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聖ヶ丘今昔  桜ヶ丘公園を歩く

多摩ニュータウンは1971年に第一次入居が始まった計画都市である。戦後の高度経済成長に伴い東京区部の住宅難から比較的割安な多摩丘陵地域に34万都市を作ることで開発された。

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                桜ヶ丘公園

都立桜ヶ丘公園の近くに聖ヶ丘という地域がある。1984年入居開始の比較的一戸建ての多い高台にある住宅街である。「聖ヶ丘」という地名は公募で決まったといわれているが、近くに聖跡記念館があることに由来しているという。

バス通りに沿った歩道を歩いていると面白いものが公園の脇にある。タヌキの顔が3段になった彫刻がのぞいている。うっかりすると見過ごしてしまいそうなもので、聖ヶ丘の由来の説明がされている。

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説明板によると、『「聖ヶ丘」の町名は、昭和55年11月1日に新設された町名であり、大部分が連光寺(一部は関戸)であったところです。この地域一帯は、連光寺御猟場として明治天皇がうさぎ狩りなどをして楽しまれたところであることから、聖蹟の「聖」をとって「聖ヶ丘」と命名されました。

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以前、聖ヶ丘橋付近には、「天井返」(てんじょうがえし)という小字があり、また、聖ヶ丘小学校の北側付近には「つかんぼやと」などの珍しい地名があったようです。

現在、聖ヶ丘1丁目から5丁目まで設定されています。なお、この、彫刻は連光寺の地名で「むじながいり」など、むじなにちなんだ地名があり、むじなが多く生息していたと思われることから「むじな(たぬき)」をテーマにしたものです。』 という多摩市の説明がある。

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そして、当時の様子を描いたむじなの絵が埋め込まれている。多摩ニュータウンは、多摩市、八王子市、稲城市、町田市にまたがるベッドタウンになっているが、当時の丘陵地帯の風景が思い出されるモニュメントである。

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今では、立派なニュータウンになっているが20~30代で入居した人たちが40年を過ぎ高齢化の街になりいろいろな問題点も多い。最近では企業の誘致や若い人の入居も多くなってきたが、計画都市の矛盾点が浮き彫りになっている。今後の行政に期待したいところである。

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