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2010年8月

マンションブームの上海  富裕層の世界

中国の元気の元は何だろうと高級マンションを見学した。アジアの成長率は日本を除いてはものすごい。

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       部屋に夜はどの位灯りがともるのか

因みにGDPでみてみると、中国は09年10~12月で10.7%、10年1~3月11.9%、10年4~6月10.3%である。これより高い成長をしている国は台湾とシンガポールで台湾は同じ期間で見ると、9.1%⇒13.7%⇒12.5%。シンガポールは3.8%⇒16.9%⇒18.8%となる。

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                    勝手口からの眺め

他に韓国、香港も二桁成長はしていないが日本の比ではない。日本はどうかというと、1.6%⇒5.6%⇒▲3.7%である。元気がないと言われている米国ででさえ、2.4%⇒3.7%⇒5.0%と回復している。

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            部屋から見下ろす庭園

古い建物と近代的な超高層ビルが林立する上海で、バブル気味に売れていると言う高級マンションの設備はすばらしい。駐車場の車は日本でも5,6百万の車である。トヨタのカローラが260万円ぐらいだというから自ずといかに高いかが分かる。

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            ベランダの水槽

広さは約230㎡、共用部も含まれるので日本での換算だと約75%ぐらいなので170㎡になる。価格は2000万元、日本円で2億6,000万円ぐらいになる。

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            ベランダのソファー

これが完売しているのである。実際住んでいる人は半分ぐらいに見えたが環境は快適である。投資で購入するのがほとんどであるが一人っ子政策が続いているので、富裕層は競って子供たちにマンションを買ってあげるのだという。

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            エントランスホール

こちらのマンションは防犯については厳しい基準がある。錠前などは日本では考えられないほど厳重である。

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          頑丈な鍵(15分に耐える)

では、社会主義の国でなぜこんなに富裕層で生まれるのかと言うと、鄧小平の指導による1978年決定の改革開放経済からである。

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           トリプル(三層)の曲面ガラス

さらに1980年には対外開放政策で経済特区が指定され市場が開放された。共産主義の絶対平等主義を捨て社会主義市場経済を目指した。

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            室内プール(居住者無料)

しかし、これは中国社会に大きな矛盾を生み出した。農村部と都市部、内陸部と沿岸部における経済格差が拡大し、共産党に対する不満が高まり1989年にあの「天安門事件」が起きたのである。

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           バスケットボールができる

天安門事件の後一次中止された開放経済は1992年からまた再開された。国営企業が民営化されることにより一夜にして数多くの億万長者が誕生した。

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            雨天でも出来るバーベキュー設備

その後の高度成長により民営化された株を持っていた人たちは多額のリターンを得たのである。2001年にはWTOにも加盟したのでさらに、この改革開放経済は発展するだろうと思う。

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           地下鉄の改札と直結

国の舵取りをする人を民主党の中で決めようとしている。それぞれの駆け引きで立候補しているが民意が反映されていない。民意で民主党は大勝したが、国民のことは考えていない。だから党首はすぐ投げ出す。

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13億人の民を抱え、多くの矛盾をはらみながらも二桁成長をする指導者はすばらしい。「成長戦略」を実行して元気のある日本にしよう。対立候補が党首になったら諸々の問題の追及でまた国会が空回りすることは目に見えている。その問題を明確にして、日本を前進させて欲しい。

上海 Ⅵ  豫園(ユーエン)の外を歩く

仕事が早めに終わったのでホテル近くの「豫園」に足を向けることにした。本来はここの庭園が有名で中国語では”ユイユアン”と読む。

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今回は庭園には入れないので庭園の外の町をぶらぶらすることにする。庭園の開園時間は朝の8時半から17時までなので閉門時間を過ぎてしまっている。

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                     並ぶお土産やさん

豫園は400年以上の歴史を持つ中国江南を代表する古典庭園である。「豫」は愉を意味し、豫園はすなわち「楽しい園」という意味で、説明によると園内の庁道楼閣、築山と流泉は明・清時代の中国南部の庭園建築芸術を代表するものと言われている。

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          シャボン玉が飛ぶ街

面積は約2万㎡で中には40か所あまりの見どころがあり、池にはおびただしい数の鯉や樹齢400年以上の樹木が植えられているという話である。

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豫園は四川省の役人潘允端が1559年に両親のために贈った庭園で18年の長い歳月を費やして建てられたといわれている。

