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2011年9月

栗の里   懐かしのハンバーグ

日向薬師の帰り道、厚木で昼を食べようとナビで検索すると昔懐かしいハンバーグの店「栗の里」が見つかったので、早速向かうことにした。

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このレストランは、子供が小さい頃家族でよくハンバーグを食べに行ったところである。店の前に栗の木があって雰囲気のあるところであった。

メニューはいろいろあるが、ハンバーグのシングルとダブルがあり、ダブルはハンバーグが二段重ねになっているのでかなりのボリュームがあった。

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まだ小さかった息子は、これが好きでペロッとたいらげていたものである。そのせいか、今では身長185cm以上で私を見下ろすぐらいに成長した。

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1時間ぐらいの走行で店に到着したが、昼の時間を過ぎていたので空いているだろうと思ったら、結構繁盛していてたくさんのお客様がいる。

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二十数年ぶりであったが、昔の面影は残っている。店の前にあったはずの栗の木はなくなっていたが雰囲気は当時のままである。庭園にはバラの花が咲き、ビアガーデンになっていてアンティークなイスとテーブルが並んでいた。

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店のドアを開けて中に入ると懐かしい光景が眼に入ってきた。早速、思い出のハンバーグのダブルを注文しようと楽しみにしていると、メニューにはシングル、ダブル、トリプル、ダブル×ダブルとあって、それぞれ一段、二段、三段、四段のハンバーグだという。「女性でもダブルを召し上がる人がいます。」 とのウエートレスのおすすめ。

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食べ残してもまずいので、ダブルにしようか、トリプルにしようか迷ったが、トリプルに挑戦してみることにした。スープ、サラダを頂きながら待つこと十数分で熱い鉄板に乗った三段重ねのハンバーグの登場である。

昔懐かしいハンバーグとその味を楽しみながら御馳走になる。さすがにボリュームはあるので今夜の食事と兼用になりそうである。セルフでのライスお代わり自由なので若い人たちにはお得なお店である。

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シングルを注文したかみさんは、物足りなさそうなので半分あげると、結構おいしそうにぺろりと平らげる。普段は太るからとか何とか言っているが、食欲は旺盛である。

デザートの栗をベースとしたケーキと珈琲で、ゆっくりとした昔懐かしい味と時間を楽しんだひと時であった。機会があれば大人になった子供たちと家族でまた行ってみたいと思うレストランである。

伊勢原ヒガンバナ 田んぼの畦道を歩く

七沢川を渡り、日向川沿いに狭い道を登っていくと、稲刈りをする農家の人たちの風景が見え始め、農道を歩くザックを背負ったヒガンバナ観賞の人たちの姿が多くなる。

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         懐かしい農村風景

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狭い道なので追い越すのも少し気が引ける想いで、遠慮しながら車を進める。田んぼの畦道にはどこにも赤いヒガンバナが見られ、黄金色に波打つ稲穂とのコントラストが鮮やかである。

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ヒガンバナは中国から稲作と共に入ってきたといわれる史前帰化植物で、その姿がそのまま残っている風景である。

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             畦に咲くヒガンバナ

水を張った田の畔を、ノネズミやモグラなどに穴をあけられては水稲を育てることはできないので、有毒な植物、ヒガンバナを畦に植えて稲を守ったのである。すばらしい先人の知恵だと感心する。

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        畦に咲くヒガンバナ

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また、大飢饉で食べ物が不足した時は逆に、このヒガンバナの澱粉を非常食として使ったとも言われている。もちろん、水にさらして毒性を取り除いてから用いたのであるが。

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        稲穂とヒガンバナ

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曲がりくねった狭い道を上流の方に来ると、田んぼの稲はすでに刈り取られ、稲架(おだ)にかけられ天日干しをしている。小川が流れる畦道を歩きながら、そんな風景を楽しんでいる。

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               赤とんぼとヒガンバナの蕾

米作りをしている友人に聞いたことがあるが、出荷する米は、最近ではコンバインで一気に籾を刈り取り、乾燥機で一気に熱風乾燥をして袋詰めにするが、自分たちで食べるお米は天日干しにしておいしく食べるのだそうである。

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天日干しにすると、手間と時間がかかるが稲架にかかる稲は最後の力を振り絞って、栄養分を籾に移動させるから、お米が美味しく食べられるのだそうだ。そういえば、田んぼを見ると稲穂を下に向けて天日干しをしている、これも理にかなっているのだなと感心する。

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赤く咲くヒガンバナは、群生しているのも赤い絨毯のようできれいであるが、路地の馬頭観音の石仏を囲むように咲いていたり、大きな木の下の石仏や石燈籠の脇にひっそりと咲いているのも風情があっていいものである。

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        馬頭観音を囲むヒガンバナ

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ここ日向地区は、厚木の市街地から少し入っただけであるが、今では忘れかけてしまっている懐かしい農村の雰囲気を、色濃く伝えてくれているひなびた味わいのある風景である。心なしか、訪れている人たちの年代も、それを見ている姿もそんな郷愁を楽しんでいるように見えるのは私だけではないだろうと思う。

