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2011年2月

ウソ三昧  真っ赤なウソとは?

昨日は北風、今日は南風、北風と太陽の話があるが南風はやはり暖かい。暖かさに誘われて近くの公園に行く。

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梅の花がきれいに咲き始め、中にはもう散り始めているものもある。近くの雑木林の木の間にはエナガが巣作りを始めている。この期間が大事で、あまりのぞいたりすると、巣作りをやめてしまう。

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          ウソ ♂

公園の一番高いところまで上ってくるとやっと太陽の光が木々の枝を照らし始めた。小さな木の芽を出し始めた枝に、数羽の野鳥たちがいる。良く見るとウソである。最近ウソが出ているというので賑わっている場所である。

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          アカウソ ♂

新しく出てきた木の芽を一生懸命ついばんでいる。ウソはアトリ科ウソ属で全長15.5cm、オスはのどの赤がきれいで飛翔時は腰の白い色が目立つ。ウソの語源は、口笛でまねができる「フィー、フィー」と聞こえる鳴き声による。

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また、うそという言葉は「万葉集」や「日本書紀」にもある古語で、「うそぶき」からきているらしい。うそぶきとは、「口をすぼめて息を吹き、音を出す」こと、つまり口笛のことなのである。

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ウソは頭から後ろ頭、嘴の周りは黒く、頬とのどは紅色で、背と肩羽根、小雨覆は黒褐色。嘴は黒く腹は灰色である。これと似ているがアカウソがいる。胸から腹にかけて淡い紅色で成鳥ほど赤味が強くなる。

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樹木の集団の中にはウソとアカウソ、ウソのメスの姿が見える。いずれも朝食に忙しそうに木の枝を渡りながら木の芽を食べている。

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          ウソ ♀

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         アカウソ

アカウソなどと言っていると、人間世界の真っ赤な嘘などという言葉を思い出してしまう。「嘘」にまつわる言葉はたくさんある。「嘘八百」「真っ赤な嘘」「嘘も方便」などなどである。

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          アカウソ

「嘘八百」とは、多くの嘘の意味から何もかも嘘だらけであることを指す。江戸時代の町数の「八百八丁」や大阪市中に橋が多いことを「八百八橋」と言って八百とは数が多いことを言うらしい。

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           ウソ ♂

また、「真っ赤な嘘」の赤は「明らか」の意味で「まったく」「すっかり」を表し「赤の他人」と同じ使われ方をしている。「嘘も方便」は、嘘をつくことは悪いことだが、時と場合によっては必要なこともあるということである。本来「方便」は仏教用語で、仏が衆生を導くための便宜的な方法の意味である。

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最近、前首相が沖縄の普天間基地問題についての発言で、この「方便」の解釈が話題になっていたが、国のリーダーとしては、前首相も現首相も発言は慎重にしたいものである。ウソやアカウソを観察しながら「真っ赤なウソ」にならないように、発言と実行を期待したいと思う。子供のころには「うそつきは泥棒の始まり」と戒められたものである。

今朝の鳥たち  久しぶりの多摩川

大雪が降ったと思ったら、大雨の東京、久しぶりに多摩川土手を歩いてみた。多摩川もかなり増水して川の流れが変わっている。枯れた葦の枝が水に流されて横倒しになり、川原を歩くには歩きやすくなっているが、小鳥たちの棲家はながされてしまったのではないかと心配してしまう。

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                                    都庁と東京スカイツリー

雨の後のせいか、かなり高くなった東京スカイツリーの姿が遠く東京都庁のシルエットの間に見える。これから春になると、空は霞がかかることが多いので、見える機会は少なくなるが晴れた日にはよく見えるところである。

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           ハジロカイツブリ

大栗川の土手沿いをのんびりと歩いていると、カラスたちの鳴き声がにぎやかに聞こえるほうを見ると何とオオタカをからかっているではないか、4~5羽のカラスがオオタカの成長を追い回している。

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           オオタカの後ろ姿

オオタカは近くの崖の大きな木の枝に止まりカラスをかわす、しばらくじっとしていたがお尻を上げて糞をしたかと思うとゴルフ場の方向に飛び去ってしまった。

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下を流れる川には、風のない鏡面のような水面をカイツブリが一羽ゆっくりと泳いでいる。その川岸には、カワセミがじっと餌をねらって川面をのぞき込み時折後ろを警戒しながら振り向いている。

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          オオタカ

土手の枯れ草の枝にはジョウビタキのオスが忙しそうに後ろ姿を見せたり、こちらをのぞいて首をかしげたりしている。そして次々と下流へ向かって枯れ草を飛び渡っていく。

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          ジョウビタキ ♂

本当に今年はアオゲラに縁がある、近くのコナラの木でコツコツと音がする。コゲラにしてはしっかりした音なので良くみると、アオゲラのオスではないか。相変わらず木に向かって激しく嘴をたたきつけ餌を探している。

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          カワセミ ♂

他には、モズやホオジロ、アオジ、ツグミなどが川原の枯れ枝や、畑の中を飛びまわったり、歩いたりしてそれぞれの朝食に忙しそうである。

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          アオゲラ  ♂

多摩川の流れを見ていると、水がぶつかる対岸の土手がえぐられて崩れている。数年もするとさらに侵食されて、今まで歩くことができたところもなくなってしまうのではないかと思う。さらに、鳥たちが棲息するところが少なくなってしまうような気がする。