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          遠く上海金融センターが見える

説明を聞いているとますます中の庭園を見たいと思うが、今回は残念ながら見ることができないので庭園の外の古い街並みを楽しむ。次回はぜひゆっくりと堪能したいものである。

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ホテルからは地下鉄で一駅なので歩いても来れる距離である。バンド南端から歩いても10分ぐらいなので涼しい時期であればいい散歩コースである。

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豫園の外側の景色は、日本でいえば浅草のような感じのところである。お土産屋さんから食ベ物屋、いろいろな店がたくさん集まっていて、とにかく人が多い。平日にも関わらず人が多いというのは、大半が観光客なのだろう。

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しばらく行くと、小籠包専門の店があり長い行列である。聞くところによると1階が小籠包専門で持ち帰り、一番安いらしい。2階はは小籠包専門のレストランで価格はそれなり、3階は小籠包以外にもいろいろなものが食べられるレストランになっているという。

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とにかくいろいろな店がある。正面に英語でスターバックスがあるが何か違和感を感じる、古い街並みなのでせめて中国語の看板であればなあと思う。2010_08_21__8448

古い建物の向こうに新しい高層ビル群が見えるが、やはりこういう風景は残したいものである。この次は「必ず庭園を見るぞ」と心に決めて、冷たいビールを飲みながら夕食にすることにして地下鉄に乗った。上海の地下鉄は天井までのホームドアがありホームも冷房が効いていて快適である。

上海 Ⅴ   万博の夜景を見る

万博会場には、エキスポメトロという専用の地下鉄が馬当路駅から二駅入っている。夕暮れになってからもこの改札からはたくさんの人たちが万博会場へと入ってくる。

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            万博会場の夕焼け

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            夕焼けに映えるアフリカ館

ちょうど終点の駅を出て陸橋を渡ったところの左手に日本産業館はある。ライトアップされるときれいに見える。

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            日本産業館のライトアップ

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日本産業館はあの堺屋太一さんの監修である。出展企業は帝人、テルモ、大塚製薬、ユニチャーム、日本郵政グループ、トステム、INAX、亀甲萬、静岡県、ダイキン、横浜市、近鉄、日本航空、コクヨなどその他多数の企業が参加している。

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                 天井壁画(LED)

まず、入口の20メートル上空にある絹谷幸二さんのLEDによる天井壁画「日月天空飛翔」の輝きが目を奪う。

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                「日月天空飛翔」

ライトアップされたパビリオンの中でもひときわ目立つ存在だと思う。内部での展示は動画による演出であるが、日本のわびさびから四季折々の風景、最先端の技術力を誇示した日本企業の姿がよく表現されている。

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            イタリア館

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             イギリス館

昼間、パビリオンの中で涼をとっていた人たちも、いくらか過ごしやすくなった夜の会場内に繰り出してきたようである。因みに当日は入場者47万人という、入場者記録を日々更新している。

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          中国館と台湾館(手前)

上海万博の会場は黄浦江という大きな川を挟んでの展開なので会場内の移動が大変である。電気で動くバス、タクシーが主な足になる、バスは頻繁に来るので苦労はしないが乗客のマナーがいまいちである。

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              インド館

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人々のマナーというのは先進国ほどよく守られていると思う。交差点などでも横断歩道を人が渡りだすと車は必ず止まって歩行者を優先してくれる。

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             中国船舶館

電車の乗り降りも乗客は並んで待って、降りる人が降りてから乗るのが普通であるがここでは違う、電車が止まると降りる人がいても、我先にと乗り込んでくる。

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            スカイロード

また、電車の中での携帯電話は大きな声であちこちで通話が行われている。文化の違いを改めて感じる。

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          EXPO センター (後方に煙突の温度計)

駅やデパートのエスカレータでも同じような現象がみられる。中国では右側が固定で左側を急ぐ人が歩くようであるが、これが守られない。

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           EXPO センター

現地の人に言わせると、上海の人たちは電車とかエスカレータは乗りなれているが、万博があり、地方から出てきている人がたくさんいるので混乱しているのだという。

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           パンダ

考えてみれば、日本でも当時はそうだったのかもしれない。エスカレータの話で言えば、東京は左固定、大阪は右固定になっているがこれも大阪万博の時に右になったらしい。

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             台湾館

大阪万博で、外国からの人が多くなるので外国の人が混乱しないように右側にしたのだと聞いた。

いずれにしても、13億人の民がいて沿岸部は5億人、内陸部は8億人がいるといわれている。この万博の最先端の技術や商品をみて、まだ開発が遅れているといわれる内陸部の人たちがよりよい生活を目指して目覚めたとき、もすごいパワーになる。

