野鳥たち

  • アカゲラ
    野鳥たちの表情を表現できればと思っていますがショットが精一杯。

花たち

  • 姫扇
    気の向くままの足跡を紹介します

風景

  • 常陸海浜公園
    一期一会の心に残る風景

淡島の一日

  • 淡島から見るサンセット
    奈良の帰りに淡島に一泊。夕日と富士山がきれい。露天風呂から正面に富士山が見える。

四国・四万十川の旅

  • 金比羅宮
    2008年5月の連休の四国四万十川の旅

« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »

2011年3月

自然の猛威から2週間  自分にできることはなにか

鉄道の復旧、高速道路の開通と復旧の足音は小さいながらも響いて来るようになってきた。9日ぶりに救出された少年とおばあちゃん、元気な受け答えに安心感も感じるがさぞかしつらかっただろうと思う。

Photo

          ソウシチョウ

テレビでは被災地の報道にとって変わって、原子力発電所のニュースが送られてくる。被爆を覚悟で懸命に復旧作業をしている姿が痛ましい。首都圏の計画停電も試行錯誤で毎日のニュースを見ながらの通勤になるが、被災地の苦難を考えれば大きな問題ではない。

Photo_2

          カワセミ ♂

今までの当たり前に享受していた便利さを問い直す良い機会になっている。2分おきに来る電車が必要なのか、いつも動いているエスカレーターなど、歩くのは大変だが当たり前になっている便利さは過剰サービスだったのではないかとさえ思う。

Photo_3

          ジョウビタキ ♂

今までの便利さと比較すると多少の不便さは感じるが、それでも大きな問題ではない。被災地の氷点下に冷え込む避難所での生活、暖房、電気、水道に不自由する環境を考えれば不満を言えるレベルではない。

Photo_4

          オオタカ

メディアの報道が充分に行き届かない被災地では、現実の本当の情報が伝わっているのかどうか心配である。現在どうなっていて、今後どうしたらいいのか、役所ごと被災している地域では充分な対応ができていないのではないかと思う。

Photo_5

          ルリビタキ ♂

そのような中での、メディアの報道は原発の復旧への対応の評論的な報道と放射能拡散の報道ばかりになっているような気がする。その上、昨日は東京都の浄水場の放射能汚染報道、人体には影響がないといいながらのあの報道は国民の混乱を招く。

Photo_6

          コジュケイ

放射能に敏感な日本人のために設定されている基準値とは何なのか疑問になってくる。基準値の2倍~10倍ぐらいの値が出ても大丈夫だという基準はいったい何なのか。

_4377

           キジバト

東京での報道は、原発に近い地域の水道にも影響を与える。さらに原発の復旧工事に不眠不休で対応している現場作業の人々は被爆を覚悟で臨んでいるものと思われる。一日でも早い復旧にと命がけで仕事をしている人々のことを考えるべきではないかと思う。

_4062_edited1

           シロハラ

メディアの報道により、首都圏では水などの買いだめが始まっている。被災地ではいよいよ水、食料が不足してきているというのに、自分のことしか考えない行動がさらに被災地を混乱させてしまう。

_4208_edited1

          エナガ の飛翔

電池や水、食料などは被災地こそ必要なものであり、被災地以外では少し控えて、物が出回ってきたら備蓄用に手当てするべきではないだろうか。我々が今できる被災地への支援活動は何かを真剣に考え行動すべきだと思う。

今朝の鳥たち  久しぶりの公園

東北地方太平洋沖地震から1週間、原子力発電所の復旧が心配だが日々復旧の兆しが見え始めてきた。東北新幹線(盛岡ー新青森間)も23日から開通しそうで、高速道路が復旧すれば被災地の救援のスピードも上がりそうである。

_3726

          シロハラ

それにしても、自然のエネルギーは人間の想像をはるかに超えることに、改めて驚いてしまう。海に浮かんでいる船が陸に押し流され、陸上にある車が木の葉のように海に吸い込まれていく姿を見て、自然の脅威を教えられた。

_3267_edited1

          ルリビタキ ♂

今朝は天気もよく、あわただしい1週間を振り返りながらいつもの公園を歩いてみた。人間世界の大事変を知ってか知らずか、いつもの鳥たちは自分の縄張りをしっかりと守り、捕食に一生懸命であった。

