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2010年5月

季節の花     早朝ウォーキング

日が長くなった。最近の夜明けは四時半ごろで、ブラインドをおろしている窓の隙間から朝陽が差し込んでくる。

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休日でも平日と同じリズムで目覚めてしまう。陽が上るとベッドにいるのがもったいないと思うこのごろで飛び起きてしまう。日課の早朝ウォーキングに出かけることにする。

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昨夜の雨が上がり、草花には露が降りて少し涼しいくらいの空気にさわやかさを感じながらいつもの「よこやまの道」を歩く。普段より少し早いせいか、すれ違う顔ぶれが違う。

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あいにく雲が多く、富士山は見えないが久しぶりの尾根幹線を見下ろす山道を歩く。すっかり木々の葉は緑が濃くなって、早朝のホトトギスが鳴いている。ホトトギスは鳴きながら飛ぶことが多いのでなかなか見つけにくいが初夏という季節を教えてくれる鳥である。

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                モウソウ竹の子

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                 ネギ坊主

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                 サヤエンドウの花

多摩市との境を川崎の黒川方面に足を向ける。畑にはジャガイモの花が咲き始め、ナスの花も開き始めている。

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           ジャガイモの花

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                  ナスの花

畑の脇に小さな赤い花とアヤメが露に濡れて咲いていた。露がないと引き立たない花はやはり露草だろう。ムラサキツユクサがちょうど良いタイミングで、露をたっぷり蓄えきれいな紫色を演出している。

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           ムラサキツユクサ

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代掻き準備中の田んぼでは、カルガモのペアーが一生懸命餌を探して泳ぎまわっている。東北では、もう田植えも終わったようであるが、関東ではこれから田植えの準備である。先日九州に行ったときは、まだ麦刈りを行うところであったので西に行くほど田植えは遅くなるようである。

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            カルガモ

山道を登りきったところに国士舘大学がある。体育館では柔道着姿の若い男女が早朝稽古をする元気な声が聞こえてきた。この元気をもらって今日の一万歩を達成しよう。

地獄を見る     雲仙地獄を歩く

所用で長崎県諫早から熊本に向かうことになった。車で戻るとかなりの遠回りになるので、雲仙を越えてフェリーで熊本に渡ることにした。

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途中雲仙国立公園を通るので途中下車して「雲仙地獄」を覗いて見る。日が長くなったので五時過ぎでもまだ明るく、太陽もかなり高いところにある。九州の日暮れは午後七時ごろなのである。

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雲仙は昭和二年に日本新八景山岳の部で一位になり、昭和九年にはわが国で最初の国立公園に指定されている。

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雲仙の古湯と新湯の間の白い土に覆われた一帯が雲仙地獄地帯である。地獄とは仏教の教えで前世の悪行の苦報を受けるところという意味らしい。

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至るところから高温の温泉と噴気が激しくシューシューと音を立てて噴出している。噴気の温度は120度と聞く。強い硫黄臭が漂う中、湯煙をもうもうと立たせる様子は地獄の景色といえるのでしょうか。

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いろいろな地獄をみた人は多いと思うが、実際にいわゆる地獄を見た人は、この世にはたぶんいないと思う、雲仙地獄はキリシタン殉教の舞台になったところであり、大叫喚、お糸、清七など30あまりの地獄がある。

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大叫喚地獄・・・地獄道における八熱地獄のうちの一つで、仏教の五戒(殺生・偸盗・邪淫・妄語・飲酒)をすべて犯した者はこの地獄に落ちる。罪人は焼けた鉄の針で舌と唇を刺し通され、焼けたやっとこで舌と眼を抜かれ、その苦しみは8,000年間続くといわれている。2010_05_26_5610

清七地獄・・・キリシタン弾圧が厳しかった江戸時代に、長崎の隠れキリシタンであった清七が処刑された日に噴出したのがこの地獄だという。一説にはこの場所で処刑されたとも言われている。

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           清七地獄

お糸地獄・・・その昔、島原城下で裕福な生活を送っていたにもかかわらず、浮気をした上に夫を殺害した罪で死刑になったお糸という女性がいた。この事件と前後して噴出したのがこの地獄であるといわれ、いわゆる邪淫を戒める地獄である。

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           お糸地獄

雀地獄・・・水蒸気の噴出音がスズメの鳴き声に似ている事からつけられたという。小さな噴出があちこちで起きているが、スズメのチュンチュンという鳴き声には程とおい感じがする。

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足元が見えなくなるほどの湯気の中を通り、賽の河原に出ると歩道が木の板張りになっていてその隙間からも湯気がモクモクと出ている。

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           賽の河原

歩道の脇にはお地蔵さんが一体ある。幼くして死んだ子供の霊は、ここで親の恩に報いるために石を積んで塔を築こうとするのだが、何度やっても鬼がやってきてはそれを壊してしまうのだといわれている。

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平和で飽食の日本、宮崎の口蹄疫での家畜の殺生、飲酒、罪になるほど飲んではいないが、胸に手を当てると無罪放免ではなさそうである。五戒という言葉をかみ締めながら熊本に向かう船に乗るべく、陽が沈み始めた港へと急いだ。

久々の鳥見   多摩川中洲の鳥たち

五月はでかけることが多く、ほとんど週末は落ち着いて家にいることは少なかった。久々に重い機材を担いで多摩川河畔を歩いてみることにした。

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           チョウゲンボウ

大栗川との合流地点から多摩川側の河原に降りて、石ころの多い河原を歩く。朝の露が降りた新緑の葉を掻き分けて歩くと、ひざから下が濡れてしまう。長靴を履いてはいるが、ひざ下というよりズボンがすっかり濡れている状態」である。

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河原の真ん中に在る枯れ木の天辺にチョウゲンボウの姿が見える。朝食の物色の最中のようである。いつもは橋脚のところで遊んでいる固体だと思う。

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この木はちょうど河原の真ん中にあり、餌を探すにはかっこうの場所で、モズやトビ、カラスなど多くの鳥たちがとまるところである。

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            モズ

石ころだらけの河原では、ヒバリとシロチドリが動き回っている。ヒバリは用心深くまわりを気にしながら、石の上を歩き、時折とまってはまわりを見渡している。

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            ヒバリ

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            シロチドリ

枯れ草の枝には、セッカが得意のせっか止まりで足を広げて休んでいるところである。しばらくすると忙しく鳴きながら、上空を飛び回り、また同じところにおりてきて止まっている。

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            セッカ

体長は12.5cm~13.5cm程で、スズメより小さい。チガヤ、ススキなどの生える平地から山地の草原、河原に生息し、昆虫やクモを食べる。繁殖期は「ヒッ、ヒッ、ヒッ、ヒッ・・・・ジャッ、ジャッ、ジャッ」と鳴きながら、波綿状に低空を飛翔する。

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遠くを眺めると、サギの群れが飛んでいる中にカワウが一羽混じっていた。気候がよくなったせいか、対岸では多くの釣り人が糸をたれている。

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           コサギトカワウ

イスを出して河原に座っていたが、少し草むらを歩いてみると、突然キジが飛び出して、飛び去っていった。先ほどからキジの鳴き声は聞こえていたが、近くにいるとは思っていなかったので驚いたのと、残念だという気持ちとが交錯している。来週あたりは山に行こうと思う。