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             中国館

日本に追いつき追い越せと発展してきた中国は、間もなくGDPでも日本を追い抜き世界二番目になる。外貨準備高では世界一になっているのでやがてアメリカを抜く日も遠くない。

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エジプト、ローマから始まった文明はスピードをあげながら地球を一回りしてアメリカからアジアに移ろうとしている。その時の日本の存在感と役割はどうなっていくのだろうか。国民一人一人が真剣に考える必要があると思う。

上海 Ⅳ  世界博を歩く

猛暑のなか仕事が一段落したので、上海で行われている世界博を覗いてみることにする。冷房の効いた地下鉄から地上に出ると、これまた熱気、路上では、簡単に坐れる携帯イスとうちわが売られているので、ここで暑さと混雑が想像できる。

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          万博会場入り口

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          地下鉄の出口からの会場

人気館の行列はすごいと言われているが、入り口からそんな雰囲気を感じさせる。ところで上海の地下鉄に乗るには、空港と同じで手荷物の検査を受ける。手に持っている荷物はすべてレントゲンの検査機を通さないと改札を通れない。ただし地下鉄は冷房がきいているので快適である。

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           日本産業館

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         日本産業館の5時間待ちの行列                

上海万博の目標は、世界各地200カ国と国際組織の参加を招き、7,000万人の来場客を招くことにしている。中国の意気込みを感じさせる。

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           人気のたこ焼き(道頓堀くくる)

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          どんぐり共和国(ジブリがいっぱい)           

ロゴは、漢字の「世」と似ており、画像から見ると、三人の仲間が抱き合っているようで、家庭の睦まじさを表現している。広義的には「あなた、私、彼」という全人類を含めることを象徴し、万博の「人間本位」また「理解、疎通、楽しく集う、協力」という理念を伝えている。

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           料亭「紫」 45,000円の日本料理

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            ジブリ

マスコットについては、漢字の「人」を核心アイデアにする上海万博マスコット・「海宝」(ハイバオ)で「世界各地の宝」の意味である。それは「人間は美しい生活の創造者であり、美しい生活の体験者でもある」との意味をこめている。

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         中国館 7時半からの予約券がないと入れない

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          人気の長い列の日本館

万博会場のあらゆるところや上海の街の中にも「より良い都市、より良い生活」(Better City Better Life)の文字がみることが出来る、この万博のスローガンである。

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          古い発電所の煙突の温度計35℃をさす

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            人気がある韓国館

上海万博の主会場は、南浦大橋と戸浦大橋間の濱江地区に、市内の黄浦江に沿って設置されている。総面積は5.28平方キロで、そのうち浦東エリアは3.93平方キロ、浦西エリアは1.35平方キロ、有料参観エリア(入場券必要なエリア)は約3.28平方キロである。

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          サウジアラビア館

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          イタリア館

とにかく広い、1970年に行われた大阪万博は大阪吹田市の千里丘陵の3.3平方キロであるからそれより広いことになる。

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            イギリス館

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           会場内の足 電気自動車

学生時代の大阪万博はアメリカ館の「月の石」が人気で長い行列になったことを思い出す。ちなみに上海万博の日本産業館は朝の9時半時点で5時間待ちの行列である。なるべく並ばないで入れるパビリオンに入ることにする。

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              ロシア館

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           並ばないで入れる北朝鮮館

日本は、1964年の東京オリンピックのあと6年後に大阪万博を行い、6、421万人の史上最高の入場者を記録した。

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                                 ルクセンブルグ館

館内は冷房がきいているので椅子を出して座っている人が多い。夜景がきれいだというので館内で待っている人が多いのだという。

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          アフリカ連合館

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          アフリカ連合館の内部

上海万博は2008年に行われた北京オリンピックの後、わずか3年で行われ7,000万人を目指すというからすごい国力である。

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          中国館前のオブジェ

日本も東京オリンピックから大阪万博のあと、高度経済成長が続き、1973年のオイルショックまでは今の中国のように元気があった。

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          アフリカの民族音楽の演奏

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          アフリカ連合館

上海万博の活気を見ていると今の日本の閉塞感がいやになる。9月の民主党の総裁選挙で話題を集めているが、政治家の勢力争いでなくこの国をどうするかの話題で盛り上がって欲しいと思う。民意無き首相が何人変わっても国民の生活は変わらない、民意で首相を選ぶことが大切である。

