石見銀山 龍源寺間歩を歩く
石見銀山がなぜ世界遺産に登録されたかという説明があり、それを聞いて納得した。「21世紀が必要としている環境への配慮」がすでにこの場所では行われていたということである。
龍源寺間歩入口
一般に銀山開発では、銀の精錬のために大量の薪炭用木材が必要とされたが、石見銀山では適切な森林の管理がなされたことにより環境への負荷の少ない開発がなされ、今日に至るまで銀山一帯には広葉樹などを含む森林が残されてきている点が特に評価されているという。
龍源寺間歩 の入口の横に小さな石像が安置されている。その前で入場券を買って坑道に入る。「間歩(まぶ)」とは、坑道のことで、石見銀山には約500の「間歩」が残るが、内部を見られるのはここだけである。
入口から約157mの坑道が伸び、さらに116mあまりの栃畑谷新抗を抜けると地上に出る。随所にノミの跡が残り、竪抗もみられる。
坑道
坑道の中は歴史が残したものか、植物が緑の色を見せてくれる。照明で照らされることによって衣服についていた植物の種が芽を出し始めたものだろうと思う。
時折水滴が落ちてくる坑道は狭いが涼しい。当時は水対策は大変だっただろうと思うし、換気などもかなり苦労したものだろうと思う。
関ヶ原の戦いに勝利した徳川家康は、石見銀山所在地を幕府直轄領(天領)とし、石見銀山処刑場や大森関所などを設け統治力を高め犯罪に対し厳しい処罰がなされ治安維持に努めたと言われている。
石見銀山は江戸時代前期には日本の膨大な銀需要を支えたが、元禄期になると次第に産出量が少なくなり、慶応2年(1866)6月の第二次長州戦争において、長州軍の進発を食い止めることができず、石見銀山の幕府支配は終わった。
新抗
新抗を抜けると出口に出る。出口には銀鉱石の原石が置かれ、近くには「香屋」があり、銀山香木師の店主が銀の製法などを解説してくれ、ここで売っている香り袋はクロモジの木を使って香りを出しているとのことである。
銀鉱石 原石
クロモジの木はそのままだと何の匂いもしないが軽くたたくといい香りを漂わせてくれる。目の前で実演して匂いを体験させてくれるのでうれしい。楊枝だけかと思ったら違う使い道があるのでちょっと得をしたような気になる。
佐毘売山神社
帰り道を下ってくると、右手に佐毘売山神社がある。祭神は鉱山を守る金山彦命で地元の人たちは「山神さん」と呼んでいるという。
高橋家
孟宗竹林
龍源寺間歩からの帰り道
龍源寺間歩を後にして後は下り坂なのでのんびりと下る。孟宗竹の竹林がきれいな光景をみせてくれている。上りの道とは違った雰囲気を下りの銀山では見せてくれる。途中出雲そばの看板が見えたので、一休みすることにした。腰がある蕎麦で元気をもらい、五百羅漢へと向かう。
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