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馬引沢   地名のいわれ

多摩ニュータウンは昭和30年代に開発された日本で初の大規模な計画都市で、特に諏訪・永山地区はこのニュータウンの中でも最初の開発地域になる。今では緑の多い住みやすい街になり、あたり一面の原野や田畑、古い農村が近代的な住宅地に生まれ変わっている。

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そうした長い歴史の中で街造りが行われたが、入居して三十数年、最近では、この地域でも管理組合による老朽化したマンションの再開発が始まった。分譲マンションでの管理組合主導による大規模な再開発は初めて行われるということで注目されている地域である。古い建物の取り壊しが始まり、数年後には1249戸のまた新しい街並が誕生する。

私の早朝ウォーキングのコースには5コースあり、1コース2時間程度であるが全部歩くと多摩市のほとんどを歩いてしまう。

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家を出て乞田川に向かって歩く途中に馬引沢(まひきざわ)という地名がある。今では広い道路が通り道路沿いには数多くのマンションが建った近代的な住宅地になって、最近は車の通行量もかなり増えてきたような気がする。

その昔は、鎌倉街道沿いの農村地であったところであるが、馬引沢公園の一角にその歴史を説明した石像と案内板を見つけた。「馬がいる」 普段はあまり気がつかないで歩いていたが、違う方向から歩いた時に発見した。

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その彫刻の説明板によると、『「馬引沢」の町名は、大字連光寺字馬引沢の小字をとって、平成二年一月二十七日に新設された町名であり、現在、馬引沢一・二丁目が設定されています。

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        案内の石板

新編武蔵風土記稿に「村の南をいへり」とある古い地名ですが、町名の由来は定かではありません。大字連光寺字沖谷戸の谷間から当地を通り乞田川にそそぐ沢があり、この沢沿いに鎌倉街道から諏訪神社前を通り川崎市黒川へ抜ける道があったようで、黒川境に至る辺りは険しいところであったといわれています。

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              坂道を登った馬

馬引沢の中央には昭和四十一年に焼失してしまいましたが薬王寺という古いお寺があり、近在の人々より深く敬われていて、その前を通る時、馬から降りて引いて通ったといわれているところから、この地名が付けられたとも言われています。なお、この彫刻は、「馬引沢」の町名にちなみ「馬」をテーマにしたものです。』 との説明がされている。

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開発がどんどん進み、今は、昔の面影は全然ないがこういう地名の由来を後世に伝えていくことは大事なことであると思う。昔は、大家族でこういう話が、老人から孫の世代へと家庭の中で伝えることができたのだろう、しかし、現代の核家族化した時代ではそういう機会が少ないので、こういう公園や街角にある彫刻などは、良い伝搬の材料になるので大切にしたいものである。

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コメント

お元気?長野のkobaです。「馬引沢」・・・。とてもいいお話でした。

ありがとう、元気だけが財産です。

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