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          魚をくわえて飛翔するカワセミ

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堆積した土砂で水の流れが崖下のほうに向かっているので、川の流れを良くするために河川敷には工事の重機が入っているが、開発と自然環境の保護の重要性を感じる朝の散歩であった。

またルリビタキ  幸せの青い鳥

幸せの青い鳥を追いかける話は昔から教訓として語り伝えられているが、昨今の経済情勢、中東での民主化のドミノ現象などを見ていると幸せの青い鳥は、やはり足元にあるのかなと感じる。

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休日に時間に余裕ができると近くの公園を歩く、元来、家にじっとしている性分ではないので天気さえ良ければ外にいることが多い。足で歩くことをいとわないので気軽に出かけることができる。

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老化は足からといわれるので、普段から足腰を鍛えるようにしている。以前は地下鉄の階段は必ずあるいたものであるが、このところ手抜きが多くエスカレーターにのってしまう。

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最近の地下鉄は、新しくできる地下鉄ほど深く、階段が長い。地下鉄千代田線の新御茶ノ水のエスカレーターが一番長いといわれていたが、最近の都営大江戸線の開通で、さらに深い地下鉄ができている。

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昔は、すたすたとかけあしで登ってもそんなに息切れはしなかったが、最近はそうもいかない。それでも一日一万歩を歩こうとしているので、極力歩くようにはしているが体力が落ちてきたと実感するこのごろである。

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今日も、青い鳥に遭えるかと思いながら公園を歩きいつもの水場に着く。普段は数人のカメラマンがいるところであるが、今日は誰もいない。

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近くの石の上に腰を下ろししばらく待っていると、カッ、カッ、カッという鳴き声が聞こえ、山茶花の花が咲く枝に姿をあらわした。すぐに地面に降りたり、岩の上に上ったりと私の周りで遊び始め、いろいろなしぐさを見せてくれる。

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岩に残る雪のうえを歩き、時たま背を伸ばし凛とした姿でこちらを見ている。「かっこいいでしょう」といっているようである。そう、なかなかいいスタイルである。来年ぐらいになればもう少し青みが増してきれいになるのだろうと思う。

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元気に生き延びて来年もまた、遭えることを楽しみにしている。とにかく弱肉強食の鳥の世界明日のいのちは分からない。毎日が真剣勝負、日本の企業も同じである。

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少子高齢化の進む日本、デフレが当たり前になっている日本で、体力勝負の消耗戦を強いられているのが現状である。グローバル社会、財政赤字の改善、成長戦略の実施、課題の多い日本、井戸のなかから空を見るのではなく、鳥の目で日本を見渡して見たい。日本の青い鳥はどこにいるのでしょうか。

雪に遊ぶ鳥たち  白い公園を歩く

寒の戻りか、春を呼ぶ雪か、湿り気の多いぼたん雪が夕方から激しく降りだし、みるみるうちに周りを白く変えてゆく。

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          やまがら

雪は、湿った空気が上昇して冷やされ雲になり、その雲は夏の暑い時期を除けばほとんどが氷の粒になっている。その氷の粒に水蒸気がついて昇華すると雪の結晶ができる。

空から降る雪の結晶は自然の状態で正六角形になっている。結晶を見ると本当にきれいな正六角形で種類も何種類かみることができる。

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          しじゅうから

上空にある気温の低いところではほとんど雪になっているが、その雪が地上に落ちてくる間にとけると雨になり、気温が低くて融けないで地上まで落ちてくると雪になる。中間だと霙になるので、地上付近の気温の状態でいろいろな種類の雪になる。

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          こげら

雪の種類もたくさんあるが、今日の雪はぼたん雪である。”ぼたん雪”はぼた雪とも言うが大きくふっくらとした雪で積もるのが早い。どかっと一度に降って”どか雪”になる。

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さらに、”こな雪”はさらさらして細かい雪でパウダースノウとも言われスキーには上質の雪である。歩くと「キュッ、キュッ」と音がする。粉雪が細かに、まばらに降る雪を”ささめ雪”とも言われる。

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今年のように日本海側で大雪が降ると、”ごう雪”といわれ、大きな被害を出したりする。さらにこの積雪がとけないうちに次の雪が降り積もって、連続してつみ上がった雪は”根雪”となって雪解けの春先まで残る雪になる。

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また、高い山や緯度の高い地方では一年中消えずに残っている雪があるがこれを”万年雪”という。これに因んでか、昔、敷きっぱなしの寝床を”万年床”などといったことを思い出す。

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雪だけでもいろいろな表情を見せてくれるが、これからの季節の雪は”あわ雪”や”なごり雪”などとも表現される。あわ雪は泡のように融けやすい雪であり、”なごり雪”は季節はずれに降る雪で、歌の題名にもなっている。かぐや姫の伊勢正三の作曲で、いるかが歌って大ヒットした、若かりし頃の思い出の曲である。

