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昭和館    北の丸公園を歩く

地下鉄九段下駅を地上に出ると、北の丸公園に向かうお堀の手前に窓のない建物がある。これが「昭和館」である。

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           お堀の蓮

案内によると『昭和館は、戦没者遺族をはじめとする国民が経験した戦中・戦後(昭和10年頃から昭和30年頃まで)の生活に係る歴史的資料・情報を収集、保存、展示し、労苦を後世代に伝える国立の施設です。

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                 昭和館入口

平成11年3月末に開館し、財団法人日本遺族会が厚生労働省から委託を受け運営に当たっています。』という説明である。

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                  昭和館全景

7階6階が常設展示室になっており戦中・戦後の実物資料が展示されている。徴兵令による召集令状が届くと出征する夫や息子のために、家族との別れの「千人針」を縫うことが行われた。

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話しには聞いていたが実際にどんなものか見たことがないので興味深く読むと、次のように書いてある。

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『日露戦争の頃、千人結などといわれ流行したものが、日中戦争の頃に全国的に行われるようになった。出征する兵士の母や妻が他の女性に、腹巻用の布やチョッキなどへ糸玉を一針ずつ結んでもらい、戦地での弾丸除けのお守りとして贈った。

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      旧江戸城田安門(重要文化財) 寛永13年(1636)

寅年の女性だけは年齢分縫うことが出来るとされたが、それは「虎は千里を走り、千里を帰る」という言い伝えにあるといわれ、「虎」の絵が描かれるものが多かった。

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「死線(四銭)を超える」「苦戦(九銭)を免れる」ということから、五銭・十銭硬貨を結びつけ、あわせて銃後(十五)の護りともされた。』との説明があり漠然と理解していたものが鮮明になった。

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昭和16年(1941)の国民学校の教科書、「小学国語読本」(サクラ読本)の「サイタ サイタ サクラ ガ サイタ」、「ヨミカタ」(アサヒ読本)の「アカイ アカイ アサヒ アサヒ」の実物も珍しく興味深く見入った。

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また、戦後になると戦災で校舎を焼失した学校では、運動場や河原を教室とした「青空教室」で授業をし、戦中の軍国主義的な内容などを塗りつぶした「黒塗り教科書」が使われていた。

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昭和22年(1947)以降は、文化の復興、産業の復興にむけて明るい兆しが見え始め、電気炊飯器やテレビ、振動式洗濯機など家電製品が製造され始めて、高度経済成長への足がかりになってきた様子が良く分かる。

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           昭和天皇御野立所

昭和20年8月15日の「玉音放送」での終戦。その記念日がまたやってくる。この昭和館を見て戦中・戦後の国民生活の労苦を後世代に語りつたえて、平成の時代に生きる平和のありがたさに感謝しなければならないと思う。

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