上海 Ⅲ   黄浦江の夜景

暑い上海も夜になると少し涼しさを感じるようになってきた。現地の人に聞くとやはり八月も末近くになると少し暑さもやわらいでくるらしい。

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                郵便ポスト

日本でもお盆が過ぎると残暑は残るが暑さは少し違ってくる。夕食を済ませて浦東の夜景を見に行くことにした。中国では食事の盛が多い。当地ではお客様には量的には十分出すことが習慣のようである。

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私の世代は、日本では出された食事は残しては失礼に当たるという教えで育っているので、山のように出る料理も半分ぐらいは食べなくてはと、つい食べ過ぎてしまう。

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それに、ビールがうまい、あまり暑いのでついつい冷たいビールをたくさん飲んでしまう。こちらの「純生 青島ビール」がここの風土に合っていて非常にのど越しが良くジョッキを重ねてしまうのである。日本のビールがうまいと思っていたがこれもなかなかいける。

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           上海税関

河べりで夜風に当たりながら川面を行くイルミネーションに色どられた船を見る。上り下りのきれいに飾られた観光船を見ていると気持ちが安らぐ。

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世界博が行われているせいか、観光客が多い。ここバンドの公園も夜にもかかわらず人出が多くにぎやかである。夜店が出たり、カップル同志の賑わい、家族連れなどは日本のそれと大差ない。

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前回来たときは、世界一斉のキャンドルライトの日だったのでこの夜景は真っ暗であった。それを知らずにここに来たときは、もう建物のライトアップが終わってしまったのだと思い引き返してしまった。ライトアップ時間は土日平日かかわらず19:00~22:00まで。

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            上海浦東発展銀行

後で聞いた話では、その後十分ぐらいでこのきれいな夜景が見られたのだという話であった。それもあったので今回はぜひこの夜景を見たかったのでひじょうに満足である。

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このライトアップは2007年冬から、寒波による電力不足のため中止されていたが、2008年に再開された言われている。いつもバンド側からしか見ていないので、反対側からもぜひ見てみたいと思うが次回にする。

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このバンド地区については、Wikipediaによると次のように説明している。『元々、この一帯は租界地区であったことから、「外国人の河岸」(外灘)が名前の由来。租界時代の西洋建築が並び、上海隋一の観光エリアとなっている。

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前上海政府もこの場所にあったこともあり銀行と官庁が多く独特な雰囲気だが、今はジョルジョ・アルマーニやカルティエなどの大型旗艦店や疎開時代の雰囲気を出したバーやレストランなどが建物の中に入りおしゃれな街並みに変貌しつつある。』

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外灘は中国語読みで”ワイタン”、英語では”バンド”と言うのでそれが残っているのでバンド地区といわれている。確かに古い建物と対岸の近代的な建物の対象的なライトアップは見事でロマンチックな気分を誘う。ぜひ次回はかみさんにも見せてあげたいと思う。

上海Ⅱ   青空の黄浦江

毎日の暑さにぐったりしているところ、昨日の夕立のせいか今朝は珍しく青空が見える。ホテルの窓にも日が当たり早く起きろと言わんばかりである。

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             黄浦江と青空

早速今日も早朝ウォーキング、青空目指して一路福州路を黄浦江に向かう。早朝の道路なので信号はけっこう無法地帯に等しい。日本でもそういう場面はあるが、ここでは公安のビルの前でもそうである。

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いつも早朝なので、店舗はほとんどシャッターを下ろしている、ディスカウントの正札は安い。日本で言えば昔ながらの筆屋、石のハンコ屋、ガラスの置物屋さんなどが目立つ。お土産には手ごろかも知れないが、昨今すずりで墨をすり文章を書く人は少なくなっている。

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            商店のシャッターはまだ閉まっている

10分ほど歩くと中山東一路に出る、その先が公園になっており黄浦江が流れている。早朝からのまぶしい太陽に汗もびっしょりであるが、昨日よりはすごし易い。

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            対岸の浦東地区

すでに観光客で大賑わいのバンド地域である。こちらの観光の人たちは朝が早いので驚く。

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ここからは入場料45元を払うと、川の下をくぐるトンネルを通り反対側の浦東地区の上海TV塔や森ビルの上海金融センターのほうへ出ることが出来る。残念ながら今日も仕事があるので引き返さざるを得ない。