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こんなにいろいろな姿を見せる雪、この雪の中で今日も野鳥たちは、元気に採餌に励んでいる。一つの雪でもいろいろ表現できる日本語とはすばらしい言葉であると思う。そういえば”雪乃”という飲み屋があった。「熱燗とっくりの首つまんで♪」というところだろうか。早朝から不謹慎である、反省しながら雪の公園を歩いている。

雪とアオゲラ  雪の公園で

雪が降った喜びで足元が悪いのにいつもの公園を歩いてみることにする。近くのサッカー場は緑の芝生が一面真っ白に雪が積もり、ゴールポストだけがあまり目立たなく立っている。

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緑の芝生に白いポールのゴールポストもまわりが白くなってしまって立場がない感じである。高校生の頃は雪の積もったグラウンドでサッカーやラグビーをやった記憶がある。

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体育の教師が体育大学出身の猛者で体を動かすのが好きだったので、生徒は大変、ずいぶんしごかれたものである。それも、今はいい思い出であるが。

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雪がぱらぱらと降る公園を歩いていると「ピョー、ピョー」とアオゲラの声がする。声が大きく聞こえるので近くにいるなと、少し坂道を下る。

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落ち葉の上に積もった雪の上を歩くのはすべりやすい。ややもすると一気に下まですべり落ちてしまいそうである。鳥を追いかけて山の中を歩いているといつもこういう危険をはらんではいるが、雪ではなおさらである。

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傾斜の下の木にとまっているので目線より下にみることができる。通常は木の上のほうにいることが多いので、見上げることがほとんどであるがよく見えるのでよく観察することができる。

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ちょうどわたしの前に大きな木があるので、アオゲラからは死角になる。夢中で木の中の虫をほじくりだしている。虫も寒さで身を縮めているのか、身を守るのに抵抗しているのだろう。

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アオゲラは首を傾けながらさらに鋭い嘴で木の皮をめくっていく。両足でしっかりと木の幹を掴み、尾羽でそれを支えている。嘴で皮をむき長い舌で虫を絡め捕っている。

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しばらくの間採餌の様子を観察することができた。その木に飽きたアオゲラはとなりの木へと飛び、さらに移動してしまった。最近はアオゲラと縁があり、この公園に来ると必ずといっていいほどアオゲラと遭うことができる。雪の中でのアオゲラ三昧の朝であった。

雪に咲く梅の花   雪中梅を楽しむ

各地で梅祭りが行われているこの時期に、梅の花を雪が隠してしまった。花見といえば桜の花を見ることが代名詞のようになってしまっているが、奈良時代以前は「花」といえば梅の花が花見の対象であったといわれている。梅が主役の時代があったのである。

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           雪と蝋梅

二月から三月にかけて各地で梅祭りが行われるが、確かに梅見に行ったときに雪にあうことはある。但し今回のように枝に積もるほどではなく、梅林にちらちらと白いものが舞う程度である。

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梅の小枝に咲く小さな花びらが、上から被った雪を重そうにしながら、きれいなピンク色を見せている。いつもなら、メジロが花の蜜を吸いに忙しく動いているところだが、さすがに今日は、人の影も鳥たちの姿も見えない。

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梅の花に積もる雪の光景をみて真っ先に思い浮かぶのは、「雪中梅」という言葉である。雪中梅といえば新潟の酒で、越しの三梅の一つである。燗酒を片手に雪見酒を楽しみたいと思うのは私だけではないだろう。日本には雪見障子という粋な建具がある。コタツに当たりながら障子越しに見る雪景色は、また違う雰囲気を味わわせてくれる。

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          雪と紅梅

越しの三梅というのは、「越しの寒梅」、「雪中梅」、「峰乃白梅」の三酒で、それぞれの特徴があり美味しい酒である。若かりし頃は、幻の銘酒といわれなかなか手に入らない酒であった。幻の酒などと言われると余計にほしくなってしまう性で、価格もプレミアムがついていて伝がないと手に入らず、なかなか飲む事ができなかった。最近では各地の美味しい地酒があるのでその影も薄れてきている。

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あの頃は、新潟出身の友達に頼み入手したものである。有名な「越しの寒梅」は、淡麗辛口で喉越しが良かった。また、「雪中梅」は、甘口でほのかな甘味と、切れのある後味でぬる燗がうまい。さらに、「峰乃白梅」は本格的な淡麗辛口でいわゆるコク、キレという感じである。酒は口に入れたときの辛口のピリッとした感触がなんともいえない。

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当時は、新潟の行き付けの飲み屋でこれらの利き酒をやってくれた。「すべての銘柄を当てたらサービスしてくれるか」と、おやじと掛け合ってもなかなかイエスとは言わない。最初は味の違いが分かるが、利き酒グラスの杯を重ねるにつれて味も記憶も遠くなってしまうが、今でもその頃の記憶は残っている。また、機会を見つけて「越しの三梅」を訪ねてみたいと思う。

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雪の中で梅の花を見ながら、古き昔のことを思い浮かべ、足元の悪い坂道を注意しながら歩く。それにしてもよく降ったものである。すべてを真っ白に覆い隠してしまう雪、考えてみれば不思議なものであるし、また情緒のあるものである。東京で楽しめることはなかなかないことなので、今日はゆっくりと、いのち短し雪景色を楽しもう。