里親になる  レッドビーシュリンプとの出会い

アクアリュウムを趣味としてずいぶん長いことやっているが、今回レッドビーシュリンプの里親になることになった。家では60cmと30cmの二つの水槽を使っている。

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           グッピー ♂

現在、リビングに置いている60cmの水槽では、カージナルテトラと、グッピーがたくさん泳ぎまわっている。両方ともかなり長生きである。グッピーはかなり長いので、近親交配が重なり突然きれいなものや変ったものが生まれるが、そろそろ新しい血を入れようと別のものを入れた。

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カージナルテトラは子供のころから比べるとかなり大きくなって、昔のあの小さなかわいさは最近なくなってきている。グッピーと同居させているので、子供はなかなか増えないが長いこと生きている。

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                      レッドビーシュリンプ

30cm水槽は玄関先においてあり、水草だけで楽しんでいる。この度、会社の知人からレッドビーシュリンプの里親を募集してますという話があったので、手をあげてやってみることにした。

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近年、この種のアクアリストが多いと聞いているが、まだ結構価格が高いので考えているところであった。レッドビーシュリンプは、水温と、水質と餌などに敏感でデリケートだと聞いている。

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早速、資料を借りて通勤の電車の中で勉強することにした。いろいろな種類があり、また、繁殖力が強く、きれいな模様の個体は価格もたかいようである。資料を読むにつれ、難しそうではあるが繁殖させて楽しんでいる人が多いので、頑張ってやってみようと決心した。

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水草の水槽に入れることにして、知人から飼育方法を教えてもらったり約一ヵ月間をインフラ整備に掛けて準備をした。水質、水温、水草を用意して環境を整えて、連休明けに里子を連れてきた。

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約、半月たつが最初は、草の陰にいたり、流木の下に隠れたりしていたが、最近は元気にいろいろなところを歩きまわるようになってきた。かみさんが餌をあげたり、照明をつけたり、よく面倒を見てくれる。

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みていると、なかなかかわいい、背中のマークが日の丸であったり、進入禁止であったり、いろいろな模様がある。背中に二個の点があるのが”麻呂”といって位が高いらしい。繁殖することによって、さらに新しい模様ができることを楽しみに育てている。

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温度に敏感だということで、今年の夏が初体験になるので、なんとかうまく乗り切って軌道に乗せたいと思う。いろいろなペットの飼育が盛んであるが、アクアリュウムだと、長い留守でも結構対応できるので、私のように出歩くことが好きな人間でも扱うことができるので安心である。

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ベランダ越しの緑、室内のきれいな魚たちを見ていると気持ちが癒されることが多い。昨今の児童虐待や尊属殺人などのニュースが多い世の中であるが、このレッドビーシュリンプの里親をしっかりと努め、さらに、赤ちゃんが生まれたら楽しいだろうと思いをはせながら面倒を見ている。

東海道杉並木     箱根杉並木を歩く

箱根芦ノ湖での温泉にゆっくりとつかった翌朝、湖畔まで車を走らせ東海道の早朝の杉並木を歩くことにした。

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樹齢数百年と思われる大きな杉の木の下を、朝の陽が時折差し込む路面を見ながらゆっくりと歩く。朝が早いので人も少なく、気持のいい空気を胸いっぱい吸い込んで新緑を楽しむ。

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                 歴史を思わせる杉

杉木立の間から、遠く芦ノ湖の湖畔に見える赤い鳥居が、周りの緑と対象的にきれいに映っている。

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隣を走る国道一号線のわきには、早咲きのつつじがきれいに花を咲かせている。江戸時代頻繁に利用された東海道を、今もこうして歩けるというのは歴史の時間を超えて感慨深いものがある。

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「箱根の山は天下の剣、昼なお暗き杉の並木」♪とうたわれた舞台を、いまゆっくりと歩いている。見上げると杉の大木が空を隠している。この杉の木を守るために酸素吸入をしているという説明があった。植物も人間も長寿を全うするということは大変なことである。

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以前来た時は、この先の旧東海道の苔むした石畳を、かみさんと歩いた。あの時は電車とバスを利用したので、足の向くまま気軽に歩いて、湯量豊富な温泉宿で日帰り入浴を楽しんだものだ。

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          朝どりしらす

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          梅酒の樽

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          20度の梅酒がうまい

帰りは、正月の箱根駅伝のコースを宮の下から小田原に向かい、小田原駅前を散策して名物の干物と梅、梅酒をお土産に帰途についた。

大涌谷と黒たまご  箱根大涌谷を歩く

 芦ノ湖のほとりの源泉かけ流しのホテルに泊まることにした。ケーブルカーの駅,桃源台が近くなので、そこまで歩いて行きロープウェイで大涌谷にいく。新緑の季節なので観光客は多い。つつじがきれいに咲き始めている駅から二本のロープに吊られたゴンドラに乗る。ゆったりと八人ぐらいは乗れるので快適である。

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          大涌谷

 芦ノ湖を見下ろしながら、ぐんぐんと登る。眼下に大涌谷の地熱の噴煙が見えてくると、大涌谷駅になる。乗り放題切符なので早雲山まで乗ることにした。眼下に硫黄を噴き出す温泉源を見ながら、早雲山に向かう。早雲山は必ず降りなければならず、何もないところだが山々を眺めながら時間をつぶすことにした。

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 大涌谷の名物は、”黒たまご”である。五個500円で売っている。これを食べると、寿命が7年延びるという。こんな言葉があった 「箱根みて おもシロイかな黒タマゴ」 みるとたくさんの人が並んで黒たまごを買っている、これだけの人がみんな寿命が延びるのだから、日本は長寿国になるのだなと感心する。黒たまごが出来るまで の看板がある。

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          黒たまご

それによると次のようである。  ①温泉池の中で卵を一時間ほどゆでる。 ②このときに温泉に含まれる硫化水素と鉄分が結合し硫化鉄となって自然に黒くなります。 ③温泉池から出して5分ほど蒸して出来上がりです。 ④なお、時間の経過により色があせますが品質に異常はございません。

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          温泉池

温泉池の温度80度、蒸し釜内温度95度~100度との説明がある。ちょうど卵を出すところでああったが、かなり熱そうである。食べる方はご利益を願って食べているが、それを作る人は淡々と作業を繰り返している。”信ずる者は救われる”心境である。

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                 黒たまご割用ツール

 温泉池のそばでは、この卵を販売する店があり、長蛇の列である。この卵は、下から卵専用のロープウェイで随時運ばれて来る。並んでいる人の数を見ると、一日どのくらいの卵が売れているのかはよく分からないが、かなりの数である。

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 我々は、近くのレストランでこの卵を食べた。するとここでは、紙で織った殻入れ用の箱をだしてくれ、さらにテーブルの上には殻を割る道具まで用意されている。卵の持ち込みで生ビールを飲みながら、大涌谷の大自然を満喫する。

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          卵運搬用ケーブル

地熱の湯気が噴出する山肌を歩くと、小さな神社がある。手水は、普通清水であるが、ここの手水はお湯であった。お湯で清めて、願掛けをする。

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          温泉手水

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                芦ノ湖の海賊船

海抜の高い、大涌谷は曇り空なので結構寒く感じる。ロープウェイ駅に戻り、桃源台駅に向かう。芦ノ湖の海賊船が停泊する湖畔を目指して、ゴンドラは静かに下ってゆく。今夜はゆっくりと箱根の湯につかろう。

札幌時計台と旧道庁   札幌の街を歩く

札幌に行くことがあったので、泊まりは札幌駅の近くにした。なぜかというと、日が長くなった、早朝でも明るくなっているので散歩が出来る。秋に行ったときは、朝が早いとまだ街は外灯が灯り夜が完全に明けていなかったのである。

