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2010年12月

オシドリ  理想の夫婦像か

結婚式のスピーチで「鴛鴦(えんおう)の契り」という言葉がよくつかわれる。この鴛鴦とはオシドリのことで、オシドリはつれあいの一方が猟師に撃たれても、もう一方は逃げずにその場にとどまるという言い伝えから、夫婦間の契りの強さを表す言葉とされている。しかし、実際の生態はそうではないらしいが。

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            オシドリ夫婦

年末の早朝、例年のように今年もオシドリたちがやってきているという池に向かった。陽が昇り始めたころには、うっそうと茂る樹木の中を通り抜け目的の池の傍についた。池の真ん中に渡る石橋からみると、オシドリたちが池の奥の方に見える。

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警戒心の強いオシドリたちは、木の陰に隠れたり岩の陰に隠れたりするのでなるべく驚かさないように注意を払ってみていると、数メートルのところまで来てくれることもある。

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オシドリのオスは本当に「きれいすぎる」という表現ができる。最近の人間もきれいすぎる男性がテレビなどマスコミをにぎわしているが、オシドリのオスには及ばないと思う。それではメスはどうなのかと言うと、オシドリのメスも地味ではあるがやさしい目をしているので私は好きだ。

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            三歩下がったオシドリのメス

オシドリは、カモ目カモ科で全長41~47cm,オスは三列風切が橙色の銀杏型で帆のように立っている。眉斑は大きく白色で、頬から首にかけて橙赤色をしており、嘴は赤い色をして長い冠羽を持っている。

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一方メスはオスに比べると地味である。全体が灰色に近い灰褐色で、胸と脇に白の斑点があり、嘴は灰黒色で基部は白い、本当に控えめなメスである。一夫一妻で4~7月に繁殖する。番は抱卵期に解消し、メスが抱卵、育雛をする。この辺がけなげなオシドリのメスのいいところである。

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           オシドリのチュー

日本では、北海道、本州、九州、沖縄などで繁殖をする。冬季は本州以南で過ごすことが多い。食べ物は、雑食性だが草の種子、樹木の果実などを食べ、特にシイ、カシ、ナラ類のどんぐりが大好物である。水の中に落ちているどんぐりを潜って捕ったりしている姿を見ることがある。

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           きれいすぎるオス

繁殖期には番で分散する。縄張りは巣の周りだけで、産卵期と抱卵期の初期を終えると、オスはメスと巣から離れ、オスは水系に去り、そこでオス同士が群れて第二のメスに求愛する。何と男らしい行動ではないかと思うのは私だけでしょうか。

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これを見ると、いわゆるオシドリ夫婦ではないのではと言われるかもしれないが、自然界ではオシドリの夫婦は解消しないと主張される人もおおいようである。私の観察では残念ながらまだそこまでの検証はできていない。

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           婦唱夫随

それにしても、きれいな鳥だと思う。日本のカモ類の中ではオシドリのオスをのぞいてそれに勝るものはないだろうと思う。奇麗過ぎるという感じである。

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         俺の言うことを聞いていれば幸せだよ

オシドリ夫婦というのは夫唱婦随の典型だと思う。池を泳ぐオシドリを見るとき、オスの後ろを追うメスの姿、オスの前を行く時のメスのまなざし、人生を生き抜く姿を見せられているような気がする。

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           夫唱婦随

最近人間の世界でというか、日本で間違ってきていると感じるのは婦唱夫随が多くなってきているのではないだろうか、男女雇用機会均等法が施行されてからの女性の社会進出は素晴らしいが、日本の精神の美徳の文化も大事にしたいものである。

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好例の年末の歌合戦にも男性で一番奇麗に着飾って出る歌手がいたが、今年は選に漏れたようで、やはりオシドリにはかなわないようである。新しい年を迎えるに当たり、本来のオシドリ夫婦のように「鴛鴦の契り」を実践していく年にしたいものである。

冬鳥たち   近くの公園

早朝に遠征するつもりが出遅れたので、近くの公園を歩いてみることにした。日本列島は冬型の気圧配置になっているので、北国では大雪のニュースであるが関東地方は晴天で風は冷たいが過ごしやすい。

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           ジョウビタキ ♀

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駅から公園までは川沿いに住宅街をあるいて行く。住宅の庭木などにはジョウビタキやたまにカワセミなどもいる。メジロは忙しそうに葉の多い木の中を動き回っている。

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            アオジ

いつも野鳥たちが水浴びに来る小さな川を見下ろしながら歩を進めるが、あまり鳥たちの姿が見えない。餌になる木の実も例年になく少ないような気がする。

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          アオジ

何か珍しい鳥が入っているのか確認に来ている同好の士が数人見えるだけで、静かな公園の陽だまりである。最近は犬の散歩が多いので鳥たちも少なくなっているのかも知れない。

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落ち葉が積み重なった山道をサクサクと歩く、落ち葉を踏む音だけが響き小鳥の声すら聞こえてこない。水車小屋の近くの水場に来るとそれでも鳥たちの飛び交う姿がやっと見えてきた。

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                          シメ

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           ヒヨドリ

稲刈りが終わった田んぼには水が張られ、田んぼのあぜ道にアオジの姿が見える。アオジは人が近ずいてもあまり逃げないで、近くの木の枝に止まって様子を見ていることが多い。

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去年はうるさいほどのガビチョウの声でにぎわっていたが、その声も今年は少ないような気がする。目の前には声もたてずに枝に残った柿を食べているガビチョウを発見。

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           ガビチョウ

近くでは大きな口をあけてヒヨドリが鳴いている。元気なのはヒヨドリぐらいなのだろうか?日本ももう少し元気になってほしいと、野鳥の鳴き声を聞きながら思う。

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グローバル化といわれながら、内向きな日本、企業はどんどん海外に出て行ってしまうがそれについていけない日本人が多くなっている。海外留学を嫌う学生、海外勤務を嫌がる商社マンが増えているという。

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           ハクセキレイ

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           見付橋

国民のための政治といいながら政権交代した民主党も、党利党略の政争だけが印象に残る。グローバル化の中で発展するアジアの新興国、日本の存在感を示す政策を期待したいものである。

コジュケイとシロハラ  いつもの公園

霜柱が立つようになった近頃の早朝、すっかり葉が落ちた公園の木々の間からは見通しがよくなり、丘の上から下の歩道が見えるようになった。

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朝陽がまぶしく光る木々の間に、まだ残る紅葉のあかい葉が日の光を受けてきれいに透けて見える。