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梅の全盛は奈良時代以前といわれているが、梅にちなんで考えると、梅の花を図案化して日本の家紋にした梅紋は、奈良時代に文様として用いられ始め、菅原道真が梅の花を好んだことにより天満宮の神紋として用いられたといわれている。この機会に学問の神様に拝礼して、「生涯勉強」を実践したいと思う。

雪のサザンカ  曲がり角に咲く花

東京の雪はいろいろな光景を見せてくれる。白い雪の下に赤く咲く山茶花(さざんか)がきれいに映る。赤やピンク、白などがあるが白い雪には赤がよく似合う。

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”さざんか”というと、童謡の「たき火」を思い出す。

「 1 かきねの かきねの まがりかど たきびだ たきびだ おちばたき あたろうか あたろうよ きたかぜ ぴいぷう ふいてくる

  2 さざんか さざんか さいたみち たきびだ たきびだ おちばたき あたろうか あたろうよ しもやけ おててが もうかゆい

  3 こがらし こがらし さむいみち たきびだ たきびだ おちばたき あたろうか あたろうよ そうだんしながら あるいてく 」

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最近、焚き火を見ることは少なくなったがこの歌の詩を見ると、その場の情景がほほえましく想像することができる。秋口の早朝には多摩丘陵の谷戸の畑で農家の人が焚き火をしていた。あの煙の臭いが懐かしくしばらく眺めていたものである。

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「あたろうか あたろうよ」という相手はいなかったが、この歌を思い出していた。子供のころ、りんご畑で落ちたりんごの葉を集めて落ち葉焚きをしたことを思い出す。

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燃える落ち葉の中に、サツマイモやジャガイモを入れてこんがりとなるまで焼いて、手袋で灰で黒くなった皮をむいて「ふうふう」言いながらたべたものである。今であればバターを用意して「ジャガバター」といったところであろうか。

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最近では、焼きりんごなるものも料理にはあるが、当時はりんごは取り立てを生で食べるものだと思っていたので焼いたりんごは食べたことがない。とにかく新鮮な野菜や果物に火を通すことは、習慣としてあまりなかった。中国は逆に、ほとんどのものは火を通すのが当たり前になっている。食べものの習慣は国によってかなり違うものであるが、それを知ることによってレパートリーが増えていく。情報化のおかげだろう。

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さざんかは日本が原産地でツバキの仲間である、ツバキは春から咲き始めるが、さざんかは秋の終わりから初冬に咲き始めて、長い間咲き正月になっても楽しめる。花びらがツバキとは違って一枚一枚になっているのが特徴である。春に咲く寒椿も花びらは同じで見分けは難しいが、普通のツバキは一枚の花びらになっていて、落ちるときは花ごと落ちるので違いが分かる。

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ちなみにサザンカの花言葉は、「困難に打ち勝つ」「ひたむきさ」「愛嬌」「理想の恋」「理性」「謙遜」などである。雪を被って赤く咲く花を見ているとそんな感じもする。

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もう一つ、サザンカで思い出すのは往年にヒットした歌、「さざんかの宿」がある。この歌の詩にも、「赤く咲いても 冬の花」「運命かなしい 冬の花」「ふたり咲いても 冬の花 春はいつ来る さざんかの宿」と歌われ、春を待つ情景が見える。

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やはりこの花には、困難に打ち勝つひたむきさみたいなものがひめられているようである。あの角を曲がればもうすぐそこまで春が来ているのだろう、生垣に咲く赤い花の角を曲がるのが待ち遠しいこのごろである。

 

春を告げる雪 雪の公園を歩く

東京に雪が積もると春が来るといわれている。太平洋側を低気圧が移動して、それに冷たい空気が流れ込み雪になる。東京では大学入試やセンター試験が行われるときに降ることが多い。

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ずいぶん古い話になるが、私の経験でも雪の中を試験に行った記憶がある。先週までは落ち葉をサクサクと踏んで歩いたが、今朝は雪道をザクザクと踏んで歩く。粉雪であれば「キュッキュッ」と音がするが、水分が多いので「ザクザク」になってしまう。

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大人になっても、雪が降り、当たり一面が真っ白になると何となくわくわくして、外に出てみたくなる。誰も歩いてない真っ白な雪の上に足跡をつけて歩くのは楽しい。

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公園の樹木や街路樹の細い枝にも雪が積もりきれいに花が咲いたように真っ白になっている。昨夜からの雪は上がり、低い黒い雲の間からは太陽の光がさし始めている。

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真っ白な雪に反射して目に眩しい。畑の畝を覆った雪が太陽の光を受けてきらきらと光る。日が出てくると、枝に積もった雪がとけて地面に落ちてくる。あたかも雪が降っているようにはらはらと手や頭に落ちる。たまに大きな塊が頭に落ちて来る時もある。

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先週梅の花が咲いていた畑も木々はすっかり雪に覆われている。鳥たちも雪のせいであまり見かけない。雪のない木の下や、藪の中で採餌をしているようである。雪のある枝を飛び回っているのは、ヤマガラとシジュウカラ、コゲラぐらいなものである。

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それにしてもよくふったものである。公園の木製のテーブルの上の雪を見るとふんわりときれいに積もっているが、約10cmぐらいはあろうかと思われる。ちょうどテーブルの上に枯れ枝が落ちているのが、テーブルの上に植えられているように見える。