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                札幌時計台

六時に札幌の街を歩くことにする。札幌の町といっても、昨夜はすすき野の夜の景色を楽しんだので、酔い覚ましをかねて歴史的なところを歩くことにする。

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           すすき野の夜景

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              懐かしい昔のおもちゃのお店

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                 札幌狸小路のたぬき様

札幌市役所の近くの時計台を目指してぶらぶらする、札幌の朝は寒い、今日はたぶん七度ぐらいかと思う。まわりの木々は新芽を出したところで、桜はところによってはまだ咲いているが、ほぼ終わりに近い。

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札幌の市民が出勤途中の中で時計台を眺める。いつも思うのだが、まわりに背の高い建物が建ってしまうので、時計台があまり目立たない。建設当時は、たぶんまわりには何もなく、一番高い建物だったのだろう。

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しかし、そのときからこの時計台の時計は正確に時を刻み、世間の移り変わりをしっかりと見つめてきたのだろう。早朝からの見学者は私だけかと思ったら、結構たくさんの人がいる。

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             旧道庁

時計台から旧道庁の建物の方向に歩くと、朝早くから観光バスがホテルの前に並んでいる。言葉を聞いているとどうも中国人の観光旅行団体のようである。聞くところによると、北海道を舞台とした中国映画が大ヒットをしてその影響で北海道への中国からの旅行者が増えているのだという。

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中国の団体さんと就学旅行が、北海道の経済を潤しているようである。いずれにしても元気であることは望ましいことである。

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旧道庁の門の前に来ると、通勤通学の人たちに混じって観光客が多い。道庁を前に団体さんが記念写真を撮っている。言葉を聴いているとやはり中国のひとたちである。

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終わりかけの桜の花と、朝なのでまだ開いていないチューリップの花が対象的である。旧道庁の屋根に翻る北極星の旗が北海道開拓当事の苦労を物語っているように見える。 Dscn3669

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今年は北海道の春も少し遅いようであるが、この早朝に感じるさわやかさは大陸気候そのものである。天気予報によると、今日は最高気温が20度になるという、今日一日の仕事をがんばって美味しい札幌ビールを飲もう。

白糸の滝と焼きそば  富士宮市を歩く

芝桜を後に渋滞の139号線を見ながら白糸の滝を目指す。せっかく来たのだから滝つぼに下りて、マイナスイオンを味わって行こうということになった。

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                      白糸の滝

商売熱心なおじさんに有料の駐車場に誘導されそうになってしまった。よくある観光地での呼び込みである。大体入り口で呼び込んでいるが、奥に行くと公営の無料駐車場があったりするものである。

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以前来たときは確かに無料の大きな駐車場があったはずである。そこに車を進めるがそこが閉鎖になっていた。やむなく近くの有料駐車場にとめることにする。それでも先ほどの駐車場より30%ぐらい割安であった。

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鬱蒼とした森の石段を降りていくと、滝の水音とつめたい空気が心地よい。雪解けの大量の水に水しぶきを上げる大きな滝と、それと並んで湾曲に落ちる白糸のような滝の光景が周りの新緑と青い空に映えてきれいである。

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          滝つぼの清流

滝つぼの水は澄んで、川底の石や緑の水草が水の流れになびききれいに見える。岩陰に咲く黄色の花も周りのすがすがしさを引き立ててている。ここは何時来ても、パワーがもらえそうな気がする好きな場所である。

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河原を歩いて石橋を渡るとのぼりの石段がある。ここを登りきるとまた違った風景の滝を見ることが出来る。富士宮の白糸の滝というとこの音止めの滝はあまり有名ではない。しかし、この滝も雪解けの大量の水でごうごうという大きな水音をたて、流れ落ちている。滝つぼまでは降りていけないので覗き込むjだけではあるがすごい迫力である。

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                 音止めの滝

どこの観光地にもそこの名物のソフトクリームがあるが、ここにもごたぶんんにもれず、わさびソフトがある。わさびのピリッとした辛さが冷たいアイスに良く合う。今日の気温も25度という良い天気なのでそのうまさが倍加する。

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           富士山本宮浅間大社

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                 境内の木に生えた苔

昼時になったので、有名な富士宮の焼きそばをたべることにした。最近は、秋田などでも焼きそばを売り出して名物になっているが、この地の人に言わせるとここが元祖だという。浅間大社の駐車場に車をとめると、その前の通りをはさんで、名物焼きそばのお宮横丁があり、いろいろな味、焼き方の焼きそばを食べることが出来る。

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          塩味の焼きそば

両サイドには数軒の焼きそば、餃子などのお店が並び、イスとテーブルが用意され、真ん中には湧き水がこんこんと流れ出ている。ソース味と塩あじの焼きそば、餃子を頼んで待つ。湧き水をすくって飲むようにコップがついてくる。

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          ソース味焼きそば

富士山の湧水を柄杓ですくって飲みながら焼きそばを食べる。やはり麺に腰があり普通とはちょっとちがうかなという感じがする。横丁では、オカリナの演奏があり耳に懐かしい音楽が流れてくる。70年台の音楽である。

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          お宮横丁

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          境内のフジの花

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           湧玉池・・・・富士山御霊水

湧玉池は国の特別天然記念物に指定されており、富士山の雪解け水が溶岩の間から湧き出るものである。水温は13℃で一秒間に3.6キロリットルといわれている。昔は富士修行者はこの地で身を清めて登山したという。

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           湧玉池よりの流水

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          神田川・・・・暑さに子供たちが遊んでいた

きれいな水が豊富な浅間大社を参拝して、境内を歩く、日がいいのか結婚式や子供のお宮参りが多い。若夫婦と赤ちゃんを抱えたおじいちゃん、おばあちゃんが多い。

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富士山のふもとにはいたるところに美味しい水の出るところがある。柿田川湧水や湧玉池湧水などは有名である。良い天気に富士山からの豊富な流水を眺め、御霊水に手水を頂、健康、家内、交通の安全祈願をして箱根に向かうことにする。

富士山と芝桜  やはり主役は富士山か

 富士山のふもとの芝桜が見ごろだとTVのニュースが伝えていたので、休日の早朝に出てみてきた。先行き心配の1000円高速でいくが、中央高速を河口湖方面に走ると目の前に残雪の富士山がどんと見えてくる。見事である。

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青木が原の樹海を見ながら、氷穴、風穴を過ぎ、精進湖をすぎたあたりから右に入り狭い山道を抜ける。

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1000台は十分だという大きな駐車場があるが、未舗装なので砂ほこりがすごい。現地には八時ごろにはついたがもう帰る人もいる。天気も良く休日とあって多くの人でにぎわっている。

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500円の駐車代を払って、さらに入場料が大人500円、JAFの会員証を見せると10%引きになる。両側にミヤマツツジの花を見ながら、しばらく歩くと芝桜の帯状のパノラマが広がる。

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六分咲きというところでまだところどころに歯抜けの部分がある。ニュースでは満開とのこと、やはりマスコミは信じられないと改めて実感した。それでもはれ上がった富士山をバックにきれいに咲いている。

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富士山に向かっては逆光になるが、朝の陽の光に頂の雪の濃淡がきれいに映っている。これを見ると、やはり主役は富士山で、芝桜は引き立て役だなと思う。

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櫓が組んであって数人ずつに分かれて登って眺めることができる。やはり高台jから眺めるとさらにきれいに見える。