日向薬師  伊勢原を歩く

秋の空の雲と涼しい風に誘われて、神奈川の花の名所100選にある伊勢原のヒガンバナを見に行こうとでかけた。

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相模川、中津川を渡り厚木から、黄金色に光る刈り取りまじかの田んぼの稲穂を見ながら、手つかずの自然が残っている山合いへと入っていく。台風の影響だろう稲穂も倒れているものが多い。

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狭い道を登り始めると、廻りの田んぼの畦や、土手には赤いヒガンバナがたくさん見えるようになる。これも台風の風に煽られたのだろう茎がばらばらになっているところもある。

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車のすれ違いも難しいと思われる山道を案内板によって登ると、傾斜地に数台の車が止められる駐車場があり、そこから少し歩くと日向薬師がある。

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本尊は薬師三尊で、現在は高野山真言宗。日本三大薬師の一つと言われ高知県大豊町の「柴折薬師」、新潟県上越市の「米山薬師」と共に数えられている。

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          鐘堂

あいにく、国の重要文化財である本堂は修理中で見ることができない。2011年1月より5年以上の歳月をかけての大修理と言われ、この大修理は350年ぶりに行われるとのことで3回目だということである。

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               鐘堂と「幡かけ杉」

境内では、本堂は工事用のシートに覆われて、手水所と一部の銅像しか見ることができないが、そのわきに鐘堂がありその梵鐘は国の重要文化財に指定されている。

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                浄発願寺

その手前には、推定樹齢800年といわれる天然記念物の「幡かけ杉」が天に向かって大きく伸びている。廻りの自然林は、スジダイ、モミ、ウラジロガシ、イロハモミジ、タブノキ、ケヤキなどの高木が茂り、深閑とした雰囲気を感じさせる。

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               樹齢800年の「幡かけ杉」

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ちょうど昼ごろで、「歩こう会」の人たちだろうか、大勢の人達が彼岸花の咲く土手の上でおにぎりを食べている姿が見える。日向山のこの峠を越えると、七沢温泉に出ると案内がある。結構急な坂道ではあるが、この次は紅葉を見ながら峠越えをしてゆっくりと温泉にでも浸かってみようと思う。

カワセミ   多摩川土手を歩く

台風一過の多摩川を歩くと、増水して濁っている本流とは別に支流の川はきれいな水が流れている。水の中には大サギやカワウが魚を狙ってもぐったり、じっと水面を見つめている。

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        カイツブリ 幼鳥

空には雲も多いが青い空が見えて少し暑くなりそうであるが、涼しい風が吹き抜ける。秋が来たのだと実感する。歩いていても汗の出方がちょっと前とは違う。

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多摩川の上流に向かって土手を歩く、浅川を渡りゴミの焼却場の脇を抜け根川の橋を渡り多摩川の土手に上がると小さな池の様な水たまりがある。

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ここは比較的カワセミが近くに来てくれるので、同好の士が多く集まるところである。今日は三脚を立てているのは二人、声をかけるとまだカワセミは姿を見せていないとのことで、カメラの準備をして待つことにした。

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カワセミはなかなか来てくれないが、カイツブリの子供が大きな声を出して鳴きながら池の端から端まで水草の間を泳いでいる。成長した子供が3羽ほどいるようである。

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         赤トンボ

川底が見えるほど澄んだ水たまりの水面には、アメンボがたくさん滑るように走っている。なぜアメンボは水面を走れるのかというと、体が軽いことと、水にぬれないように細かい毛でおおわれていて、水の表面張力を利用して浮かんでいるからである。

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         銀ヤンマの産卵

他には赤トンボが水草に止まったり、銀ヤンマが番いで産卵中であったり、水の中には小さな魚や大きな鯉、さらに大きなオタマジャクシとカワセミを待つ間にいろいろなことが観察できる。

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近くの木ではモズが秋の鳴き声を聞かせてくれている。30分ほど待っていると「チッチチー、チッチチー」という鳴き声と共にカワセミが飛来し、目の前を通りすぎて池に突き出した小枝にとまった。

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        カワセミ ♂

しばらく水中を眺めて、ダイビングは一度したが収穫なし、よく見るとカワセミの幼鳥のようである。カイツブリやカワセミの幼鳥も今年は無事に育っているようである。天敵から逃れ一人前になることを祈るだけである。

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関東直撃の台風15号、かなりの被害をもたらしたようである。当日はたまたま九州への出張で台風は避けられたが、近くの公園の木々が倒れたり、枝や木の葉がたくさん道路に落ちている。

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多摩川の本流もかなり増水して、まだ濁った水が流れている。各地での被害もかなり多かったように伝えられていが、本当に今年の迷走台風はかなりの被害をもたらしている。被災地の皆さまにはお見舞い申し上げますと共に、早期の復旧と復興をお祈りいたします。

ラーメン博物館  全国ラーメン巡り

阿波踊りで食べようと思っていた徳島ラーメンが食べられなかったので、新横浜にあるラーメン博物館には全国のラーメンがあると聞いたので行ってみることにした。

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        1Fラーメンの殿堂

JR東海の新横浜駅から歩いて5分のところにあるビルで、2階から上は駐車場になっていて183台のスペースがある。30分250円で館内を利用すると割引があるがちょっと割高の感じがする。

