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奥多摩湖    小河内ダムを歩く

  秋晴れの午後、あまりの天気の良さに奥多摩に足が向く。スタートが遅いので日が暮れないうちに戻ろうと小河内ダムあたりを歩くことにした。

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  小河内貯水池の流域は、東京都奥多摩町ならびに山梨県小菅村、丹波山村お呼び甲州市の4市町村にまたがり、流域面積は約263平方キロメートルに及ぶ。

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  ダムの沿革説明によると次のようである。『小河内ダムの建設は、昭和13年に始まりましたが、戦争のため昭和18年10月に工事は中断を余儀なくされました。昭和23年9月に工事が再開され、昭和32年11月、945世帯の移転と87名の尊い犠牲の下、19年あまりの歳月と約150億円の総工費を持って完成しました。』

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  概要説明では、『小河内ダムは、東京都奥多摩町(都心から65キロメートル)にあって、標高530メートルに位置しています。

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  小河内ダムに蓄えられた水は、ダム直下の多摩川第一発電所(東京都交通局所管)で発電に利用後、多摩川に放流され、小作取水堰(下流約34キロメートル)と羽村取水堰(下流約36キロメートル)で水道原水として取水されます。

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  原水は。自然流下により村山貯水池、村山下貯水池、山口貯水池、玉川上水路などを経て、東村山浄水場および境浄水場へ、導水ポンプにより小作浄水場へ送られます。また、東村山浄水場から原水連絡管により朝霞浄水場および三園浄水場へも送ることができます。』 という説明がある。

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  大正15年に「大東京実現を予想し、水道100年の計画を・・・」と要望した東京市議会の決議が、小河内ダムの建設のきっかけだといわれている。当時の状況は想像しがたいが、東京都民の水源のほとんどは、ここから配水されているのだということを改めて理解した。

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                 トビ 

 小河内ダムの湖岸に沿って走る道路は、秋の陽を受けてまだ少し早い紅葉がきれいに映る。ダムの水はエメラルドグリーンに輝き周りの山の姿を写している。奥多摩湖に掛かる橋は、真っ赤に塗られた峰谷橋、黄色の麦山橋、グリーンとベージュの深山橋、シルバーメタリックの三頭橋などがありそれぞれが個性的でカラフルに色塗られている。

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               深山橋

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               麦山橋

  奥多摩湖には、対岸の管理並びに住民および観光客の渡湖用として、麦山(220m),留浦(212m)の二ヶ所に浮き橋がかかっている。この浮き橋は、ダム建設に伴い湖底に水没した対岸との通行路の代替として設置された。

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             ドラム缶橋

    秋川渓谷の奥の都民の森から三頭山の頂上を経てこのドラム缶橋にでてくるハイキングコースがある。三頭山からの眺めは奥多摩の山々を一望でき、これからの数週間は紅葉狩りの一番良い季節になる。

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  現在は、ポリエチレン・発泡スチロール製浮き子を使用している。以前はドラム缶の浮き子を使用していた。このことから通称ドラム缶橋と呼ばれている。ゆれる浮き橋を渡りながら、間近に湖が眺められる。歩くには浮いたり、沈んだりするので、足元はちょっと不安定になるがこれもまた楽しい。

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  また、湖岸の道路わきに鶴の湯温泉源泉という看板が掛かっている。鶴の湯温泉は、小河内ダム建設に伴って、湖底に沈むことになったが、ダム建設時に温泉引き揚げ施設を設けた。平成3年には施設を整備し、源泉をポンプにより汲み上げ、34年ぶりに鶴の湯温泉が復活したといわれている。

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  ダム展望台の方に向かっていくと、左手に奥多摩水と緑のふれあい館がある。奥多摩の豊な自然、水道の大切さを紹介しながら、水源地と水道を利用する都民との交流を図ることを目的としている。中には奥多摩の郷土芸能や郷土品が展示されている。昔なつかしい、脱穀機や鋤、くわ、籠、のこぎりなどが所狭しと並べられている。

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           吹き抜けに輝くオブジェ

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          奥多摩の歴史・文化

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  ダム展望塔の下を対岸に向かって歩くと、慰霊碑があって周りの木々の紅葉が夕日に透けてきれいに映っている。この慰霊碑はダム工事で亡くなった87名の尊い犠牲の上に存在しているのだということを改めて知った。ご冥福を祈りながら湖面の反射に輝く、色づいた木々の葉を観賞する。

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               慰霊碑

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  小河内ダムは、水道専用では、国内最大のダムであるという。貯水量は1億8,540立方メートル、東京ドーム約150杯分の水をためることができるといわれている。水は我々の生活には欠かせないものであるが、一方では水害等で多くの人命をも奪う。人体も65%は水分であるといわれている。この水と緑をを大切にして生きて行きたいと思う。

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  帰りの吉野街道沿いに美味しそうな蕎麦屋を見つけた。「そば処 きむら」 80歳になる女性がやっているところで、多摩川の流れを目の下に見るような崖のうえにある。30年間無休で商売をしていると話してくれたが、一言で年中無休というが大変なことだと思った。 「継続は力なり」というが、そばの味は、つゆがうまいしそばもそこそこに美味しく値段もてごろである。

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『藤原の時代も今も飛ぶ蜻蛉(とんぼ) 無心の世界につづくこの丘

この先に村なしという靄村(もやむら)に    昼の電灯灯りて雨降る   

                          木村靄村(あいそん)』

 『当店のそばは、岩手と青森の県境に横たわる階上岳(はしかみだけ)の麓で作られた優良そば粉を使用いたしております。

私のふるさと南部八戸地方は程よく靄のかかる、そばの育成には、最も適した良い気候に恵まれたところです。

その上、そば作りの水は、御岳の山水を使用致し、心をこめて作りましたものです。つゆは当店自慢の天然利尻昆布を主体にした、あっさりした味です。

うどんの特長は、麦踏をした地粉(しっこ)の味で、しこしことなんともいえない麦のうまさをだしております。

岩手のわんこそばも、ご注文に応じお作りしております。何杯もお替りするみちのくの醍醐味を味わいくださいませ。    店主敬白』 との案内状がある。

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  テーブルには御岳の山水がおかれていて自由に飲める。これもおいしい水である、この気遣いがうれしい。わんこそばも以前岩手県に行ったときに挑戦した。若い頃、昔は70杯食べた記憶がある。確か100杯食べたら新記録だといっていたような気がする。今度来たときはその記録に挑戦してみたいと思う。

  秋の陽はつるべ落としといわれるように夕暮れが早い。来週あたりは奥多摩も紅葉が真っ盛りになることだろう。

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コメント

抜けるような青空と紅葉の山並みが綺麗ですね

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