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2012年7月

ツバメ  滑るように滑らかな飛翔

子育ても終わった河原には野鳥たちも少なくなった。多摩川の河原も相変わらずいつもの野鳥たちの姿しか見えない。

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合流点でのんびりと川面を眺めていると、滑るように滑らかに飛んでいるのはツバメである。川や道の上を巧みに飛びながら、ハエ、トンボなどの飛翔昆虫を食べる。

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ここでは、素晴らしい飛翔は見せてくれるが木の枝にとまったり、電線に止まったりした姿はなかなか見せてくれない。

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ロケーションを移動して、田んぼのあるところに行くと緑の眩しい水稲の上をあの燕尾服姿でツバメが見事に急旋回しながら飛び回っている。こちらに向かってきたかと思うと急上昇して見事な旋回を見せてくれる。

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コンクリートで整備された田んぼの中の道路には、ツバメの巣立ち雛だろうか数羽群れをつくって羽を休めている。飛び続けることが長いのでさぞかし疲れることだろうと思う。

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日本では、水稲栽培において穀物を食べず害虫を食べてくれる益鳥として古くから大切にされ、ツバメを殺したり巣や雛に悪戯をすることを慣習的に禁じ、農村部では大切に扱われてきた。

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家の軒下にツバメの巣があると、商売繁盛といわれたり、その家は安全だという言い伝えなどもあり、巣立っていった後の巣を大切に残して置くことも多い。

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人とのかかわりが多いツバメは、我々の生活にもいろいろなことを教えてくれる。「ツバメが低く飛ぶと雨が降る」といわれたり、「若いツバメ」といって、年上の女性に養われている若者やつきあっている若い男性のことをいう。でも、ここにいる若いツバメたちは未来に向かって一人?(一羽)で飛び立とうとしているのでちょっとニュアンスが違う。

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目の前を自由自在に飛翔するツバメを見ながら、春一番に南からやってくる夏鳥で、ほとんどが山に行ってしまうが、ツバメは人間に一番身近な存在となって、人の住む環境だけに生息する野鳥なんだなと改めて思う。

ホシゴイ  ゴイサギの幼鳥

平年より早い梅雨が明けてから真夏日が続く。多摩地区は都心とは違って1度から2度ぐらいは気温が低いはずであるが、昨夜は遅くなっても結構昼間の暑さが残っていて寝苦しい夜であった。

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ちょうどロンドンオリンピックも始まって、寝不足気味の毎日である。確か5年ぐらい前までは、ほとんどクーラーなどは使わないで夜は窓を開けて寝ると、涼しい風が吹き抜けたものであるが、世界的に気象異変が起こっているのか最近は連日30度を超す日々が続く。

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久しぶりに早朝に多摩川に足を運んでみる。少し家を出るのが遅れたので7時ごろには、すでに太陽もかなり高いところに昇って暑い陽射しが容赦なく照りつける。

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土手の上に行く石段を昇り、大栗川から合流点に向かって早朝のランニングの人たちが行きかう土手の舗装されたところを歩いていると、川岸の向かいの河原の浅瀬に普段あまり見かけぬ水鳥の姿が見える。

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 この辺りは、カルガモとかコサギ、アオサギ、カラス、カワセミなどがよくいるところで、河川の改修工事で川幅が広がり鳥にとっては隠れる葦などが少なくなってしまったところである。

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双眼鏡でよく見てみると、ホシゴイである。ホシゴイはゴイサギの幼鳥で、褐色の地に黄白色の斑点を持っている。光の加減ではよく見えないのでなかなか見つけにくい色をしている。

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親鳥と同じような完全な成鳥羽になるには3年ほどかかるといわれ、成鳥とは全く別の鳥にも思えることから「ホシゴイ」という独自の呼び名で呼ばれている。

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基本的には、夜行性で夜に活動するので「夜カラス」などともいわれる。川の中をじっと見ながら魚やザリガニをとっているようである。

しばらくぶりの多摩川であるが、やはり現地に足を運ばないと、新しい出遭いはなかなかないものである。熱中症に気をつけて暑さに負けないで足しげく通ってみることにする。

高山植物  雲上の楽園

 梅雨も明け青い空が見られるようになると、下界はうだるような暑さが襲う。最近は熱中症という言葉が、夏の季語のようになって聞こえる。

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        北アルプスの山々

昔は熱中症という言葉はなく、暑さで人がなくなるということもあまり聞かなかったような気がする。ただ、夏の暑いときには日射病という言葉はあった。

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              ミヤマハナシノブ

夏の暑いときは、高原に行ったり、高い山に登ったりすることが暑さをしのぐ方法の一つである。山に登るとき、登山口から山頂へと登ると高山の垂直分布があり、それぞれ標高によって植物や生物の成育分布がはっきりと見られる。

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        ミヤマシャジン

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         イワシモツケ

本州では、標高1,500m~1,700mまではブナやミズナラを中心とした落葉広葉樹が中心となるブナ帯になる。2,000mぐらいになると大きな樹木が少なくなり、視界が開けてくる・