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埼玉の羊山の芝桜もこれに負けないくらいの規模であるが、羊山の方が起伏があってきれいに見える。ここは起伏が小さい分、背景の富士山と手前の池がそれをカバーしている感じである。

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小さな可憐な花がたくさん集まって、赤やピンク、白い絨毯のように見せているが、来週でも十分に観賞することができるだろうと思う。ゆっくりとみて回ったが、朝が早かったので道路もスムーズで人ごみもそんなではなかったのでよしとしよう。

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九時ごろには駐車場を出て富士宮に向かったが、対抗車線はこのために長い渋滞であった。「早起きは三文の得」とはよくいったものである。たぶん、今日も十時ごろには雲が出て、富士山の全容は見れなくなると思う。

コオラウ山脈麓の寺  ハワイの「平等院」を歩く

ハワイの高速道路は料金所がないので一般道との区別がつきにくい。信号のある一般道をハイウエイといい、日本の高速道路といわれている道路はフリーウエイという。

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コオラウ山脈を背にしているハワイの平等院は、明治元年(1868年)にやってきた日系移民の100周年を記念して1968年6月7日に京都府宇治市にある平等院鳳凰堂を模して建立されたといわれている。

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当事、最初の移民は149人といわれているが、ずいぶんと苦労をされた話を聞いている。数年前に亡くなったが私の叔母も日系二世のハワイ人と結婚して、いとこが現在ホノルルに住んでいるが良く話を聞いたことがある。

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お陰で、いつもハワイに来たときは島内を案内してもらったりしているので助かる。ハイウエイから離れ、山麓へとすすむと芝生の中にきれいな花が供えてある。これが墓地であるという、さらにすすむと日本式のお墓があり、日本名で墓石が立てられている。手を合わせてカメラをむける。

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パーキングに車を止め、入場料を払って平等院へと向かう赤い橋を渡る。橋を渡ったところに鐘楼があり、外国人が鐘を突こうとしているがうまくいかないので、私がお手本を示して鐘を突いて見せてあげた。それを見て、たぶんアメリカ人の家族だろう三人が大きな音で鐘を突いてよろこんでいた。米ドルでお賽銭をあげたからきっといいことがあるだろう。

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本堂に入ると、宇治平等院の本尊を模した木造阿弥陀如来坐像があり、敷地内には茶室などもある。広い日本庭園には石仏や植木が茂り、池には錦鯉が泳いでおり、珍しい黒鳥も泳いでいる。日本風の茶店にはお土産や鯉のえさなども売っている。

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大きさは日本の平等院よりやや小さく、日本から取り寄せた屋根材の瓦以外はすべて現地調達され約二年間かけて建てられたといわれている。ワイキキの華やかさと打って変わって日本的な静寂さを味わえる場所であるが、話によると日本人はあまりおとずれないようである。

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ホノルルに向かうフリーウエイから「天国に上る階段」が見えるのでシャッターチャンスを逃さないように、との”マサ”の言葉に窓を開けて準備をする。「Ready?」の言葉に待っているが霧が濃くて見えない、フリーウエイなので車をとめることが出来ず残念ながら見ることは出来なかった。

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ダウンタウンに入ると、街の真ん中にお城の形をした教会がある。概観は日本で見るまったくお城であるが、壁にははっきりと十字架が掘り込んである。これは珍しい建物である。

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説明によると『「マキキ聖城基督教会」といわれ、プロテスタント教会である。1894年に、ハワイへ移民した日本人である奥村多喜衛(おくむらたきえ)によって開かれ、現在の教会建築は1932年に建てられた。外観は、奥村が高知県出身であることに因み高知城天守を模している。』といわれている。

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天気が悪い分、”マサ”のよきガイドで楽しい一日がすごせた。×壱であるが日本人を募集中との事、日本が大好きで4回来日しているという人物である。この次のハワイ旅行でもまた会えることを期待している。その時までに良い日本人の女性をさがしてやろうと思っている。

ハナウマ湾・潮吹き岩  「ブルーハワイ」ロケ地を歩く

ホテルの近くの有名な「eggs thing」の前で本日のタクシーと待ち合わせをした。朝6時半からやっているがいつもお客様が並んでいるといわれている。行き当たりばったりで行ってみた。案の定並んでいて、時間がかかるというのであきらめて、ほかの店を使う。

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         「Eggs thing]

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「ハナウマ湾」正式には、Hanauma Bay Beach Park という。1961年プレスリー主演の映画「ブルーハワイ」の撮影地として有名である。イメージとしては、青い海と珊瑚礁、その間を泳ぐ熱帯魚の群れ、あまりにも美しい光景を描いている。今日は残念ながら、曇り空なのでその青さがいまひとつである。

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                      [ハナウマ湾」

”ハナウマ”とは”カーブした”という意味で、パーキングから見下ろすハナウマ湾は見事に言葉通り湾曲している。正式に言うと「ハナ」は湾、「ウマ」はシェルター(避難所)のいみである。英語では「マナーマー」と聞こえる。ハワイの人々は「ハナオーマー」といっている。

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ここは自然保護区になっており、一般のビーチよりさらに厳密ないくつかの規制が設けられている。水溶性サンオイルの使用禁止、禁酒・禁煙はもちろん、砂・珊瑚礁・貝殻等の持ち出し禁止など環境保護のために定められた規則がある。

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真っ青な空と澄んだ青い海、珊瑚礁に輝くブルーの世界で泳ごうと、すでに海水パンツをはいて用意してきたが、かみさんが天気が悪いのでやめようということになり、展望台から透き通る海を眺めるだけにした。この次は必ず泳ぐぞと心に決めて潮吹き岩に向かうことにした。

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          「潮吹き岩」

日系三世のタクシーの運転手が、山口百恵の大のファンで車のなかでその音楽を聞かせてくれる。陽気で明るい人で Walter Masayuki Tamuraという、言葉をしゃべらないと恐い顔をしているが親切に案内してくれる。我々は ”マサ”と読んでいろいろな話をしながら、東海岸をドライブすることにした。

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ハロナ潮吹き岩 (Holona Blow hole) はシーライフ・パークの手前、波が溶岩で出来た崖に打ち付けるオアフ島東海岸の雄大な太平洋が一望できる風光明媚なところにある。ハロナ潮吹き岩の潮が吹き上げる仕組みは、海中の溶岩洞窟に溜まった海水が水圧で上部の穴から5~6mの高さまで吹き上げられる、ちょうど鯨の潮吹きのような現象である。

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写真をとるタイミングはなかなか難しいが、ある程度のリズムで吹き上がるのでタイミングを待って連写でとることにした。少し雨交じりの空模様であるが太平洋の波は力強く打ちつけているのでチャンスを待つことにした。

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さらにオアフ島最東端のマカプウ岬に行く。ここも海の眺めはいいが残念ながら天気がいまひとつである。マサが指をさし、「左手に亀の形をした亀島があるが、沖にある島はなんと言うか分かりますか」という。

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形から見ると鯨のように見えるがウサギ島だという。亀島は島といっているが陸続きで亀の形に似ているが兎島はどう見ても兎には見えない。たぶん「亀」があるので「兎」にしたのだろうと思う。

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          「兎島」

次につれて行ってくれたのは、相撲取りの銅像が建っているショッピングセンターである。相撲取りとはあの元横綱の曙である。ここは曙の出身地であるという。そしてこのショッピングセンターの中に曙のお母さんがやっていた店があったらしい。お母さんの評判はあまりよくないらしく、曙が引退するとつぶれてしまったようである。

