどこに行っても、必ず美味しそうな蕎麦屋に入ってみる。それぞれ地方によって蕎麦の打ち方やそば粉が違うのでこれもまた、現地で現地の気候で、現地の水で作った蕎麦が美味しいのである。

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 かまど神・・・・・一ノ関地方では古来、もろもろの災禍は火の災から起こると信じられ、火を焚く 「かまど」 の上に守り神として 「かまど神」 を祭り信仰してきた。

  かまどは日常生活で一日も欠かすことのできない貴重な生活の具であり、今でも分家することを 「かまど分け」 というほどである。皆様の無事故、無災害を祈ります。と駅のロビーに展示されていた。今日も無事一日が終わることに感謝しながらホームで新幹線を待つ。

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