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               ミヤマアズマギク

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        クロマメノキ

さらに登ると、森林限界になり背の高い樹木は見えなくなり視界が広がって展望がよくなってくる。本州中部では標高2,500~2,800mの高山帯になり、それより上は背が高い樹木は生育できなくなり、ハイマツなどの群生となる。

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               エーデルワイス

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        ミヤマオダマキ

高山帯にはハイマツが生え、岩や砂礫の間にきれいな小さく可愛い高山植物の群生が見えるようになる。汗を拭きながら登山道を登ってほっとする瞬間である。

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        カライトソウ

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               ウサギギク

視界が開けた高山の足元に可憐な高山植物の花を見つけた時の喜びは、自分の足で一歩一歩登山道を登ってきたことを実感するときでもあり、疲れが飛んでいく時である。

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              クロユリ

「あっ、きれいな花だな」と思ったときに、その花の名前がすぐ分かった時は特にうれしいが、そのきれいな花の名前を調べるときもまた、楽しみの一コマである。

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        ミヤマキンバイ

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              スズラン

どこに行くにも、カメラとレンズ90mmマクロと35-270mmズーム、70-400mmズームを背中にかついでいるので、山頂に着いたときなどの喜びはひとしおである。

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        ハクサンフウロ

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              シロウマアサツキ

あわよくば花と野鳥の場面をと、いつも思いながら歩いている。最近はデジタル化されたので、フィルムの心配なくシャッターを押せるのはありがたいことである。

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         ミヤマハンショウヅル

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         イブキジャコウソウ

「高山植物」とは高い山に生える植物と書くが、一般的には「森林限界を超えた高山帯に生える植物」のことを言う。その場所まで行かなければ見ることができない植物である。

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               ヒオウギアヤメ

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               クリンソウ

この高山帯は植物にとっては、寒さや強風、乾燥や強烈な紫外線など地球上でもっとも成育するのが厳しい環境であり、その極限の環境に生きるために適応してきた植物たちのことを高山植物というのである。その森林限界を超えてきた人だけに見せる可憐な姿なのである。

烏川渓谷  清冽な水

安曇野から犀川の支流烏川をさかのぼる。北アルプスの蝶ヶ岳と常念岳を源流とする雪解け水が清流となって烏川渓谷の流れとなっている。

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        烏川

整備された広い道路も右手にウエストン像を見る辺りから狭くなり、ところどころ車のすれ違いもままならぬカーブも出てくる。最初の森の中にあるパーキングに車を止めて、坂道を下り水辺を歩いてみる。

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川にかかる清流橋を渡り対岸に行くと反対側に大きな人面岩がある。よく見ると誰かに似たような顔をしている。川面は冷たい川の流れと湿気の多い大気のせいか靄のようにかすんでいる。

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         人面岩

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この付近は月の輪熊の生息地ということで、熊に注意の看板がある。簡単に注意といっても突然の対面になると危険なので、鉢合わせにならないように注意しながら歩く。昨夜からの雨で川の水も増えて木々の緑もさらに鮮やかに光ってきれいに見える。

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               つり橋

マイナスイオンを両手を挙げて胸一杯に吸い込んで水辺の散策路をゆっくりと歩く。つり橋のところまで来ると河原では家族連れが水遊びをしたり、ビニールシートを敷いて休憩している姿もみえるようになる。

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                                 野アザミ

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        鏡面の池

新緑の樹木の中のウォーキングを終えて、車でさらに上流へと向かう。途中にバンガローなど整備されたキャンプ場がある辺りを過ぎると、急に道路が狭くなり渓谷沿いに曲がりくねった山道を登る。

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狭い道で車が1台通るのがやっとというところである。対向車が来たらどこまで下がればいいのだろうと考えながらハンドルを握る。ところどころに行き違いができるように広くなったところがあるが、山また山で行きかう車もなく少し心細くなりそうな山道である。

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木々で囲まれたせまい道が開けたところに、轟々となる川の流れと共に滝の流れが向かいの山肌に見える。遠くに見える山々は雨上がりでガスに煙っている。大水沢の滝である。展望台から見渡すと鳥たちの鳴き声も聞こえるが、水の音に消されてよく聞こえない。

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さらに上流へと川沿いに登ると車が数台駐車できそうな広いところに出る。山肌から幾筋もの水が白い糸のように流れ落ちている。そこが延命水の採水場所である。山肌から流れ出る水を竹を二つに割った樋で飲めるようになっている。

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              延命水

どこに行くにも常に車に積んでいる10Lのポリタンに水を汲んで帰ることにする。水の出口が細いので時間がかかる間、近くの川の流れる河原を散策する。家に帰ってアルプスの水で珈琲を入れるのが楽しみである。清冽な水と緑したたる木々で心を癒してくれた烏川渓谷の自然とのふれあいであった。

