野鳥たち

  • アカゲラ
    野鳥たちの表情を表現できればと思っていますがショットが精一杯。

花たち

  • 姫扇
    気の向くままの足跡を紹介します

風景

  • 常陸海浜公園
    一期一会の心に残る風景

淡島の一日

  • 淡島から見るサンセット
    奈良の帰りに淡島に一泊。夕日と富士山がきれい。露天風呂から正面に富士山が見える。

四国・四万十川の旅

  • 金比羅宮
    2008年5月の連休の四国四万十川の旅

« 2013年9月 | トップページ | 2013年11月 »

2013年10月

コジュケイ  早朝の家族

台風がそれてから良い天気が続いていたが、朝晩はすっかり寒く感じるようになった。夜明けも遅く、これから冬至に向かってさらに日が短くなっていく。

_9375

しばらくのあいだ足が遠のいていた公園に向かった。早朝から目当ての鳥を探したがなかなか姿を見せない。

_9376_edited1

そんな夜明けの散策路を横切っているのは、コジュケイの家族である。数えてみると全部で5羽の姿が見える。

_9420

少し暗いせいもあるが、近づいてもあまり警戒はせずに採食に忙しそうである。ぞろぞろと列んで歩いているという表現の方が適している。

_9415

日中は大きな声で「チョットコイ、チョットコイ」とけたたましく鳴くが、藪の中から出てくることは少ない。

_9433

いつも出会うのは早朝が多い。いつも地面を歩いていて木の枝に止まった姿はあまり見せないが、今朝は緑の葉の多い木の枝に隠れてしまった。

_9457

夏鳥がいなくなった公園にそろそろ冬鳥たちが姿を見せ始めた。ファインダーには収まらなかったが、ジョウビタキのオスが姿を見せた。これからの冬鳥のシーズンが楽しみである。

キビタキ  いい日旅立ちのしたくか

 春先のキビタキは、この公園で営巣をして雛を育てた。しばらく山に行っていたのか姿は見えなかったが、9月になって渡りの途中で顔を見せてくれた。

_8084_edited1

 度々の台風で既に南の方にわたってしまったかと思ったが、雨上がりの午後公園を歩いてみると、みずきの実がなっている一本の木にシジュウカラやコゲラ、メジロなどに混じってキビタキの姿が見える。

_8104_edited1

 オスはもうお腹がいっぱいなのかみずきの横枝に止まってじっとしている。少し経つと枝の間を飛び回っていたが、そのうちにメスが飛んできてピンクの茎についた黒いみずきの実を食べ始めた。

_8132_edited1

 コゲラやシジュウカラは逆さになったりしながら、忙しく移動しながら食べる。かなり食べ尽くしてあり実は少なくなっている。

_8408_edited1

 キビタキのメスは顔だけを出して実をついばんでいるが、少し経って葉の中の横枝に止まって周りを伺っているようである。

_8413_edited1

 オスの方は黄色がかなり綺麗なので成鳥だと思われるが、多分ペアーなのだろうと思う。これからの長旅に備えて体力を養っているのであろう。

_8422_edited1

 今年はどこでも木の実が豊富だったようであるが、再三の台風などで落ちてしまっているのもある。去年賑わった朴の木の赤い実もほとんどが落ちて木の下の地面の上に真っ黒になって転がっている。

_8365_edited1

 「♪いい日旅立ち幸せを探して・・・・♪」と歌にもあるように、準備をして無事旅立って欲しいものである。そしてまた来年、さらにその黄色の鮮やかさを増した姿できれいな囀りとともに再会したいものである。

ノビタキ   ススキと戯れるノビちゃんたち

川原のすすきの穂も白くなり始め逆光の太陽にキラキラと光る。そんなすすき野原をノビタキが、のびのびと飛び回りフライングキャッチなどを見せてくれる。

_7530

あいにくの空模様で雲は多く、午後からは雨の心配も。風も少し出てきて肌寒い河原、すスキの穂も風に揺れている。

_7246_edited1

 たびたびの台風で多摩川の水の流れも随分変わっている。川原の草木は、すっかり水でなぎ倒されて、川原の堤防には流木や流された草木が打ち上げられたように残っている。

_7281_edited1

 ノビタキはそんな流木や草木の中の虫を探しに降りて、しばらくすると飛び上がって、すすき野原に立つ枯れ草のてっぺんに止まる。

_7378_edited1

 数えてみるとオス、メス、子供達含めて5羽が遊んでいるようである。背景に黄色のセイタカアワダチソウがるので、そこに止まってくれないかと思いながら姿を追う。

_7473_edited1

それでも我意を察してくれたのか、黄色の花の前でポーズをとってくれる若もいる。嬉しいことである。

_7693_edited1

 月見草の枯れ枝とすすきの幹が気にいっているようである。変化がないとつまらないので、黄色をバックにしようと場所を動いてみるが、思うように動いてくれないのがノビくんである。