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別に入場料が大人300円、小人100円なり、60歳以上はシニア割引で100円と高齢者にやさしい。

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1階はラーメンの殿堂でラーメンの全てが分かるということで、歴史から豆知識全てが分かる。ラーメン店の店舗の作り、食器類、調理器具から全国のラーメンがお土産として用意されている。

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               B1F昭和の路地

地下1階は長屋街と飲屋街で昭和33年ごろの街並みが再現されており、駄菓子屋、占い、古いポストや交番など、路地を回ると昭和の香りがする。ここにはラーメン店が札幌の「ラーメンの駅」と「支那そばや」、東京の「二代目げんこつ屋」の3軒がある。

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       B1F 支那そばや

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       B2F ラーメン街

地下2階に降りると、6軒のラーメン店と射的場や露店、紙芝居などがあり昭和33年当時の給食に出ていた「あげパン」などもある。

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         駄菓子屋

昭和33年は、初のインスタントラーメンが発売された年であり、一万円札が発行された年、東京タワーが完成した年などの記念すべき年だということである。

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ここのラーメンは、山形、川越、東京、久留米、和歌山、熊本のラーメンがあり、残念ながら目的の徳島ラーメンは今回はなかった。ただ徳島ラーメンが有名になったのはこのラーメン博物館からだという話がある。

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それぞれのラーメン店は長い行列で20分~30分は並んで待っているが、射的場や昔の遊びをしている人を見ていると時間はすぐに経ってしまう。店の中は比較的ゆっくりと座ることができるので、外の混雑ほどではない。

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どこに入ろうか迷ったが、久留米の「大砲ラーメン」にした。とんこつラーメンの発祥地「久留米」では絶大な人気があるという。「呼び戻しスープ」の生みの親と言われている。久留米出身の人に聞くと一押しだという。

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屋台時代のこってり味の昔ラーメンを注文、塩分を控えめにしている昨今の食生活では、少し塩味が効いているという感じであったが細麺で味は美味しい。

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この次、時間のある時におなかをすかせて、全国ラーメンのはしごをしてみるのもいいかもしれない。飛行機に乗らずに全国のラーメンを味わえる。そのためか、各店にはミニラーメンがメニューにある。いつの日か試してみたいと思う。

一面のコスモス  巾着田の宇宙

真っ赤な彼岸花の絨毯を満喫した後、雑木林を抜けて土手の上に登ると眼下に一面のコスモス畑が広がる。

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満開のコスモスが、日和田山を背景に青い空の下そよ吹く風に花を揺らせている。思わずコスモスの花の中にうずもれてしまいたいような気持になる。

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         日和田山(305.1m)

日高市内を流れる高麗川の清流の蛇行によってできた巾着田、今がコスモスの盛りである。白や赤、ピンクなどの花がきれいに咲いて青い空と白い雲によく映える。

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花に埋もれて写真を撮る人、はなの香りを楽しんでいる人、コスモスのはなを摘んでいる人など、それぞれコスモスと戯れている感じで満開の花を楽しんでいる。

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ここのコスモスの花は、申し込みをすれば摘んで持って帰ることができるようである。でも花というものは、野に咲いているのが一番きれいにみえる。「やはり野におけ・・・・」だろうか。

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        巾着田の中央にある水車小屋

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コスモス畑の中をゆっくりと歩きながら、花に何か野鳥が止まってくれたら絵になるのだがと思いながら、廻りを探してみるが見当たらない。見えるのは田んぼの中を飛び回っているハクセキレイの姿ぐらいである。

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そろそろ夏鳥たちは旅立ち、冬鳥や山に帰っていた鳥達が里に降りてくる季節になる。秋の花を楽しみながら、そんな鳥たちのやってくるのを待ちわびて、その姿を追いかける次の散策地を探しているこのごろである。

曼珠沙華  巾着田を歩く

沖縄近くの太平洋上に停滞する台風15号の影響で不安定な空模様、時折強い雨が降ったかと思うと青い空が見えてきたり、黒い雲が足早に流れたりと空模様はあやしいが出かけることにした。

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早朝に近くの公園を歩いていても真っ赤な花、ヒガンバナが目立つようになってきた。そろそろこの花の季節なのだと、群生地で有名な埼玉県日高市の巾着田に向かった。

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途中渋滞などもあったが1時間半ぐらいで現地についた、道路から見ると駐車場が整備され露店がそれぞれの商品を並べてお客様を待っている.。

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駐車場入口付近には乗馬クラブがあり数頭の馬が白い柵の中を歩き、白や栗毛の馬が放牧されている。乗馬ズボンに乗馬服で決めた女性が馬に乗り、ゆっくりと馬の手綱を引きながら馬場を歩いている。乗馬姿は背筋がまっすぐで馬の歩みに合わせての上下動がリズミカルできれいだ。

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駐車場のおじさんは、ヒガンバナはまだ三分咲きぐらいで、早咲きのヒガンバナの方がきれいだと方向を教えてくれ、また、「コスモスはちょうど満開なのでコスモスの花の方がいいよ」とも親切に案内してくれた。

