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2011年10月

百地ヶ丘 海抜100メートル

いつもの散策コースの桜ヶ丘公園で珍しい場所を発見した。何回も足を運んでどこでもわかると思っていた桜ヶ丘公園に初めての場所、海抜100mの石碑がありその隣の石に「百地ヶ丘」と書かれている。

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        標高100mの石碑

この公園はくまなく歩いているので、新しい発見があると何となく心がわくわくする。普段は聖ヶ丘橋口の方から入り、連光寺公園、谷戸の丘、もみじ平を通り聖蹟記念館から大松山などを歩く。

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        百地ヶ丘

散策の後はこの丘の下にある水場に野鳥たちが集まるので、そこでじっと待っていることが多く、この丘には上ることがなかったが、今日はシジュウカラの群れがこの丘の上にある欅の木にいたのでそれを見にきたのである。

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「牛にひかれて善光寺詣り」ではないが、シジュウカラを追いかけて新しい発見というところである。

多摩市で一番高いところは横山の道の展望台が海抜150m、私の住まいは海抜80mのところにある。この百地ヶ丘より20m下ったところである。

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海抜と言えば、秋田の大潟村の大潟富士を思い出す。この山は人口の山であるが海抜は0mの山である。実際の高さは3.776mで海水面より低いところにあるためにこういう現象になる。

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       コブシの実を食べるシジュウカラ

大潟村は、昔の日本で二番目に大きな湖八郎潟を干拓してできた村で、その広大な土地は日本の農村風景とは違う光景をみせてくれる。大きな排水路と防風林に囲まれた農地は春には菜の花と桜がきれいに咲き誇る。

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        ヤマガラ

海抜では最近のタイの洪水の問題があるが、これも3mから5mぐらいといわれタイの平地の大半が浸水にあっている。東北の大震災でも1mの地盤沈下があった地域では、満潮時には冠水するところもある。

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今回の各地の水の浸水被害に関しては、日本に関することが多い。東北では世界ヘのサプライチェーン企業が東北に集中していたし、タイの水害では日本の製造業の大半が進出している地域が被害をこうむっている。

水が引くには4~6週間ぐらいかかるといわれているが、予想以上にグローバル化が進んでいる産業界ではさらなるリスク管理が必要になる。今年に多かった台風の影響といわれているが、自然の力というものは恐ろしいものである。

秋の七草  春は食べ秋は見る

空は高く巻層雲、畑は実り美味しい野菜と果物、山々の木々は冬に向かって越冬の準備、日ごろ運動不足と過食過飲の私も衣替えとともにウエストが気になる。

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直近の人間ドックでのメタボ検査では運よくクリアーしたが、ベルトの穴がひとつ違うような気がする。気候も良くなってきたので少し走ってみようと心に決めた。

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        秋の七草園

ランニングコースは近くの運動公園、陸上競技場の周りを走ると1周約600m、今までは10周を目標にしていた、膝を痛めてからは少し慎重になっていたのでこの秋からは少しずつ負荷を掛けてみたいと思う。

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              おみなえし

いつもの公園に行くと秋の七草が揃って咲いている。おみなえし(女郎花)、おばな(ススキ)、ききょう、なでしこ、ふじばかま、くず、はぎの七草である。朝露を浴びてきれいに咲いている。

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    おばな(ススキ)  馬の尾に似ているところからいわれる

七草のルーツをたどると、山上憶良が万葉集で詠んだ歌が起源と言われている。本来は七草は人日の節句(1月7日)の朝に、7種の野菜が入った粥を食べる風習のことで、七草と書いた場合は秋の七草をいい、小正月(1月15日)のものも七種と書いて「ななくさ」と読ませたらしい。

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              ききよう

春の七草は、せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろと言われ、この七種の野菜を刻んで入れた粥を七草粥と言って、邪気をはらい万病に効くと言った風習であるが、本当のところは正月料理の美味しいものをたくさん食べた疲れた胃を休めると言う健康志向の意味合いがある。

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              なでしこ

このように春の七草は食べることによって体や健康的に良いものとされているが、秋の七草は眺めて鑑賞する心の栄養を補うようになっているのかも知れない。

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         ふじばかま

七草と言う言葉はなんとなく語呂がいい。世間には七がつく文字やことわざ、4文字熟語が多いが八ではだめで、六はろくでなしで六でもだめと言うところでしょうか。因みに地名では、七島、七里ガ浜、七戸など、酒でも七笑、七賢、七力、七本槍などがある。

