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2010年1月

春を探して  青梅・吉野梅郷をあるく

  暖かい陽の光に早い梅の花を見ようと青梅に向かう。青梅駅前の青梅街道に出るととたんに道路わきを走っている人が多くなる。青梅マラソンの練習なのかと思いながら、金剛寺に寄ってみる。

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    金剛寺の境内の本堂の右手前にあるのが、天然記念物に指定されている青梅

  ここには、「青梅」の地名のいわれにもなっている「将門誓いの梅」が植えられている。この梅は実が季節をすぎても熟することなく、落果するまで青いことから 「青梅」 と呼ばれ、地名になっている。

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  ウメの原産地は、中国の四川省から湖北省のあたりで、古くから栽培され、また早春の花として観賞され、詩歌の題材にされていた。このウメ栽培が日本に輸入されると同時に、この梅観賞の文化も伝えられている。奈良時代の 「万葉集」 にウメは多く詠まれ、その気品ある香りが賞美されている。

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  その後、律令社会から荘園経済に移行する10世紀以降になると、花を愛でる文化はサクラに取って代わられていく。

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  まだ、梅の花は早いが2~3の紅梅、白梅の花が開いていた。人影も少ないが同じ目的の同志だろうと思われる人が数人境内を歩いている。将門誓いの梅の木の下に春を告げる福寿草がきれいな金色の花びらを開いている。ここの梅も2月20日過ぎぐらいが見ごろかも知れない。

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  ちなみに、今年の44回の青梅マラソンは2月21日に行われる。30キロメートルのスペシャルスターターは、テニスの女王 杉山 愛 さんとのことである。毎年この青梅マラソンのころが梅の花の見ごろである。

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  帰りに、吉野梅郷の”梅の公園”によってみたが、まだ一般の梅は時期が早く、つぼみが固い。駐車場も公園の前が空いていてすぐに止めることができた。満開の梅祭りのころには車でここまで入ってくることはできない。公園内をぶらぶらしてみると、ちょうど蝋梅(ろうばい)が見ごろである。

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  蝋梅にもいろいろ種類がある、ソシンロウバイ、マンゲツロウバイ、トウロウバイなど、逆光にきれいに輝いている。蝋梅は中国原産で日本には17世紀ごろに渡来している。梅はバラ科の植物であるが、蝋梅はろうばい科、ろうばい属で12月末ごろから開花する。花の少ない季節に咲くいい香りのする、うれしい花である。英語では Winter sweet という、いいにおいがする花である。

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                        蝋梅(ろうばい)

 「蝋細工」のような、梅に似た花から 「蝋梅」 という名がついたらしい。よく見られるのは蝋梅のうち 「素心蝋梅」 で花の外側だけでなく内側も黄色いのが特徴である。

                因みに、花言葉は 「先導、先見」 

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  また、花やつぼみから抽出した蝋梅油は強い抗菌、抗炎症作用や皮膚の再生作用があり軟膏などにも配合されているといわれている。

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  2月末ごろになると梅の公園をはじめ、吉野の梅郷は二万本の梅の花が一斉に開き、甘い香りと紅白の花が私たちの心をを楽しませてくれる。車でのアプローチは混雑するのと梅郷は広範囲なので電車で来て、ゆっくり歩くのが得策だと思う。おいしいそばやなども見つけることができる。

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  梅郷の西端には吉川英治記念館がある。学生時代に吉川英治の作品 「宮本武蔵」「太閤記」 「新・平家物語」 などよく読んだものである。ここで吉川英治は敗戦の日を迎え反省の時期を過ごし、晴耕雨読の日を送ったといわれている。私の好きな言葉 「われ以外皆わが師」 がここにある。

絵解きの寺   かるかや山 西光寺を歩く

  中学校を卒業以来45年が過ぎた、同級会の案内が来たので、久しぶりに出席することにした。寒波襲来といううことで防寒具に身を固めて北国へ向かう新幹線に乗る。最近の交通の発達は便利にはなったが情緒がなくなってきている。

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            新潟の雪景色

  外の雪景色もゆっくり見るまもなく通りすぎてゆく。かつては4時間ぐらいかかってのんびりと東京へ向かったものだが、今では1時間半ほどで着いてしまう。県境の碓氷峠での機関車の接続の間に急いで買い込む ”峠の釜飯” も今では社内販売で売りに来る。

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  会の始まりまでには時間があるので、駅の近くの西光寺を覗いてみることにした。 『はるばると、尋ねしわが子を前にして父と名のれぬ、はかなさよ』  とうたわれる、時を超え語り継ぐ親子の絆と御仏の導きのお寺である。