安曇野ちひろ美術館  子どもを生涯のテーマとして描く

早朝のさわやかな風を受けて緑濃い林に囲まれた安曇野の道路を左に曲がると、一面ゴルフ場のようにきれいに手入れをされた目の覚めるような芝生が敷きつめられた駐車場に入る。

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        庭園からちひろ美術館

北アルプスの残雪が白く見える山々を背景にした安曇野ちひろ公園の中にその美術館はある。公園の脇には清流、乳川(ちがわ)が流れ、一面の葦原にある河原の大きな木の枝では、オオヨシキリが「ギョギョッシー、ギョギョッシー」と鳴き、大きな木から土手の草木へ飛んだり、また戻ったりと元気に遊んでいる。

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        オブジェと美術館

緑の絨毯のように広がる田んぼの中に、遠く山々を背景に白い壁の民家がひときわ目立つ。こんな光景を眺めていると、ちひろが愛した安曇野の光や風、豊かな自然を感じる。

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        石のオブジェと田園風景

ここには、生涯にわたって子供を描き続けた絵本画家いわさきちひろの作品を始め、世界の絵本画家の作品が展示されている。子どもの表情を描く独特のやわらかい水彩画の筆のタッチは、その作者の子どもに対する気持ちが細かく表現されている。

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       美術館の中庭

広い芝生の庭に、チェコの絵本作家、クヴィエタ・バツォウスカーがデザインした、黒と赤を基調とした2つの池と8つの石のオブジェがある。石を真っ二つに切った切り口は鏡面に磨き上げられ、数字や文字などが書かれており子どもたちがその間に入って行ったり来たりしながら遊んでいる。

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        カフェから

その庭を通って美術館の入り口を入ると、展示室があり、「ちひろの仕事」「ちひろの人生」「絵本の部屋」「ミュージアムショップ」「子供の部屋」「カフェ」などとテーマごとに部屋が分かれ、それぞれ順番に見学できるように配置されている。

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       鏡面の水盤

まず腹ごしらえということで、雄大な北アルプスの山並みが見えるカフェで軽食をとる。せっかくだからと眺めのよいオープンテラスのテーブルに座り、目の前に広がる安曇野の風景とコーヒーを楽しむ。

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        黒姫山荘を望む

生垣越しに咲く紫陽花の向こうには緑の芝生が広がり、「ちひろの黒姫山荘」が見える。1966年長野県の黒姫高原に、いわさきちひろが建てたアトリエを兼ねた山荘をここに復元したもので、かつての居間や仕事場などが素透視の硝子越しに外から見ることができる。また、その仕事場の周りには絵本なども展示されている。

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        黒姫山荘

ちひろの作品は、母親として子育てをしながら、こどものスケッチを積み重ねる中で生まれたといわれる。水彩画でも独特な雰囲気を出しているが、日本の伝統的な水墨画の様なぼかしやにじみで子供のいろいろな表情を描きだしている。好きな絵の一つである。

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展示室1の「ちひろのしごと」を時間をかけてみていると、数ある子どもたちの絵の中には、青春時代に戦争を体験したことから 「世界中のこどもみんなに平和としあわせを」 というメッセージを残している場面が多い。

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       オブジェと美術館

 世界各地ではいまだに戦争が行われているが、どこでも犠牲になるのは未来ある子どもたちである。戦争の中で生まれ、戦場しか知らない子どもたちもたくさんいる。

戦争を知らない世代が多くなった一見平和な日本では、聞いて驚く我が子の虐待、過激ないじめなどによる子供たちの自殺などが多くなっている。

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 これは戦争よりも悲劇的な出来事である。命の尊さと平和の大切さを後世に語り続けていかなければならないと、安曇野を歩きながら改めて考えるこのごろである。

アオハズク  夜勤明けの半眼で

先々周まで白い産毛で巣の中でモゾモゾしていた数羽のアオハズクの雛が、大きくなって巣立ちの準備をしているようである。

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       睡眠中の親鳥ペアー

近くの大きな杉の木の枝で眠っている親鳥たちは、目をつむったままで毛づくろいをしたりで、あの金色に輝く大きなきれいな目を開けてくれない。

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時々、薄眼を開けて周りを見回すが夜勤明けの目つきである。こういうときは烏でも鳴いて飛んできてくれると、警戒心から大きな目を開けてくれるのだろうと思いながら待つ。

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              巣穴のアオハズクの雛

時々木の下を通る朝の散歩の人のつれて来た子犬が吠えるがこれに対しても薄眼を開けるだけであまり効果がない。子犬の鳴き声がわかるのかも知れない。やはり目がぱっちりとあくのは日が暮れる夕がたからなのだろうか。

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一方では、巣の中の雛たちは朝方はやはり同じように目をつむって眠っていたが、そろそろ巣立ちの準備かそのうちの一羽は大きな目を開けて外を見たり、上空を覗いたりし始めた。