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公園の斜面のある芝生では子供たちがそりですべったり、おじいちゃんとお孫さんだろうか雪だるまを作っている。今日の雪は雪だるまを作るにはちょうど良い感じに湿っているので作りやすいだろうと思う。

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芝生の上を転がしていくと地面の土までくっついてくることもある。きれいな白い雪だるまを作るのはなかなか難しい。また、親子で雪投げをして光景もみえるが、懐かしい姿である。雪が降るということは子供と一緒に遊ぶこともできるし、融けないうちにと早起きもするのでたのしいものなのである。

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雪で花が咲いたような森の中を歩き、上から落ちてくる雪はあまり気にしてはいなかったが、いつの間にか枝から落ちる雪ではなく、空は曇り始めちらちらと雪が降り始めてきた。

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今日も一日雪模様になりそうである。次に来る春を知らせる東京の雪を楽しみながら、暖かいコーヒーが用意されているだろう家に帰ることにする。

雑木林のなか  里山を歩く

厳しい寒さが緩んだ早朝いつもの公園を歩く。葉の落ちた雑木林の向こうに朝もやの中に上り始めた太陽が赤く見える。行きかう人は犬の散歩の人が多いがマナーを守っている人、無視している人それぞれである。

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          朝靄の太陽

マナーやエチケットとは何かと考えてみると、一口で言えば「人に迷惑をかけない」「人に好感を与える」「人を尊敬する」ではないかと思う。

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こういう気持ちがないと、相手に不愉快な思いをさせたり、他人に迷惑をかけたりしてトラブルを起こしかねない。マナーを忘れずペットをかわいがったり、散歩もしたいものである。

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           シメ ♀

公園の雑木林はすっかり葉も落ちて、丸裸の幹や枝になっている。散策路はたくさんの落ち葉で埋まっている。ところどころ太い樹木が根元を少し残して切り倒されている。

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太い幹は50cmぐらいにカットされごろごろしている。家に持ち帰って屋外のイスにしてもよさそうである。葉が落ちたこの時期に雑木林の手入れが行われているようである。

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雑木林の切り株は生命力がとても強く、春になると切り株から新しい芽が出てまた大きく成長をしてゆくのである。今ではあまり見られなくなったが、昔炭の需要が多かった頃、炭焼きはこの繰り返しで行われていた。

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          ホオジロ

たくさんの落ち葉は板で囲ったところにまとめられ、堆肥にでもするのだろうか。下草もきれいに刈られ、落ち葉がかき集められている。これは落ち葉の下のスミレとかカタクリなどの種子が十分に光を浴びられるようにしているのである。「下草刈り」「落ち葉かき」などといわれている。

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          たまにはスズメも

手入れが良すぎて草の実や鳥の餌になるものがないのかあまり野鳥の姿は見えない。鳴き声も以前よりは少ないような気がする。ここは、バードサンクチュアリとして保護されているエリアがあるので、そこからは数種類の鳥たちの声は聞こえるが姿は遠く見える程度である。

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         ツグミ

サクサクと落ち葉の上を歩くと池のところに出る、早朝の水面は鏡のようになって波一つ立ってないので樹木の姿が対称的にきれいに写っている。いわゆる「静寂」という感じである。

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          早朝の静寂

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          ホオジロのペア  下が♀

景気は低迷していても、季節は着々とその歩みを進めている。春が来るとこの切り株からも新しい萌芽が見られることだろう。新芽とともに明るい春を迎えたいものである。

オナガ  黒い帽子にブルーのドレス

立春ということで穏やかな休日、寒の戻りがなければ寒さを我慢するのも約二十日ほどで暖かい春がやってくる。今日はこの公園ではオナガの出が良い。鳴き声はあまりきれいではないが、スタイルはよく色もきれいである。

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オナガはスズメ目カラス科、オナガ属である。全長は34~39cmでキジバトより一回り大きい、尾羽が20~23cmと長く、名前の由来もこの尾羽が長いことからきている。

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頭は黒く、ちょうど帽子を被っているようなイメージで、背中は淡い灰褐色、翼と尾は青灰色で、喉から腹は灰白色、尾の先は白く雌雄同色である。アオゲラの姿が「赤いベレー帽に緑のマント」という表現をすれば、オナガは正に「黒い帽子にブルーのドレス」といった感じである。

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生息地は平地から低山地の比較的明るい森林や竹林を好み、森林に近接する市街地などでも見られる。私の住んでいるこの近くの森から庭先の桜の林などにも、群れをなして飛んでくることがある。

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日本での分布は、1970年代までは本州全体および九州の一部で観察されていたようであるが、1980年代以降は西日本での繁殖は確認されておらず、現在は本州の石川県以東、神奈川県以北で観察されるのみになっているといわれている。

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食べ物はカラスの仲間なので雑食で、昆虫や果実、種子などを常食としている。いつも高い木の上にいることが多く群れで行動をする。カラスと同じで学習能力が高く、警戒心が強い。