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     朝日山大蛇の塚

  お寺の案内には次のように説明を読むと。 『善光寺と共に栄えた 「絵解きの寺」 かるかや山西光寺は、善光寺の門前町・長野市の中心街にあり、開祖刈萱上人とその弟子信照坊道念上人(幼名石堂丸)のお二人が刻んだ二体の「刈萱親子地蔵尊」をご本尊として安置しております。

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      刈萱道心 石堂丸 親子

  また、絵解きを現在に蘇らせた「絵解きの寺」としても知られ、江戸時代の「刈萱道心石堂丸御親子御絵伝」二幅が寺宝として伝わっています。

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   大師堂  弘法大師を祀る

  刈萱道心とは、筑前の国守で刈萱の荘に暮らしていた加藤左衛門重氏が出家して名乗った法師名です。高野山で修行し、後に善光寺如来に導かれ、この地にくだり、草庵を開き、日々善光寺へ参詣しながら地蔵尊を刻み、念仏をひろめられたのでした。

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 信濃最古の芭蕉塚 「雪ちるや穂屋のすすきの刈り残し」

  善光寺との深い縁で結ばれた当山は、その昔、善光寺南大門とも称せられ、善光寺参詣の人々が必ず立ち寄っていく寺として栄えてきました。また界隈は、石堂丸にちなんで石堂町と呼ばれ、当山が広く庶民に親しまれ慕われて来たことがしのばれます。』 とある。

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     一茶自筆の句碑 「花乃世ハ仏の身さヘおや子かナ」

  刈萱道心と石堂丸の話は次のような内容である。

 『今からおよそ八百年前、九州六カ国の国主加藤左衛門重氏は、世の無常を悟り、京の黒谷に登り法然上人の弟子となったある夜、延命地蔵尊のお告げを受け、高野山へと入られました。

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  国に残された千里御前は、男児を出産し「石堂丸」と命名。石堂丸十三歳の春、父恋しさを募らせ、母と共に黒谷へ、さらに高野山へと長い旅に出られました。

当時、高野山は女人禁制、石堂丸は母を麓の宿に残し、父を尋ねて山内に入り、三日三晩の後、奥の院は無明の橋で、花桶を下げた僧に出逢います。この僧こそ父・刈萱道心でした。

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     「家運興隆」 「無病息災」 「金運招福」

  道心は、石堂丸がわが子であると知りますが、仏に捧げた身ゆえ名乗ることができず、「尋ねし父は、すでにこの世にない」と告げ、山を下りるよう諭します。山を下りてみると、母は長旅の疲れからもはや帰らぬ人となっており、泣く泣く国に帰れば、姉もなくなっておりました。

  そこで、石堂丸は再び高野山に登り、父と思う刈萱道心を師僧と仰ぎ、信照坊道念と名乗り、三十四年間修行されました。ある日刈萱道心は、善光寺如来に導かれて信濃の地に下り、一寺(今日の刈萱山西光寺)を建立。一刀三礼の地蔵尊を刻み、十四年間常行念仏に励み、八十三歳で大往生を遂げられました。

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         六面地蔵

 道念は、父刈萱の往生したことを悟り、当山へ移り住み、父の菩提安かれと刈萱塚を建立。ご自身も一刀三礼の地蔵尊を刻み、親子地蔵尊として本堂に安置。その後も念仏に励まれ、六十三歳で極楽浄土に赴かれたのです。』

  親子の悲しい物語ではあるが、子供のころに聞いた話を改めて思い返し、親子の絆の大切さを再認識した。 ”絆” という文字は糸偏に半と書く、お互いに見えない糸で結ばれているのである。子供の虐待の報道を聞くたびに子を育てる親の責任の重大さを知らされるこのごろである。

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            越後の雪

  四十五年ぶりの同級会も、すっかり変わって別人のような人、面影がそのまま残っている人、さまざまである。最初は誰なのかわからずに話をしているが、名簿を見ながら話を進めるとタイムマシーンのようにその時代に戻ることができる。○○チャンと呼ぶことができ、女性からも久々にクン呼びをされた。後は懐かしい話と美味しいお酒で時間の過ぎるのを忘れた楽しいひと時であった。

