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羅漢寺 世界遺産五百羅漢を見る

羅漢寺の本堂の天井には龍の天井絵がある。見上げると見事な双龍の絵である、龍というのは架空の動物であるがなぜこのようにリアルに描けるのか疑問になる。

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          石室山 羅漢寺

この天井絵の由来を見ると、『その昔銀山では、三百水を住居とする双龍が、毎夜村人を襲い困り果てていた。民の困窮を見かねた、高僧、月海浄印(羅漢寺の開祖)が「このままでは五百羅漢建立の妨げになる」と思い、真言密教の法力を用いて龍を退治した。

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              大宝筐印塔 国指定文化財

三日三晩に及ぶ壮絶な闘いだったと伝え聞く。後に羅漢寺建立の際、本堂の天井に護摩の灰で描かれ封印した。年月とともに灰も薄れ、龍の封印が解けそうになったとき、中島某という絵師(一説によると葛飾北斎の雅号という説もある)により描き直され今日に至る。』という説明がある。

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                反り橋

この本堂向かいの石窟には、高さ40cmほどの五百羅漢座像がぎっしりと並んでいる。銀山で働いてなくなった人や祖先の霊の供養のため、25年ほどかけて造られたとされる。全体が完成したのは明和3年(1766)のことである。

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石窟の中にあるため、全国に数ある五百羅漢像と比べて保存状態がよく表情が豊かである。いろいろな表情をしているので見ていて飽きない。女性は何人か、眼鏡をかけている人はいるかとそれぞれの表情をのぞいてみる。

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五百羅漢座像については次のように説明されている。『羅漢像は現在の温泉津町(ゆのつまち)福光の石工坪内平七、その子及び一門の人々が約二十年の歳月をかけて彫像したもので、それぞれ背面または裏面に寄進された人の名と年月が刻まれています。

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さまざまな表情と姿勢をされていますが、当時の人々はここにお参りすれば亡くなった父や母に会えるといって善男善女が近郷近在から集まったといわれています。

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なお、五百羅漢とは、お釈迦様に従っていた五百人の弟子のことで、世間一般の感情や欲望等葉全て超越しているが仏、菩薩の境地には未だ到達せず我々人間と仏との間の存在です。』という説明である。

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五百羅漢座像の表情を見ていると、ほとんど我々が日常行っている動作をすべて表現しているように見える。撮影禁止なのが残念であるがいつまで見ていても楽しいものである。

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石窟の前には、銀山川の支流が流れ三つの反り橋がある。この橋は石を組み合わせて造ったもので当時のまま現在まで至っているというが、三人以上渡らないでくださいという注意書きもある。

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また、ここには三百水という湧水があるという。説明はこうだ 『この地に五百羅漢が、建立されるはるか昔から流れ出る湧水で四百五十年余りの歴史を持ちます。

当時、土地の人々はこの水を桶で担いで銀山に「一荷三百文」で売り歩いたことから三百水の名が付けられました。

渇水時にも枯ることなく湧き出す清水は島根の名水にも選ばれている清冽無比の霊水です。』 ということである。

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最後に本堂の天井絵を再度眺めてから、往時の繁栄を伝える大森の古い街並みを散歩することにした。

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