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ヒガンバナの群生地には入口、出口が設置されており、入場料200円とかいてある。ここでも入場料を取るのかと思ったが、これは20日からで今日は無料とのこと、「早起きは三文の得」と言われるが、早着は200円の得というところでした。

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高麗川沿いの松林の中に咲く赤い曼珠沙華は、ちょうど見ごろでまだ蕾の茎がたくさんあり、見ごろとしては早いが、枯れた花びらなどがないのできれいに見ることができる。

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巾着田の由来は、高麗川の流れの侵食でえぐられて田んぼが残り、まわりをぐるっと川が流れ、華が咲いている真ん中の田んぼの部分が、ちょうど女性が着物を来た時に持つ巾着に似た形をしているのでそう呼ばれている。案内の地図で見ると本当にその形がよくわかる。

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河原から少し高くなった土手のところに花が絨毯のように咲いている。赤い曼珠沙華の中に数本の白い曼珠沙華の花が咲いている。赤はいかにも毒がありそうな色ではあるが、その中に咲く白い花はまた違ったきれいさである。

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実は、曼珠沙華は有毒性植物で鱗茎にアルカロイドを多く含むといわれている。田んぼの畦やお墓などに多く見られるのは、この毒性を利用して田んぼに入る虫や動物などを防ぐために人為的に植えられたらしい。

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ヒガンバナと言われるのは秋のお彼岸のころから咲き始めるところからそう呼ばれ、曼珠沙華は法華経の仏典に由来している。どちらも同じ花のことであるが、仏教でいう曼珠沙華は「白く柔らかな花」として使われている。

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仏教では数が少ない白い曼珠沙華が正道であり、赤い花はそういう意味では少し違うのかも知れないが、ここでは高麗川の流れをバックに緑の茎に真っ赤に広がる花弁が一番きれいである。

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以前来た時より河原も整備され、橋ができて対岸に渡ることができる。川が増水しても流されないような造りで、そこでは子供たちが花よりも水遊びを楽しんでいる。高麗川の清流と赤い花の絨毯、子供も大人も楽しませてくれる巾着田である。

秋の気配  色づき始めた葉

昼の暑さはまだ残っているが、夜になるとすずしい風と虫の声が秋を教えてくれる。公園の草の葉にも露がたまり寒暖の差が大きくなってきていることが分かる。

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         フジバカマ

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                ワルナスビ

公園の高いところにある柿の木の葉が一部秋らしく色づいてきた。柿の実はまだ青いが葉が色づいて落ちるようになると柿の実も色づいてくるのだろう。

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         カキ

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         萩の花

ベンチのすぐ前には秋の花”萩”が咲き、その花にアオカナブンが止まって萩の花の汁を吸っている。小さな蝶々も飛び回っているが花には止まらないで忙しそうである。

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        アオカナブン

公園の東屋から土止めをした階段を降りていく途中に、露草などの植物に混じって一本の白いキノコが細い足ですっと立っている。最近の雨でにょきにょきと出てきたような雰囲気である。たぶん毒キノコであろう、見るからに食べられそうもないキノコである。

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鳥たちの姿は少ないが、エナガの群れが頭上を移動している。太陽の光を浴びながらアザミの花にクロアゲハが一匹ひらひらと飛んでは止まり、しばらく翅をゆっくりと動かして休んでいるようなそぶりを見せては、また他の花や木の葉へと飛んでいる。

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         クロアゲハ

木製の階段を降りて登り坂を登っていくと右手に栗の木が見える。栗の木の下には落ちた毬栗がごろごろ転がっている。中身はほとんどひろわれてからっぽであるが、よく探すと栗の実が見つかる。

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         クリ

子供のころはよく栗拾いをしたものであるが、最近ではそんな機会も場所もなかなかない。毬栗頭とはよく言ったもので、栗のいがのように見える丸坊主の子供の頭のことを言う。なんだか坊主丸儲けのフレーズに似ている。

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                毬栗

私も子供の時は髪が薄く細いので、親が黒くかたくなるようにと丸坊主にされていた。男三人兄弟の中で丸坊主なのは自分だけであり、古い写真を見るといつも疑問を持っていた。

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今では高校生の甲子園球児は皆この毬栗頭である。柔道の選手などは基本的にこの丸坊主で決めている。最近はサッカー選手なども気合を入れるために丸坊主にする選手も増えている。坊主頭でいえば、最近の坊さんは七三わけの人もいるので、総本山は少し気合をいれてほしいと思う。

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        一葉の紅葉

柿の実や、栗、キノコ、萩の花などを見ていると、秋はすぐそこまでやってきているんだと実感がわく。秋という季節はスポーツの秋といわれ、食欲の秋でもあり、芸術の秋でもある。今はまだ緑の葉をつけている木々もやがて紅葉して、きれいな散り際の光景をみせてくれるだろう。日本の四季では、一番情緒のある季節であり、これからの変化が楽しみである。