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突然藪の中から飛び出してきた数羽の野鳥、道路をはさんで反対側の藪の中に隠れたが一羽だけが木の枝に止まっている。コジュケイである。

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                         コジュケイ

コジュケイはいつもチョコチョコと地面の上を歩いているので、枝に止まった姿は珍しい。公園を散歩中の女性が「あのウズラのような鳥は何と言うんですか?」と聞いてくる。

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コジュケイは小型のキジ類で体長は25cmほどでキジやヤマドリと違って尾が短く、うずらに良く似ているがうずらよりは一回り大きく、オスメスは同色で褐色系である。

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                         シロハラ

原産地は中国南部と台湾で、20世紀はじめに狩猟の対象にするために日本に持ち込まれた外来種である。鳴き声は大きな声で「ちょっと来い、ちょっと来い」と鳴くので分かり易い。

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公園を歩いていると落ち葉をひっくり返している鳥はシロハラ。ツグミ類でほぼ全身が灰褐色で名前の通り腹部が白っぽい。森林のしげみの中に潜むことが多いが、都市部の公園などにも姿を現し、単独で行動する。

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いつもの冬鳥たちがそろそろ顔を揃える頃になってきた。葉がおちた樹木林は鳥見には好都合で、寒さは厳しくなるがこれからが楽しみである。

吉田のうどんと鳥モツ  北口本宮富士浅間神社

山梨県では郷土料理としてほうとうとうどんがある。幅広の麺を野菜と共に煮込み、味噌で味付けしたほうとう、野菜の量が多いほうとうにたいして小麦粉を多量に消費するうどんは明らかに区別されて伝統的な郷土料理になっている。

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                         てんぷら付きうどん

江戸時代、富士講が隆盛を極め、北麓地域では吉田宿や河口宿など富士参詣者相手の御師町が成立し、その中で参詣客を相手にうどんが売られ始めたといわれている。

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           浅間茶屋

麺の特徴は硬く非常にコシが強いことである。普通のうどんは上あごや舌、唇、箸で挟んでちぎることが出来るが、吉田のうどんは、しっかりと歯で噛まなければ切れない。

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            店内

また、手打ちの乱切りのため、茹で上がり後にゆるくねじれて癖になるものが多いのも特徴で、麺を箸でつまんで持ち上げたとき、一般のうどんは自重で直線に垂れ下がるが、吉田のうどんはねじれや曲がりを残すものがおおい。いわゆる田舎うどんのイメージである。

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           干し柿とトウモロコシ

薬味がまたいい、薬味にも特徴があり「すりだね」を使う。これは赤唐辛子をベースに胡麻や山椒を加えたものを油で炒めたもので、これを少し入れるとピリッとした感じがまた美味しさを引き立てる。

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江戸時代にの起源から昭和に入り、養蚕や機織が主要産業になると、男が多忙な妻のために面を打ったといわれている歯ごたえのある麺は噛めば噛むほど味が出てくる。そういえば山梨の女性は働き者だと良く言われている。

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この美味しい吉田うどんを食べさせてくれるところが、北口本宮富士浅間神社の大鳥居から大きな杉林をぬけたところにある。民家風の洒落た作りの「浅間茶屋」である。

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                   裏から見た大鳥居

浅間神社へはすぐである。神社大鳥居の前を富士山の水がたっぷりと流れる石橋を渡ると随神門、門をくぐると左手に手水舎がありここにも富士山の伏流水が龍の口から滾々と湧き出る。

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                   手水舎

他の神社の手水舎の水はこのように出るところはない。「飲料水としての使用はご遠慮ください」との注意書きがある。やはりこの水を汲んで帰る人がいるのだろう。さすがに富士の水である。

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           本殿

この神社は、人皇十二代景行天皇四十年(二十)日本武尊(やまとたけるのみこと)御東征の際、大鳥居をたてられ「富士の神山は北方より登拝せよと」祀ったのが始まりとされている。

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          拝殿

本殿前の拝殿の両側に大きな木が二本ある。左にあるのは太郎杉、県の指定天然記念物である。右手にあるのは夫婦桧、これも市指定天然記念物になっている。

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                  冨士夫婦桧

この木は二本の桧が根元で一本になり、また地上約十二mで再び合着していることから「冨士夫婦桧」と呼ばれ、広く市民に親しまれている。「冨士太郎杉」「冨士夫婦桧」とも樹齢千年の大きな御神木である。

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                  冨士夫婦桧

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           鳥モツ煮

本殿の右奥には冨士登山道吉田口があり、日本一の山への一歩がここから始まる。B級ご当地グルメの祭典でB-1グランプリでゴールドグランプリの日本一になった甲府の”鳥モツ”、富士吉田でも食べることができた。甘く口辺りの良いモツ煮である、本当は富士吉田のモツ煮は馬なのだというが、日本一にあやかって鳥も扱っているようである。

飛行機雲と富士  忍野八海

私の部屋には忍野八海から写したモノクロの富士山の写真がある。これは私が学生時代に友達のお父さんからもらったものなのでもう40年近くになる。

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           忍野村からの富士

当時は水車小屋と富士山という構図がすばらしく、いい写真だと単純に思っていたが、長い間見ていると、この場所はどこにあるのだろうそこへ行ってみようと思うようになった。

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           はんのき資料館からの富士

この場所自体分からず「忍野八海」だと知ったのはしばらく経ってからである。今では友達のお父さんも亡くなってしまっているが、このパネルを見るたびに思い出すことがある。

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学校の先生をしていたその友人のお父さんは、ハンチングの良く似合う写真愛好家で酒飲み友達の友人の家に行くと必ずその作品集を見せてくれ、個々の写真の説明をしてくれた。また、すばらしい撮影機材を見せてもらったものである。

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           はんのき資料館

当時は、自分ではとても手に出来るものではない違う世界のものだと思っていたものだが、今ではお陰さまで同じような機材を自分で使いこなすことが出来るようになっている。

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忍野八海とは、延暦19年~21年(800~802年)の富士山延暦噴火により,宇津湖が山中湖と忍野湖に分かれた。後に忍野湖が乾き盆地になり、湧水口が池(泉)として残った姿が忍野八海であるといわれている。