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                くず

酒を飲みすぎたときの二日酔いは、「七転八倒」 の苦しみのときもある。最近こそなくなったが、思い出すと若いときの飲み方はそんなこともあった。このごろは酒のうまさがわかるようになったが、秋の宵は日本酒が美味しく飲める季節である。

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        はぎ

「ななわらい」を飲んで「しちけん」になり、「しちりき」を出して、「ものわらい」にならないように、秋の七草を見ながら酒を味わえるようになろう。

花と虫たち  早朝の公園で

陽が上り始めると同時に公園の坂道を登ると、公園の丘の上にある東屋から陽がでてくるように正面に眩しく照りつける。

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          秋桜

この丘からは、天気がよく見渡しがきくときは富士山がよくみえるところである。また、この公園は何箇所か富士山が見えるところがある。季節によるが、夕日が沈むころのダイアモンドサンセットはここで見ることができる。

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         ヒメアカタテハ

今朝は、あいにく遠く丹沢山系にも雲がうすくかかり、富士山の姿を見ることはできない。東屋のあるところが少し平らになっているので、山々を見ながら軽くストレッチをする。

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         モンキチョウ

秋の七草がきれいな季節であるが、少し歩くとコスモスの花がこんもりと咲いている。朝の陽にすかして見ると花びらの色がきれいだ。

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その花に蝶々とハチが花を選んでは忙しそうに飛んで花の蜜を吸っている。モンシロチョウやモンキチョウ、ヒョウモン類だろう。

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今朝は鳥の鳴き声も少ないので、花と遊ぶ虫たちをゆっくりと眺めることにした。人がいることはあまり気にせず、花から花へと飛び回っている。

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時々人の気配を感じた時は遠くに飛んでいくが、しばらくするとまた戻ってきて同じように花芯に顔をうずめている感じである。

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「花と蝶」というと、森進一の歌がヒットしたことを思い出す。あの喉から絞りだすような声での歌は、この朝日に光る花に舞う蝶とは全く雰囲気が違うが、詞を良く聴いてみるとると花と蝶の関係を男女間にたとえて、人間の機微をよく表現していると思う。

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        ハナバチ

「花が咲くとき蝶が飛ぶ、蝶が死ぬとき花が散る・・・、花の命は短いけれど、蝶の命もはかなくて、花が散るとき蝶が死ぬ・・・」

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         乙女の愛情

秋のこの季節には風に揺られるコスモスの花がよく似合う、それに飛び回る蝶の姿もまた絵になる光景である。きれいな花をみせるコスモスも秋の一時期であり、蝶の姿もそうである、お互いの共生がこの自然界の摂理なのだろう。きっとこのコスモスもたくさんの生き物の命を支えていることだろう。

林芙美子の放浪記には、「花の命は短くて苦しきことのみ多かりき」と言う言葉がある。ちなみにコスモスの花ことばは、「乙女の愛情」である。

馬引沢   地名のいわれ

多摩ニュータウンは昭和30年代に開発された日本で初の大規模な計画都市で、特に諏訪・永山地区はこのニュータウンの中でも最初の開発地域になる。今では緑の多い住みやすい街になり、あたり一面の原野や田畑、古い農村が近代的な住宅地に生まれ変わっている。

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そうした長い歴史の中で街造りが行われたが、入居して三十数年、最近では、この地域でも管理組合による老朽化したマンションの再開発が始まった。分譲マンションでの管理組合主導による大規模な再開発は初めて行われるということで注目されている地域である。古い建物の取り壊しが始まり、数年後には1249戸のまた新しい街並が誕生する。

私の早朝ウォーキングのコースには5コースあり、1コース2時間程度であるが全部歩くと多摩市のほとんどを歩いてしまう。

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家を出て乞田川に向かって歩く途中に馬引沢(まひきざわ)という地名がある。今では広い道路が通り道路沿いには数多くのマンションが建った近代的な住宅地になって、最近は車の通行量もかなり増えてきたような気がする。

その昔は、鎌倉街道沿いの農村地であったところであるが、馬引沢公園の一角にその歴史を説明した石像と案内板を見つけた。「馬がいる」 普段はあまり気がつかないで歩いていたが、違う方向から歩いた時に発見した。

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その彫刻の説明板によると、『「馬引沢」の町名は、大字連光寺字馬引沢の小字をとって、平成二年一月二十七日に新設された町名であり、現在、馬引沢一・二丁目が設定されています。