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横綱で凱旋していればまたちがう人生が開けていたのだろうが、K-1に参加してからはこちらでも評判が悪いようである。この辺はハワイ人が多く住んでいる地域でもあるからなおさらである。

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次は10円玉のところに行こうとマサが言い出したので、興味津々で車をはしらせた。あいにくの天気ではあるが、良いドライバーのガイドで一日を楽しむことが出来る。感謝である。

Mayday is Leiday 5月1日はレイの日

 日本では5月1日は「メーデー」で労働者のお祭りであるが、ここハワイでは「レイデイ」。州の休日でハワイの各地でさまざまなフェスティバルが行われる。

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          ワイキキ

 もっともにぎやかなのがレイのコンテストが行われ、レイ・クイーンが選ばれるオアフ島のクイーン・カピオラニ公園でのイベントだといわれている。

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          ロイヤルハワイアンズの演奏

 朝食をこの公園の近くで行われている、「ファーマーズ・マーケット」でとることにした。これは近くの農家の人たちが農産物を持ち寄って売る。日本で言えば朝市のようなものである。八時ごろに現地に着いたがたくさんの人だかりである。良く見ると日本人が多い。

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          バーベキュウトマトとオニオンリング

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 グリーントマトのバーベキュウが美味しいというので看板を探すと、長蛇の列、仕方なく並ぶことにするが意外と早くすすむ。青いトマト、オニオンのから揚げと果物のジュースを注文して近くの芝生で食べることにする。これがなかなかいける、簡単に家でも出来そうである。

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 会場のカピオラニ公園に向かう。公園では朝7時ごろから会場に地元のひとたちがやってくるらしい。プログラムを見ると、9時から17時半までイベントは行われる。9時から10時まではロイヤルハワイアンバンドの演奏があるので聞くことにする。ステージの周りの観客席はいっぱいなので芝生の上に座って聞く。

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          ロイヤルハワイアンバンドの演奏

 まわりでは、地元の人たちや観光客はテントを張ったり、芝生にマットをひいたりして、ピクニック気分でゆっくり寝転んだりしながら一日を楽しもうという人たちである。年をとった人たちもきれいにレイを飾り、ハットレイといわれる、帽子にも良い香りのするプルメリアが飾ってある。

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          ハットレイ

 ロイヤルハワイアンバンドの「Mayday is Leiday」の演奏でセレモニーが始まった。毎年レイクイーンは年代別に選ばれ、さらにれそれぞれ各カテゴリーに分けられて選考されるいるようである。

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 18歳~30歳の若い女性、31歳~54歳までの大人の女性、55歳以上のグランドマザーズの部門がある。そして「市長が選ぶグランプリ」は、500ドルの賞金がもらえるとのことである。

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          レイ・クイーンとレイ・プリンセス

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 セレモニーの後は11時半から12時15分まで、Kapenaのライブ演奏を楽しむ。親子兄妹4人のウクレレとギター、会場に響き渡るきれいな裏声に酔いしれる。ハワイでは有名なバンドだという。その後は地元のフラダンスのグループの方々の演技が延々と続く。

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           カペナのライブ

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 レイ・クイーンに選ばれるのはきびしい審査があるという。レイを作ることはもちろんで、レイやフラの知識があること、さらにその人のキャリアや人間性などが審査対象になるといわれている。今年のレイ・クイーンと二人のプリンセスも生まれ、家族構成やキャリアが事細かく紹介されている。

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           2010年レイ・クイーンのフラ

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 レイの種類や素材もさまざまで、またハワイには八つの島がありそれぞれの島によってレイに使う花や木の実が違っている。

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          一般の人たちのフラダンス

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 ハワイ島は、赤いレフア、マウイ島はロケラニというピンクのバラ、オアフ島ゴールデンイエローのイリマの花、モロカイ島はグリーンでククイの葉、ラナイ島はオレンジ色のカウナオア、カホオラベ島はシルバーグレイのヒナヒナ、ちょうどキャベツサボテンの花のようである。カウアイ島はパープルでモキハナの実を使う。個人所有といわれているニイハウ島はホワイトでshell 貝殻を使うようである。

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 ここに来るまで知らなかったこのお祭り、一年に一度というレイ・フェスティバルに遭遇したことは本当に幸運である。となりの席の日本のご婦人は、このお祭りのために毎年五月にハワイに来るのだと聞いてさらに驚いている。それももう5年間続いているということである。我々も毎年このお祭りが見れるようにがんばろうと思う。

ホノルルの夕焼け   サンセットクルーズに乗る

  楽しんだハワイ島コナを離れ、ホノルルに向かう。40分ぐらいのフライトなのですぐについてしまう。コナ空港で時間があったので朝食をとりながら出発を待つ、あまり陽射しは強くないのですごし易い。

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                      コナ空港

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  ワイキキ沖のサンセットクルーズは午後4時ごろからなので、ホテルの部屋でのんびりと海を眺めながら過ごすことにした。窓から眺める太平洋は眼下にヨットハーバーがあり、たくさんのヨットが繋留されている。

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          アラ・ワイ・ヨットハーバー

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打ち寄せる大きな波間ではサーフィンをする若者たちが遊んでいる。サーフボードをうまく操る人、なかなか良い波を見つけられない人などたくさんの人たちがあそんでいる。

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 沖合いでは、カラフルなヨットがセールをはらませて優雅に海面をすべるようにすすんでいく。空にはパラセーリングが見える、鳥の気分で青空を散歩するなんて事はなかなか出来ることではない。上空から眺めるワイキキの空と海のコントラストはどんなものだろうと想像する。

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          パラ・セーリング

 サンセットクルーズの船の前でハワイアンとフラでのお出迎えであるが、ちょうどそのとき雲が出て突然スコールがやってきたので急いで船に飛び乗った。二階のディナーのテーブルに案内されたが、場所が悪いので変更してもらった。こういう交渉事はかみさんが得意である。

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 ちょうどフラダンスのステージが良く見えるところのテーブルに変えてもらい、しばらくすると沖合いへと船は静かに出て行く。ワインを片手に食事をしながら,ワイキキの沖合いをダイヤモンドヘッドを目指してにすすむ船上からホノルルの夕景を眺める。

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          ワイキキビーチ沖からダイアモンドヘッド

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 あいにく雲の多い空であるが、太陽が西の空に傾きかけてきた。水面に映る陽の光を一艘のヨットが横切っていく、何とかサンセットの場面を見ることが出来そうである。

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          サンセット

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 盛り上がってきたディナーショーはお客様を含めたフラダンスショーになってきた。かみさんはちょうどフラダンスをならっているので、喜んでステージにでて踊っている。外国人は陽気なので結構ノリノリで盛りあっている。

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          眠らないアラモアナ・ビーチ

 クライマックスは乗員も含めて全員での「YMCA」 ♪ の大合唱である。音楽に国境はないというのはこういうことだと思った。各国の言葉で夜の挨拶を交わしているうちに、外の帳は降りすっかり暗くなっている。ホノルルの最初の一夜をフラダンスショーとサンセットクルーズで楽しくすごすことが出来た。

マウナ・ケア天文台  サンセットと満天の星空

 未舗装の道路を砂煙をあげながら登りきると、またきれいに舗装された道路に出る、すると間もなくマウナ・ケアの頂上4,205mである。途中氷河期の地層だという案内の看板が見えた。