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「八海」とは、出口池、御釜池、底抜池、銚子池、湧池、濁池、鏡池、菖蒲池の八池をいい、富士講の人々が富士登山の際に行った八海めぐりからきており、富士講では忍野八海のことを「元(小)八海」と呼んでいるといわれている。

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                  底抜池

忍野八海の湧水については次のような説明がある。『霊水を飲んで健康を!水は生命の源であり人間はもとより、地上の生けとし生けるものにとって、欠くことのできない貴重な環境資源であります。

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          湧池

この忍野八海の湧水は、富士山からの伏流水に水源を発するもので、富士に積もった白雪は透水性の溶岩に浸み、神山富士の御身体を通り地下水となってここに滾々と湧きいずる訳ですが、それまでには79年間かかるといわれている霊水であります。

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八海の中でも湧池は、一日あたり23万㎥という湧水量をほこり、春夏秋冬13度、飲用水として好適です。

この地方では八大竜王恵みの霊水といい「ミネラルウオーター」として、健康の水、清気の水として愛用されています。』とある。

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                 飛行機雲と富士

藁葺き屋根の水車小屋が富士山をバックにモデル役をかっているが、最近の観光客の多さに昔の写真の光景は今はここにはない。

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          飛行機雲と富士・水車

白く雪をいただいた富士山の頂上を、東西にまっすぐ糸を引いたように飛行機雲がかかり、時間が経つにつれてそれが富士山の下の方にと流れていく。この上空はかなりの航空路線があるようで、いたるところで飛行機雲が見られる。

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この近くに富士山の霊水で寝かせた、忍野ワインセラーがある。13度という水の中に多くのワインのボトルが寝ている。時々新物の案内が来るので取り寄せたりしているが、富士の霊水のワインかと思いながら口にするとまた、格別なものがある。今日の健康に感謝して乾杯することにする。

コブハクチョウと富士  山中湖畔

日本晴れの富士山と青い空を眺めながら、ゆっくりと朝食を済ませ山中湖畔へと向かう。雲一つなかった富士山も朝の11時を過ぎる頃から、少し雲が出始めたがそれでもまだ雄姿はそのままである。

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早朝の湖面のきらきら光る波間を見ながら湖畔の道路を進むと、湖にせり出した砂浜に小船が上げられ、その脇に数羽のコブハクチョウが見える。道路わきの草むらに車を乗り入れコブハクチョウに近づく。

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餌付けをされているせいか人が近づくと、なれなれしく口を上げて近づいてくる。中には灰色の翅をしたひな鳥もいるが、動作はなまいきである。水から上がってくるといきなり嘴でつついてくる。

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逆光気味にキラキラ光る水面を優雅に泳いでいる白鳥もいるが、砂浜でのんびり寝ているもの、盛んに毛づくろいしているものなどいろいろである。

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白鳥に混じってオオバンが白い鼻先を見せてこちらに向かってくる。富士山をバックにした白鳥の姿は絵になる風景である。水から上がってきた白鳥は、必ず大きく羽ばたきをするので、それをレンズに捉えたくチャンスを待っているがなかなか羽ばたいてくれない。

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            オオバン

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          大きく翅を広げるコブハクチョウ

コブハクチョウは全長約150cmで雌雄同色である。ヨーロッパ、中央アジアを中心に生息するが繁殖のため渡りをするがデンマークでは国鳥として扱われる。

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全身白色の大型の水鳥で、扁平なくちばしはオレンジ色。くちばしの上部の付け根に黒いコブのような裸出部があり、名前の由来になっている。

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先ほどもくちばしでつついてきたが、ある程度の距離まで人間が近づくと「攻撃」されることがある。このような鳥の行動は育雛中の親鳥によることがある。コブハクチョウも例外ではなく、親鳥は雛をまもるために人間に「攻撃」することがあるが、このような行動は親鳥の立場から見れば雛を守るための「防衛」である。

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人間の世界も子を守る親の姿は鳥とは比較できないほどの愛情深さであるが、昨今の幼児虐待のニュースを見ると嘆かわしいと思う。ほんの一部のことがマスコミの報道になると大半の今の若い母親の姿のような報道をする。報道の自由のもとにニュース性だけが重視されている昨今である。あふれる情報洪水の中で真実を自分の目で耳で確認していきたいものである。真実は一つである。

夜明けの富士  湖畔の丘から

毎年結婚記念日には思い出に残るところに旅をすることにしているが、二年連続で富士山の見えるところになった。富士山は、何時見てもさまになる雄姿を見せてくれるが、頂に雪を被った姿が一番似合う。

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           日の出前の富士

前回は河口湖からの富士が見えるところであったが、今回は山中湖からの富士である。山中湖畔から少し高台の丘に登ったところにあるホテルの部屋からは、富士山の姿が裾野を湖面まで延ばした雄大な風景として眼の前に映る。

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毎回かみさんの配慮で、私の趣味の写真がよく撮れるところを選んでくれる。ありがたいことで感謝の気持ちの表現はへたであるが感謝感激である。

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           朝陽に赤くなり始めた富士

晩秋から初冬へのこの季節は、花も終わり雪景色か温泉になるので気軽に出かけられるのは富士山周辺になることが多い。富士山は360度シャッターポイントがあるので好都合なのである。

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           朝陽に映える富士

こうして、ポイントを探しておくと現役を引退したときに、時間が充分にある生活になるのでテントを担いで野宿をしながら富士山の写真をチャンスを逃さず撮ることが出来るようになる。

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           霊峰富士

夕食時に、せっかく山梨にきたのでワインの利き酒をやった。レストランのお姉さんの勧めで地酒で仕上げたら、かなりいい気分になってしまい、早くベッドに入ったので年寄りの性、真夜中に眼が覚めて眼がさえて眠れなくなってしまった。

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           早朝の山中湖の靄

カーテンを開け窓の外を眺めていると、暗闇に光る湖の空に満天の星。久しぶりに見る降るような星に感動しながら、外の冷気に窓ガラスの周辺が結露したガラス越しに顔を寄せてじっと星を見入る。

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          遠くアルプス眼前の靄

最初に見つけたのは空の真ん中にあるオリオン座、オリオン座は天の赤道上にあり、おうし座の東にある冬の星座で、中央に三つの星が並んでいるのですぐに分かる。子供のころから、北極星、北斗七星、カシオペア座、オリオン座はすぐにみつけたものである。

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日本では小三つ星(こみつぼし)といわれ、毛利氏の家紋である「一文字に三ツ星」の三ツ星が、このオリオン座の三ツ星を表しているといわれている。