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たぶん今夜あたりの巣立ちになるだろうと思うが、できれば今元気に飛び出してほしいと心の中で思い、家に帰らなければならない時間を気にしているのである。巣の中には3~4羽の雛の姿が見えていたので、順番に巣立っていくことだろう。

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時間が経つにつれて巣穴の周りにギャラリーも増えてきたが、地元の人たちに迷惑を掛けないようにしたいものである。アオハズクの雛鳥たちも無事に巣立って、また来年この地で営巣してくれることを祈りながら、帰途についた。

花と蝶   クジャクチョウとナミヒョウモン 

雲上の楽園とはいかないが、ガスの薄れる瞬間に周囲の眺望を眺めると、残雪が白く谷間に残った北アルプスの山々が見える。そよ吹く風は心地よい。

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        クジャクチョウ

自分の足でここまで来ないと味わえない風景である。梅雨も明けていよいよ夏山シーズンになるが、周囲の眺望や可憐な高山植物に出あえることはうれしいことである。

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花ばかりに目をやっていると見落としてしまいそうであるが、その花に止まっている蝶たちがいる。天敵を恐れながら自分の生命を守るために生物たちの知恵が見え隠れする。

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黄色の花の群生の中に珍しい蝶を発見する。この花は、マーガレット菊とでもいうんでしょうか、定かではない。近くにはウサギギクといって黄色の花びらがウサギの耳の様な形をしていたが、これとはちょっと違うような気がする。

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黄色の花の群生の中にいる蝶は、クジャクチョウとナミヒョウモン。この花がお気に入りのようで花から離れないで、忙しそうに翅を動かして花から花へと飛んでいる。

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        ナミヒョウモン

美味しい花に出あうと、翅を大きく広げてじっとしながら口をしべの中に入れて蜜を吸っている。クジャクチョウは4枚の翅の縁に目玉模様があり、この目玉模様は鳥類などの天敵から身を守る効果があるといわれているが、みごとな模様である。

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また、目玉模様がクジャクの飾り羽を思わせるのでクジャクチョウといわれる由来いだという。翅の表側は目玉模様以外にも、鮮やかな赤褐色で褐色の縁取りがあるのできれいに見える。

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翅の表側のわりにはその裏側は地味な色で、翅を閉じると表ほどの鮮やかさはない。これが擬態となって身を守るのである。一方ナミヒョウモンは、豹柄からその名がついたと思われるが、ヒョウモンチョウはいろいろ種類が多いので見分けるのはかなり難しい。

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       イブキジャコウソウとクジャクチョウ

花にとまる蝶を楽しみながらさらに登山道を上へと登っていくと、小さな薄いピンクの花びらのイブキジャコウソウにとまっているクジャクチョウを見つける。これもまた花柄とチョウの翅の模様がうまくマッチングしているように見える。

朝からまいていたガスが時間が経つにつれて薄れ、時々青い空が見えるようになってきた。まだ少し雲はあるが、目の前に白馬連峰の山々が見えるようになってきた。横になった石のベンチの上に腰を下ろして周囲の眺望を楽しむことにする。

コマクサ  高山植物の女王

ヒマラヤの青いケシを見ながら散策路を登っていくとガスが濃くなってまわりが見えにくくなってくる。高山の岩や砂礫の間にかわいい淡紅色のコマクサの花が見えてくる。

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        コマクサ

「高山植物の女王」と呼ばれるコマクサは、他の植物には生育が難しいような砂礫や荒涼地にもたくましく耐え、淡紅色の可憐な花を咲かせる。

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その美しさを支えるのは、地中深く伸びたしなやかな根にあるといわれる。地上部の5倍以上の長さにも達するといわれている根からきれいな花を咲かせるエネルギーを吸収しているのである。

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やがて土地の養分が豊かになると、他の植物に譲り、別の地へと群落を移していく習性がある慈善事業家のような花である。

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花弁は4個で外側と内側に2個づつつく。外側の花弁は下の部分が大きく膨らんで、先が反り返り、内側の花弁はやや小さく、中央がくびれたようになって上端は合着している。

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花の名前はその形が馬(駒)の顔に似ていることに由来するといわれて、葉の形は根生葉で細かく裂けてパセリの葉のように見えるが、パセリより白っぽさが目立つのが特徴である。

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        シロバナコマクサ

かつては、花崗岩の砂礫の中に見える淡紅色のコマクサのそのかわいらしさゆえに、明治、大正の昔には盗掘や薬草として採り尽くされて絶滅の危機に瀕したこともあるという。

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        イブキジャコウソウとコマクサ

「やはり野に置け高山植物」である。淡紅色のコマクサの群生に混じって珍しい白い花をつけているシロバナコマクサの姿もみえる。紅白のめでたいコマクサである。

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紅白のコマクサを見ながら植物園の頂上近くの座るのにちょうど良くできた大きな岩に腰をおろして、冷たい水で喉をうるおしながら周りの景色を眺めると、ガスの晴れ間に時折五竜岳の頂が顔を見せる。