近くの森では、オナガのいるところには必ずといっていいほどツミがいる。ツミとは共存共栄だと聞いている。鳴き声は「ギューイギュイギュイ」ときれいな声ではなく、うるさいほどである。これは警戒時の声で、人間と同じで繁殖期の番同士は、愛らしいかわいい声で鳴き交わすといわれているが、まだ、聞いたことがない。

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愛の告白は、あまり人目につくところでするものではないのだろうが、これから春をむかえ繁殖期になると、その優しいかわいい鳴き声が聞こえるかも知れない、楽しみにして待ってみよう。

朝のまだ凍りついた池の水を飲みにオナガが降りてくる。鳥たちは水を飲むときは口に含んでから頭を上げて喉に流し込むように飲む。これは体の構造が水を口で吸い上げて飲むようにできていないので肺に水が入らないようにだと聞いたことがある。

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カラスの仲間と聞くと黒一色であまりきれいな鳥というイメージがないが、カラスの仲間でもそこそこの衣装を着ているものもいる。カササギ、ホシガラスなどは基調は黒であるが観かたによってはきれいである。

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カラスの仲間は学習能力が高いといわれているが、人間はそれ以上に学習能力が高い。名古屋、愛知の地方選挙で大きな動きが見える。20年間ゼロ金利政策の二世議員の多い自民党に愛想を尽かし、民主党ならと期待したが、大きく掲げたマニュフェストを見直したいと。

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「言うは易し、行いは難し」、行動をしないと結果は変わらない。「近くても行かねば至らず、小さくても行わなければ成らず」行動をする首長に期待をかけたのが愛知県と名古屋市。日本の変革は地方から始まっていくのだろうか。鳥たちの学習能力に負けないように、我々も四月の統一地方選挙は日本の将来を考えて、行動力のある、実行力のある人に一票を投じたいものである。

立春  春の気配

立春を過ぎてから早朝の景色が少し変わってきた。明け方きれいに見えていた青い空に光る金星が靄って見えなくなっている。気象庁の東京の乾燥注意報も解除され、暦どおりの気候になっている。

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         ルリビタキ ♂

立春は二十四節気の第一といわれ、春の初め、この日から立夏の前日までが春となるといわれている。二十四節気とは、立春⇒雨水⇒啓蟄⇒春分⇒清明⇒穀雨⇒立夏⇒小満⇒芒種⇒夏至⇒小暑⇒大暑⇒立秋⇒処暑⇒白露⇒秋分⇒寒露⇒霜降⇒立冬⇒小雪⇒大雪⇒冬至⇒小寒⇒大寒となる。

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立春から春分までの間に、その年に初めて吹く南寄りの強い風を春一番と呼ぶ。そして節分は立春の前日のことをいい、節分の豆まきは立春を年初めとして、新しい年の幸運を願っての習慣であるが、子供が巣立ってしまった我が家では鬼役が必要なくなってしまったが、かみさんの本心は分からない。

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中国では、旧暦の正月を祝う習慣があるがこれは古代中国夏王朝の正月で、夏正(かせい)といわれ、2月3日~8日までは正月休みに入る。私のところにも中国のお客様から休暇の案内がメールで入った。農村からの出稼ぎ労働者の帰省の風景が報道されているが、まさに民族の大移動の光景である。親元を離れ、故郷での再会の喜びが待っている。

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          ルリビタキ ♀

立春というのは、春の訪れとよく言われ、大寒から立春までは一年のうちで最も寒い季節であり、立春を過ぎると少しずつ寒さが緩み始め、春の気配が忍び入ってくる。まさにここ2,3日の靄っている雰囲気がそんな感じを与えるが、まだ油断はできない。

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日本の気象庁は、3月~5月が春、6月~8月が夏、9月~11月が秋、12月~2月を冬としているが、日本では立春が来ると「暦の上では春」と言う言葉がどこでも聞かれるようになる。なんとなく気持ちが明るくなる。雪に閉ざされた北国の人々はこの春が本当に待ちどうしいのである。

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古代中国では昼夜の長短のピークとなる二至(夏至、冬至)と、昼夜の長さがほぼ同じになる二分(春分、秋分)を各季節の中心として、これらの中間に各季節の区切りとして四立(立春、立夏、立秋、立冬)を設けている。

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         ルリビタキ 若

古代中国から学んだ四季と二十四節気、近年の暖冬は別にして今年の冬は、日本海側は大雪、太平洋側はからからの晴天とメリハリのある季節感である。地球温暖化での影響で季節感が変わりつつある昨今、平成二十三年の季節の始め立春に当たり、四季の美しさを大事にしている日本の姿が蘇ることを願うものである。

おおたか 鳥に見る自然の摂理

最近は、イカルやトラツグミ、ルリビタキなどで猛禽類とはちょっと疎遠になっていたので、オオタカに遇いに早朝から出かけた。

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          川エビをくわえるカワセミ

森につくとまず、カワセミがあらわれ私の準備がすまないうちに、大きなえびを捕り、飲み込むのにかなり苦労をしている。捕らわれたほうは観念しているのか、あわよくば逃げようとしているのか、カワセミはそれを口ではさんだまま叩いてようやく飲み込んで池の奥のほうに入ってしまった。大きな木の上でカラスたちが賑やかに騒いでいる。

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          オオタカ

いつもカラスなどが騒いでいるところには、オオタカがいることが多い。実力はオオタカのほうが上なので問題にならないが、体は同じぐらいなのでよくちょっかいを出すことが多い。カラスはオオタカの狩りの残りものにあずかろうとか、横取りしようとか考えていることが多く、オオタカの周りにはカラスが多いのである。

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オオタカは春夏は里山で繁殖して、巣は針葉樹林の枝上に枯れ枝などをくんで作り、特にアカマツの太枝にこのんでかけることが多く、秋冬は都市公園や農耕地、市街地にもよく現れる。鋭い嘴と光った目で凛としている姿が好きだ。

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都市部ではカラスが縄張りを持っているので、ハシブトガラスの群れに追いかけられている姿を見ることがある。大人が子供のはやしをあしらっている姿で、本気を出せばカラスなどひとたまりもない。獲物は、ハトやムクドリなどの鳥類を襲う。

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多摩川ではサギ、キジなども狙われるが、ネズミやウサギなども狩ることがあり、待ち伏せ型の狩りで、獲物を見つけると飛び立って追いかける。

今日も眼の前で、いきなりハトを追いかけて急降下してきた。決定的なチャンスをとれるかと連写したが、ハトは運良く逃げて繁みの中に隠れてしまった。あまりの速さにカメラが追い付かない状況であった。

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せっかくのチャンスであったが突然の飛び出しで残念であった、しばらくするとカラスの騒ぎの中を再度飛び出して近くの木にとまって様子を見ている。周りではカラスが取り巻くように見ている。2011_02_05__1065

           ハシブトガラス

カラスに交じってオナガの群れもタカの周りを飛び回る。オナガなどは格好の標的になってしまいそうではあるが、オナガもカラスの仲間なので同じ習性をもっているのだろうか。

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            オナガ

相撲界では、春場所中止の報道、強いものが給料も上がり出世もする。強くなるにはそれなりの努力があるわけで、簡単には十両に上がれないし十両と幕下の給金の差は大きい。お金で出世しても実力がないと続かない。

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                  コサギ

鳥の世界は弱肉強食、これは自然の摂理である。好きな相撲が見られないのは残念だが、どこかでけじめをつけて再び楽しませて欲しいものである。江戸時代から行われている相撲は、興行主がいて興行をしている。その基本的な姿は変わっていない、この辺で21世紀の国技相撲を作りあげるべきではないだろうか。

今日は満足できる写真は撮れなかったが、オオタカの成鳥に逢えたことと狩りの場面を目撃することができたので満足して帰途につくことにした。

影富士  多摩からの夕焼け

富士山にかかる雲や太陽など自然現象による富士山の七変化はいろいろ聞くが、夕方の公園散歩の途中、きれいな富士山に沈む太陽を見ることができた。

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          手ぶれではありません

影富士というのか、太陽が富士の山影に隠れると富士山の影が映る。日が沈むとどんどん高くなり最後は実際の富士山の倍ぐらいの高さになってしまう。

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どういう現象なのかはわからないが面白い光景であった。一般に”影富士”というのは、山に登った時に山の下に広がる雲海に沈みゆく太陽に照らされて、太陽と反対側の雲海に富士山の影がうつることをいう。

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4,200mのハワイのマウナケアに登った時も同じく”影マウナケア”が東側の雲海にきれいに映っていたことを思い出すが、こういう現象も”影富士”でいいのだろうか。

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沈む太陽が、ちょうど富士山の頂上の真ん中に沈みかかる時間が一昨日の4時49分で、いわゆるダイアモンド富士であったようである。その話を聞いて翌日待ってみたが、残念ながら薄い雲がそれを邪魔してしまっている。

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雲は時間とともに動くので、せめてシルエットだけでもみえないかと淡い期待を込めて30分前から準備をして待ってみたが、無情にも雲はよけてくれなかった。

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冬の天気は晴天が多いので、再度次の日に期待をかけて4時半ごろから待ってみた。雲は多いがなんとかみられそうである。定刻に近くなると、近所の人や公園を散歩している人たちがたくさん集まり賑やかになってきた。よく知られているものだと感心する。

毎日ここを散策しているというベテランの説明に耳を傾けながら、その時間を待っている。太陽の位置は毎日動くので、今日はちょうど山頂の右端に沈み、富士山の稜線に沿って沈んでいく形になるとの説明である。

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太陽が沈み始めると富士山の影が左側にできる。ちょうどカメラの手ぶれでも起したようにダブってできて、太陽が沈むごとにその影の高さが高くなっていく。日が沈むのが早いので影の山の高さもどんどん高くなる。

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どういう現象でできるのかわからない、たぶん手前の雲に映っている影がここから見ると後ろにあるように見えているのだろうと思う。富士山の夕焼けはこの場所からはよく見えることが多いがこのような現象は初めてである。

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沈みゆく太陽の光が空の雲を赤く染めて、残りの光線が空に長く伸びている。冬の天気は陽が沈むと一気に冷え込んでくる。来年のダイヤモンド富士に期待しながら、公園を後にした。

エナガ  かわいい尾長鳥

ベランダ越しに見える桜の木にエナガの集団がやってくることがある。気がつくとすぐにカメラを構えてみるのだが、細かく動くのでなかなかシャッターチャンスがない。

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エナガは尾が長いので体長は12.5~14.5cmあるが、実際に見た印象はスズメより小さく、嘴と首が短く丸っこい体に長い尾がついたかわいい顔をした小鳥である。エナガの由来は柄長から来ている、柄杓の柄のようなイメージが思い浮かぶ。

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目の上の眉斑がそのまま背中まで太く黒い模様になっており、翼と尾も黒い。肩のあたりと尾の下はうすい褐色で額と胸から腹は白く、雌雄同形同色で外観上の区別は難しい。

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公園の樹木や林などに生息するが小さな縄張りを持ち、群れを作り、シジュウカラやメジロ、コゲラなどの違う種の小鳥と群れを作ることがある。

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庭先などに来るときも必ずシジュウカラなどが一緒のことが多い。食べ物は木の上で小さな昆虫類やクモを食べ、特にアブラムシを好むが草の種子なども食べる。

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良く見るとかわいい目をして愛嬌のある姿であり、逆さになったりいろいろな恰好ををして枝の間を身軽に移っていく。一日のうちで周期的に移動をしてくるので自分の縄張りの中を動いているのだということが分かる。

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そして、非繁殖期にはねぐらを作って小さな体を寄せ合って集団で眠る習性があるといわれている。営巣は樹木の枝や幹のまたに、苔をクモのいとでまとめた巣を作り一回に7~12この卵を産む。

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エナガの仲間にはこのほかにシマエナガが北海道に分布するが、私はまだであったことはないので、いつかオオワシと共に出会えることを楽しみにしている。

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冬将軍の厳しい北海道からの流氷などのニュースを見ていると、今月の末頃行われる根室バードランドフェスティバルなどにも参加してみたいものだと思うこのごろである。

アオゲラ  啄木鳥とは

寒さ厳しい早朝に外に出るのは勇気と決断がいる。温かいベッドにいて一度でも躊躇するとくじけてしまうことが多い。起きるときはまだ外の明かりは薄暗く、駐車場の車のフロントガラスも白く凍りついている。

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勢いで飛び起きて早朝ウォーキングに出かける。毎日同じコースを歩くと同じ時間には同じ顔ぶれに遭う。A型の特性で同じコースを同じ時間に歩く。多分仲間もA型なのだろうかと思いながらすれ違いに、いつものように「おはようございます」の挨拶を交わす。

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公園の雑木林を歩いていると、少し大き目の鳥の飛翔姿が見える。コナラの木にとまった姿は鶯色の羽に赤い頭のアオゲラではないか。アオゲラはチョコチョコと動くのでなかなかいいポーズをとってくれない。

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アオゲラはキツツキ目キツツキ科の留鳥でどこにでもいる。大きさはハトぐらいでオスは頭頂から後頭部までが赤く、一部黄色の部分がありちょうど赤いベレー帽を被ったような感じである。メスは後頭部のみが赤く少し控えめな感じがする。

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鳴き声は短く「キョッ」と鳴いたり「ケケケケケッ」と鳴く。普通は「ピョーピョー」と鳴くことが多いのですぐに分かる。キツツキというだけあって、鳴き声ではないがドラミングの音が森に響くことがある。

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アオゲラが木を叩くのは、木の幹にいる昆虫を餌にするために穴をあけたり、皮をはいだりしているのである。そのほかには営巣のための巣穴を造るための行為であったり、自分の縄張り宣言をすることと異性への求愛の行動だったりする。

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静かな森でのドラミングの音は、木の質にもよるのだろうが耳に心地よく聞こえることがある。あの勢いで嘴を叩いて頭は大丈夫なのかと心配するほどである。指は二本が前向き、二本が後ろ向きで鋭い爪があり、爪と堅い尾羽で体を支えて樹幹に垂直にとまり、強堅な嘴で樹木をつつき、長い舌で中の虫を食べる。

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なぜ、キツツキを啄木鳥と書くのかは定かではないが詩人の石川啄木からきているようで、啄木が詩作に没頭する姿が一心に木に穴を彫る姿にうつるとか。関連することを探してみると、戦国武将の戦法に「啄木鳥の戦法」というのがある。

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これは武田信玄が川中島の合戦時に使った作戦であるらしい。この啄木鳥戦法は、啄木鳥が餌を捕るときに、木の反対側をつついて虫をびっくりさせて穴から這い出させ、出てきたところを捕らえるという習性に目をつけたらしい。

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つまり、機動力のある精鋭部隊を敵陣の中核や留守城などに迂回進軍させ、敵がそれに気をとられている隙に本軍で一気に攻略するというものである。川中島の合戦では相手は上杉謙信、これを見破り武田信玄は大苦戦したといわれている。

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サッカー・アジア杯で2大会ぶり4度目の優勝をしたザックジャパン、深夜に久々の明るい日本の姿を見せてくれた。左翼から長友のスルスルと抜け出る足の速さで、正面に上げたボールを李の左足が決めた場面の戦法と似ている。監督の判断と決断、一戦一戦勝ち抜くことでチームワークがまとまりついに決勝を決めた。イタリアや世界の選手を見ている監督は、「選手が自分の荷物を自分で持ち、自分たちで後片付けをするチームはない」というザックジャパンのこれからが楽しみである。

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