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                     マウナ・ケア頂上

 海岸線のリゾート地の雰囲気から、過酷な自然の姿を見ながら、宇宙に最も近い山を体験できるということはうれしいことである。夕日に赤く染まる天文台が見えてきた。頂上である"The summit of Mauna Kea"に降りる。やはり少し頭が重い感じがする。

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 沈みかけた太陽の光に、黒く四角くシルエットを残す日本の「すばる」が見える。日本の国立天文台が1991年から9年間の歳月をかけて建設した大型光学赤外線望遠鏡である。世界最大・最高性能の望遠鏡で1999年に完成した。

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 太陽は雲海に沈もうとしているが、山頂にある望遠鏡の向こうに遠くマウイ島が見える。太陽を見ていると沈むスピードはものすごく速い。周りのくもを真っ赤に染めてあっという間に雲の中に沈んでいく。

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          マウイ島

 太陽が沈んだ後の空の色がまたきれいである。真っ青な上空からだんだんと薄くなっていく青、これも時々刻々と変化していく。寒さに手をこすりながらかみさんと眺めるサンセットは、一生のいい思い出になることだろう。

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          左から 「すばる」「ジェミニ」天文台

 4,000mからの高みから見る日没の色は、深く、神々しく、たとえようもなく美しい。素晴らしいサンセットを堪能した。

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          日本のすばる天文台とサンセット

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 一時間以上の長居は許されないので下山の準備を始めるが、4,200mでのトイレを思い出としてすることにした。

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      影マウナ・ケア  雲海にマウナ・ケアの影が映っている

 山の中腹まで下りてくるが、下りの急坂には驚く、車はエンジンブレーキを目いっぱい唸らせて降りていく。登りには気がつかなかったが下り坂を経験して、いかに大変な登り坂だったかが改めて分かった。

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         日没直後

 オニズカ・ビジター・センターの近くで星空の観測をする。空を見上げると空にいっぱいの星、星、星。恐ろしくなるほどの満天の星空である。流れ星も見えるが瞬間で、願い事を唱えている時間がない。「すき」とか二文字ぐらいでないと間に合わない。

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 北極星、大熊座、小熊座、オリオン座、カシオペアなどなじみの星はすぐに見つけられる。ちょうど北の空の小熊座の近くを人工衛星が通過した。南の山の上には南十字星の半分が見える。南十字星はタヒチ以来であり、大感激である。

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 もう少しすると全部が見えるということなので楽しみに待つことにした。星を撮ろうと三脚を準備したが、肉眼で脳裏に焼き付けることにした。本当に降るような星空、天の川がきれいに流れ、シリウス、火星、金星、木星、土星などもはっきり見える。

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          下山途中車窓より

 ガイドさんの望遠鏡をのぞくと土星の薄く美しいリングがはっきりと見える。やがて眼下の雲の上に月が上り始めた。月の出を目線の下に見ることはないのでこれも感激である。

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         満月の翌日の月 

 南十字星が四つすべてそろった。北の空に北極星、南に南十字星が同時に見ることができるのもうれしいことである。よほど普段の行いがいいのだろうと我ながら考えるのはおこがましいか。

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         マウイ島を望む

 素晴らしい光景を体験しての帰りは、濃い霧の中を一気に山を下る。海抜0mに戻ってきたのは夜の11時ごろになってしまった。四月の日本の気候でも今日は25度、翌日は7度とかの気温変化を経験したが、朝海抜0mで気温28度、夕方海抜4205mで気温4度は初体験であった。星空に酔いしれての感激、宇宙にもっとも近い体験をじっくりとかみしめて明日の英気にしよう。

標高2,800メートル  オニズカビジターセンター

ブラッドショウ米軍飛行場の入口を通りすぎたら左折をする。ここからは急坂道となるが舗装されているのでまだ気が楽である。

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 標高2,800mにあるオニズカ・ビジターセンターは、あの1986年に起きたスペースシャトル「チャレンジャー」号の事故で亡くなったオニズカ大佐にちなむものである。大佐はハワイ島の東部で生まれ育ち、ハワイ州初のそして日系人初の宇宙飛行士となった地元の英雄なのである。

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          標高2,800m地点 オニズカ・ビジター・センター

 彼は軍人で飛行機のパイロットをやっていたようである。ビジターセンターの入口には大佐の石碑が建立されている。

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         富士山と同じぐらい地点

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ここで、高山病予防のため約1時間の休憩をとる。夕食をとり水分補給をして防寒具に身を固める。標高4,000m以上の頂上は平地と比べると全く環境の違う世界になる。気圧は平地の2/3しかなく、空気は希薄なのでゆっくりと行動することとあまり長い時間頂上にいないことである。

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 ここから先は四輪駆動車でないと登っていかないほどの急坂である。ここには頂上の天文台のスタッフの宿舎がある。一時間の休憩の後、途中休みながら2,800mから4,205mまで約30分で登るとのことである。

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  陽が陰りだした赤茶けた山道を車は喘ぎながら登る。眼下には夕焼けに色づく雲海を見ながら遠くマウナ・ロアの姿が見える。ちょうど日本の富士山と同じ高さだという地点で車を降りて下界を眺めてみる。もう一息でマウナ・ケア山頂である。

パーカー牧場から山頂へ  気持いい山岳ドライブ

 コナの町から西海岸を北上してキングス・ショップで腹ごしらえと、水の補給をする。以前来た時はこの先のマウナ・ラニリゾートでゴルフをした。あの風の中を海に向かってショットすると風の影響でちょうどグリーンに戻ってくるショートコースを思い出す。ちなみにかみさんは海の中に数個のボールを。

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          キングズ・ショッピングセンター

 溶岩台地がどこまでも続くハイウエイが突然狭くなり、波を打った道となるとあたりの風景も一変する。緩やかな登り道の両側には、牧草地が際限なく広がり、牛やロバがのんびりと草を食む姿が点在している。

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 パーカー牧場の総面積は225,000エーカー(約910k㎡)東京23区の約1.5倍の広さで、この土地に約50,000頭の牛と1,000頭の馬が飼育されているという。かつては個人所有の牧場だったというから、我々の想像をはるかに超えた規模である。

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          1,800m付近の牧場

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 ここ、パーカー牧場の創始者はジョン・パーマー・パーカーという人で、貿易船の乗組員として1815年、25歳のときにマサチューセッツ州からハワイにやってきた。彼はカメハメハ大王と親しくする機会を得て、のちに大王の孫娘レイチェル・キピカネと結婚することになり、これがジョン・パーカーにとって大きな幸運になるのである。人生いたるところに青山ありでしょうか。

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 広い草原には、野生のロバ、七面鳥、羊、山羊などが群れている。道路わきにも野生の七面鳥が数羽、昨年のクリスマスに命拾いをした面々がのんびりと歩いている。野生のロバは1930年代コーヒー農園で運搬用に飼われていたものが、農場主の破たんなどで飼い主がいなくなり野生化したと言われている。

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 牛、羊、山羊などもそのようであるが、溶岩台地の上の草むらを探してよく生き延びてきたものだと思う。親はなくても子は育つの典型である。

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          鈴木牧場の馬たち

 途中で日系人の牧場による。牧場には三頭の馬が草を食んでいた、よく見るとこの馬の目はブルーである。海外の馬だからなのか定かではないが珍しいうまで、人懐こく顔をすりよせてくる。