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青空に聳え立つTV塔はまたきれいに映る。1800年代英国統治の頃の建物も朝陽に映えどっしりとたっている。ここには中国最古のホテルもあり、現在も改装されて使われていると聞く。

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この通りにある古い建物はほとんどが、今では公共の建物になっているようでどの建物にも中国国旗が風になびいている。

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              1904年のホテル(中央)

上海での久々の青空を楽しんだ本日の早朝ウォーキングである。すでに何台もの観光バスが乗りつけ、ガイドの大きな声が響く。中国語はどちらかと言うと語調が怒鳴っているように聞こえる。

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                陳 毅(1901~1972年)

(中国の軍人で政治家、外交官、日本との国交正常化に取り組んだ。)

今日はいい天気なので何かいいことがありそうな気がする。楽しみに仕事に向かう。

上海   バンド地域の朝

猛暑の夏、休みの後半から商用で上海に行くことになった。今回は羽田からの出発なので気分的にらくである。今年の十月からは羽田空港に新滑走路が出来、国際空港として新たにオープンする。

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           早朝の商店街

やはり、羽田から海外に行けると時間的にもずいぶんと助かる、たのしみである。しかし、今回はまだ羽田の国際線は飛行場の端っこのほうにあり、国内線ターミナルよりバスに乗り移動しなければならない。

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              旧の街並みにそびえるビル

上海には国内線用の虹橋空港と国際線の浦東空港があり、羽田から出発する便は街の中にある虹橋空港に到着するので上海の街には近いので助かる。

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               再開発を促す政府の垂れ幕

朝起きると、朝食までには時間があるので市内をウォーキングすることにして、地図を概略頭に入れてホテルを出る。

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            早朝から公園でコマを操る人

冷房の効いたホテルからドアを開けて外にでるとムッとした熱気が体をつつむ、人影もまばらな街を黄浦江方面に向かう。

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            車社会の到来

夜が明けたオフィスビルの前に裸で寝ている人たちをたくさん見かける。夜の暑さを外でしのいだのか、夜遅くまで酒を飲んで寝込んでしまったのか分からないが、かなりの人たちである。

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                新旧の混在

東京も猛暑の毎日であったがここ上海もさらに暑い。緯度的には九州と同じぐらいであるが何時来てもすっきりとした青空を見たことがない。

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           整備された公園と歴史建造物

どんよりとした真夏の空に上海TV塔と超高層ビル群がシルエットで浮かぶ。朝もやの薄れかかった黄浦江の川面を貨物船が静かに動く。こう光景はなぜか心を和ませてくれるので好きな風景の一つである。

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            上海TV塔の夜明け

以前来たときは、万博の準備であちこち工事中であったが今では道路も公園もきれいに整備されて気持ちのいい河畔になっている。

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            早朝の黄浦江

早朝から太極拳をやる人、凧揚げをする人などでにぎやかである。ここでもベンチには裸で寝ている人の姿も見かける。新旧の対象的な街である。

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                老人のタコ揚げ

街の中も近代的なビルの裏通りには昔ながらのレンガ積みの古い民家群が存在する。それがまたいい。歴史を感じさせる古いビルや街並みは好奇心の強い私には興味を感じさせるところである。

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                新旧混在の街

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                古い住宅

仕事に行く前に汗びっしょりであるが、異国の早朝ウォーキングもまたいいものである。ホテルに帰ってシャワーを浴びて暑さに負けないで今日のスケジュールをこなそう。

終戦記念日のハス   小山田を歩く

毎日猛暑の連続である。熱帯夜に悩まされ早朝に目が覚めてしまう、早起きして、もう遅いだろうハスの花を見に行く。

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ほとんどの花は咲き終えて実をつけ始めている。ハスの葉にたまった夜露の水玉に濡れながらハスの田んぼのあぜ道を歩く。

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終戦記念日で戦争にまつわるドラマ、映画など特集番組が多く放映されている。学徒動員で戦場に行く学生と徴兵検査に合格できずに残る学生のドラマが印象に残った。

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戦場へ徴兵された子の母親が、「私がもっと勉強していれば子供を戦場へ行かさなくてよかったのかしら」と子供の親友に聞いていた。

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その同級生は「私たちは戦争に行き戦場で死ぬことを勉強してました。勉強してないのは国です」と涙ながらに答えていた。

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第一次世界大戦で戦勝国側についていた日本は、軍部の独走で太平洋戦争へと突き進んでいく。本当は終戦記念日ではなく、敗戦記念日である。