_3295

          コゲラ ♂

相変わらず樹木jの間を飛び回っているのは、ルリビタキやイカル、シメ、シジュウカラ、シロハラ、ヤマガラ、コゲラ、アオゲラ、モズなどで、遅咲きの梅が満開になり梅の蜜を吸うメジロやヒヨドリたちが急がしそうである。もうすぐ旅立つだろうツグミなどは地面に降りて枯葉を穿り返している。

_3311

          ヤマガラ

春はそこまで来ているのかそろそろ春の花が咲き始めている。足元には小さなオオイヌノフグリ、目に鮮やかに菜の花の黄色が目立つようになってきた。野鳥たちのさえずりもなんとなく大きくなり恋を語っているように聞こえる。

_3708

          菜の花

まだ上手に歌えないウグイスが、梅の木近くの雑木林でさえずりを練習しているように途切れ途切れに鳴いている。後1週間もすればきれいな声で「ホーホケキョ」と聞かせてくれるだろうと期待しながら雑木林の階段を登る。

2011_01_22__8779

          イカル

公園内の通路に落ちた枯れ葉は、秋口にはカサカサと枯れ葉の上を歩く楽しみの一つであったが、一冬を越すとすっかり葉は踏みしめられ細かになって、土と共にまた春の芽を出す木々の肥やしになる姿を足元に見ながら一段一段を登る。

_3631_edited1

          メジロ

公園の桜の木も新たなつぼみが大きくなり始めている。今年の桜は平年より遅いとの予報であるが、早くきれいな花を咲かせて欲しいものである。

_3343_edited1

          モズ ♂ 

阪神大震災も3年の復興計画が2年で終了した。東北の復興も一日でも早く元通りの生活に戻れるよう協力していきたいと思う。一人一人の力は微力でもそれを結集すれば大きな力を発揮することができる。明るい未来に向けて頑張ろう。

脅威のあと  想定外の想定

日本地震史上で最大規模のエネルギーの地球の揺れを経験した後を見ると、そのすさまじさをまざまざと感じる。日を追うごとに報告される瓦礫の山や被害状況を見るにつけ痛ましさを感じ、被災された皆様に対しては心からお見舞い申しあげます。

2011_01_16__8299

                       イカル

今回の東北地方太平洋沖地震に関しては、最初に発表されたマグニチュードは8.8であったが、13日には9.0に訂正された。被害の大きさで間違いを感じたのか、判断基準を間違えたのかは定かではないが、我々の経験でも9.0というのは初めてである。

2011_01_22__8779

因みに、1900年以降に起きた地震では4番目に大きな地震だといわれている。1923年の関東大震災の約45倍、1995年の阪神淡路大震災の約1450倍と聞いてその大きさに改めて驚く。

2011_01_22__8782

外国メディアの報道を聞くにつれ、日本のこの地域の地震に対する対応策は、防護設備や自治体の政策など住民が過去の経験からそれなりに築いていた。定期的な避難訓練も行き届き冷静に行動しているさまを高感度で報道している。

2011_01_22__8817

津波に対しては、過去の経験から10mの防護壁を築き、津波警報も事前に流れる。環境に優しいといわれている原子力発電も二重、三重に安全策を講じているが、自然の脅威はそんな人間の想定を一瞬にしてはるかに超えてくる。

2011_01_22__8799

世界の目は、大地震と津波の被害の大きさに向いているが、日が経つにつれ、その中でも原子力発電所の安全性のあり方に向きつつある。報道によると原子力発電所そのものの安全性は高いと思われるが、事故が大きくなっている要因は何か人為的な事が原因しているように思われる。

2011_01_22__8795

世界で唯一の被爆国である我が国が、原子力の平和利用で世界をリードしているはずなのになぜか不安を覚える。さらに大きな悲劇にならないことを祈る。メディアでは評論的な報道が多いが、被災地の人たちの本当に知りたい情報は、現在の状況がどうなっていてどうすればいいのかではないのだろうか。