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 このハワイ島は海岸線の亜熱帯気候からマウナ・ケアの頂上の山岳気候まで多種多様である。世界には13種の気候帯があるというが、ここではそのうちの12種の気候があるといわれている。

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 下界は曇りで、ここ1800m近辺では濃いガスが発生している。遠くガスの中に放牧されている牛たちの姿が見える。ここに住んでいる人たちは、溶岩台地なので水の確保は雨水をキャッチ板のようなものを作り貯水している。

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 2000m付近に来ると一面、火山灰土に少量の植物が生えている砂漠のような光景に出る。道路はアップダウンが厳しいが真っすぐな道で、ジェットコースター道路と言われているらしい。スピードを出しすぎると危険な感じがするが、お尻の下がスーッと落ち込む感じは本当にジェットコースターにのっているような気分である。

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          海抜2,000m付近の光景

 右手には米軍の基地があり、簡易テントの宿泊施設と滑走路がある。イラク戦争の全盛期には砂漠での軍事訓練をここでやっていたと聞く。島とは思えない大陸にきているような光景である。

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 しばらく行くと、新しい溶岩の流れ出した台地に出た。キラウエアは現在も熱い溶岩が流れ出しているが、ここはすでに冷え固まっている。一部に植物が生えはじめているのを見ると植物の生命力の強さに驚く。

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  一面広がる溶岩台地を眺めながら2800mのオニツカビジターセンターに向かう。ここで約1時間高山病に備えて体調を整える。水分の補給と呼吸の仕方を教えてもらう。雲海を下に見て、いよいよ富士山より高い山の山頂を目指す。珍しく、日本の幕の内弁当なので何日かぶりのお米に出会うことが出来た。パワーを蓄えて4000mのSummitに挑戦する。

ホロホロする  ぶらぶら歩きの楽しい港町

 繁華街を歩いても端から端まで500mというコンパクトな田舎町。ワイキキのような高層ビルはない、町はカイルア湾を囲むように作られている。海岸線に沿ってリゾートホテルやコンドミニアムが建ち、海岸線をゆっくりと歩くことができる。

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 道路横断も必ず車が止まってくれて安心である。これが中国、ベトナムなどではそうはいかない。車社会の歴史の違いなのかもしれない。人にやさしい一面である。

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 コナはコーヒーの産地として有名だ。コナ・コーヒーはハワイ島の西海岸、カイルア・コナに迫るフアラライ山麓一帯で作られている。100年以上もの間、商業ベースでコーヒーを生産し続けている、アメリカ唯一のエリアだ。

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 ハワイに初めてコーヒーの木が植えられたのは1825年だという。1828年に、あるキリスト教宣教師がオアフ島からコナにコーヒーの木を観賞用に持ち帰ったところ、その木は瞬く間に生長し、数年後にはコナ一帯はコーヒーの木だらけになったという。

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 100%コナ・コーヒーこそが本物だといわれる。ここコナでしか売ってないといわれるコーヒーもある。以前来た時はどこにでもあるだろうと、たかをくくっていたらオアフでは手に入らなかったことがある。今回はその轍を踏まないようにする。

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 地元でも、100%ピュアーのコナ・コーヒーは1ポンド(450g)$15~20はする。ギフトショップなどで$5~8でコナ・コーヒーとして売られているものがあるが、よく見ると10%コナ・コーヒーのブレンド品が多い。

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          イルカのジャンピング

 コナ・コーヒーの歴史にも日本人の苦難の足跡がある。さとうきび全盛時代にコナ・コーヒーを支え続けた日系人移民の苦闘の歴史が、コーヒー歴史博物館にある。1910年ころ日本人農家が作るコーヒーは、コナの全生産量の八割を占めていたといわれている。

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 コナ・コーヒーはなぜおいしいかというと 「コナの弱酸性火山土壌、また昼間は海からの暖かい風が、夜は山から冷たい風が吹くことによって生じる温度差、そして決して多すぎない午後の雨。これらすべてが、美味しいコーヒーを栽培するのに最適な環境になっている」のだそうである。

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 広い太平洋を眺めながらコナ・コーヒーを楽しんでいるが、今日の午後からは、このコナの町海抜0メートルの海岸線から4205メートルのマウナ・ケアの山頂に登る。日本の富士山より高いところでのサンセットを楽しみにしている。そのために、キルティングからセーター、カイロ、手袋を用意してきた。この島だけで亜熱帯から寒帯気候まで体験できるのはさらに興味深いものがある。

ハワイで鳥見  ハワイ島、オアフ島の鳥たち

重い機材をはこんできたので、やはり鳥見をすることにする。さすがに600ミリはあきらめ、手持ちでできる400ミリズームにした。それでも本体とレンズ3本での重量は結構ある。

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          チョウショウバト(Zebra Dove)

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                     イエスズメ(House Sparrow)

鳥はどこにでもいるが名前がわからない。それでも日本の鳥たちと同じようなものもいるので勝手に名前をつけて楽しんでいる。

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          カバイロハッカ(Common Myna)

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南の鳥たちは人懐っこいのかかなり近くでも逃げないし、いったん逃げてもすぐに戻ってくる。やはりどこにでもいるのは、ハトとスズメである。これは日本と同じだが、ちょっと違うのはカラスらしき鳥は見当たらない。

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          チョウショウバト(Zebra Dove)

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                    キバシコウカンチョウ(幼鳥)

その代りにハトの小型版のチョウショウバト(Zebra Dove)がどこにでもいる。ホテルの窓やレストランのオープンカフェのテーブルの上などにも平気でやってくる。たぶん食事をしながらパンとかを与えるからだろうか、鳥たちはすぐに寄ってくる。

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           イエスズメ(Hause Sparrow)

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                      ブンチョウ(Java Sparrow)

朝食をとるテーブルのわきには文鳥が飛んできて、物欲しげにのぞきこむ。遠く沖合から黒い三角の背びれが数個海岸にむかってくる、イルカの群れである。双眼鏡で見てみるとイルカが水面に大きくジャンプをしている。

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          キバシコウカンチョウ(Yellow-billed Cardinal)

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          イエスズメ(House Sparrow)の親子

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ヤシの茂る海岸をぶらぶらと歩く、岸辺に打ち寄せる波が白く砕ける。こういう風にぶらぶら歩くことをハワイ語で「ホロホロする」という。ここはワイキキなどと違って俗っぽくなくのんびりできるところがいい。

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          カノコバト(Sotted Dove)

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          サフランフィンチ(Saffron Finch)

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ブーゲンビレアの花が咲く木の下で、ハトと黄色の鳥カナリアの一種だろうか、なかよく餌を拾っている。黄色の鳥はペアーらしく二匹はいつも一緒である。

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                      キョウジョウシギ(Ruddy Turnstone)

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           AKEKEKE

海岸の岩の上では、スズメの親子と思われる鳥が子供に口移しで餌をあげている。ほほえましい光景である。その隣ではコウカンチョウに似ている鳥が一羽、コウカンチョウのメスなのか、こどもなのか不明である。

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                   オナガカエデチョウ(Common Waxbill)

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岩に閉ざされ外洋の大きな波を避けた海水の水たまりには、きれいな熱帯魚のような魚がたくさん泳いでいて、波の引いた岩の上には黒いカニが横ばっている。

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          コウカンチョウ(Red- crested Cardinal)

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どこの家も、庭先には必ずプリメリアの花やブーゲンビレアの花がきれいに咲き、芝生の庭はきれいに手入れがされていて、外から眺めても気持のいいものである。