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座っていると涼しい風がほほを撫でてくれるので、登ってきた時の汗もスーッと引いていく感じである。紅白の高山植物の女王コマクサと出あうことができたので、きっといいことがあるだろうと期待しながらさらに登山道を登る。

清流の里  水辺の公園を歩く

四季折々の花を楽しみに「花の都公園」にはたびたび来ることが多いが、有料エリアの清流の里は初めての体験になる。

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いつもは花を見て山梨のほうとうを食した後、山中湖でコブハクチョウを見て家に帰ることが多いが、人の姿も少なく空いているのでゆっくりと歩くことができそうである。

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        三連大水車

古い民家を模した休憩所があり庭園も整備されている。ガラス張りの三角屋根の温室はフラワーショップになっており、花の苗や植え木などが赤や黄色、白などの花を咲かせている。

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少し歩くと大きな三連の水車が樹木の間に見えてくる。その姿の通りの名前で、「三連大水車」という。ゆっくりと回る水車の上から水が落ちて、そのしぶきが太陽の光できらきらと光る。涼を呼ぶ光景である。

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             溶岩樹型

水車からの水の流れる川の橋を渡ると溶岩樹型地下観察体験ゾーンがある。これは約1,000年以上前の富士山の噴火により形成された「溶岩樹型群」が原型のままおかれているところである。

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「溶岩樹型」とは、富士山の噴火で流れた溶岩が樹木をそのまま巻き込んでしまい、長い年月の間にその樹木は朽ちて無くなって溶岩だけが残り、その樹木の後が空洞になっている溶岩群である。

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        明神の滝

富士山の神秘の一つとしてその中を覗き込んで見たが、自然の力の偉大さを知らされる。地下の体験ゾーンを出て整備された遊歩道を歩くと、紫陽花が咲く石清水の滝があり、その脇の石段を登ると木々の間に大きく広がる滝が見えてくる。

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落差10m,幅80mの「明神の滝」である。水量が少ないせいか白糸の滝のようにも見えるが、木陰の椅子に座って眺めていると汗がスーッと引いて涼しさを感じさせる。

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きれいに咲く花を見て、ここの水辺の公園を歩くというのはいままではなかったが、有料ゾーンもそれなりに楽しめるところであり、咲き誇る花々と水辺の散策路は心を癒してくれる空間であると再認識したところである。

青いケシ  ヒマラヤンブルーに涼をもとめて

赤いケシが満開ならば青いケシもきれいに咲いているという白馬五竜へ足を延ばす。関東の蒸し暑さを忘れ高原の涼風を求めて北アルプスのふもとまでの旅路。

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天気予報では朝は小雨が残るが午後からは晴れるだろうという。予報を信じて午後にその花が見られるようにと、他で時間を費やしながら白馬五竜高山植物園に向かう。

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白馬五竜高山植物園は標高1,515mのアルプス平にある。冬場ならばスキーが楽しめるだろうゲレンデに珍しい高山植物がたくさん小さな花を咲かせて待っていてくれる。

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駐車場からは、五竜テレキャビンに乗って8分ぐらいで楽々と登ることができる。ガスにけむった花畑の向こうには五竜岳、白馬岳などの北アルプスの山々がまじかに迫る。

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           ヒマラヤの青いケシ

そこには涼やかな風と彩とりどりの高山植物が目の前に広がる。岩や石の間に咲き誇る高山植物群。その中に青い花びらをつけたあこがれの青いケシの姿が見える。

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はやる心を押さえ、整備された散策路を登りながら、足元にある小さな花たちを眺めるのに足を止めてはゆっくりと登る。

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ヒマラヤンブルーの青いケシのところまで来ると、こちらを向いて花びらやおしべめしべの姿をみせる花や、恥ずかしがっているように姿の背をみせている花もある。

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この青いケシの正式な名は”メコノブシス・グランディス”と言い、ヒマラヤでも標高4,000m越えた高山地帯にしか生えず、あまりひとの目には触れないので天上の妖精、幻の青いケシとも言われているという。

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花畑の頂上付近はガスにけむって、咲き始めたニッコウキスゲのオレンジの花が白く流れるガスの中で存在感を際立たせている。

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この先の自然遊歩道をさらに進むと、あの標高2,814mの五竜岳への登山道になる。ガスの晴れ間に時々、青い山の頂の沢に雪を残したその山容をみせる。ヒマラヤンブルーを楽しんだ別世界のすがすがしいひと時でした。

ポピー  赤い花が一面に

遅れていたポピーが満開になったと聞いたので遅ればせながら昼頃から花畑へと足を向ける。

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空に雲は多いが青い空が見える良い天気である。あいにく富士山は厚い雲にすっぽりと覆われてその姿を見せてはくれないが、近くの緑の山々を背景に赤いポピーの花が映える。

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高原のさわやかな風に薄い紙のような赤やピンクの花ビラが揺れ、時折花びらの中にある濃い茶色のおしべが見える。