カマキリ  秋がそこまで

夏のおわりごろになると毎年カマキリが多くなってくる。朝の散歩をしているとうっかりすると見過ごしてしまうようなところに、カマキリが獲物を狙っているのかじっとしている。

子供たちが小さい頃はカマキリを捕ってきては虫籠に入れて楽しんでいたが、ある日共食いをしているのを見てからたくさん同じ籠に入れるのをやめた。

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         ハラビロカマキリ

カマキリは、全世界で2000種前後いるといわれている。体は細長く6本の足があり、前足が鎌城に変化して多数の棘を持ち、頭部は逆三角形で、2つの複眼と大顎が発達している。

翅はあるが、多くのカマキリは飛行が苦手で、短距離を直線的に飛ぶのが精いっぱいであり、扇状に広げて威嚇に使うことが多い。

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カマキリの特徴は、共食いとハリガネムシの寄生がよく知られている。ハリガネムシはカマキリの体腔内に寄生し充分成長するとカマキリを水辺に誘導し、水を感知すると産卵のためにカマキリの体内から脱出する。

共食いに関しては、同種内ではメスの方がオスよりも大きいため、雌が雄を食べてしまうことがある。交尾後に多いといわれている。

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この話では映画になった「カマキリ夫人」が有名である。ストーリーは男を食い殺して自分はますます太っていく、その相手となった男たちは次々と不幸になっていくという内容である。

「母は強い」「用済みのオスは邪魔なので処分する」といったイメージなのだろう。カマキリの世界では、オスがメスを捕食することはなく、遺伝子を子孫に伝える本能的メカニズムが関係しているといわれている。

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山紫水明、きれいに見える自然界でも子孫繁栄のために壮絶な場面が展開されているものである。それでもカマキリのオスは賢い、自分が犠牲になってもちゃんと子孫を残す。日本の政治家にもカマキリのオスの様な精神を持ってもらいたい。日本の成長と繁栄を新内閣に期待したいものである。

秋の花  いつもの公園を歩く

朝晩は涼しくなり、虫の声も秋の雰囲気を伝えてくれる。路傍に咲く草木も秋の花を開いてその季節の到来を知らせている。

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                 アサガオ

夏の花アサガオもまだきれいな色で花弁を開いているが、これが最後だろうといわんばかりにいい色をみせてくれる。

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公園を歩いている人たちは、犬の散歩が圧倒的に多くその他は健康ジョギング、ウォーキングなど一生懸命な人たち,大きく両手を振りながら歩いている。

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その中でもゆっくりと歩いているのは高齢の御夫婦、夫唱婦随で鳥や花の説明をしている。羨ましくもありほほえましい光景である。

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              ヤブミョウガ

草むらに小さなピンクの花、朝の陽に光る白い花や赤い花、秋の花が咲き始めている。我々は暑い、涼しいいと言いながら毎日を過ごしているが、季節は着実に変化している。

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                クズ

植物や昆虫、動物たちもその気候の変化に合わせて来るべき季節に向けて動いている。季節感の少なくなった都会ではそうした変化を見つけることによって、季節の移り代わりを感じることが多い。

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         イラクサ

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               クズ

暑い夏の間、あまり足をむけなかったこの公園も、これからの季節は足を運ぶ回数も多くなることだろう、夏が終わりつつあるこのごろ、秋の公園での何か新しい発見を期待しながら早朝散歩を続けたいと思う。

セミ  夏の終わり

夏の日差しが戻ってきたような早朝、久しぶりに近くのいつもの公園を歩いてみた。日の出も5時半ごろになっているので、太陽の光はまだ低いところにある。

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公園の木々は一部葉が落ち始めている木もある。その木にしがみついて鳴いている1匹のアブラゼミ。公園では鳥の声は少なくセミの声ばかりである。

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近くには最近羽化したのだろうかセミの抜け殻がある。7年間地中にいて地上で1週間の命と言われているセミの姿である。

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今年は例年よりセミの姿は少なかったように思える。夏の終わりになってくると公園の階段や、通路などにおなかをみせたセミの姿が多くなる。

拾い上げてみるとまだ生きていて、飛んで行くのだがすぐにまた仰向けになってしまう。セミの最後の姿なのだろうか。

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夏のシーズンを教えてくれて、夏の季節感を演出してくれるセミたちに御苦労さまと言いたい。また、7年後に子孫と逢えることを楽しみにして、それまで元気でいることができるかである。時の移ろいは速い。

ハクセキレイ  幼鳥を見ながら

青い空を飛ぶツバメを見ながら、「ツバメ返し」とはどういう剣法なのだろうと考え、飛翔の軌跡を追っていると足元の水溜りにハクセキレイの幼鳥が飛んできて遊んでいる。

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小さな水溜りではあるが、きれいな水で水中には大きな鯉と小さな魚の群れが泳いでいるのが見える。オイカワの群れだろうか、ここにもきっとカワセミがやってくるだろうと思ってみていると「チッチッチー、チッチッチー」と言う鳴き声とともに飛んできた。

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私の立っている姿を見たのかこの水溜りにはとまらず通りぬけていってしまった。水の上にはシオカラトンボとギンヤンマが行ったりきたりして、時折縄張り争いをしながら飛んでいる。