2011_01_22__8822_2

人間の想定というのは過去の経験知や科学的根拠から生み出されるものではあるが、自然の脅威の前には人間は非力である。

_3115

非力ではあるが世界の文明、文化はその人間の知恵と力が生み出したものであり、現在の繁栄はその恩恵である。全員の知恵と努力で東北の復活、日本の発展を築きあげよう。今回の災害を想定外で終わらせないで、今後の危機管理の教訓にしたいものである。

地震 被災地の皆様にお見舞い申し上げます

出張会議中の突然の大きなゆれ、堅固な建物でいつもの地震のように思って会議は続行、ところがいつもとはだいぶ様子が違い、揺れもかなり長く続きそれがさらに大きくなる。会議は中止して全員外に避難することにした。

外は公園の一角なので、内部より安全である。外に出ても尚続く揺れは、目の前にある超高層のマンションを大きく揺らしている。上層階の人はかなりのゆれだろうと心配するほどである。

見ている足元も船酔いにあったかのような不安定な状況に、ただごとではないような雰囲気を感じる。しばらく落ち着くのを待って近くの本社の社屋に移動する。頻繁に続く余震の中を会社と連絡して事務所に戻ることになり、駅まで行くと全線運休で再開の目途は立たないとのこと。

いつもは閑散としている歩道が人であふれている。電車が不通なので乗客があるいているのである。最終的に頼りになるのは自分の足しかないと実感する場面である。やむなくまた本社に戻り、情報収集をすると、震源地は三陸沖とのこと、工場は東北にあるので心配になり連絡をとるが不通である。休み明けの配送でお客様に迷惑をかけることがさらに心配になる。

時間が経過するごとに地震の被害状況が大きくなる。携帯に伝わる映像は大きな津波が小さな町を丸呑みにしている風景を映し出し、その勢いを見ていると恐怖感さえ覚える。自然の猛威の下には人間の造ったものは正に海の藻屑のように思える。

深夜になっても、都内の交通の足は確保できそうにない。地下鉄、JR、私鉄の各線は運転を再開する様子は見えない。普段人通りの少ない通りも夜遅くまでたくさんの人々が歩いているし、道路も大渋滞である。話を聞くと新宿から3時間も歩いてきたとか、これから千葉まで歩いていくとかの話が聞こえてくる。

私も結局帰ることができず、翌朝6時の電車で家に帰ることにしたが、動き出した電車も通常の3割程度、余震のたびに一旦停止と安全確認、時間がかかる。下り電車が普段の通勤ラッシュよりひどい混雑で、来る電車も満員でホームはあふれんばかりの早朝帰宅組、電車も2、3本見送らないと乗れない状況である。いつも45分ぐらいの通勤区間が家に着いたのは9時を過ぎていた。

まず、家族の安全を確認して一安心、幸い我が家は、高いところにおいてあったものが落ちたり、水槽の水がこぼれたりの程度で大きな被害はなかったのが幸いであった。しかし、教訓としては、地震国日本にいる限り震災の対策はちゃんとしておかねばならないと改めて思った。

被災地の皆様にはお見舞い申し上げます。亡くなられた方々、ご遺族の皆様には謹んでご冥福と共に、一日も早く元通りの生活に戻られることをお祈りいたします。

冬に逆戻り  また雪が降った

春一番が吹いて順調に春がやってくるのかと思っていると、日本列島は冬型の気圧配置で北国はまた雪化粧。東京も朝から雪が降り、啓蟄といっても虫も顔を出せないような天気である。

_0627

          ガビチョウ

日の出は早くなり、朝の出勤時には太陽が明るく輝くようになって地軸は着実に春に向かっている感じは受けるが、朝晩は冬に逆戻りした冷え込みである。

2011_01_23__9072_edited1

          カワラヒワ

この分では、桜の花も例年よりは遅れるのではないかと心配になる。伊豆の河津桜は咲き始めているというニュースを聞く、早く暖かくなって欲しいと思うこの頃である。

2011_01_23__9054_edited1

          アオジ

いつもの公園を歩くと、いつもの鳥たちが顔を出すが、やはりさえずりの声は一段と大きくなっているように感じる。天気は戻ってしまったが、季節は春に向かっている。

2011_01_23__8965_edited1

          カシラダカ

公園を歩いて気がついたのは、夕日の丘方面の視界が大きく開けたことである。なぜかと見てみると、以前に来たときはここに「農業者大学校」の建物がたっていたからである。

2011_01_29__9911

          コゲラ

今では、すっかり跡形もなく取り壊され、公園の中にあったテニスコートもなくなり、もとの自然の姿になっている。ここを通るたびに、現在使われているのかいないのか分からないように寂れていたが、寮の窓を見ると洗濯物が干してあり、誰かが住んでいるのだなと思いながら歩いたものである。