湯布院の湯    雪の湯布院を歩く

   年末年始のお客様挨拶周りで北は札幌、南は福岡まで二週間でまわった。松のうちにと思い,精をだしたが東北は最後になってしまった。恒例ではあるが、それぞれお互いに挨拶にでているので、留守のところが多い。必要悪の習慣なのかとも思うが、こういう機会を利用して現地の支店長は普段の義理を果たす。

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          由布温泉盆地 

  今年は、寒波が断続的にきているせいか九州でもよく雪を見かける。福岡市はそんなに雪は多く降らないのだろうと思っていたら、そうでもなかった。福岡から大分のお客様へ移動することになり、泊まりは湯布院にした。

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  雪雲に山頂を覆われた由布岳のふもとから、湯布院の温泉街を見ると、まさに雪国の光景である。夏には牛の放牧が行われるという山麓はきれいに木が切られ草原になっている。草原には雪が積もり、遠くから見ると木の生えている山と草原の山がきれいに分かれている。草原の山は真っ白に雪が積もり、コントラストがきれいだ。

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              雲に隠れる 由布岳 

  由布岳は1,583メートルの由布市にあるトロイデ型の活火山であり、東峰と西峰の二つのピークからなり、円錐形をしていることから豊後富士と呼ばれている。山麓の草原に放牧される牛は豊後牛として有名である。

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  温泉が点在する盆地内の湯布院温泉は豊富な湧出量を誇り、どこを掘っても60度前後の温泉がでるとのこと、中には90度近い自噴の温泉が出るところもあるらしい。恵まれた温泉地である。もちろん24時間源泉掛け流しである。

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  今宵の宿は、 「榎屋旅館」 ”初めてなのに、昔からずっと・・・・何度もここに来たような・・・この空間が懐かしい。” という案内にあった昔つくりの宿である。入り口をはいると柱がむき出しの古いつくりが私を迎えてくれる。座布団に座った三人が頭を低く下げて歓迎してくれている。天井を見上げると玄関の高いところにきれいなステンドグラスが外の光りをうけて輝いている。

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  今日の泊まりは我々だけで貸切のようである。部屋は12.5畳の広い和室、部屋の真ん中に一人分の布団が用意されている。仰向けに思い切り手足を伸ばして天井を見上げる。ペットも泊まれるという情緒のある旅館である。

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             旅館の帳場

  夕食はほかでとることにしたので雪道をタクシーで行く。人通りの少ない温泉街を川沿いに抜け、山道を登っていく。雪でお客様も少ないので早仕舞いをしたという店を頼み込んで開けてもらう。冷え込んだ店が暖まるまで寒いテーブルにストーブをたいて待つことにした。

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  ”源泉自噴湯宿 「蔵毘」 (くらび) で地元の焼肉を食べることにした。総かやぶきの堀炬燵、鶏は赤鳥、牛は豊後、自家牧場ならではの生粋豊後牛と湯布院赤地鶏を炭火焼きでいただけます。”という。ここも七部屋限定とこだわりを持っている。

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     「一生勉強 一生青春」

  冷たいビールを飲みながらしばらく待っていると、肉は食べきれないほど出てきた。古民家のつくりは天井が高く、いくら暖房を炊いても暖かさは天井へと上っていってしまうがさすがに豊後牛はうまい。体のなかから暖めることにする。

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              豊後牛

  お勧めが ”みぞれ酒” というので飲んでみることにした。冷酒がシャーベット状になったような感じで、外が雪で寒いのに、さらに寒々とした酒を飲むことにした。口あたりがよく杯がすすむ。若者をつれてこないともったいないくらいに肉を残してしまった。

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                温麺

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          みぞれ酒

  満足して宿に戻り、人気のない温泉街を歩いてみた。宿の前にはきれいな川が流れ、宿の主人の話によると、夏はほたるがきれいなのだという。今日は雪明りに寒々としている。

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   冷え切った体を温めようとお風呂にはいることにした。脱衣を出るとすぐ露天風呂があり外の寒さに湯気がもうもうと立ち上る。お風呂の床には小砂利がしきつめてあり、それを踏みしめる感触が心地よく感じる。空を見上げると星が瞬き湯加減もよく満足感十分である。

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          「まる裸・・・・・・・・」の句

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  だれもいない風呂で静かに異国の空を眺めるのも、また楽しからずやというところである。湯上りに、玄関脇にある居酒屋で冷たいビールを飲みながら、店の親父と世間話をする。今年こそは少しでも景気が上向いて良い年になることを祈りながら、夜更けの由布院の湯を楽しんで眠りに着いた。