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ハクセキレイの子供は、葦の茎の間を潜り抜けて水辺に出てきて、周りをキョロキョロしながら水を飲んでいる。チョコチョコと歩きながらいろいろなところをつついてはいたずらをしている。

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幼鳥は警戒心も少なく好奇心旺盛である。私の立っている方向にどんどん近づいてくるが、時折立ち止まり頸をかしげて不思議そうにみて、また近づいてくる。

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あまり近づいてくるので望遠レンズの焦点距離が合わなくなってしまう。普段であればこんなに近づいてくれなら望遠レンズでなくても撮れる距離になる。怖いもの知らずで近づいてくる。

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幼鳥の行動は人間の子供と同じなんだと思いながら見つめている。子供のいたずらは1歳から2歳ころまでが一番多く、だんだんと減って小学校に上がる6歳ぐらいになると半分以下になる。

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1歳児の子供の行動として一番多いのは、携帯やパソコンなど大人のものに触りたがる・・・92%。 何でもすぐ口に入れる・・・74%。新聞紙やティッシュなどをぐちゃぐちゃにする・・・68%。 引き出しやかばんの中にあるものを引っ張りだす・・・67%。物を振り回したり、投げたりする・・・58%。 などでさまざまないたずらをする。(全国好奇心レポートより)

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親心としては好奇心があることは成長していく上で大切なことだと思う人は多いが、好奇心の育て方に自信があるかと言うとあまり自信がないと言う人のほうが多いようである。

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子供たちの成長は、昨日できなかったことが次の日にはできるような成長速度であるから、親の対応や見守ってあげる観察の眼が必要である。鳥も人間も同じなんだなと思う。

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我が家の子供たちも昔から好奇心旺盛で、親の心配を省みず早くから海外に出かけて親には心配をかけながら大きくなったものである。今になってみれば好奇心は一生の宝物であると思う。世の中でも好奇心からの発明も数知れない。

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私も、人生折り返し地点を回ったと思っているが、いつまでも気持ちは若く、好奇心、向上心、向学心をもって生きて行きたいと思う。人生で今日が一番若い日なんだから・・・、がんばろう。

満月  仲秋の名月

旧暦の8月15日に当たる9月12日は仲秋の名月と言われ、今年は天気も良くきれいに見えるという話なので早めに帰ることにした。

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月曜日から同僚を飲み屋に誘うこともなく、帰路につくと東の空に大きなまん丸の月が光っている。

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大きな雲のかたまりが足早に流れているが、その合間の空に満月が光る。今年は6年ぶりに満月に恵まれ、仲秋の名月と満月が一致した。

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前回の仲秋の名月と満月が同じだったのは、2005年の9月18日(旧暦8月15日)であったというが、あまり記憶にはない。

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急いで帰ってきたので汗だくの体、急いでシャワーを浴びて汗をぬぐい、上半身は裸でベランダに出て、空にくっきりと浮かんだお月さまを眺める。

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手にはビール、涼しい夜風に当たりながら美しい夜の光景を楽しんだ。残念なのはススキの穂と団子がなかったので、かみさん自慢の手作り餃子をつまみにビールが進んでしまったことだろうか。

ツバメ  かつての特急列車が今も

最近の多摩川ではあまり珍しい鳥を見かけることは少ない。いつもいるのは、チョウゲンボウ、オオタカ、アオサギ、オオサギ、カワウ、カワセミ、セッカなどである。もちろんカラス、スズメはいる。

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空高く飛んだり、水面ぎりぎりのところを飛んだりするのはツバメ。今日も青空の下縦横無人にツバメたちが飛んでいる。とにかく青い空をバックに気持ちよさそうに飛び周り、空高く上がったかと思うと低空で眼前に現れる。動きが速いのでなかなか被写体としておさまってくれない。

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全長約17cm、背は光沢のある藍黒色で、喉と額が赤い。腹は白く、胸に黒い横帯がある。尾は長く切れ込みの深い二股形で、この尾の形をツバメに因んで燕尾形という。

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ツバメは翼が大きく、飛行に適した細長い体型で、脚は短く歩行には不向きで、巣材の泥を集めるとき以外は地面に降りることはめったにない。

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いつも飛んでいるところしか見たことがないが、飛翔する昆虫などを空中で捕食する。なお水面を飛行しながら水を飲んだりもする。とまっているところをたまに見るのは、電線に横一列で並んでいるときである。

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日本においては、水稲栽培において穀物を食べず害虫を食べてくれる益鳥として古くから大切にされ、ツバメを殺したり巣や雛に悪戯をすることを習慣的に禁じ、農村部を中心に大切に扱われてきた。軒先に巣を作ったりすると縁起がいいと壊さなかったりする。

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ツバメに関する言葉も多い。一番は、「燕」「若い燕」、とは年上の女性に養われている、またはつきあっている若い男を指す。最近は「燕」とは言わないが多くなっているように感じる。