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世界で唯一の被爆国である日本は、非核三原則を守り核廃絶を訴えていくべきである。65年の歳月が立っても核保有の戦争抑止力を掲げている核保有国が増えている中で、日本のとるべき行動は重要になってくる。

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ハスの花もまだつぼみでこれから咲くもの、今が盛りできれいに花ひらいているもの、もう実をてけて後世へ受け継ぐもの、それぞれのハス田の風景である。

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戦争を知らない世代ではあるが後世に語り継がなければならない。ハスにまつわる言葉で「一蓮托生」という言葉がある。

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広辞苑で調べてみると、「死後、ともに極楽に往生して、同一の蓮華に身を託すること。善くても悪くても行動・運命をともにすること。」とある。

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日本における戦争という過ちを二度と起こさないように、残された我々はこの悲劇を忘れないで世界平和を訴え続けて行かなければならない。

トルコ料理とベリーダンス   青山・外苑

世界三大料理にの一つに数えられているトルコ料理、息子とその彼女がかみさんの誕生日に招待してくれた。青山で降り外苑の絵画館通りを通りこしたところにある。私はついでに介添え人、そのときに世界遺産のカッパドキアの話題で盛り上がっていたが、二人はその後そのトルコに旅立ってしまった。

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旅先でもホームページに異国での珍事、出会い、出来事を連載してくれるので楽しみに見ていたが、予定どうり最近帰国した。旅の楽しみはいろいろな出会いとハプニングであるが、メールでは心配するような内容もけっこう多かった。

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トルコ料理は14~20世紀に繁栄したオスマン帝国の宮廷料理に、西アジア・ロシア・中東・地中海沿岸などから集まってきた多彩な美味美食が融合して、独自の食文化が作られたと言われている。だからけっこう日本人には合う料理である。

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代表的な料理は、ケバブ、シシュケバブなど、肉、野菜、穀物を一緒に食べられる。トルコ料理はあまり多くを知らないがトルコに行ったことのある友達の話によると、トルコ人は親日的で食べ物が美味しいし、景色がきれいだという。私も行ってみたい国のひとつにはなっているが、実現は何時になることやらかみさん次第である。

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ちょうど当日はベリーダンスショーがあるというので楽しみにしていた。このベリーダンスは母なる大地への信仰を根底とした6,000年以上も前から踊り継がれる、世界最古のダンスと言われている。なかなか異国情緒たっぷりで楽しめるダンスである。

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説明によると、『性や、出産の意味が今よりも大事にされていた古代、女性は神聖で神秘の象徴でした。そんな古代より女性の神秘性を最も表現できる踊り(ベリーダンス)は、国・戒律・紛争など時の荒波を経て今もなお、トルコ・エジプト・レバノン・モロッコ等の中近東の婚礼や、祭事で幸せを呼び込む踊りとして家族・親戚ぐるみで踊られています。』とある。

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トルコ人のお店の人も「ダンスのリズムに合わせて手拍子をしたり、掛け声をかけたり、おおいにはやしたて、本能の赴くままに楽しんでください」と流暢な日本語で案内してくれる。

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ターキッシュワインもさっぱりとしたのみ口のワインで飲みやすい。病み上がりから順調に回復している息子はアルコール類は飲まなくなったが、こういうところで異国の情報に触れ「地球一周」とかの夢を見るのだなと思った。それにしても健康でなければ何も出来ない。

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気球からカッパドキアを見下ろす風景を見ながら私の冒険心も動く、こういう場面を設定してくれたことには大変感謝しているが、親の思いとしては早く落ち着いてくれることを願う、しかしその年代でないとできないこともあるので後悔のない人生を歩んでくれることが一番である。

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「子を持って初めて分かる親心」と言われるが、私もそういう時期があったのだろうかと、反省しながら当時の親心を思うこのごろである。楽しい踊りと美味しい食事の場面を設定してくれた二人に感謝しながら、行く末の幸せを祈る。

キツネのカミソリ 新座市民霊園を歩く

暦の上では立秋とか、そう言われると心なしか朝夕の風に過ごしやすさが感じられるようになってきた。

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                   霊園の三重の塔

それでも夏の暑さは厳しいが,今朝は雲が多く少し風もあるので気分的には楽である。休日をどう過ごそうかと考えていると、キツネのカミソリが満開であるとニュースが伝えている。

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早速かみさんを起こして出かけることにする。どこかモーニングサービスで朝食を済ませようと考えていたので同意は早い、六時半には家を出ることができた。

