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 鹿児島     桜島を歩く

  鹿児島は西郷さんと桜島、最近は篤姫が有名である。桜島へはフェリーが24時間出ている、乗船時間は約15分、早起きをして桜島に渡る。

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  篤姫も眺めていた、鹿児島のシンボル・桜島。篤姫が輿入れする際、桜島を描いた掛け軸を持参したといわれている。あいにく朝が早いので山はガスに曇っていて、噴煙は良く見えないが目を凝らしてみると煙が上がっているのが見える。

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  湯之平展望所(海抜373m)からは溶岩原を眺められる。また目の前に錦江湾をみて対岸に鹿児島の街並が見える。周りの木の葉、道路は噴煙の影響で真っ白である。この辺に住んでいる人は洗濯物が大変だといっていた。灰が飛んでくると、洗濯物を家の中に入れるのだが、出したまま外出をすると洗濯物は灰だらけになってしまうらしい。

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  桜島は北岳と南岳という大きな二つの火山が合わさってできた火山である。誕生から約5、000年前までは北岳だけがあった。その後今から約4,500年前の噴火によって南岳が生まれ、現在のような形になった。北岳の火口は今は休止してふさがっている。現在、活動中で噴煙を上げているのは、南岳の火口である。

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  大正溶岩原と植生遷移・・・・・『1914年(大正3年)1月12日に噴火が始まり、その後約一ヶ月間にわたって頻繁に爆発が繰り返され多量の溶岩が流失した。溶岩流は桜島の西側および南東側の海上に伸び、それまで海で隔てられていた桜島と大隈半島が陸続きになった。溶岩が流れてできた土地(溶岩原)は最初は岩だらけだったが、長い年月を経て、植物が徐々に生えて森林を形成していく、これを植生遷移と呼んでいる。』 と説明がある。

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  今でも毎日噴煙を上げている桜島、年間で三百数十回の噴煙があがると聞く。ほとんど毎日噴火しているということらしい。売店のお姉さんに聞くと、山が直接見えないので、お客さんがいつも爆発を教えてくれるといっていた。

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             南岳噴火の瞬間(売店写真より)

  桜島は阿蘇山や浅間山・三原山と並んで日本の代表的活火山の一つで、周囲が52km、面積が80k㎡ある。山は北岳(海抜1,117m)・中岳(1,060m)・南岳(1,040m)からなり、うち南岳は今も噴煙を上げその爆発音が響くことがある。その火山活動のエネルギーでは日本最大であろうといわれ、そのため南岳の火口より2km以内は立ち入り禁止になっている。

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  桜島の噴火の歴史は有史以来30数回をかぞえ、中でも文明(1476年)、安永(1779年)、大正(1914年)、昭和(1946年)の噴火が大規模でいずれも溶岩の流失が見られた。中でも大正3年1月12日に始まる噴火は世界的に有名で噴煙は8,000mの上空に達し、遠くカムチャッカ半島まで降灰があったといわれている。

  あいにく噴煙は、きれいに見えなかったが、このフェリーは便利である。地元の人は通勤、通学に使っている。鹿児島市の運営で15分おきにでることと、24時間営業というのがすばらしい。九時には鹿児島市内に戻り仕事ができるという便利さである。

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