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        案内の石板

新編武蔵風土記稿に「村の南をいへり」とある古い地名ですが、町名の由来は定かではありません。大字連光寺字沖谷戸の谷間から当地を通り乞田川にそそぐ沢があり、この沢沿いに鎌倉街道から諏訪神社前を通り川崎市黒川へ抜ける道があったようで、黒川境に至る辺りは険しいところであったといわれています。

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              坂道を登った馬

馬引沢の中央には昭和四十一年に焼失してしまいましたが薬王寺という古いお寺があり、近在の人々より深く敬われていて、その前を通る時、馬から降りて引いて通ったといわれているところから、この地名が付けられたとも言われています。なお、この彫刻は、「馬引沢」の町名にちなみ「馬」をテーマにしたものです。』 との説明がされている。

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開発がどんどん進み、今は、昔の面影は全然ないがこういう地名の由来を後世に伝えていくことは大事なことであると思う。昔は、大家族でこういう話が、老人から孫の世代へと家庭の中で伝えることができたのだろう、しかし、現代の核家族化した時代ではそういう機会が少ないので、こういう公園や街角にある彫刻などは、良い伝搬の材料になるので大切にしたいものである。

キビタキ  南へ渡る鳥たち

今年も南へ渡る夏鳥たちが近くの公園に寄ってくれている。ここで十分翅を休めて栄養を補給して無事南の島へ渡ってほしい。

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        キビタキ ♂

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        キビタキ ♀

この公園にもキビタキが数羽渡りの途中で森に入っているようである。丘を降りてきたところにあるいつもの水場で待っていると、メスが時々やってくる。オスはいないのかと待っていると、メスの後にオスが来て用心深く周りを見ながら水浴びをしようとしている。

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メスは地味で控えめなので良い絵にならないが理想の女性像である、一方、オスは派手できれいな色をしているので、ファインダーを通してみるとどうしてもオスが来てくれることを待ち望んでしまう。

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        自信たっぷりな ♂

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        控えめな ♀

私の場合は、どちらも不公平にならないようにオスもメスもファインダーに納めようとしているが、仲間の中にはメスだと見向きもしない人もいる。人間の世界とは全く違うようである。

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ここに来ている野鳥たちは、春先に単身で移動してきて相手を見つけて子供を設け、家族で南へ渡って行こうとしているのだろうか。5月ごろにこの水場でポーズを採ってくれた個体であればしばらくぶりというところである。

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        ペアーで水浴びの準備

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日本の本土で繁殖して南下し、暖かい南の島で越冬し、また来年元気で会えることを楽しみにしている。その時はさらに、胸元や腰の黄色が鮮やかになっていることだろう。

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       キビタキ ♂

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        キビタキ ♀

これからの旅の途中、猛禽類の餌食にならないように無事渡れることを祈っている。つかの間のこの公園での安息かもしれないが、私の目を楽しませてくれているキビタキである。

秋の味覚  食欲の秋

秋の味覚と言えば果物、葡萄や梨、林檎や柿などがある。今年の葡萄は甘くおいしかったし、梨もみずみずしく、柿も甘みが多かったような気がする。そろそろ葡萄は終わりになってきているが柿や林檎はこれからである。

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        色付き始めたモミジ

林檎と言えば、林檎をひとかけかじったロゴマークのアメリカのアップル社の共同創業者スティーブ・ジョブズ氏がなくなった。享年56歳、御冥福をお祈りいたします。

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                    コブシの実

        赤い実は白い糸を出して下に落ちる 

 今をときめく「i Phone」の生みの親である。彼の考え方と行動は、我われのテクノロジーへのかかわり方を大きく変えた。すばらしい発明家であり企業家でもあった、偉大なイノベーターとして大きなイノベーションを連続して起こした。お金のためにやるのではないと宣言して自分の思うところを追求している。

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         柿

もうひとつ、秋の味覚と言えば忘れてならないのは松茸である。信州上田には松茸街道なるものがあってにぎわう。あのマツタケの香りと形と味と価格はやはりキノコの王様と言えるかも知れない。先日そのマツタケをお土産にもらった。

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       コブシの実を食べるメジロ

 息子が、ブータンに行ってきたのでといってマツタケと酒を持ってきてくれた。ブータンではマツタケはどこででも採れるらしい、その上日本ほど珍重されていないようである。もちろん国内に持ち込むには加工されているものであるが。

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       落ちる寸前の栗の実

ところでブータンという名前はよく聞く、アジアの国らしいことはわかるが正確にどこにありどんな国かはよくわからない。調べてみると、中国とインドに挟まれているネパールの隣の国で、世界で唯一チベット仏教を国教とする国家である。