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広い花畑の中にうずもれてみたい心境になる。花一輪でもきれいに見せてくれるポピーであるが、一面に花開くポピーもまた見ごたえがある。

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花を見ながらゆっくりとひと回りすると、一つ一つの花がそれぞれの表情を見せる。富士山を望むが裾野を少し見せるだけで相変わらずの雲の中である。

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この花畑は季節ごとにいろいろの花を見せてくれるが、ポピーが終わるとヒャクニチソウ、その次はひまわりになる。花と富士山の光景はこの場所が最高の場所である。

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次の花を楽しみにしながら、風に揺れるポピー畑を後にして、腹が減っては戦ができないとばかりに、近くのお店でほうとうでも食べようと暖簾をくぐる。

早朝の雛鳥たち  多摩川を歩く

雲の低い多摩川土手を歩く、舗装された土手の上部から法面に降りると、昨夜からの雨で背丈が高くなった草の葉の露がズボンの裾をぬらす。

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                   カワウの群れ

昨夜来の雨で川の流れもうす茶色ににごり、その流れの速いところをカワウの群れが流れに任せながら魚を取っている。

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       カラス、カワウ、コサギ、アオサギ

その集団には、コサギが数羽、アオサギ、なども仲間になって全部で100羽ぐらいの数になる。流れが速いせいでどんどん下流に流されていく。たぶん魚も同じ流れで泳いでいるのだろうと思う。

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        カワラヒワ 幼鳥?

この時期は野鳥たちの雛が一斉に巣立つころなので、どこを見ても親子での姿が目立つ。すでに独り立ちした雛鳥たちは、自分で初めての狩をしたり、広い空を飛びまわったりしているようである。

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        ハクセキレイ幼鳥

合流点の標識、大栗川0mの記載がある土手から川岸を眺めていると、烏が騒がしく鳴きながら飛んできた。烏はいつも騒がしいのだが、さわがしい時は大体、近くに猛禽類がいることが多い。

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       烏 親鳥と幼鳥

さては、オオタカでもと思ってみていると、そうではなくカラスの巣立ったばかりの子供たちである。3~4羽の子カラスが親の餌をねだって鳴いているのである。

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        三羽烏 幼鳥

あまりカラスの巣立ちは興味を持ってみることは無いので、しばらくの間観察することにする。

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        モズ 幼鳥

ちょうど対岸に、三羽の子カラスが親鳥の餌を運んでくるのを待っている姿が見える。昔から「三羽烏」といわれるが、まさにその通りの光景である。

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        セッカ 幼鳥

「三羽烏」とは、ある特定の分野における優れた三人を指す言葉であるが、なぜ烏なのかはわからない。スポーツ界、芸能界などで多いが、我々の時代では大学野球の法政三羽烏の山本浩二、田淵幸一、富田勝が有名である。

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        カワセミ 幼鳥

それにしても、この河原を少し歩くだけでたくさんの雛鳥たちに会うことができる。それぞれ、まだ大きな声で鳴くことも少ないので、土手の上から見ているだけではなかなかその姿を見つけることはできない。

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        セッカ 幼鳥

河原をぶらぶら歩くと、葦原や大きくなってきたススキの葉陰などから飛び出してくる。これから、楽あり、苦ありの一生だろうが無事に元気で大きく育ち、そしてまた、この多摩川で子孫を残してほしいものである。

カワセミ  多摩川の親子

 近所の野鳥の雛の巣立ちが一通り終わったので、久々に多摩川合流点へと足を向けてみた。空は相変わらずの梅雨空であるが、半袖だと少し寒い感じもする。東の空は雲が低く靄のようにどんよりとして、いつも見える東京スカイツリーは全く見えない。

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       給餌の親子

時々霧雨のような雨が落ちてくる。メガネやカメラのレンズにかかる水滴は気になるが、本人に降りかかる雨はあまり気にはならない。多摩川の本流はここのところの雨の影響で薄い茶色の濁り水でいつもより増水している。それに合流する大栗川のいわゆる水色の川の水とはずいぶんと違う色をしている。

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             子供を呼ぶ親

その川面を「チッーチッチッチッー・・・・」と鳴きながら飛んでくるのはカワセミ、カワセミはお腹がオレンジ色で背中がコバルトブルーのきれいな姿であるが、お腹のオレンジがあまりきれいでなく、足もまだ赤くはなっていない少し黒っぽいのが今年の雛鳥である。

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        子供のために餌をもった親

堰き止められたような静かな流れの川の対岸の岸辺から、口に魚をくわえた親鳥と一緒に手前の岸へと一緒に飛んでくる。親が魚の食べ方を教えているようである。

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親がくわえた魚を一生懸命渡そうとしているのだが、なかなか子供は自分の嘴にくわえることができないでいる。口を大きく開けたり、嘴を横にしたりとくわえやすいように動いてはいるが、思うようにいかない。親の方はイライラしているようにも見える。