柿と鳥たち   近くの公園を歩く

  公園の雑木林の中に一本の柿木があり、柿の実がたわわにぶら下がっている。鳥たちの恰好の餌場である。ムクドリとヒヨドリが入れ替わり立ち代り、熟した柿をつついている。

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           ヒヨドリ と 柿

  ムクドリなどは、嘴を柿の実で汚し、夢中になって食べている。ちょうど子供が口の周りを汚してむさぼり食べているような雰囲気である。

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          ムクドリ と 柿

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  柿の木にも実がこんなにたくさん残っていることは、普通はないのだろうが公園の中にあるので誰もとらないからだろうか。民家では、実が固いうちにとって皮をむいて、干し柿などにしてしまうのだがもったいない気もする。

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  また、鳥たちも、まだほかにたくさん餌があるので柿の実がのこっているのだろう。これが雪でも降って、地面の枯れ葉などが雪に覆われてしまうと、一気になくなってしまうのかもしれない。

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  昔は、 「木守り」 といって、来年もよく実るようにというまじないで、柿とかりんごなどを木に取り残しておいたものである。全部採らないで一つぐらい残しておいたことを思い出す。

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  今考えると、人間だけが全部食べるのではなく、鳥たちにも残して食べさせてあげるという配慮かも知れない。

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  人間と動物たちとの共存共栄でバランスが取れていたものが、人工物が増え、飽食の世の中になって、そのバランス崩れてきている。山にいたカラスが都会で大繁殖している、猿が民家に押し入っている現実を見たとき、自然との調和、環境問題を真剣に考える必要があると思う。

るりびたき と しろはら   近所の公園を歩く

  朝からどんよりとした空のせいか、夜の明けるのが遅いように感じた。窓を開けると冷たい空気が頬をなでる。起きた勢いで七時ごろに出かける。かなり風が冷たい。

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 公園の木の枝にシロハラが止まっているのが見えた。カメラを用意して、ピントを合わせようとしているうちに飛んでいってしまった。ツグミ科の特有の 「キャ、キャ、キャ」 という鳴き声とともに林の中に入ってしまったのである。

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  落ち葉を踏みしめながら、目的の場所に行くと小鳥の姿が見えた、ルリビタキの雌である。目がクルッとしてかわいい感じがする。ひたき特有の尾を小刻みに震わせる姿がまたかわいいのである。

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              ルリビタキ ♀

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   しばらく遊んでくれたが、林の中に入ってなかなか出てきてくれなかった。近くの木の間から 「クック、クック」 というルリオビタキの鳴き声が聞こえ、枯葉の上に舞い降りてきた。ルリビタキの雄である。枯葉を掻き分けて虫を探していたかと思うと、苔の生えた石の上にとまってくれた。良いポーズをとってくれているので、シャッターチャンスである。

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          ルリビタキ ♂

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  ルリビタキは全長14cm,上面が雄は青色、雌はオリーブ褐色、雌雄とも脇がオレンジ色で腹が白く尾は青色。雄の正面顔はひげを生やした眉のはっきりした凛とした顔をしている。

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                正面顔

 ルリビタキを追いかけていると、いつのまにかシロハラが 「私もここにいますよ」 といわんばかりに苔の石の上にいるではないか。これもしばらくの間、枯葉の落ちている地面の餌をさぐりながら、被写体になってくれた。

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              シロハラ

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  シロハラは全長24cm,全身オリーブがかった灰色、下面は汚れた感じの白色、雄は頭部の黒色味が強い。暗い林床や竹やぶ、茂みを好み、林の中でガサガサと落ち葉をひっくり返してミミズや虫を探しているのを見ることが多い。

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  鳥見は、冬の木の葉の落ちた枝で良く見えるのはいいのだが、とにかく寒いところでじっと待っているのは大変である。まだ風がないので寒いといっても我慢ができるが、これに風があるとつらい。興味のない人には考えられないことであろうが、初見、初鳥、初撮りを楽しみに寒さと格闘している。

河原の鳥たち   多摩川合流点を歩く

  今年初めての多摩川中洲近辺を歩いた。早朝ではあるがそろそろ太陽が昇り始め、雲の切れ間から強い陽の光が当たる。河原の水溜りのところに、かわせみが背中を見せて止まっている。

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 カワセミは全長17cm、背中は光沢のある青緑色、腹部はあざやかなオレンジ色をしており、メスのした嘴は赤い、カワセミの雌雄の区別は嘴で見ることができる。

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  水の上を飛ぶ青い宝石といわれている。漢字では翡翠(ひすい)と書く。最近ではどこでも見られるようになった。きれいな水があり魚がいるところには必ずカワセミがいる。