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        ノコンギク

大きさは日本の九州ぐらいで、人口は697,000人で国民総生産(GNP)に変わる国民総幸福量(GNH)という概念をもった珍しい国である。

GDPの30%は農業であるが、ヒマラヤ山脈の南麓にある利点を活かした豊富な水力により発電をしている。インドとの繋がりは深く、最大の輸出品の電力をインドに売却して外貨を稼ぎ、医療費教育費は無償に近く、世界で唯一の禁煙国家と言う少し変わった国である。

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        ガマズミ

酒は、「K5」 第5代国王の戴冠式を記念してつくられたといわれている特別なウイスキーである。ブータンにウイスキーがあるのかと疑問がわくが、モルトはスコットランドから入れているというので、口当たりは良くなかなかコクのある美味しいウイスキーである。

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お土産にもらった酒のグラスを傾けながらブータン王国を勉強している秋の夜長である。秋の味覚を楽しむ一夜、林檎をかじりながら、胃袋だけでなく、ジョブズ氏の言葉 「最も重要なことは自分の心と直感に従う勇気を持つことだ、自分のなりたい姿を知っているかどうか・・・」 をかみしめて、頭脳と心の食欲も満たしていきたいものである。

いつもの鳥たち  近くの公園

近くの公園を歩いているといつも遇う同好の士がいる。久々なので何か珍しい鳥が入っているのか聞いてみると、夏鳥たちの渡りが始まり1週間ぐらいいるとのこと。

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         シジュウカラ

今日の一万歩も達成しなくてはいけないので、夏鳥たちとの遭遇を期待しながら園内を歩いてみることにする。園内の散策路は上り下りがきついのでいい運動になる。

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       ヤマガラ

駐車場の開場時間になると大きなレンズをもった人たちが数人、狙った鳥がいるのか公園の高台を陣取っている。どうやら珍しい鳥が数羽入っているようである。

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        エナガ

この渡りの季節には、夏鳥が南の方に移動する途中に数週間翅を休めたり、冬鳥が里に降りてきたり、北の方から本州へ渡ってくるので、にぎやかになってくる。

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        コゲラ

夏に山に入って見た鳥たちも、この季節には少しの間この公園でも見ることができる。夏の間は、この公園は留鳥のいつもの鳥たちしかいないが、その集団に混じって普段見ることの少ない鳥を発見することもある。

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        メジロ

こういう情報を一番つかんでいるのは、毎日この公園で犬の散歩をしている人たちである。鳥の名前も私よりよく知っていて、どこに、いつ、どのくらいいたとか教えてくれる。

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               アオゲラ

情報化社会といわれて久しい、情報の基本は人々のコミュニケーション、三現主義というのを学んだがまさにそれである。現場、現物、現認、報告は5W1Hでというわけである。これからは鳥見のシーズンになる。今まで出あったことのない鳥との出会いを楽しみにしている。

青いあさがお ヘブンリーブルーの畑

伊那谷から天竜川の流れを見てから帰ろうと帰路につくと、途中に休耕田を利用して西洋アサガオを育てている畑があり、今が見ごろだと聞いたので寄ってみることにした。

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天竜川に向かって下り坂になっている農耕地の一角にそれはあった。青い西洋アサガオ(ヘブンリーブルー)が一面に花開いている。

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アサガオは初夏の花だと思っていたが秋に咲くアサガオもあるのである。花はつぎからつぎへと咲いているのだろうが、これだけの数の花が一面に咲くとみごとである。

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         ヘブンリーブルー

アサガオは夏の花で普通朝に咲いて陽が高く上るころには元気がなくなっているが、このヘブンリーブルーは10月になって満開になり、夕方遅くまで元気に花開いているとのことである。

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ヘブンリーブルーとは直訳すると「天上の青」といわれてその青さは見事な青である。原産地は熱帯アメリカで最近はその青さに魅せられて栽培する人が増えているとのことである。

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         天竜川とススキ

伊那谷の素晴らしい環境の中でのこのブルーは、空のそれとも勝るとも劣らずというところである。ちなみにこのヘブンリーブルーの花ことばは「愛着」である。「天上の青」「天空の青」伊那谷の青い空にぴったりだと思う。

赤そばの里  赤いそばの花畑を歩く

「赤そばの里」は伊那市の北に位置する伊那市箕輪町の標高900mの山間にある。背後には中央アルプスの山々、そば畑から遠く眺めると天竜川を挟んで南アルプスの山並みがかすんで見える。

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         「赤そばの里」への道

早朝の中央高速を走ること3時間、伊北インターを下りて山手の方向に10分ぐらいで赤そばの里に着く。広い駐車場には数台の車がすでに止まっている。

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東の空から登る陽の光を背中に受けながら杉林の小路を抜け、川の流れの音を聞きながら歩を進めると、木々の間からピンク色のそばの花畑が見え始める。

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さらに雑木林に囲まれた細い道を数分歩いて登ると、突如視界が開け真っ赤なそば畑が広がる光景が目に飛び込んでくる。「すごい」の声と共に感動する。

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広さは東京ドーム約1個分といわれているが、廻りの緑の山々と青い空、そこに浮かぶ白い雲の下に、赤い茎と緑の葉の先に開く赤やピンクの小さな花のコントラストが美しい。

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ここに咲く赤いそばの花は”高嶺ルビー”と呼ばれ、ヒマラヤ原産のそばを伊那地方で品種改良して栽培されたものだそうである。この”高嶺ルビー”を栽培する場所としては、この「赤そばの里」は、日本では最大規模だといわれている。

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赤そばには、ポリフェノールや抗酸化物質が一般のそばより多く含まれていて、体に良いヘルシーなそばとして注目を浴びているとのことである。私のように血圧が少し高めの人間にはもってこいの健康食品である。

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花畑の入口に立つと目の前一面に、広がる赤い絨毯の様にそばの花が咲き誇っているが、真ん中には歩きやすいように道路が舗装されている。また、小さな花をじっくり観察できるようにそれぞれ畦道もきれいに整備されて、ところどころにゆっくり座って眺めることができるようベンチなども置いてある。

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小さな赤い可憐な花を良く見ると、どの花にもミツバチがたくさん止まって花の蜜を集めている。一本の茎に多くの花びらをつけ、それにトンボや蝶々なども忙しげに飛びまわっている。

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                    赤そばにアカタテハ

赤い花畑の真ん中にススキの大きな株があり、ススキの穂が陽の光に白く光って秋らしさを演出してくれる。それ以外は見事なそばの花の絨毯である。

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        ススキと赤そば

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10時ごろになると人出も多くなって来たので赤そばを食べて帰ることにした。この時期には入口の近くに仮設テントが張られそばの提供がある。赤そばのそば粉を使ったそばは、50食の数量限定であったが帰り際に口にすることができた。

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普通のそばよりもこの赤そばは収穫量が3分の1ぐらいだということで、お土産に買って帰ることはできなかったが、腰がありのど越しの良い美味しいおそばであった。

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        赤そばのもり

ここのお土産は、地元の農産物やそば饅頭、木工芸品などであるが、採りたてのマツタケや赤そばのはちみつなども好評だということであった。

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澄んだ空気と豊かな水と緑につつまれ、南アルプスと中央アルプスに抱かれた伊那谷の「赤そばの里」の珍しい花畑を後にしたのは10時すぎであった。

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         小さな可憐な花

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心残りは陽が西に傾き南アルプスを背景にした赤いそばの花をファインダーに納めたかったことだろうか。ちなみに箕輪町の町の鳥は「キセキレイ」だったがあうことはできなかった。

黄花秋桐  群生地を歩く

すっかり秋らしくなり、朝夕の涼しさが半袖から長袖に衣替えを要求する。日の出も5時40分ごろになり6時に家を出ると、まだ外は薄暗い感じがする。

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しばらく行ってない近くの公園を歩いてみようと思い足を向けた。犬を連れた散歩の人たちはすでに公園を歩いているが、野鳥の声もあまり聞こえない公園はまだ人出は少ない。

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公園の木々には台風の爪痕がいたるところに残り、折れた木々は枝を切り落とされて園内を歩くには整備されているが、景観としては折れて枯れ始めた枝がぶら下がったりしている。

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ゆっくりと登り坂を歩いていると右手の丘のふもとの木の下に、黄色の花を咲かせた「キバナアキギリ」の群生地がある。近くで見るときれいな花である。

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今までここを同じように歩いてはいたが、野鳥を追いかけているのであまり木々の下は気にしていなかったので気がつかなかった。小さな花たちが一生懸命咲いている。

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キバナアキギリは、シソ科の植物で山地の木陰に生える多年草で群生する。茎の先に花穂をつくり、段になって、黄色の長さ2.5cm~3.5cmの唇形花を開く。

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名前の秋桐は、花の形がキリの花に似ているところからきている。地方によっては、紅紫色の花をつけるアキギリもあるといわれ、長野の佐久地方には似たような花でシナノアキギリがあるといわれている。

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野鳥達がまだ活動する前に歩いてみると、また違う発見があるものである。今年の秋は、季節の変わり目の自然界をそんな目線で観察してみようと思う。

富士山  懐かしい思い出

富士山を眺める機会は多い中で、初秋の富士川に行く機会があった。早朝の新幹線で東京を発ち新富士で降りる。

新幹線と言えばほとんど大阪か名古屋へ行くことが多いので、「のぞみ」を利用することが多い。しかし今回は各駅停車の「こだま」に乗ることになった。普段は当たり前に指定席を使っているが、今回はしばらくぶりに自由席に乗る。列車を待つ間も何か普段と違うわくわくした期待感を持つ。

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5分~10分おきに出ているひかりに比べてこだまは少ないかと思ったら、それでも同じように結構頻繁に出ていて、さらに席は満席である。初めて降りる新富士駅、駅の廻りをぐるりと歩いてみたが、目の前に富士山がどんと居座っている。

やはり富士山の雄姿は、頭に雪を載せている姿がきれいだ、そのことをタクシーの運転手さんに言うと「お客さんは関西か九州ですか?」と聞かれた。「東京から来た」というと、東京の人で富士山の頭に雪があった方がいいという人はほとんどいないということであった。

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彼の説明によると、雪のない富士はまた違う風景をみせてくれる。陽が落ちる頃の赤富士がきれいなのだと説明してくれた。これから11月に向けて雪の降る前、夕がたにきれいな赤富士が見えることがあるのだという。

タクシーで目的地に向か車中でも、話好きの運転手さんがいろいろな話をしてくる。彼が言うには、「最近の若い人は・・・・」という話である。要は、自分の親父ギャグを理解してくれないのが不満らしい。そんな話の中で、富士宮の管理者養成学校が話題になった。

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この辺り、タクシーで遠距離に行く人は管理者養成学校に行く人が多いらしい。その運転手さんは、それらの人たちのことを細かく観察していてその話をしてくれる。富士宮の駅前での「駅頭歌唱」など、最近はやってないらしいが・・・。

おもしろおかしく聞いてはいたが、実は私も三十数年前にここの指導力訓練に参加したことがあるのである。世間では「地獄の訓練」とか言っていたが、評判や評価は様々である。結果は見事に期日内に卒業でき、個人的には良い体験をしたと思っている。

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その当時の、卒業生感想文を見ると懐かしい富士山のふもとでの生活が思い出される。それぞれの感想文のタイトルを見てみると、「私の一番」 「私の抱負」 「私はやる」 「夜間行進」「ありがとう」 「やる気」 「電報の重み」 「私の決意」 「良き訓練」 「さまざまな富士」 「意を新たに」 「やり終えた」 「俺は勝つ、自分に勝つ」 「私は若い、私は強い」 「6名の戦士と」などである。

久しぶりに古い文集を読んでみると、懐かしく当時を思い出す。感想文のタイトルを見るだけでどんな訓練が行われているかが想像できる。ちなみに私の感想文のタイトルは「やり抜くぞ40km」でした。

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グループの指揮官に撰ばれた夜間40km行進は、2月の富士山の雪のあるふもとの山道をフリーハンドで描かれた地図一枚を持って6名で歩き、決められた四つのポイントを探して一人の落後者もなく帰還することが使命である。もうやめようという人、体を壊す人、脚が動かなくなる人、いろいろあったが全員完歩の記録は6時間42分で、当時、新記録ということで、教官から御褒美にビール1ケースをもらった記憶がある。

21時消灯5時起床、明けの明星輝く寒空の下での乾布摩擦から始まる一日、無駄口なしの禁酒、禁煙、俗世間との交信断絶の中での訓練、冷たいビールは美味しかった。

今では”買ってでも”できない貴重な体験だと思っている。その富士山も9月の24日に初冠雪があった、平年より6日早いという。これからは、雪をいただいたあの富士山の雄姿をまた見せてくれることだろう。

きんもくせい  風に乗る甘い香り

秋の到来と言えば、栗の実が落ちて彼岸花が咲くと、どこからともなく風に乗っていい香りを運んでくるキンモクセイの花たちである。

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公園を歩いているとそのキンモクセイの香りがしてきた。匂いに敏感なかみさんが初めに気がついた。私は子供のころから鼻はあまり利かないので、匂いにはあまり敏感ではないが、かみさんは匂いにはものすごく反応する。

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よく見ると眼の前に大きなキンモクセイの木があり、小さな橙黄色の花をほころばせて、強い香りを漂わせているではないか。思わず顔を寄せてその良い香りを楽しんでしまった。

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きんもくせいは中国原産地の常緑樹で雌雄異株で、初めに日本に導入された株はすべて雄株だったので結実はしないといわれている。キンモクセイがあれば、ギンモクセイもあり本来キンモクセイはギンモクセイの亜種とされている。

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ギンモクセイも中国原産で、キンモクセイより少し遅れて咲き、香りはキンモクセイよりやや弱く、花はその名の通り白い花を咲かせる。

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この木犀類は、大気汚染を嫌う植物で、葉が汚れていると花や芽のつき方が悪いとも言われる。キンモクセイの咲く地域は空気がきれいなところということになるのでしょうか。

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このキンモクセイの香りが漂ってくると秋が来たのだなと実感する。毎朝通勤する道路のわきにもこのキンモクセイの生垣があり、朝の出勤時そこを通るたびにいい香りを漂わせてくれている。日本の四季の移り変わりの楽しみの一つである。

因みにキンモクセイの花ことばは、「謙遜」「真実」「陶酔」「初恋」である。

バラの花  シーズン前に

今朝も天気予報では晴れであったが、起きて外を見てみると曇り空、それでもいつものようにウォーキングをしようと準備をしていると、いつもぐっすりと眠っているかみさんが「一緒に連れて行って」と晴天の霹靂。

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私の場合は早朝一万歩または2時間と決めているので、結構ハードワークな工程であるが今朝は無理をせずかみさんに合わせることにして家を出た。

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半袖では肌寒く感じるようになり、運動をするには汗もあまりかかないし良い季節になってきた。近くの公園の一角にバラ園があり、近所の人が手入れをしているきれいなバラ園で、芝生も手入れがされてホカホカの上を歩く感じなのでその中を歩いてみる。

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バラの花の満開には未だ早いので一部咲いているものもあるが蕾が多い。見ごろは10月の半ばごろからのようなので、近づいてみると一輪一輪が何かを訴えているように見える。花と言うものは、気持ちを前向きにさせる特別な力があるように思う。

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それでも赤や黄色、白、ピンクなど花びらも様々な形のバラがきれいに咲いている。バラの生垣や足元は芝生で整備されてきれいに刈り込んであるので、歩いても脚にやさしく柔らかくて心地よい。

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ちょうどゴルフ場の刈りこんだラフを歩いているような感じで、足を大きくあげて歩かないと足がスムーズに動かないので、脚のトレーニングには花の観賞と共に一石二鳥である。

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バラにはいろいろな種類があり、その名前もいろいろあってなかなか覚えられるものではない。覚えやすいのは、人名がついたものであるが難しい。

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人名がついたもので有名なのは、アメリカの「ミスター・リンカーン」「ジョン・エフ・ケネディー」「マリア・カラス」「ケーリー・グラント」「クリス・エバート」「ヘンリー・フォンダ」「マリリン・モンロー」などである。もちろん発祥の地ヨーロッパは、各国の王様の名前がついたものが多い。

日本でもかなりの人の名前がついているようであるが、天皇家の美智子様にちなんだバラもある。こういったバラの花が各国にあるから大変である反面楽しく鑑賞できる。

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バラの花は歴史的に見ても品種改良の歴史で、古代バビロニアの時代から現代まで香料や観賞用、食用にまで幅広く愛され利用されている。最近ではサントリーフラワーの青いばら「アプローズ」なども話題になっている。

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花びらの数による分類では、一重咲き、半八重咲き、八重咲きなどがあり、花の形では、平咲き、カップ咲き、ロゼット咲き、クオーター咲き、ポンポン咲き、剣弁高芯咲き、半剣弁高芯咲き、丸弁高芯咲きなど多種多様である。

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ゆっくりとバラ園を歩いていると、周りの木々では早起きの野鳥たちが鳴き始め、シジュウカラがバラの枝の間を忙しげにとび回っている。角度と光の加減を見ながら、レンズを向けるが動きが早くなかなかファインダーには収まってくれなかった。

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これからは、各地のバラ園の花が咲き競うようになる。時間を見つけては訪れて、花の香りやその咲き誇る姿を観賞したいと思う。うまい具合にバラと野鳥が、すっきりと決まったポーズをとってくれたらありがたいことである。

カルガモ  のびのびと遊ぶ

朝起きると雲が厚くあまり良い天気ではない、時折陽も射しているのでいつもの多摩川土手に向かう。少し風もあるが半袖でも寒さは感じない。

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土手を下り水たまりになっているところで、カワセミを待つ。今日はカワセミのダイビングを狙ってみようと準備をしながら待っていると、池の奥の方からカルガモが一羽、鏡面になった水面に小さな波紋を作りながら泳いでくる。

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水中の水草を食べたり、水上につきだした草の実をつついたりと一羽優雅に遊んでいる。たぶん今年生まれたカルガモだろうと思う。

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カルガモはほとんど雌雄同色で、全身がくすんだような黒褐色で顔は白っぽく、2本の黒褐色の線がある。嘴は黒く先端部だけ黄色なのが最大の特徴である。脚はオレンジ色で水面上はスイスイと優雅に泳いでいるが水中では忙しく脚を動かしている。

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鴨類では大半がオスがきれいで派手でメスは地味な感じだが、カルガモはカモには珍しい雌雄同色である。翼鏡は青い、翼を閉じていると目立たないが、飛翔すると青い色が目立つ。

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食性は、植物食傾向の強い雑食で、種子、水性植物、昆虫などを食べる。水面でも陸上でも採食をする。たまにトンボなどを捕らまえている姿を見ることもある。

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一般にカモ類は冬鳥であるがカルガモは、夏でも冬でも「軽池」に見られたので「軽鴨」と呼ばれているというのが定説である。この「軽の地」は現在の奈良県橿原市大軽町とその付近だと言われている。

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この「軽」の地名は「日本書紀」に記されており、「かるがも」という名前は江戸時代初期から使われていたようである。

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最近ではカルガモの親子連れがよく取り上げられる。これは何年か前、大手町の三井物産のプラザ池から皇居の和田倉堀へ引っ越しをする姿をマスコミが取り上げ話題になったからである。

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少子高齢化といわれて久しいが、わが国もカルガモの親子のように次世代の子供たちを親鳥がひきつれて歩くようにならないと大きな成長は望めないのかも知れない。放射能汚染問題が深刻になってきているが、こどもたちを安全、安心に育てることができる世の中をつくりたいものである。

秋本番  ススキの穂が開く

 朝晩のほほをなでる風が涼しくて気持よくなってきた。朝晩が冷え込んで昼間は秋晴れの太陽が輝く日が続くと木々の葉が色づき始める。

早朝の散歩も汗をかかなくなってきた。最近は少し遠い公園に足を延ばして新しい景色を眺めながら歩いている。

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         桑の木

先日の台風の爪痕で大きな桑の木が半分に折れている。風の通り道や、風の当たり方によって大きな木が倒れたり、上の方だけ折れたりとかなりの被害がでているようである。

子供たちの早朝野球のグランドやサッカー場を見ながら、ちょっと小高い丘に登ってみると、典型的な秋の植物ススキの穂が開き始めている。ススキの穂が風に揺られるようになると「秋が来たな」という感じがする。

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ススキと一口に言ってもかなりたくさんの種類がある。ススキはイネ科の植物でススキの名を持つ植物は多い、ススキに似ていなくてもコメススキ、アブラススキなどの名前がある。

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ススキはかつては農家で茅葺の屋根の材料に用いたり、家畜のえさとして利用することが多かった。そのため集落の近くには定期的に刈り入れするススキの草原があり、これを茅場と呼んでいた。今では茅葺の屋根などは、田舎にいっても見ることは少なくなっている。

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ここのススキの原も定期的に手入れをして育てているようである。背丈ほどもあるすすきの間を歩くと、まだ出たばかりの穂は日の光に銀色に光り真っすぐ天に向かっている。このススキの穂も白く成熟すると種子は風に乗って飛んでいく。

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また、地方によっては未成熟の穂を食用にするところもあるが、白く成熟した穂をミミズクの形にして民芸品などにしているところもある。そのほかには、穂を動物の尾に見たてて尾花とも呼ばれて、秋の七草のひとつに数えられている。

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ススキは昔から、地名だったり歌の中に歌われたり、何となくいい情景を思い出させる植物だと思う。札幌のすすきの、東京の茅場町など地名となっているところは、その昔はススキの原だったのだろう。そして、それを歌で表現したのが船頭小唄や昭和枯すすきなんだろう。

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         猿の腰掛

ススキでも歌になると人生に負けた男女が諦観で歌っている場面が多いが、ススキの穂が出始める光景、青い空に真っすぐ伸びた銀色に光る穂先を見るとそのイメージはない。しばらくの間は風に揺られながら、いろいろなことを考えさせてくれるススキの穂である。因みに花ことばは、「心が通じる」である。

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