2011_01_04__7529_edited1

          シメ

農業者大学校をしらべてみるとこうある。「農業者大学校は全寮制(3年制)の学校です。全国から農業を志す若者が集まります。優れた農業経営者、農村のリーダーとなる人材を育成すべく1968年に農林水産省によって設立され、2001年から独立行政法人になりました。」

2011_01_22__8741

          ツグミ

東京の農業者大学校にはほとんど生徒はいなかったようであるが、全国には各県に一箇所づつ46校の農業者大学校がある。さすがに事業仕分けの対象になったらしく、平成23年度の入学生の募集は中止すると書いてある。

2011_01_22__8370_edited1

          メジロ

公園のはずれの山の中にあった、コンクリートの建物がなくなり、下のほうにあったグラウンドは池と木製の遊歩道が作られて芝生で整備され、周りの自然と調和したきれいな新しい公園に生まれ変わったのはうれしい。

_1730_edited1

          モズ ♂

最近規制仕分けが行われたが一時の迫力がない、人気のない政権の姿なのか。世の中の進歩発展により、時代にマッチングしない制度や設備が既得権として残っている可能性は充分ある。費用対効果を考え徹底した行政刷新を行って欲しいものである。明るさが見えてきた経済界、冬に逆戻りはしたくないと願う。

とび  多摩川土手を走る

しばらく寒い日が続き、富士山がきれいに見えるが富士の手前に横たわる丹沢山系も雪化粧をしている。今朝はその寒さも和らぎ暖かな一日になりそうである。

十七八年乗っているMTB、かなり傷んでいるので廃車にしようと決断したが、なかなか廃車できずに置いてあるので、天気に誘われて乗り出してしまった。

2011_01_23__9274

なかなか新車を買う決断ができない。なぜかというと、いまさらMTBでもないだろうとか、遠出は車になるしとか理由をつけている。たぶん、新車を買うとこれに没頭して毎週乗り出してしまいそうである。

2011_01_23__9231

MTBで一度冷や汗をかいたことがあるので、車よりも危ない感じがする。多摩川の土手を走っている分には、コースが整備されているので安全であるが、一般道などは危険と隣合わせになるので躊躇している。

2011_01_23__9219

気分は若いつもりでも、年を重ねるごとに反射神経は衰えているのを自覚しているだけに考えてしまう。でもこれからの季節はMTBライディングは快適である。ポンコツをだましながら乗ることにする。

2011_01_23__9224

多摩川を上流に走っていくと、浅川の河原でトビの餌付けをしている人がいた。三羽のトビが投げる餌を見事に空中でつかんでいく。空で弧を描いていたかと思うと、投げた餌をめがけて一気に急降下して口でくわえていく。

2011_01_23__9221

近くの大きな松の木に止まってそれを食べて、食べ終えるとまた旋回を始める。本来餌付けはあまり好ましくないが、見ているとみごとである。

2011_01_23__9216

MTBで多摩川の土手を河原に降りて、しばらくその光景を眺めていた。トビは猛禽類の中では一番人間には身近な鳥ではないかと思う。ゆっくりと気流に乗って飛ぶのはトビで、飛翔能力に優れていることから「飛び」が語源であるといわれる。

2011_01_23__9286

暖かい日差しの土手で腰をおろし、のんびりと空を見上げてトビの職人芸を見せてもらった休日であった。

寒の戻り  三寒四温と春

三月に入り桃の節句を迎えて、また冬に逆戻りのような天気である。昔から、「三寒四温」といわれ、冬季に寒い日が三日ほど続くとその後四日ほど暖かな日が続き、また寒くなるというように寒暖が繰り返され、春になっていくという現象である。