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昨日は、町田のキツネのカミソリを見てきたが、ここは開放日以外は群生地には入れないので遠くから眺めることしかできない。その代り管理されているので柵越しの花はきれいである。

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早朝なので道路はすいており、七時半ごろには新座の市営霊園にはついてしまった。だが門は閉まったままなので、しばらく時間をつぶしていると八時ごろには駐車場に入ることができた。

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管理のおじさんに聞くと、今年は天気がよく花は早いのだが、雨が少なく花の数が少ないとのことであった。霊園の案内の看板には8日”キツネのカミソリ”まつりとかいてある。

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整然と手入れをされた霊園の中を歩き、黒目川への土手を下りていくと霊園と川の間の木立の中に赤いきれいな花がたくさん咲いている。

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キツネのカミソリは、ヒガンバナ科ヒガンバナ属で毒性がある。原野や山麓に生える多年草で、春に球形のらっきょうに似た鱗茎から芽を出す。

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葉はやや幅の広い線形で、葉質は柔らかく、白緑色をしている。この葉は夏のころには枯れてしまう。だから、今は葉はない。八月ごろに、30~50cmの花茎を立て、その先に黄赤色の花を3~5個つける。

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花被片は6個で反り返らない。和名のキツネのカミソリの由来は、葉の形がカミソリに似ているので、山の中でキツネがカミソリを使うことの連想と、キツネと名前がつく草花は本来のものとは違うという意味合いもある。

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きれいな花ではあるが、毒性があるので気をつけなさいという意味でもあるのかも知れない。「きれいなバラには棘がある」などともいわれるのと同じなのだろうか。男性への警告か?

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花はきれいに咲いていて目を楽しませてくれたが、いかんせん川端の木立のなかということで、やぶ蚊がすごい、肌を出しているところは軒並み狙われてしまう。かみさんは脛に十か所ぐらいの凸凹、私は顔に一か所手に数か所。

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虫よけを持ってくればよかったのだが、きれいなものを見るにはそれなりの覚悟と犠牲がつきものなのは人生と同じか。地元の方の管理と手入れで毎年きれいな花が見られると聞いて、藪蚊による乱暴な歓迎も美しい花に免じて帰途につくことにした。

8月8日    ひょうたんの日

夏の八百屋さんで一番目立つのは、スイカとマクワウリであるが、トウガンやヘチマはあまり気付かない。けれどもみんな同じウリのなかまである。

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カボチャやキュウリ、ひょうたんも同じウリの仲間で、花の仕組み、ツルになるところなどよく似ているところがある。

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ところで8月8日は「ヒョウタン」の日なのである。字の形でこじつけたところが多分にあると思うが、ひょうたんの日があることを知らなかった。

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ヒョウタンの歴史をたどると、ひょうたんは人類が初めて利用した植物の一つで、有史以前から育てられてきた。

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原産地のアフリカから、食用や加工材料として全世界に広まったと考えられている。日本では、「日本書紀」(323年)の中で瓢(ひさご)として初めて公式文書に登場する。

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ひょうたんの用途を見ると、ひょうたんは乾燥させると容器として使えるため、世界各地で古代から使われてきた。

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そのままなら水筒、酒器、薬入れ、調味料入れ、農作業の種入れに、横に割れば椀に、縦に割れば皿やひしゃくになる。

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楽器としても世界各地で使われており、装飾品、タバコのパイプ、農具、演劇のお面などとしても使用されてきた。

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ひょうたんにまつわることわざも多い。

『ひょうたんから駒』・・・・それにふさわしくないところから、思いもよらないものが表われ出ること、冗談で言ったことが事実になるたとえ。

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『瓢箪で鯰を押さえる』・・・・(瓢箪鯰)(瓢箪でナマズを押さえる、ことから)、つかまえどころがないこと、要領を得ないこと。

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『瓢箪の川流れ』・・・・(表面に浮いて流れることから)、うきうきして落ち着かぬさまのたとえ。

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『瓢箪に釣鐘』・・・・大小軽重の差のはなはだしいことで、比べ物にならないことのたとえ。

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『瓢箪に目鼻をつけたよう』・・・・顔形の滑稽なさま。

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以上のように人間とのかかわりが多く歴史的にもお付き合いの長い植物だということが分かる。