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  最近はカメラに収めるために、背景を考えるとなかなか難しい。思ったところに止まってくれないのが残念である。常に警戒心を持ちながら魚をじっと狙っている。今年は新兵器を手に入れたのでじっくりと、ホバリングやキャッチの瞬間を取り込みたいとおもう。

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  多摩川で釣りをしている人を見ながら、移動しているとホオジロが枝に止まっていた。ホオジロ科ホオジロ属、17cm、留鳥で頬が白いので 「頬白」 という。ホオアカは白い頬線もあるが、その内側が赤いので 「頬赤」 という。

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            ホオジロ♂

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             ホオジロ♀

  土手の芝生を歩いていると、霜の降りた草の上に太陽の光が差し込む中を、タヒバリがヒョコヒョコと歩いて、虫などを探している。時折止まって尾を上下に振っている。全長16cmぐらい特徴のない地味な鳥である。双眼鏡でよく見ないと見落としてしまいそうである。

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               タヒバリ

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  中州の大きな枯れ木の枝が折れていた。河原の中のちょうど良い止まり木だったので、チョウゲンボウやモズなど良く止まってくれたのに残念である。

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              カシラダカ

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               ハクセキレイ

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                 ツグミ

  葦原の枯れ枝にカワラヒワの集団が止まって草のみを食べている。集団で移動するのでなかなか動きが早い。全長14.5cm、特徴としては、暗緑色で翼と尾羽に黄色の部分がある、尾は凹尾、嘴は太くピンク色をしている。

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                カワラヒワ

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  オオタカがこないかと林のほうを見ていると、目の前にジョウビタキの雄が尾羽を細かく動かしながらあたりを探っている。しばらくすると地面に降りて虫などを探し始めた。 「秋になると常にくるひたき」 からジョウビタキといわれている。雄は白髪が生えたように頭部が灰白色である。

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            ジョウビタキ ♂

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  今年、初めての多摩川の鳥たちと会うことができて、よい一年になりそうである。今年はさらに珍しい鳥たちに出会えることを期待して早々に切り上げた。

公園散歩   近場の鳥たち

  天気がいいのと暇なので近所の公園をぶらぶらしてみた。犬の散歩の人、夫婦での散歩、芝生で遊ぶ人、同好の士もいる。大きなレンズのカメラを持っているのですぐわかる。しばし情報交換をする。ルリビタキと遊んでいたらしいきれいな写真を見せてくれた。

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             コジュケイ 

  近くの藪でガサゴソ音がするのでみてみると、コジュケイの集団がいた。上からかぶる草の実を食べている。コジュケイはキジ科の留鳥で約27cm、中国から持ち込まれて定住、繁殖しているいわゆる外来種である。

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  漢字では 「小綬鶏」 と書く、ヒマラヤ中・東部、チベット、中国中・南部などに紅綬鶏がおりその雄は、胸腹部があざやかな赤色で、そこに勲章をつけたように白斑がある。この特徴をとって 「綬鶏」 の名がある。

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  綬は組みひもや官印の紐のことで、日本では、勲章や褒賞をつるす組みひものことをいう。 日本のコジュケイは大きさが小さかったので 「小綬鶏」 と命名されたといわれている。

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             イカル

  公園内を歩き、小高い丘の上のあずまやで腰を下ろしていると、小鳥の集団がやってきた。盛んに木の実をつついている。イカルである。最近はここでよくイカルを見かける。

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            ルリビタキ♂  

  丘を降りて、ルリビタキがいるだろうと水場の近くでしばらく待っていると、出てきた。尾羽を細かく降りながら苔むした石の上でポーズをとってくれた。

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  日本に棲む鳥で、名前に瑠璃がつくのは、オオルリ、コルリ、ルリカケスとこのルリビタキの4種である。瑠璃とは仏典でいう七宝の一つである宝石のことで、その石の色である紫味のある青のことを言う。

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  また、この瑠璃色のきれいな羽色を持っているのは雄の成鳥で、きれいな青色になるのに3年を要するといわれ、雌は地味な羽色である。この雌の羽色は卵を守るために地味な茶色だとも言われている。内助の功か。

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              ツグミ

  今年は少し遠征をして、まだ見たことのない鳥も追いかけてみたいと思う。なかなか時間が取れないのが、残念であるが大きなレンズを担いで歩けるうちに遠征をしたいと考えている。そのためには、普段から足腰を鍛えておかないといざというときに動けなくなる。今年も目標を達成すべく歩き続けよう。