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二番目は、「燕返し」、吉川英治の小説「宮本武蔵」に出てくる佐々木小次郎の剣法である。有名な物干しざおと呼ばれる長剣を振り回す剣法で、ツバメが飛翔中の急旋回にすぐれることから名付けられたといわれている。残念ながら二刀流の武蔵との巌流島で決闘し、敗死したことになっている。

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三番目の「つばめ」は、日本国有鉄道とJR九州の特急列車の名前。鳥の名前が列車の愛称になるきっかけとなったといわれている。1930年東京から神戸駅間を9時間で走り「超特急」と言われていた。今では九州新幹線の博多駅と鹿児島中央駅間を「つばめ」として運行されている。元国鉄スワローズのマークやJRバスなどももツバメで、今のヤクルト球団でも使われている。

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四番目は、「燕尾服」、男性の礼服の一つ、上着の裾がツバメの尾に似ていることから、このように呼ばれる。つい最近、この燕尾形の服、燕尾服を着て新大臣が誕生した。活躍を期待したいものである。

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最後に「燕の巣」、中華料理の食材で、アマツバメの一種でインドショクヨウアナツバメなどの巣で、アナツバメ類の唾液腺からの分泌物からできている。本種の巣は泥と枯れ草でできており食べられない。それをイメージするせいか、中華料理に行ってもあまり口にすることはない。

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このようにツバメにかかわる言葉は多い。天気のことわざでは、「ツバメが低く飛ぶと雨が降る」といわれる。これは湿度が高くなるとツバメの餌である昆虫の羽根が重くなって高く飛べなくなり、それを餌とするツバメも低空をとぶことになるからといわれている。よく聞いてみるとなるほど理にかなっている。下駄を飛ばしてひっくり返ると雨になる話とはちょっと違う。

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燕尾服で勢揃いをして皇居で認証式を終えた新内閣、空を飛ぶツバメのように自由自在に行動して、成長戦略を成し遂げ見事に開花させ、九州新幹線の「リレーツバメ」といわれるように永くその名が残るような仕事をしてほしいものである。空を飛ぶツバメ、河原に咲く花を見ながら考えるこのごろである。

夏の戻り  多摩川河原を歩きながら

大雨をもたらし各地に大きな被害を与えた台風12号が去り、夏日が戻ってきた。しばらく涼しい日が続いたので、今年は残暑もなく秋を迎えることができるのかと思っていたら、あの夏の日の太陽が上空にある。

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         多摩川 大栗川合流点

外ではせみの鳴き声が元気を取り戻しいっせいに鳴いている。少し違うのはミンミンゼミやアブラゼミに混じってツクツクホーシの鳴き声が多く聞こえるようになってきたことである。

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ツクツクホーシの鳴き声は「ホーシツクツク、ホーシツクツク、モウイイヨ、モウイイヨ」と私には聞こえる。いつもは用心深く鳴いているのに、秋が近くなって自分の出番だとばかりにベランダの手すりに止まって、私に向かって何かを訴えているように鳴いている。

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        合流河原から関戸橋

ツクツクホーシの鳴き声と青い空にもくもくとわきあがる入道雲に誘われて、気が付いてみると多摩側の川べりを歩いている。

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日差しが厳しい青い空の下、まだ濁りが取れない多摩川の流れを見ながら大栗川との合流点に向かう。

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        濁流の跡

先週来たときは、中洲一面濁流だったところが水はすっかり引いて、泥で白くなった丸い大きな石ころがごろごろと転がっている河原に下りてみる。

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        大栗川の流れ

川の流れも変わり新しい水路ができ、草木が流され石ころだらけの河原に大きな流木が倒れ、それに流されてきた草木が引っかかっている。

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ごろごろとした丸い石の多い不安定な足元を見ながら、河原を歩くと下流に行くほど足元の石ころが小さくなっているのがはっきりとわかる。大きな漬物石から、水面を投げて遊ぶ水切り石まで手当たりしだいである。

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        日向ぼっこのカワウ

右手から流れてくる大栗川の水はきれいに澄んで川底が見え水中を泳ぐ小さな魚たちの姿がはっきりと見える。カワセミ君のいい猟場だと思いながら、カワセミとの出会いを期待しながら歩く。

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         キクイモ

「台風一過」、あの雨と濁流はどこに行ってしまったのかと思うように、中州の小高い葦原には、キクイモだろうか黄色の花たちが青い空の下にきれいに咲いている。

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濁流で荒れていた川、鉛色の雲がそこまで降りていた先週とは打って変わってスカッと晴れわたった空の下を歩きながら、自然と人間の付き合い方を考える。あるときは尊い人命をも奪い、また、あるときはきれいな光景を見せて我々の心を和ませてくれる。

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地球を支配しているのは人間ではなくて自然なのだと言うことがわかる。人間もその自然の中のほんの一部分だと言うことを知ることによって、自然を大事にする心が生まれるのである。

かわとんぼ  多摩川の水辺で

最近の台風は台風らしくない。昔の台風はもっと潔くかっこよかったと思う。大型台風が来ると夜に上陸して早朝には日本海に抜ける。台風が去った後は日本晴れの青空になる。

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「台風一過」とはまっさおに晴れた青空を言ったものだが、ここのところ上陸する台風はちょっと違う。上陸ももたもたと遅く、大雨の被害をもたらすし、通り過ぎてもすっきりとした青空を見せてくれない。