_1449_edited1

          快晴の富士山

本来は中国北東部や朝鮮半島でシベリアの高気圧の勢力が7日の周期で強くなったり、弱まったりすることから言われることであるが、日本でも春先には、低気圧と高気圧が交互にやってくるので同じような現象が起きる。

_1470

          白梅

数字の成句では同じようなものがあるので面白い。たとえば「朝三暮四」「四の五の言うな」とか、日本語の面白いところであるが、語源は中国であることが多い。最近漢字のルーツに興味を持ち探求しているが奥が深く楽しい。今は篆刻のために篆書を習っている。

_1466_edited1

                 白梅と冨士

木々のつぼみがふくらみはじめた公園にも寒さは戻ってきたが、梅の花や、スミレ、オオイヌノフグリなどが咲き始めている。もう少しするとカタクリなどが咲き始める。

_1440

          コジュケイ 

いつもの公園でも、シジュウカラのさえずりが一段と大きくなったように感じる。野鳥たちの恋の季節が始まる。この時期になると留鳥たちはさえずりが多くなり、冬鳥たちはそろそろ旅立ちの準備をはじめる。

_2192_edited1

          エナガ

鳥たちが春になると明るくさえずり始めるのと同じで、やはり我々も春は待ち遠しく楽しみにしている。最近の日の出もずいぶんと早くなってきたし、太陽もだんだんと東の方向から顔を出すようになってきている。

_1706

         ビンズイ

日が出てからは、早朝ウォーキングも冬支度で歩くと汗ばむようになってきている。冬の間はあまり汗をかくこともないので、なんとなく運動をしたような気分になる。

_1488_edited1

          ルリビタキ若

2011_01_04__7489_edited1

         シメ ♂

新聞紙上の発表では、企業各社の好決算が発表されている、景気は底を打ちよくなりつつあるような感じを受けるが、国会の状況を見ているとそれに水をさすような雰囲気である。

_1493_edited1

         シロハラ

2011_01_23__9085

         ジョウビタキ ♀

季節の春が近づいているように、日本の社会にも明るい春が来ることを期待したいものである。4月の統一地方選挙は本当に国民のことを考えて政策を実行できる政党、行動力のある人に一票を投じたいと思う。

カワセミ   川エビをゲット

ひさしぶりのMTBで多摩川の上流へ向かう。河は上流から下流を見て左側を左岸、右側を右岸という。そういうわけで、右岸を上流へとペダルを踏む。

2011_01_23__9112_edited1

多摩川は左岸の土手は比較的整備されており、スムーズに上流まで行くことができるが、右岸は支流が多く回り道が多い、目的地まで行くには橋を何回も渡るためかなりの距離を走る。脚力を鍛えるにはいいがしんどい。

2011_01_23__9120_edited1

小さな川を渡り、浅川を渡り、根川を渡ると多摩川の土手に再び出る。土手をのんびりと走りながら、鳥たちの姿を探す。一瞬猛禽類かと見間違える場面に出るが、何とラジコン飛行機である。

最近川原で多いのがこの手の趣味、鳥たちも近づかなくなってしまう。それぞれ、お互い自分の趣味に打ち込む姿ではあるが、はた迷惑である。まあ、そうとも言ってられないので、場所を変えてMTBを置いて歩くことにする。

2011_01_23__9137_edited1

土手の下の小さな池にカワセミに恰好の場所がある。数人のカメラマンが三脚を立てて準備中である。枯れた芝の土手をすべらないように慎重に下りると、ちょうど良い場所があるので腰を下ろして待つことにした。

2011_01_23__9139

          川エビを叩きつけている

早速、「チーチッチー」と言う鳴き声と共にカワセミが飛来する。対岸の枝に止まり、周りを警戒しながら、水面に目を凝らす。しばらくじっとしていたがいきなりダイビング、すぐに戻ってきたが空振りのようである。

2011_01_23__9142_edited1

今度は、こちら側に移動したため姿がよく見えなくなってしまったが、木の枝ではなくコンクリートの上にちょこんと止まっている。死角になってしまい、この場所からは、水中へのダイビングはよく見えない。