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                      コクチョウ(Black Swan)

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                       カノコバト(Spotted Dove)

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          シリアカヒヨドリ(Red-vented Bulbul)

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沖合には大型の客船「プライド・オブ・アロハ」がやってきている。これはホノルルを土曜日に出航してハワイ諸島の各島を周る一週間のクルーズになっている。朝起きたら次の島という感じである。この次は必ずこの船に乗ってみたいと思う。

ハワイといえばフラ ルアウショーを見る

 太平洋の波しぶきが打ち寄せる海岸に向かって席が設けられ、白く砕け散る波をバックにルアウショーのステージがある。日が陰り始めたので早めに会場に向かい席を確保することにした。同席のカップルは米国シアトルからだという老夫婦、東京にもいったことがあると世間話で盛り上がる。

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 もちろん正装で、正装といってもここではアロハシャツ、ムームーであればいいのでらくである。かみさんはフラをならっているのでこれを楽しみにして、いくつもの衣装を用意してきている、私だけTシャツにサンダルというわけには行かないので、それなりに準備してきた。

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 私のアロハシャツは歴史がある。歴史というより思い出のアロハなのである。1974年にタヒチ島で結婚式を挙げたときのアロハをいまだに愛用している。普段はなかなか着る機会がないので最近はハワイに来るときに必ず持ってくることにしている。

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 それだけ体型も当事とあまり変わっていないということになる。当時記念に買ったものが今になってよく活躍してくれるので助かっている。色あせもせず現役である。今後も何年も着ることができることを祈りたい。

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  フラ・ダンスというとハワイアンソングをバックに優雅に踊る姿を思い出すが、これはアウアナと呼ばれるモダンフラで、これとは別にカヒコと呼ばれる古典フラがある。ハワイ語によるチャント(祝詞)と打楽器のリズムとメレ(歌)だけで踊られ、アウアナとは正反対のものである。

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 フラとはハワイ語で「踊り」のことで、発祥の起源はハワイ島のようである。火の女神ペレにせがまれ、妹のヒイアカが最初にフラを踊った神といわれている。またヒイアカはフラを踊り、ペレの愛したカウアイ島の王子ロヒアウの魂を蘇らせたといわれている。

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 神話の中でもフラは魂を交信するための儀式であったことが語られている。神々にささげるもので、自然への賛美や平和への祈りであり、文字を持たなかった古代ハワイでは民族伝承の手段でもあったといわれている。

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  フラに欠かせないレイは、フラと同様にハワイ文化に欠くことのできない存在である。ハワイでよく見る花の一つでプルメリアや、ナウパカ、ミレ・イリマ、ヒナヒナ、などのハワイ原産の花や葉などから作られる。また、黒い実のククイで作ったレイは男性用であるが最近は女性も多く使っている。プルメリアのレイは花の香りがよく、その日の朝に摘んだものを使うらしい。

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              プルメイリア

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 カメハメハ大王が晩年を過ごしたといわれるカイルア・コナは、ハワイ島一番の繁華街で、アリイ・ドライブと言われるメインストリートは夜遅くまでにぎわっている。ハワイ諸島で一番ハワイらしい島がこの島で気にいっているところである。ホノルルでは日本語がどこでも通じるが、ここでは日本語はほとんど通じない、そこがまたいいところでもあるのだが。

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          メイン料理のカルアピッグ(豚の丸焼き)

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          プリメイラは落ちてもきれいだ

 太陽が西に傾きかけたところから始まったルアウショーもきれいなサンセットを見ながら佳境に達し、すっかり日が暮れるまで楽しませてくれた。アースオーブンで焼いた豚肉や南国のくだものに舌づつみを打ち、ハワイの地ビール、マオタイを味わう至福のひとときであった。打ち寄せる波音を残し夜は深く静まりかえっていく。

のんびり椰子の葉陰で  ハワイ島を歩く

 高度一万メートルから太平洋を見下ろすと、エメラルドグリーンの海の上に白い綿のような雲がふんわりと浮いている。海上にあるのはビッグアイランド、飛行機はゆっくりとハワイ島コナ国際空港に降りた。

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 久しぶりのコナ空港であるが、国際空港といっても海岸の溶岩台地に長い滑走路があり、その端に自家用機用の広場がある。入国審査の建物はプレハブのテント張りである。

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                ブーゲンビレア

 南国の太陽に照らされて中は暑い。これが国際空港かと思われるような飛行場である。それがまた異国情緒を楽しませてくれるのではあるが。

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              カイルア湾

 空港に降りると、陽気な声で「アロハー」と声をかけてくれる。時差ボケに負けないで元気に「アロハー」と答える。連休だけあって入国へのチェックは長い行列。そのうえ、五本指の指紋チェックと、顔写真、愛想の悪い管理官、アメリカの入国は以前よりかなりきびしくなっている。

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 ビッグアイランドは、菱形のような形をしたハワイ諸島最大の島。中央には標高4000メートル級の山が二つ、マウナ・ケアとマウナ・ロアがそびえる。北にはコハラ山脈が走り、西部には山ろくにコーヒー農園が広がるファラライ山、東には活火山のキラウエアが噴煙を上げている。

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 これらの五つの山々の火山活動によって造りだされた島は、まさにビッグアイランドとなって、日本の四国の半分の大きさで1万418K㎡ある。ほかの主要5島の合計面積の2倍の広さである。

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 飛行場を後にして、両側の溶岩台地にブーゲンビレアの咲き乱れる道路をカイルア・コナのホテルへと向かう。青い海と椰子の木が並ぶ海岸、溶岩の黒い岩の上に白いホテルはある。

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 赤や黄色、白のプリメリアの花がきれいに咲いて、マンゴの実がたくさんぶら下がった木々が亜熱帯の雰囲気をかもしだしている。ちょっと雲が多く海の色の青さに不満もあるが、強い日差しを避けるにはちょうどいい天気である。

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                プリメリア

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 コナの繁華街へ出てランチをとることにした。ホテルの人の紹介でカイルア桟橋の近くの店でお勧めのブルーチーズバーガーとビールをオーダー。二人で一人前で十分だというので一人前を頼む。山盛りのポテトフライと共に大きなハンバーガーと山盛りの野菜。とにかくここの人たちのお勧めは質より量である。それを考えると日本料理は繊細である。

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                  コナ・イン・ショッピングビレッジ

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  ビールを一気に飲み干したが、やはりビールは日本のビールが一番美味しい。食べている店先に小鳥たちがやってくる、餌付けをされているのかテーブルの上、イスの上なども平気でとまる。

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          Saffron  Finch(サフロン フィンチ)

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 帰り道は、カイルア湾を右手に見ながらフリエ宮殿、モクアイカウア教会などに立ち寄り、ぶらぶらと散歩を楽しんだ。この教会は1835年に現在の建物になったハワイ州最古の教会だという、白亜の外観と尖塔、ソーセージの木が生えている庭が印象的である。

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               フリエ宮殿

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                  モクアイカウア教会

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 話によるとあの松田聖子が結婚式を挙げた教会だという。相手は誰だったのだろうと考えてしまうが、内部の作りもきれいである。

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 このカイルア湾は世界的なトライアスロンの大会が開かれるところで、ここで優勝した人は世界一だといわれている。あの鉄人マンたちの活躍の姿を海の向こうに想像していると、開放的な南国の雰囲気が、日ごろのストレスを吹き飛ばしてくれそうである。普段の仕事は忘れ、思いっきり命の洗濯をしよう。

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