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子供のころに祖母に教わって瓢箪を作ったことを思い出した。ここにある瓢箪も、形のいいもの、長いもの、小さいもの、大きいものと五種類ぐらいあるとのことである。酒器にしたらよさそうなものもあるので楽しみである。「瓢箪から駒」を期待しよう。

よみうりV通り    よみうりランドを歩く

三沢川の土手沿いをぶらぶらしていると、きれいな蝶々が翅を休めている。アカホシゴマダラである。ゆっくり飛んでは陽射しの厳しい葉のうえに止まる。

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           アカホシゴマダラ

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           キタテハ

川の中ではカルガモが日向ぼっこをしたり、水浴びをしたりとやはり暑さには堪えているように見える。

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            カルガモ

穴澤天神社からの帰り道、さらに急な階段を登り新しく出来た「よみうりV通り」を歩いた。

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           カマキリ

よみうりランド駅からジャイアンツ球場までの道路で、2009年によみうりランド創立60周年と、よみうり巨人軍創立75周年、新室内練習場の完成を記念してつくったという。

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            よみうりV通り

巨人、大鵬、卵焼きの世代にとっては野球は巨人であった。野球も最近ではJリーグにおされ気味であるがここはよみうり巨人軍のおひざもとである。

よみうりランドの駅の改札を出たところから、ジャイアンツ球場までの道路の歩道に巨人軍選手103人の手形が埋め込まれている。「読売巨人軍選手手形名鑑」である。

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                         原監督

どのくらいの選手を知っているか手形を眺めながらのんびりと歩くと、珍しくスズメがホバリングをしている。どうも木々の葉のクモの巣にかかっている虫をねらっているようである。

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こういう光景を見ていると、スズメもなかなかやるなと感心する。厳しい生物たちの生存競争の一こまである。

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最近のニュースでは、日本の高齢者の悲劇が数多く伝えられている。「東京さばく」そのものなのか、行政の怠慢か、年金不正受給の確信犯なのか、自分の親の居所を30年も知らないと言うのは普通では考えられない。さらに子供の虐待など考えると、親子のあり方を真剣に考えなければならない国になってしまったのだろうか。

穴沢天神社  よみうりランド駅を歩く

通勤で京王電鉄に乗っていると気になる鳥居が車窓に見える。急行電車は通過駅なのでなかなか降りてみる機会がない。猛暑の休日、家にいても暑いので思い切って外に出てみようと各駅停車に乗ってよみうりランド駅に降りてみることにした。

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改札を出て線路沿いに歩くと三沢川に出る。川沿いに右に曲がると鳥居があり、急な石段がある、こんもりとした木々に覆われているので涼しく感じる。一段一段上ってみると74段あるが、上りきったところは穴沢天神社本殿への参道になっている。

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社頭掲示板の説明によると『当社の主祭神は、少彦名大神を御祀り下社である。創立は孝安天皇4年3月で、後に元禄7年社殿を改修し、菅原道真公を合祀する。

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例大祭は毎年8月25日で、当日は神職山本家に伝わる、武蔵流の指定文化財、江戸の里神楽が奉奏され、また、三頭の獅子を天狗により、神社入り口の石段を、舞いながら勇壮にに登る、市指定の獅子舞が奉納される。

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境内には江戸時代の終わりごろに、筆学を業とした原田金陵の功績をたたえて建てられた、市指定文化財の筆塚がある。現在の社殿は昭和61年12月に修復した。』と書かれている。

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                 手水所

境内から下へ降りる急な階段があり、下には弁天社がありそこに二つの洞窟がある。洞窟の中に小さな石祠があり、そのとなりには神水が沸いている。柄杓ですくって飲むと冷たくて美味しい、しばらくするとペットボトルやポリタンクを持った人たちで水汲みの行列が出来た。

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近所の人たちはこの水を持ち帰って飲料水にしているようである。この神水を飲みながら三沢川を眺めているとカワセミの鳴き声が聞え、近くで営巣しているらしく出入りが多く、また幼鳥の鳴き声も聞こえる。

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            御神水

この横穴巌洞は昔の巌穴は崩れ、現在の洞穴は二度目であると言われているがこれがすなわち穴澤の起源であるらしい。中に入ってみると真っ暗であるが天井から水が落ち、猛暑の中では涼を楽しむことが出来る。

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                  石祠

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8月25日の祭礼に奉納される獅子舞は、この神社の石段を舞いながら登るという。説明だけ聞いていてもかなりの勇壮な舞を想像できる。ぜひその祭礼には再び来てみたいものだと思う。

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