2011_01_23__9149

姿が見えなくなったと思ったら、今度は大きな川エビを捕らえて戻ってきた。満足そうであるが飲み込むのに苦労をしている。コンクリートに叩きつけて何とか食べようと一生懸命努力をしている。

2011_01_23__9151

一方食べられるほうは、何とか逃れる術はないかと抵抗しているようにも見える。口より大きな川エビをどのようにして食べるのか興味深く見ていると、あのてこの手で弱らせてから最後には飲み込んでしまった。それぞれ、目的達成のためには一生懸命努力しているのだなと思った。

2011_01_23__9157_edited1

最近の話題は携帯電話による大学入試のカンニング問題。携帯電話の進歩はすばらしく、我々の生活も一変している、時折、携帯電話がなかったときはどうしていたんだろうと思うときもある。便利な機器であるが使い方しだいでは犯罪にもなる。

2011_01_23__9160

          飲み込む瞬間

私の携帯電話もかなりの機能があるが、日常使うのは電話とメール、住所録の管理、たまにカメラとして使うぐらいである。日進月歩の携帯機器、付いていくのも大変だが使いこなすにはかなりの知識と努力が必要だと思う。

2011_01_23__9118_edited1

カンニングすることにもかなりの時間と労力を割いたとおもうが、その分受験勉強に当てたら、カンニングをしなくても合格したのではないかと単純に思ってしまう。日本の大学は入ることが目的で簡単に卒業できてしまうといわれているところに問題があるのだろうか、目的が別のところにあったならまた違う見解になるが、残念である。

イカル   鳴き声か怒りなのか

いつもの公園を歩いていると、朝の陽があたりはじめた落ち葉の上にたくさんの鳥たちが一生懸命の採餌中である。大きな黄色い嘴で長めの紺色の尾羽でスズメよりやや大きめな鳥、イカルである。

2011_01_22__8776

イカルというと必ず言われるのが、奈良県のの斑鳩の里、当時の摂政であった聖徳太子が飛鳥の地を離れここに斑鳩宮(現在の法隆寺東院)を造営したことにより斑鳩の里といわれる。

2011_01_22__8832

当地には昔はたくさんのイカルがいたところから名づけられたといわれているが、現在のイカルと同じ鳥であるかどうかは定かではない。

2011_01_22__8889

イカルの鳴き声は「キーキーコーキー」とよく通る声でなく、その鳴き方が怒っているように聞こえるところから「斑鳩」(いかる)といわれるようになったらしい。

_0962

いつも集団で移動しているが、今朝も十数羽のむれである。朝の散歩の人が犬を連れて近づくと、パッといっせいに舞い上がり木々の枝から通りすぎるのを待って、また舞い降りてくる。

_0980

晩秋の早い時期には、樹上にある木の実を食べていたが、春先近くになるとヌルデ、ハゼ、サクラ、カエデなどの木の実が地上に落ちるのでそれを探して地面に降りてくる。

_1108

本当に採餌中は警戒心がうすい、かなり近づいてもすぐには逃げない。近くのカエデの木のくぼみに水が溜まっているらしく、水場として利用している。昨日の雨のお陰で水場が近くにできて、イカルだけでなく時々ヒヨドリなどもやってくる。

_1136

自分たちの水場だといわんばかりに、入れ替わり立ち代りで占拠して、一見ヒヨドリが遠慮しているようにみえるが、体が大きいヒヨドリのほうがやはり強そうである。

_1222

イカルの鳴き声が怒っているように聞こえるというが、あの黄色い大きな嘴は噛み砕く力がすごいらしい。人間は怒ったとき歯軋りをすることがあるが、共通点があるのだろうか。

_1183

怒りとは、感情の一つで一般には立腹で、「腹を立てる」「カッとなる」「頭にくる」などとも言うが最近では「切れる」という表現もある、「切れる」という表現は簡単に使われているが、何か危険を感じる言葉である。