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また、酒の話では沖縄にオリオンビールがある。沖縄では大変うまいビールで好きなビールの一つであるが、これもオリオン座に関係があるらしい。オリオンのベルト部分に当たる三つの星を「黄金三星」(こがねみつぼし、クガニミチブシ)と呼び、神が住む星とされている。関係ないが札幌ビールは一つ星である。

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           八合目付近登山道

古代中国でもオリオン座は、28の占星術の宿(二十八宿)のうちの一つで”参”と名付けられており、これは「3」の意味でありオリオンの三ツ星が名の由来であろうと思われる。

オリオン座といえば、オリオン座流星群も有名である。毎年10月19日から23日の間に東の空で見られる。活動が活発なのは10月2日から11月7日までといわれているが、これも今年までで、次に活動が活発になるのは70年後といわれている。

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          快晴の富士

私の人生で、見られるのは今年しかチャンスがないと思うと暗い部屋の中から眼を凝らして夜空を見続ける。しかし、この部屋の角度からは見えないのかも知れないが、外に出てみる元気はないのでかすかな期待を持って待つ。

時間の経過は早い、時計の針が六時半を過ぎる頃空が白々と明け、白い冠を被った富士山が真っ青な空にうかびあがってきた。青白く光る頂の雪、湖畔の街の灯を映す湖面の色が時々刻々と変ってゆく。感激の光景である。

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          ホテル窓越しの富士

昨日露天風呂に入ったとき、地元の人が「明日はいい天気ですよ」といった言葉がその通りになった、雲一つない日本晴れの富士山の姿が見えてきた。かみさんの心配りに感謝しながら、さあー今日も楽しい一日を過ごそう。

カワラヒワ   忍野村にて

秋の全盛期にはコスモスの花が咲き、富士山をバックにいい構図を提供してくれる忍野村の夕暮れ、富士山の頂上に陽が沈むダイヤモンド富士を見るべく車で移動した。

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今日のダイヤモンド富士の時間は15時30分ごろからということで待つが、あいにく黒く低い雲が富士山を隠し、時折見せる太陽の光に希望を抱いて待つ。

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黒い雲はゆっくりと動いているので、タイミングよく見えるかどうかというところである。雲間に富士山のふもとに落ちる太陽の光が白い線になって光っている。刻々とせまる時間に雲は動こうとしない。

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早朝には雲ひとつない日本晴れの富士山の雄姿であったが、昼頃からの雲が時間が経つににつれて富士の頂を隠すようになり、太陽が雲に隠れてしまったのでそれまで暖かだった陽だまりが一気に冷たい風に変ってしまった。

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今日のダイヤモンド富士はあきらめ近くの田んぼを見回してみ見ると、カワラヒワの集団が刈り入れの終わった田んぼの落ちこぼれた稲穂の種をついばんでいる姿が見える。

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近くの葉を落とした枝に止まっていたいたかと思うと、いっせいに田んぼに舞い降りて忙しそうに稲の切り株の周りをつついている。近くを人が通るといっせいに木の枝へと飛び様子を伺っている。カワラヒワは思ったより用心深い鳥なのだと思う。

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体長は約14cm、翼開長約24cmで雀と同じぐらいの大きさで、全体的に黄褐色で、太い嘴と翼に混じる黄色が特徴である。低山から低地にかけての森林に広く生息する。

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最近は、都市部の市街地の公園や川原などでもよく見かける。繁殖期には低山から平地にかけての針葉樹林などで番で生活をし縄張りを持つが、秋季以降は数十羽から数百羽の群れを形成することがある。

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ここでも数十羽の集団で行動している。ダイヤモンド富士は残念ではあるが、これから春先までは充分にチャンスがあるので、また天気図を良くみながら再挑戦しようと思いつつ、カワラヒワの観察で我慢して帰途につくことにした。

河口湖の富士  ほうとうを食べながら

国道139号線を河口湖に戻る途中でも、道路の脇の日陰には雪が白く残っている。最近の雪なのだろうか、まだ白くきれいな雪である。道路わきの雪は日が経つにつれ黒ずんでくるのが普通だが、まだ白さが残っている。

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          河口湖からの富士

河口湖畔に来ると少し逆光気味の光が湖面をキラキラと光らせている。湖上では冬鳥たちが遊んでいる。バンやオオバン、キンクロハジロ、マガモなどが忙しそうにもぐったりしながら捕食中、その水面を釣り人の船がゆっくりと進む。今頃は何がつれるのだろうか、私は釣りはまったくやったことがないのでわからない。

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河口湖に来ると必ず食べる”ほうとう”、湖畔をぐるっと回っていくと「ほうとう不動北本店」がある。山梨にはいろいろなほうとう屋さんがあるが、私はここが気に入っている。藁葺きの風格ある民芸調の建物に入ると、各時代の戦国武将の絵が並んで架けられている。床の間には大きな錦絵、内部は風情がある。

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           ほうとう不動北本店

「ほうとう」は、山梨県を中心とした郷土料理で「農山漁村の郷土料理百選」の一つに選ばれている。小麦粉を練り、ざっくりと切った麺を野菜と共に味噌仕立ての汁で煮込んだ料理の一種である。

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                  店内

歴史的には古くからあるもので、「ほうとう」の名は「はくたく」の音便したものだといわれているが、「放蕩」や「宝刀」の説もあり、「宝刀」については、「信玄が自らの刀で具材を刻んだ」といった武田信玄に由来するとする俗説も広く流布している。

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麺を湯掻いて塩分を抜く手順がなく、生麺の状態から煮込むところに特色がある。そのため、汁にはとろみがつく。汁は味噌仕立てで、その中でも具のカボチャを煮崩して溶かしたものが美味しいとされている。”ふうふう”といいながら食べる。

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           一人前 1000円也

こういう作り方は全国的にあり、それぞれの地方の特色を出している。名古屋の味噌煮込みうどん、きしめんなどは類似料理といえる。また、東北には岩手県、旧南部藩地域には「ひっつみ」、旧仙台藩地域の北部には「はっと」と呼ばれるほうとうやすいとんと同様の粉食料理が伝わっているが、これも捨て置けない味を出している。

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「ほうとう不動」では1000円のほうとうとキムチが定番のようである。熱い鉄なべにかぶりつくように食べる。これからの寒い時期にはもってこいの体の温まる料理である。腹ごなしに河口湖に写る富士山を見ながら湖畔をのんびりと歩いてみることにする。

観る山富士山  晩秋の紅葉台

天気がいいので、中央高速を走り富士山を見に行くことにした。時間帯を少しずらしただけで高速道路はすいすいと走り、大月のトンネルを抜け河口湖への高速を進むと、目の前にどーんと雪を被った富士山の雄姿が見えてくる。

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           紅葉台からの富士山

雲もなく晩秋の太陽の光に頂上の雪が光っている。やはり富士山は頂に雪を被った姿が一番きれいである。高速を降りて139号線を走り、河口湖を過ぎてしばらく行くと紅葉台方面という看板が見えてくるので右折する。

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           紅葉台からの富士山

枯れススキに囲まれた狭い舗装道路を入ると駐車場があるが、さらにここからオフロードを登る。雑木林の登山道は雨で土が流され大きくえぐれたり、でこぼこ道であるがわが愛車はオフロード用で軽快に登ってくれる。

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紅葉の時期は、きれいな赤や黄色の葉陰に白い雪をいただいた富士山が見えて、とてもいい展望道路であるが、今日はすっかり葉も落ちた裸の木々の枝越しに白い富士山とその下に広がる青木が原樹海が見える。

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         眼下の青木が原樹海とアルプスの遠望 

途中では登山姿やハイキング姿の人たちと出会う、皆が歩いているところを車で通るので遠慮をしながら、迷惑をかけないように頭を下げながらの運転になる。

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坂を上りきったところが紅葉台で何台かの車が停められる駐車場があり、数台の先客がいる。売店があり、その屋上に上ると富士山とその裾野が360度の視界で展望できる。

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富士山から右手には青木が原樹海、遠く本栖湖さらに眼を転じると南アルプスから北アルプスの雪化粧をした山々が見渡す事が出来る。ぐるっと体を回すと眼下には西湖の湖面が秋の陽に輝いている。

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            西湖

この展望台は入場料150円であるが360度パノラマの説明書を見ることが出来、さらにそのすばらしい展望を見ることができると思うと割安かなと思う。但し、この説明書は、店主の手作りなので帰りには返さなければならないのがちょっと残念ではあるが。

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            三湖台からの富士山

ここからさらに雑木林の山道を登る。雪が残る枯葉の上を滑らないように足元に気をつけながら歩くこと10分ぐらい、近くの乗馬クラブの人たちも訓練中のようであるが元気に声をかけて登ってゆく。

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           紅葉台から三湖台へ

すすきの原に展望が開けると三湖台である。名前から富士五湖のうち三湖が見渡せる場所なのだろう。正面に富士山、後ろに西湖が見下ろせる。ここから少し下ると五湖台というところもある。日陰には最近降っただろうと思われる雪が枯葉の上に残っている。

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足元の日陰は凍った土が融け出して滑りやすくなっているので、日当たりの良いところを選びながら慎重に歩くようになる。ススキの原のベンチに腰を下ろし、しばし富士山展望の眺めを楽しむことにする。

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眺めていると、やはり「富士山は観る山かな」と、脚力のおとろえを言い訳の理由にしているが、心の中では日本一の山なので、何時の日か登頂してみたいとひそかに思っているこのごろである。時間の経過と共にその条件はきびしくなっていくが”Stay Young"の精神で頑張ろう。

今人 (いまじん)  純米大吟醸酒

12月8日はビートルズのジョン・レノンが亡くなった日である。1980年ニューヨーク市の自宅前で狂信的な一人のファンに射殺された。

ザ・ビートルズは、イギリス・リバプール出身のロックバンドで、1962年10月レコードデビュー、1970年4月解散まで活躍し、歴史上、全世界で最も広く知られ、最も成功したロックバンドであり、イギリスの外貨獲得に大きく貢献したとして1965年にエリザベス2世からMBE勲章が授与された人気のロックバンドであった。

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私の青春時代のポピュラー音楽はというとビートルズを除いては考えられないほどである。中でもリズムギターのジョン・レノンはメンバーの中心的存在で、オリジナル曲の80%以上の作詞作曲はジョンとポールの共作といわれている。

大ヒット曲の連発で、「抱きしめたい」のシングル盤は世界で1200万枚以上の売上げがあり歴代でも世界のトップクラスの記録といわれている。

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日本公演は、1966年6月30日から7月2日にかけて東京の日本武道館で行われた。日本への到着は劇的であった。メンバーの4人が日本航空のロゴ入りの法被を着てタラップを降りてくる姿が今でも頭の中に残っている。

今でこそロックバンドは当たり前になっているが、当時は長髪姿のロックバンドは「不良」の見本のように言われて、NHKなどは長髪のバンドは出演出来なかった時代である。

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そんな懐かしいビートルズの曲を聞かせてくれる店があり、年に数回顔を出すことがある。今でも私の車にはビートルズのCDが必ず置いてあり、長距離のときなどは心地よく耳に届く。

好きな曲の一つにジョン・レノンの「imagine」(イマジン)があるが、これと同じ名前の酒 「今人」(いまじん)が秋田にある。十数年前、秋田の繁華街川反(かわばた)で飲んだことがある。郷土料理店などが多い、雰囲気のある飲み屋街である。

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これは、秋田県男鹿市の酒店「リカーギフトよしきん」で発売しているが、1年に1回、限定で1200本の純米大吟醸酒を造るという。発売日は12月8日で酒名はレノンの曲イマジンから「今人」と名づけられたといわれている。

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寒い雪の中を、入ったその店で勧められたのが「今人」である。当時は、ブルーの細い首のボトルに入っていた。季節限定の希少価値のお酒をいただくことが出来た。BGMはレノンのアルバムであったかは記憶が定かでないが、製造元はあの「太平山」の小玉酒造である。

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           ルリビタキ ♂

「ビートルズはキリストよりも人気がある」というジョンのキリスト発言問題はあったが、レノンの「愛と平和」の精神は、妻オノ・ヨーコさんが引き継ぎ「ジョン・レノン スーパーライブ」のチャリティーに活かされ、世界26カ国に95校の学校が作られているという。すばらしい音楽と平和の精神が没後30年の今でも世界各地に残されている。

二羽の鳥  ニワニワニワニワトリが

いつもの池で水鳥を眺めていると、たくさんの鳥が泳いでいる、良くみると二羽でおよいでいる鳥たちが多いことに気がつく。

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           ヒドリガモ ペアー

繁殖期であればペアーで泳いでいることが多いが、ペアーでもなさそうである。ペアーでなければ親子かと思うがそうでもない。

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            マガモ

二羽というのはごろがいい、「二羽の鳩」というバレエ曲もある。1886年にパリのオペラ座で初演されたバレエ曲といわれている。

また、バード&バードとか、「羽二羽」という焼き鳥やなどもある。羽二羽があれば羽二重団子という団子屋さんもある。荒川区の東日暮里に「羽二重団子」という老舗があり有名である。

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                       ヒドリガモ 幼鳥

ここの団子はきめが細かく羽二重のようだといわれ、それがお菓子の名前になり商号になっているのである。平日でもかなりの人気でたくさんのお客さんが入っている。

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            幼鳥

二羽で忘れてならない言葉に「ウラニワニワニワニワニワニワニワトリガイル」というのがある。よくクイズなどでこの中に本当のにわとりは何羽いるでしょうかというのがある。これを解釈すると何と800以上の読み方があるといわれている。

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           ヒドリガモ

まず、正面から解釈すると「裏庭には二羽、庭には二羽にわとりがいる」と読みとれる。違う解釈としては、「裏庭に埴輪、庭に埴輪・にわとりがいる」である。このように考えていくと800以上あるというからすごいことばである。

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            オナガガモ ペアー

日本語には、漢字、ひらがな、カタカナなどがあり、さらに漢字には音読みと訓読みがあるので言葉遊びには困らない。それだけ奥深く難しい言葉なのだろうが、日本人はそれを修得しているのだからすばらしいと思う。

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            マガモ

二羽の話に戻ると、鳥でもないのに一羽、二羽と数える動物がいる。なぜウサギは鳥ではないのに一羽、二羽と数えるのだろうか。しらべてみると宗教的な理由のようである。

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           ヒドリガモ ペアー

日本では宗教というと大半が仏教である。仏教では殺生という言葉があって「獣を殺してその肉を食べてはならない」という教えがある。そのために、仏教が伝わってきた日本では、獣の肉を食べることが禁止されてしまった。

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日本で食べられる肉は鳥か魚であり、その他哺乳類では鯨とウサギであった。鯨は魚と考えられてウサギは鳥と考えられていた。

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            キンクロハジロ ペアー

ウサギは鳥と考えるというより、耳が長くて鳥の羽のようだから、ウサギは鳥の仲間であるとかってに決め付けていた。肉を食べたい一心のお坊さんたちはウサギは月夜鳥という鳥の一種だとして、一羽、二羽と鳥のように数えてごまかしていたというわけである。

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お坊さんの戒律は厳しいと聞いている。その戒律は227項目もあり、食事は一日二食、一時間の正座、女性に触れてはならない、走ったりスポーツをしてはならない、音楽もダメなどなどであるが、厳しい反面それなりに抜け道もあったようである。そういう意味で現代のお坊さんは煩悩とかなりの誘惑があるので自分を律するのは難しいだろうなと凡人は思う。

オオタカの若と成鳥の飛翔  多摩川

空には雲は少しあるが良い天気なので多摩川へ出かけてみた。河原には大サギとアオサギがぽつんと立っている。

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            大サギ

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             アオサギ

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しばらく雨が降らないせいか多摩川の水位が低く、長靴を履いていれば朝露にも川を渡るにも充分である。朝晩の冷え込みで木々の葉は色濃く染まり、落葉がはじまっている。

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            オオタカ幼鳥

いつも同じ場所に居るオオタカの幼鳥が今日も姿を見せている。黄色い葉と太陽を背に受けて若干逆光気味であるが、大きな木の上の枝から獲物をねらっているようである。

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河原は風もなく陽だまりにいるとあたたかである。上空にはオオタカの成長が大きく翅を広げて飛び回っている。鴨の群れがとんでいるのでそれをねらっているのか、ゆったりと翅を広げて滑空している。

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            オオタカ成鳥

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30分ほどじっとしていたオオタカの幼鳥のとまっている木にからすが3羽止まり、ちょっかいを出し始めた。オオタカは無視するように鋭い眼は動かすが、じっと動かないでいる。

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カラスもいろいろ飛び回り、大きな鳴き声で仕掛けるが相手にしないのであきらめたようである。やはり、食物連鎖の頂点に位置する猛禽類であるからカラスもその辺はわきまえているのだろう。

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しばらくすると、他のオオタカの姿を見つけたこの幼鳥はすばやく飛び出し他の樹木へと移っていった。また戻ってくるだろうと待っていると、近くでは相変わらずモズの姿、小さな枝の上で獲物を物色中である。

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              モズ

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            真昼の月

秋の青い高い空を眺めながら暖かな小春日和を、野鳥を観察することでのんびりと過ごす。一週間のストレスも吹っ飛んでいく時間である。

オオタカの幼鳥  昼下がりの河原

早朝のウォーキングとは別に、夕方に多摩川を歩いて大栗川との合流点を少し下流に歩いてみた。ここも数年前の増水で大きく流れが変わって、河原の土手がえぐられてしまっている。

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上空でからすの鳴き声がして数羽のカラスが飛び交っている。こういうときは必ず近くに猛禽類がいることが多い。よく見ると大きな木の上のほうにオオタカの幼鳥の姿が見える。

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            オオタカ幼鳥

後ろ姿で少し枝被りではあるが幼鳥がいる。いつもはこの辺にはミサゴがいるのだが最近はあまり姿を見せなくなっている。

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少しブラインドになっているところで観察をすることにするが、まわりの潅木にはモズが止まって大きな声で縄張り宣言をしている。オオタカだけでなくこちらを見てよ、といわんばかりである。

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            モズ

オオタカは食物連鎖の頂点に位置するため、生態系の自然が健全でないと生息できない、最近では野鳥の保護により人を恐がらずに街中に進出しているが里山の猛禽類といわれるゆえんである。2010_11_20__3675_edited1

飛ぶ速さは水平飛行で時速80km,急降下時には時速130kmにも達するといわれている。一度狙いをつけた獲物は執拗に追い続け、それゆえ狩の時間は長くなるというが、一日に一度の狩で食を満たすことが出来る。

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だから、オオタカは同じところに長い時間じっとしていることが多い。野鳥観察者からすれば飛び回って狩をして欲しいと願うところだが一時間もじっとしていることがある。

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タカは、昔江戸時代中期には鷹狩りに盛んに使われていた。鷹狩りは仁徳天皇の時代にすでに行われていた言われているが、江戸時代、この近くの三鷹は、殿様の鷹狩りの場所だった。武蔵野の台地には三箇所の狩場があり三鷹という地名はそのときのなごりなのである。

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           多摩川の夕暮れと上る月

秋の日暮れは早い、西に陽が傾いたかと思うと東の空には白いお月様が上っている。夕暮れの多摩川河原は陽が落ちると急激に冷え込んでくるそろそろ引き上げることにする。

コサギ  鳴かなければ優雅

サギ類の鳴き声は真っ白な姿に比べるとあまりきれいな鳴き声ではない。このコサギも例に漏れず「ゴァー、ゴァー」と鳴く。

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池の真ん中にある止まり木にコサギがぽつんと止まってじっとしている。びくともしないで水面を覗いていたと思うと一気に飛び降り魚を捕らえたが、捕らえた瞬間にはシャッターチャンスが間に合わなかった。

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普通は、川の浅瀬や水田を歩いて、魚類ではドジョウ、フナ、ウグイ、オイカワ、カエル、その他アメリカザリガニなどを嘴ではさみとって食べる。ここのコサギのように1羽ずつ分散して採餌することが多いが、魚が多い場所では群れで採餌することがある。

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多摩川などでは群れでいることが多いが、これも危険分散の意味もある。多摩川では群れがばらけた時にタカなどに襲われることがよくある。

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冬羽になると頭部の冠羽はなく、胸と背中の飾り羽も目立たなくなる。特徴としては全体は白く、足と嘴は黒いが足のひらと足の指に当たる部分は黄色い。

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繁殖期は4~9月に年一回でこの時期にはコロニーを形成するが、一夫一婦制で非繁殖期には別の場所に集団ねぐらを形成する。川べりの樹木にたくさんのサギがとまっている光景を見ることがある。

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コサギは飛翔の姿、樹木の枝などにとまっている純白の姿はきれいであるが、鳴き声がたくましく、また、採餌の魚を飲み込む姿などは、優雅な白い姿からは想像できない。

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弱肉強食の自然界ではやむをねないのであろううがイメージを大事にしたい。優雅なイメージは「白鷺城」といわれる姫路城などを連想する。ここは天守閣があるところが姫山といい、多くの桜木があって鷺山とも言われていたところからつけられたようであるが、優雅なイメージであってほしいものである。

カイツブリ  森の泉のひと時

高齢者のハイキングが多い「森の泉」、駅からも少し歩くがそんなに遠くない、ビジターセンターから川沿いを歩き奥の池のまで自然を満喫できるところである。

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池には、マガモ、ヒドリガモ、コガモ、カイツブリなどたくさんの水鳥、カルガモなどの留鳥に混じって冬鳥たちがたくさん集まっている。中でもチョコチョコともぐっては姿を隠し、突然現れているのがカイツブリである。

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私はこの鳥が好きだ、眼が凛として鋭くカメラを向けたりすると、すぐにもぐってしまいどこから顔を出すか分からない。なんとなく愛嬌があって人をおちょくっているようなしぐさが可愛いところである。

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カイツブリの和名は「掻いてもぐる」が転じたとも言われるし、潜るときの水音が「つぶり」に転じたとされている。食べ物は動物食で、魚類、昆虫、甲殻類、貝類などを食べる。長い間潜水しているのは獲物を捕食しているからである。

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全長は25~29cm、尾羽は短く、外観からはほぼ判別できないが翼の色は黒褐色である。生態は穏やかな河川や湖沼、湿原などに生息し、渡りの時には海などで見られることもある。

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繁殖形態は卵生で繁殖期には縄張りを形成する。水辺の近くの水生植物の葉や茎を組み合わせた逆円錐状の巣を雌雄で作り年に1~3回に分けて卵を産む。雌雄交代で抱卵し、雛が小さいうちは、親鳥が背中に乗せて保温や外敵からの保護を行っている。

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親鳥は子供を2~3羽も背中に乗せていることがある。親鳥が子供を背中に乗せて泳いでいる姿はほほえましい光景であるが、外敵に襲われて悲惨な姿を見ることもある。また、せっかく造った巣なども川の増水などで流されてしまうこともあり、人間の世界だけでなく鳥の世界も生き抜くことはたいへんなのである。

カワセミと爆音  背中のブルー

カワセミは何時見てもきれいである。背中のブルーとおなかのオレンジ色が対照的ではあるが後ろ姿が一番きれいだと思う。

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ここ、しらかしの池はいつでもそのカワセミが見ることが出来る池である。休日にはたくさんのカメラマンが池の回りに並ぶことが多い。

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           今日もうるさいな~

この池の近くには米軍の基地があり、横須賀に海軍の空母が入ると訓練飛行が頻繁に行われる。ちょうど離陸して上昇する航空路に当たるのでその爆音はものすごい音である。

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           通りすぎたか~

我々も思わず耳をふさぎたくなるような飛行機音である。さぞかしこの近辺の住民の方は大変なのだろうと推察する。人々もたいへんであるが、この森にいる動物たちもこの爆音には驚いて逃げるのではないかと心配するが、あにはからんや悠然としたものである。

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            さて

ご存知、カワセミもまた来たのかという感じで空を見上げてはいるが、飛行機の軌跡を追っているような余裕である。慣れというものは恐ろしいものである。慣れというより環境にいち早く順応しているのがここの野鳥たちなのかも知れない。

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            見つけた~

自分の縄張りをしっかり守り、種族保存の本能のままに生き抜く、最近カワセミがどこでも見られるようになったのは、カワセミのための環境がよくなってきているからである。

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カワセミの餌になる魚類がいること、魚がいるためには魚がすめるきれいな水があることと魚の餌があることになる。人間が自然環境を維持守ることにより野鳥たちも繁殖していくのである。

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世の中が変り、グローバル化が進み、物事を地球規模で考えないと生きていけなくなってきている。第三の開国とか平成の黒船とか言われているが、GDPで中国に抜かれた日本、やがて中国はアメリカを抜き世界一になるだろうといわれている。

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日本が生き残るためには何をしなければならないか、「種の起源」のチャールズ・ダーウィンの言葉がある。「生き残る種というのは、最も強いものでもなければ、最も知的なものでもない。最も変化に適応できる種が生き残るのだ。」