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雨上がりの多摩川の土手を歩くと、昨夜の雨の影響で増水した濁った水が、いつも歩いている中洲をごうごうと流れる激流で覆っている。

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河原の緑は激しく流れる濁流に飲み込まれて姿もみえない。鳥たちの姿もコサギが数羽とツバメが濁流の上を飛んでいるだけである。

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いつもきれいな流れに魚が飛び跳ねている多摩川の姿はどこにも見当たらない。増水した水が大栗川の流れを止めて、大栗川が逆流している。

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多摩川と大栗川の合流点では、濁った多摩川の水が大栗川に流れ込み、大栗川の澄んだ水が河原に生える草たちを水草のように水中に沈めている。

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静かに流れているときの多摩川の水辺で遊んでいた川トンボの姿が思い出される。今頃はどこで何をしているのだろう。黒い羽根に緑に光る金属色の体、流れる水辺の葉に静かに止まっていた。

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今回の台風も各地で大きな被害をもたらしている。年間降水量の半分から三分の一が2~3日で降るとしたら、それなりに対策をしている河川でも大きな災害になってしまう。

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多摩川の濁流を見てかんがえる。最近多い迷走台風や大雨、地震などの自然災害はやはり神の警告かもしれない、世界各地で見られる現象ではあるが、なぜか日本に集中的に発せられているような気がする。使い放題のエネルギー、自然破壊など、人間のおごりへの警鐘なのかも知れない。

コスモス   秋の気配

日本庭園をあとにして、こんもりとした森の中を歩くとみんなの原っぱに出る。ちびっ子サッカーが終わった広場の道路側にコスモス畑がある。

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まだ、満開には早いがたくさんのつぼみの中に、もう花びらを開いている花がある。後方のコスモスの丘にはたくさんのコスモスがあるが、この広場のコスモスが早咲きなのだろう。

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暑い暑いといっていたが、朝夕は涼しい風が吹くようになり、季節は着実に秋を迎えるべく動いている。

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コスモスは”秋桜”と呼ばれ、秋に咲き花弁が桜に似ているところからそう呼ばれている。語源としては、ギリシャ語のCosmosに由来し、「美しい」 「秩序」 「飾り」 と言う意味合いで、広い宇宙も星がきれいに花のように広がるので Cosmos と呼ばれている。

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コスモス ”秋桜” と言えば我々の年代は、山口百恵の歌である。さだまさしの作詞作曲で嫁いで行く娘の思う母親への気持ちを見事に歌い上げている。すばらしい親子の姿が眼に浮かぶ。

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我が家の娘も海外で元気でやっているようではあるが、あまり便りはくれない。子を思う親の気持ちは誰も変わらない。この歌のように嫁ぐ日がくれば、やはり涙を流してしまうのだろうか。

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さだまさしの感性による詞と山口百恵の歌唱力が、小春日和の親子の光景を見事に表現している。異国でのんびりと過ごす娘の嫁ぐ日を夢に描きながら、咲き始めたコスモスを眺め思うこのごろである。因みに、コスモスの花言葉は 「乙女の真心」「乙女の愛情」である。「娘よ・・・・」

静かな公園  のんびりと歩く

青い空が見えないのは残念であるが、人気の少ない公園をのんびりと歩くのもまたいい感じで、いつも速足で歩くのでかみさんからは、思いやりがないと言われている。これからのスローライフは、まずスローウォークからはじめようと思いつつ銀杏並木を通りぬける。

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今が盛りの百日紅の赤い花がひときわきれいに映る。緑濃い銀杏の葉ももう少しすれば真っ黄色に変色して私たちの目を楽しませてくれるのだろう。その時を待っているように整然と並んでいる。

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                百日紅

花の丘や日本庭園に向かう遊歩道のわきに、普段はあまり気がつかない石像がある。ゆっくり歩くといろいろなものが見えてくる。立ち止まってよく見てみると、それぞれの主張を訴えて表情が豊かである。

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園内を移動するのに走っているパークトレインがある、乗客は一人か二人。蒸気機関車を模した遊覧車で、いつもは子供たちで満員の光景しか見ていないので、なぜか寂しさを感じる。それでも案内の車掌さんは園内の説明をていねいにしている。

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入り口の銀杏並木の真ん中にある噴水も水が出ていない。園内のいたるところ節電のせいか、閑散期のせいなのか勢いよく噴き出している噴水は止まり、銀杏茶屋の前のカナールも水が張られていない。

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夏の花、キキョウもそろそろ見ごろを終えて、秋の花へと変わりつつある。日本庭園の森も秋を迎える準備をしているかのように静かなたたずまいを見せている。手洗いに落ちる一滴の水の波紋が静かに広がる。

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        日本庭園

庭園の池に移る木々も濃い緑色を写しているが、色づいた葉を見せるのももうすぐであろう。四季折々きれいな花をみせてくれる公園の端境期の静けさもまた一つの光景として楽しめるものである。

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