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すると今度は魚を口にくわえたまま、子供に向かって飛びかかっていく。まさに体当たりで教えている感じがする。対岸には子供が3羽ほどいたが、こちらに連れてきているのは1羽で一番遅い子のように見える。

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魚をくわえた親鳥の姿は、きれいなブルーの頭のうろこのような模様も乱れ、その姿も少し痩せてやつれているようにさえも見える。子育てはいかにも大変なんだと改めて思う。

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        やっとくわえた

何度も何度もやり直しての格闘後やっと子供に魚を渡すことができて、雛鳥はそれを一気に喉の奥に飲み込むと、親子でほっとしたようにしばらくの間は少し離れたところでお互いに水面を見つめていた。

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       向こう側で羽を広げているのが親

しばらくして再び親鳥は魚を採りに飛び立つと、雛鳥は一人ぼっちでじっと水面を見ながら待っている。時折、廻りを警戒するかのように見回しているが、どこから親鳥が姿を現して餌を持ってきてくれるのかを見ているようにも映る。

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             手前が雛

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        餌を待つ雛鳥

こうして大きく成長して2~3年経つと、カワセミ特有のきれいな青緑色に輝く美しい羽色になって川面をとびまわるのである。漢字で書くと翡翠である、渓流の青い宝石といわれるコバルト色の背中で、見事なダイビングをして獲物を採るところをみせてほしいものである。

コチドリ  親子で楽しむ梅雨空

田の草取りが始まっているこの時期に、水田の中でコチドリの親子が遊んでいる。親鳥は子供との距離を適当に保ちつつ独り立ちへの導きなのか、ある時は近くに、ある時は離れてみているといった様子である。

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         コチドリの雛鳥

チドリ類は似ているので区別はなかなか難しい、歩くのは千鳥足という言葉があるがものすごく早い。コチドリはよく見ると目の周りに黄色いアイリングを持っているのいるので近ずくとわかりやすいのが特徴である。

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早朝の田んぼなので風もなく、自分の姿をその水面に映しながら餌をとろうとしている。比較的巣離れは早いといわれ、孵化後半日ほどで親について巣を離れ自分で採食するようになるといわれている。

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足場の悪い田んぼの中であるが、歩き方はしっかりしていて、いわゆる千鳥足といわれる歩き方ではない。

因みに千鳥足とは千鳥の歩き方に由来するといわれているが、通常、鳥たちの足には後ろにも支える指があるが、千鳥の指は前3本で後ろに指がなく、よろめいた歩き方をするために喩えられるようになったといわれている。

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        親鳥

しっかり歩いている本人?(本鳥)は、そんな喩えはつゆ知らず、大きくなると空を飛ぶのも早いが、地上を歩くのも早い。石ころが多い河原などでは、その姿も保護色になっているので、見失うことが多い。

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保護色と言えば、「擬傷して巣を守る」といわれている。自分の身の安全は自分で守るのである。巣に外敵が近づくと、親は不自然な姿勢で羽を広げながら巣から遠ざかり、傷ついたふりをして、敵を引き寄せ、距離を稼いでから一気に逃げるという。

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また、巣に雛がいれば、雛もその間はじっとして動かずに小石にまぎれて、親子で危機を回避するのである。動物たちの親子愛というか、危機管理能力はすばらしいものである。我々も見習うべきところがある。

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       河原でのコチドリ親

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       子供を見守る親鳥

自然界での生き延びる知恵は人間も生物たちもみんな同じである。この緊張感と生きる知恵が大事なのである。戦争の無いわが国ではこの危機管理が充分なのかどうか疑問の残るところである。

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早朝のチドリの親子を見ながら危機管理の重要性を再認識し、ちどり足で家に帰るようなことの無いようにほろ酔い気分で帰路につく自制をしよう。

「ゆでガエル現象」といわれることがあるが、ぬるま湯につかっていると命を落とすことにもなりかけない。環境の変化や時代の流れを早期に察知して緊張感を持って日々を送りたいものである。

ハクセキレイ  親子で採餌

今年の梅雨は例年になくあまりジトジトベトベトしないと思っていたら、先週の関西出張ではいつもの梅雨空体験であった。

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       ハクセキレイ親鳥

幸い雨にはあまり降られずに過ごしたが、最後の日、大阪で傘を必要とする大雨に遭った日は、ジトジトベトベトの湿度78%と温度29度の梅雨気候であった。

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         ハクセキレイ幼鳥

やはり、梅雨時には梅雨の体験をするのが自然の流れである。久しぶりの小雨の休日であるが、最近は運動不足になっているので外を歩くことにする。

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自然界では野鳥たちも子育てが終わり、雛たちが一人前に幼鳥になり若鳥といわれるようになってきている。どこを見てももうすぐ子離れの時期なのだろう、親子で行動している姿が目にとまる。

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休耕田の水たまりの中を、ハクセキレイの親子が尾羽を上下に振りながら歩きまわり、昆虫類を捕食中である。