_0959

宗教の位置づけで怒りを見てみると、キリスト教では、七つの大罪の一つとされ、仏教では、人間を地獄界の精神状態に追いやり、死後最悪の条件に転生すると考えられている。

神に関しては、神の怒りは人間の中の正しくないものに向けられ、時にはそれを滅ぼすことがある。人間は神の怒りに触れないようにという説法がある。

_0978

心理学での怒りは、生理的欲求を含む自らの欲求を妨げられた場合に起こる行動の一つで、精神活動のうちでは比較的単純かつ低次なもので、動物の多くでも似たような反応を見出すことができるといっている。

_1022

怒りにはいろいろあるが、権力者の怒りでは「逆鱗に触れる」という言葉もある。絶対君主制の下では、王を怒らせることは危険であり、怒らせたものの命に関わった。王が道を誤った場合にそれを批判するのは命がけであったのである。21世紀の世の中にもまだこのような国がたくさんあることがわかって驚いている。

_1671_edited1

最近の怒りでは、中東の公憤がある。貧しき青年の私憤による焼身自殺から、公憤(公的な理由による怒り)へと発展した。公憤では怒りの対象が外部にあることから、同じような怒りをもつもの同士も発生するし、その伝播が早い。

_1688_edited1

そして、怒れる大衆は、そのエネルギーで革命という形になって国家をも動かすことになる。チュニジア、エジプトなどがそうである。蓄積された人々の怒りは伝播していくものであるが、良い方向に行けばいいが、芳しくない方向に暴発すると便乗騒乱や暴動になってしまう。

_1548

怒りを静める方法としては、怒りをもっている人たちの気分を静めること、怒りを回避することであるがこれがなかなか難しいのである。なぜかというと、怒りは正常な判断力を麻痺させることが多いからである。中東リビアの大佐の演説を聞いてもそれが分かる。

_1570

世界の文明が中東から世界に広がり発展した、大陸からの文化が、はるかシルクロードを通って行き着いたところが奈良であり、そこが斑鳩の地になっているのである。のどかな奈良の田園地帯で今でも「キーコーキー」とイカルが鳴いているのだろうか。決して怒っているのではないと思う。

ウメジロ  梅にメジロかウグイスか

梅の花が満開である。満開の梅畑の中を歩くと甘い香りが漂ってくる。甘い香りに誘われて花に近づいてみると、白い花の中に黄緑色のメジロが「チーチー」と鳴きながら花から花へと小枝を揺らしている。

_1917_edited1

「梅に鶯」とはよく言うが、本当に梅に鶯が止まっている姿は見たことがない。鶯はあまり表立って出てくることは少ないし、花の蜜を吸うこともしない。

_1738

良く見るのは,鶯色をしたメジロの梅の花にまつわる姿である。鶯色というと黄緑色をイメージするが、鶯の本当の色はメジロほど鮮やかな色はしていない。梅園などでもメジロが梅の木にとまっているのを見て、鶯だといっている人を多くみかける。

_1777_edited1

「梅に鶯」は、梅にウグイスが来るという意味ではないというのがほんとうのようである。梅にメジロより語呂がよさそうだし、ウグイスのほうがなんとなく情緒がある。

_1898

「梅に鶯」は、二つのものが調和していることであったり、似合って仲が良いことを言うたとえ話が真実らしい。たとえば、「あの二人は正に梅にウグイスだね」といったりする。

_1827

梅は春を待つ人々に明るい花を咲きかけ、ほんのりとした甘い香りを楽しませてくれる。また、ウグイスは春告げ鳥ともいわれ、「ホーホケキョ」ときれいな大きな声で春を教えてくれる。

_1958

厳しい冬から明るい春への訪れをこの二者を取り合わせることにより、さらに盛り上げる意味でつかわれている。奈良時代の花見は桜ではなく「梅の花」であったといわれているので、早春には「桜にウグイス」より、やはり「梅にウグイス」のほうが雰囲気が感じられる。

_2054_edited1

_1965

いずれにしても、待ち遠しい春がそこまで来ている。巷間で「メジロ」だ「ウグイス」といっている間にも、季節は着々と時を進めている。地鳴きで過ごしてきた季節におさらばしたウグイスが、そのうちにきれいな声を聞かせてくれることだろう。楽しみに待つことにしよう。

« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »