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見事な復興  16年後の神戸

それは、16年前1995年1月17日午前5時46分52秒に起こった。阪神・淡路大震災である。私が朝起きてトイレに入っている最中に東京でも大きく揺れた。あわてて飛び出してニュースを見ると神戸方面であるという。

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                                   神戸ポートタワー

時間が立つにつれ被害が大きく報道されるようになり、さらに拡大していった。死者、6434名、行方不明者3名、負傷者43、792名という大惨事になってしまった。

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         六甲山方面

2011年新しい年になって神戸を訪れる機会があったので、神戸ポートタワーにのぼってみた。1963年にたてられた高さ108mの展望タワーで世界初のパイプ構造の建造物だといわれている。

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         長田地区方面

展望台からは阪神地域と淡路島方面が一望できる。回転式のラウンジがありそこに坐っているとゆっくりと回転するので神戸の町、六甲山から港町までが360度のパノラマで見ることができる。

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           淡路島方面

ここから見る限りは、あの大震災の面影は跡形もなくきれいに見事に復興している。都市型震災としては東南海地震以来であり、道路・鉄道・電気・水道・ガス・電話などのライフラインは寸断されて広範囲において機能しなくなり、都市型災害では多くの教訓を残した震災であった。

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          淡路島方面

建造物でも阪神高速道路神戸線の倒壊、山陽新幹線の橋脚の倒壊と手抜き工事の痕跡などが見つかった。崩落した高速道路とかろうじて残った部分に取り残された高速バスの写真は今でも印象深く残っている。

さらに、超高層ビルの耐震性の証明と建築基準法の厳しくなった1982年以降の建物は被害も少なく、安全性が確認されたが、死者の80%が犠牲になったといわれる木造家屋の被害が問題視された。

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          神戸ポートアイランド方面

一方では、復興支援活動においてはマスメディアなどの協力で日本にチャリティーオークションが広く知られるようになり、また、ボランティア活動の重要度に対する一般の認識が高まり日本における「ボランティア元年」とも言われるようになった。

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          神戸港方面

今ここで眺める光景は、あの阿鼻叫喚のような風景はどこにも感じられない、整然としたきれいな街並みに戻っている。人間の力はすごいものだと思う。一人の力はたいしたことはないがみんなの力を合わせれば何でも出来る、街並みや景観は戻っても人間の心に残った震災の復興にはまだ時間がかかる部分もあるのだろう、見えない復興作業中の人々に心の中で声援を送りながら、ポートタワーを後にした。

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