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親鳥の周りでは、子供たちがお互いに追いかけっこをしたり、川の流れの石の間を飛んだりしながら遊んでいる。

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       幼鳥

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        親鳥

もう7月に入ったので、梅雨明けの声もそう遠くない時期に聞こえてくるだろう。その頃にはそれぞれの子供たちもすっかり、独り立ちしていることだろうと思う。

アオサギ幼鳥  アマサギ狙いでアオサギ

梅雨空の早朝、霧雨の様な雨が少し降っている中をアマサギに遇いに田んぼへ出かける。

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        アオサギ幼鳥

田植えも終わり稲の苗も緑濃くなってきたので、田んぼにも魚など鳥たちの餌が増えてきたころだろうと思って田んぼへと向かう。

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ちょうど田植えが終わって、苗が大きくなり始めるころに、アマサギが立ち寄る田んぼがある。去年はちょうど7月の第一周目に出あえたので、時期的にはいいころだろうと読んだ。

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遠くから田んぼを見下ろすと田んぼの端の方に白く見える鳥が3羽見える。アマサギが来ていると喜んで近づいてみると、何とアオサギの親子であった。

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ちょっとがっかりではあるが、アオサギの幼鳥もあまり見ることが少ないので、観察することにする。

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アオサギの親鳥が見守る中、幼鳥は田んぼの中を覗きこみながら、採餌中であった。ゆっくりゆっくり足を運びながら、獲物を見つけると素早く長い嘴で狙うが、まだ慣れていないせいか、なかなか思うようにいかないようである。

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       近くにはカルガモが

アオサギの幼鳥は頭や首の灰色が濃く、冠羽はまだない。白鳥の幼鳥のように全身が灰色という感じである。

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親鳥は、その幼鳥のしぐさをじっと見ている。少し警戒したのか、しばらくすると幼鳥を促して飛び立ってしまった。田んぼには、オスのアオサギが1羽残って相変わらず採餌に忙しそうである。アマサギも今週中には姿を見せてくれるだろうことを期待しながらの早朝散歩である。

アオゲラ  無事巣立ち

梅雨とはいっても例年のようにじめじめしていなく、なぜかあまり雨も降らずに少し涼しいような気がする。6月も終わり今日からは7月で、今年も半分終わってしまった。

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        アオゲラ ♂

「光陰矢の如し」、月日の経つのは早いものである。最近は雨が少ないせいか、空を見上げると満ち欠けていく月の姿を見ることが多い。夏至も過ぎて、日増しに夕暮れが短くなっていくようだ。暦の時間はたんたんと進んでいく。

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       メスの雛

最近はいたるところでで野鳥たちの巣立ちが見られるが、今朝はいつもの公園で営巣していたアオゲラの雛たちも巣立ちのようである。営巣場所があわただしい感じがする。

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早朝は親鳥のオスとメスが交互に給餌をしていたかと思ったが、時間が経過するとともに巣には寄りつかず、近くの木の枝から巣立ちを促す鳴き声なのか[キョッ、キョッ、キョッ、キョッ、キョッ」という大合唱である。

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        オスの雛

巣に近い公園の遊歩道を朝の散歩の人たちが通ると、立ち止まってあたりを見回すので親鳥はよけいに心配になる。そうすると、今度は危険を知らせる警戒の鳴き声で、そのテンポが早くなる。

子を思う親の気持ちは鳥も人間も変わりがないのに、ゲームに夢中になって赤ちゃんを亡くした母親のニュースなどを聞くと、嘆かわしい限りである。この光景を見せてやりたい思いがする。

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             アオゲラ ♀

公園の桜の木に造られた巣穴からは、口をパクパクさせながら、雛たちが変わるがわる顔を出しては外の様子をうかがっている。よく見ていると雛は最低でもオスが2羽、メスが2羽の姿が確認できる。

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        メスの雛 一番で飛び出した

雛は嘴を大きく開けながら、外にだんだんと乗り出しては外の周りや木の上を見たり、下を覗いたりしている。雛の兄弟たちが、「お前が先に行けよ」 と順番を決めて顔を出しているようにも見える。

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そのうちに、外を覗いていたメスの雛が身を大きく乗り出したかと思うと一気に飛び出していった。巣立ちの瞬間であるが、残念ながらファインダーには納まらなかった。その時刻はちょうど8時20分であった。

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            オスの雛

その後次々と飛び出すのかと期待をして待ってみたが、顔は頻繁に出して外の様子を伺っているが、なかなか決断がつかないようである。外では相変わらず親鳥たちが巣立ちを促してけたたましく鳴いているが、1時間ほどたっても2番手は飛びださなかった。

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       メスの雛

それでもこの様子だと、今日中に全雛が元気に巣立そうである。梅雨の晴れ間、天気もいいので良い巣立ち日和である。時間の都合でそれぞれの巣立ちまでは確認できなかったが、無事飛び立ってくれるだろうことを祈りながら、公園を後にした。

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