新年を迎えて  海ほたるから東京湾一望

 年末年始は、忙しさにかまけてばたばたしていたが、正月はゆっくりと家で過ごすことができた。久しぶりの休日という感じである。本来であれば大晦日をTVですごし、明け方初日の出を拝みに出かけるところであったが、かみさんが足が痛いと言い出したので無理をすることをやめ、ベランダから初日の出を拝んだ。

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                風の塔

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 新しい年は天気も良く、穏やかに明けた。今年は寅年ということでトラにまつわる言葉はたくさんある。真珠湾攻撃の暗号文は 「トラ トラ トラ」 である。 「虎穴にいらずんば虎子を得ず」 リスクも覚悟しないと目的は達成できない。 「張子の虎」 外観も中味も充実したいものだと思う。 「虎の威を借る狐」 実力で勝負したい一年である。

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            富士山と横浜方面

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 「虎は飢えても死屍たる肉は食わず」 潔白な人は、どんなに困窮しても不正な財貨は受け付けないというたとえ話であるが、相変わらず新聞紙上では億単位の金銭の話がニュースになっている。

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  風は冷たく寒い新年であるが、天気がいいのであまり足を使わなくても済むようなコースで出かけることにした。正月で道路もすいているだろうと 「海ほたる」 に行くことにした。カーナビでは一時間半ぐらいで行く計算であったが、途中川崎大師の近くを通るため、交通渋滞にあってしまい、二時間ほどかかった。

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              久里浜方面

 途中の交通案内では、海ほたるの駐車場は満車という案内であったが並んでいると、意外とすんなりと駐車することができた。東京湾の真ん中から東京湾の周囲をずっと見渡せるのでなかなか良い眺めであった。今日は風も少なく、陽が出ているので結構暖かい。

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           東京ディズニーランド方面

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              羽を休める ユリカモメ

  久里浜の山々から、遠く富士山が見える横浜のランドマークタワー、ウオーターフロントの超高層マンション、リバーサイドの超高層ビル群が海上に見える。さらに東京ディズニーランドをみて、千葉の湾岸の工業地帯、さらに房総半島の山々が見渡せる。

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              空を行く ピカチュウ

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        カッターフェイス

『これは実際に東京湾アクアラインの海底トンネルを掘りすすんだシールドマシンのカッターフェイスを復元したものです。

 八基のシールドマシンが浮島、風の塔と海ほたるの各人工島から発進し、それぞれの区間の中央付近まで堀進み、海底の地盤の中で接合して全長9.5キロメートルの二本のトンネルを完成させました。

 マシンの直径は14.14メートルと世界最大規模です。掘削はカッターフェイスを回転させて堀進み、1994年8月から1996年8月までの24ヶ月で掘進を無事完了しました。

 カッタービットに触れてみれば、掘削に活躍したビットの摩耗を感じ取ることができるでしょう。』 という説明があり実際触ってみると、その大きさと当時の苦労のほどが思い起こされる。

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 ちょうど上空では羽田空港への飛行機が、海の上で旋回していく、静かに凪いでいる水面に太陽の光りが落ちて、それがダイヤモンドのように光っている。

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  アクアラインの外灯にユリカモメが一羽はねを休めている。穏やかな一日である。食事をしながらのんびりと数時間をすごした。海の真ん中なので海鮮料理は美味しいものが食べられると期待をしていたが、残念ながら期待はずれであった。

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  近場での家族サービスか、親子、三代の家族で来ている人たちが多いように感じる。 「虎は子を思うて千里を走る」 わが子に対する愛情の深さを言っている言葉である。去年のニュースでは子供への虐待が多かったように感じる。今年こそは虎に恥じないように人間らしく愛情のこもった明るいニュースを期待したいと思う。

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               外灯のユリカモメ

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          ウオーターフロントの超高層ビル群

 今年の願いは商売では景気回復が一番、個人的には健康で元気に過ごせ、美味しい酒が飲めることである。ただし 「大虎」 にならないように。 「口の虎は身を破る」 とも言われている。発言には十分気をつけて、 「虎の尾をふむ」 ことのないようにしたい。

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         海ほたるからアクアライン木更津方面

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  昔の寅の刻は今の午前四時ごろになる、方角的には東北東、早寝早起きでよい一年 「寅年」 をすごせるようにしたい。 「虎は死んで皮を残す」 私も何かを残せるような生き方をしたいと思う。

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