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             米軍機

ジェット機の爆音の下で、止まり木から一直線に水に飛び込み、魚を取っているしらかし池のカワセミが、それを教えてくれているような気がする。

秋の鳥たち  北信濃

紅葉の季節が終わり、はらはらと落ちる葉を根元にためて山々の樹木は冬を迎える準備を始める。木々も人々も雪国では越冬の準備で忙しくなる。

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            ホオジロ

昔ほど雪が多くなく、道路や環境も整備されているのでそんなに大掛かりではなくなったが冬を迎える心構えは都会で生活する人々とは違う。

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雪のないところでは、車のタイヤも一年中同じであるが雪国では冬用のスタッドレスタイヤに履き替える。この作業も結構大変な仕事だが、最近は道路が良くなったのでこのタイヤだけで充分に冬が越せるので楽になったものである。

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今日は西高東低の冬型の気圧配置になっているので、朝方より昼のほうが気温が下がってきて、吹く風も冷たく、空の雲もどんよりと重い感じである。

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近くの山の端を野鳥を探して歩いてみることにする。去年はこの草原にはベニマシコが数羽現れ、被写体になってくれた。まだ、ちょっと早いかも知れないが淡い期待を持ちながら歩いていると、大きな杉の木にカケスの群れが止まり、「シャーシャー」とうるさく鳴いている。

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           カケス

翅のきれいな部分は見えないがカケスの鋭い眼は捉えることが出来た。カケスが葉の落ちた欅の木の枝に移動はしてくれたものの逆光と欅独特の枝被りでうまくいかない。

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             ジョウビタキ ♂

後ろの藪からは「ヒーッ、ヒーッ、ヒーッ」とジョウビタキの鳴き声が聞こえる。見ると枝の天辺にジョウビタキのオスの姿、凛々しく縄張り宣言とラブコールなのだろうか。近くの木々をとび回っては尾羽を小さく震わせている。

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ススキの枯れ枝には、ホオジロとカシラダカが行ったり来たりと遊びまわっている。雪が積もる頃にはもう少し里の方に移動するのか、ここで越冬するのか定かではないが鳥たちも冬の準備をしなければならない。

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わが国経済も、足元では持ち直しの動きがみられるものの、依然として明るさが見えてこない、厳しい雇用・所得環境等により当面予断を許さない状況が継続すると見込まれるので、我々も越冬対策を取ると共に、新しい年は政府の経済対策に期待したいところである。

二宮尊徳の言葉だと記憶してるが次の言葉を思い出す。「この秋は雨か嵐か知らねども、今日の努めに田の草をとるなり」

りんごとカモシカ  北信濃の秋

遅い北信濃の秋を楽しみながら実家でのりんご採りを手伝いに行った。山の紅葉はすっかり終わり、葉が落ちて裸の木が目立つようになってきている。

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            清水寺 の紅葉

遠く北アルプスの山々はもうすでに雪化粧で真っ白である。紅葉で有名な清水寺(せいすいじ)の境内を早朝に歩いてみる。11月の13日、14日に紅葉祭りが行われかなりの賑わいだったと聞いていたが、祭りの後の残りの紅葉も捨てたものではなかった。

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朝の陽をすかしてみる赤い紅葉は真っ赤に燃えているようである。数少ない残りのもみじであるが、最後の姿を私に見せるために残しておいたようにきれいに輝いている。

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石段に落ちたもみじもまた違った美しさを見せてくれる。朝のお寺の境内では、その落ち葉を竹箒ではき集めて落ち葉焚きををしている。その白いけむりが青い空に吸い込まれるように上っていく。

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実家ではりんごの収穫に忙しい。週末の土曜、日曜ですべて採り終えたいというので、朝早くから手伝うことにした。体を動かすことはいとわないが、いつも使う筋肉と違うところを使うので、翌日の筋肉痛が心配だ。

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リンゴ採りをしていると山の端に一匹のカモシカが、小春日和の天気に誘われて草を食んでいる。最近は猿や熊が民家の近くに出没することは珍しくなくなったがニホンカモシカは珍しい。

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                   リンゴ

ニホンカモシカは、日本固有のカモシカで国指定特別天然記念物になっている。日中関係は今、尖閣問題などでぎくしゃくしているが、日中国交正常化に際し、パンダのお礼として中国へ雌雄一頭ずつ贈られたことでも知られている。

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見た目は小柄でずんぐりとしており、よくいわれる「カモシカのような脚」とはこのニホンカモシカではないと思う。昔から、カモシカの毛皮は水を通さず保温性も非常に高く、防寒具の素材として用いられてきた。

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             ニホンカモシカ

崖地を好み、犬に追われた場合など崖に逃げる傾向が強い。好奇心が強く、人間を見に来ることもあるといわれている。今日は、暖かい日和に誘われて私のリンゴ採り風景を見に来ているのだろうと思う。

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主に森林内の植物の葉を食べ、冬には冬芽や枝先の樹皮なども食べる。上側の歯がないので、枝先からこそぐように食べる。つまみ食いをするように少量食べて移動することを繰り返す。

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なおカモシカは植物質なら樹幹の樹皮などでも食べ、一帯を食べつくすために植生に大きな影響をもたらすことが多い。カモシカは葉もの野菜を食害することもあり、農業被害の一因にもなっている。

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事実、実家のリンゴ畑にも度々出没して葉を食べる。幸いにリンゴの実そのものは食べないのでまだ助かってはいるが、食害による林業や農業への被害が問題になっている。

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カモシカは、乱獲がすすみ3000頭まで減少したため1955年、特別天然記念物に指定された。それ以来それぞれの地方で個体数が増加して、現在の生息数は7万頭から10万頭と推測されているそうである。

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最近、野生の生物が民家の近くまで出没するニュースが相次いで聞こえてくるが、これは自然の節理で、今まで林業が盛んなころは人が山に入ったので、動物たちは自分の領域をわきまえて生活していたものが、山は荒れ放題で人が入ってこないので動物たちの領域を広げてきたら、民家に出会ってしまったというような構図なのではないだろうか。

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                          エナガ

日本の国土の3分の2は森林と言われている。つまり、森林率は66%なのである。TPPでは農業問題が懸案事項になっている。徴兵制はなくなっているが、徴林制とか徴農制みたいなものを設けて国民全体で日本の国土と日本の将来を考える必要があると思う。

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