_7802_edited1

それでも、以前よりは人に慣れてきたのか、かなり近くまで来てくれるようになった。背景をうまく取り入れようと努力していると、頭越しに反対側に飛んだり、川を渡って対岸に飛んだりしてしまう。

_7572_edited1

      すすきとノビ

_7529_edited1

それでも しばらく待っていると、すぐに戻ってきて同じ動作を繰り返している。縄張りというかテリトリーを決めているのか、同じ場所に戻っては遊んでいる。

_7507_edited1

多摩川本流を渡っては戻ってくるので、対岸にもたくさんの仲間がいるのかもしれない。この次は対岸にも足を伸ばしてみよう。

_7934

ノビタキを目の前にしながら、時々は猛禽も心配になるので、後ろの崖のオオタカや上空のミサゴに注意をはらう。「二兎を追うものは一兎をも得ず」、今日はノビちゃん達に集中することにする。「一点集中桶狭間」である。

五色沼   神秘なコバルトブルーとエメラルドグリーン

 十二湖の青池は落ち葉で埋まり、そのきれいなブルーの池が見られなかったので、その分まで五色沼に期待するところが大きい。

G3

       毘沙門沼の錦鯉

 五色沼は天気が良くないとその水の色も映えてこない。昨夜の会津の地酒も頭の奥で効いているが、爽やかな朝で、ホテルの窓を開けると太陽の光が眩しく輝いている。今日はきっときれいな五色沼が見られると気持ちがはやる。

G1

             毘沙門沼から磐梯山

 今、会津は”八重の桜”ブームで観光客が多く混雑しているので、最初に会津城を歩いてから五色沼へ向かうことにした行程は正解であった。

G4

       毘沙門沼のエメラルドグリーン

 はやる心を抑え、張り切って今回の旅行の最後の目的地へと急ぐ。五色沼は以前にも来たことがあるが、その時の天候によって沼の色は違うので期待が大きい。

G6

 磐梯山の噴火により誕生した毘沙門沼、赤沼、るり沼、青沼、弁天沼、みどろ沼などエメラルドグリーンやコバルトブルーに輝く美しい湖沼群を総称して五色沼と言っているが、それぞれの湖沼がどんな表情を見せてくれるかが楽しみである。

G7

       赤沼

 磐梯山を正面に見る毘沙門沼は一番大きく、ここから桧原湖の辺りまで全長3.7kmの自然探勝路ができている。毘沙門沼はボート遊びもできるようになっていて、数隻のボートが浮かびゆっくりとその軌跡を水面に残している。

G8

        弁天沼

 赤くなり始めたナナカマドの実や、色付き始めた雑木林の葉を見て、風に揺れるすすきの穂に初秋の雰囲気を感じながら神秘的な湖沼群の変化を楽しむ。

G9

        弁天沼

_5050

        青沼

 今回は、かみさんが是非五色沼に行きたいということだったので、毘沙門沼に車をおいて桧原湖まで歩くことにしたが、青沼で私だけが同じ道を引き返して車を移動させなければならなかった。

G10

 高原の樹木に囲まれた散策路の同じところを戻るが、沼の水の色も時間の変化とともに微妙に変わってきている。毘沙門沼に着くときれいな澄んだ水の中にたくさんの錦鯉がいて、人影を見ると口を大きく開けて餌を欲しがって近寄ってくる。

G13

      毘沙門沼の錦鯉

 車を置いた毘沙門沼のほとりに戻ると、かみさんから桧原湖についたからと連絡があったので、車をそちらに向けて発進した。旅の良さは何かというと、その場所に行ってそこの空気を吸うことができる。その地域でとれたものが食べられる。そこにある景色が直に見えることとその地域で生活する人と触れ合えることである。

G11

 雨こそ降らなかったが雲の多い北東北の空の下、最後の福島では青空と白い雲が美しい磐梯高原を見せてくれた。ナビの目的地を”自宅に帰る”にセットし、ウインカーを右に点滅させた。

 都会の喧騒を忘れ、心にもゆとりが持てる1、890kmの良いゆとり休暇の旅であった。

鶴ヶ城  八重の桜

 東山温泉でゆっくりと湯に浸かり疲れを癒す。今、ブームの会津の地酒と地元の酒の肴で東北の最後の夜を心おきなく楽しむ。有名な酒は、飛露喜、栄川、地元のどぶろくなどで、肴は馬刺しのトロ、会津地鶏、こづゆなどである。

Ai1

 会津盆地の北東にある会津若松市、会津のシンボルの鶴ヶ城は、伊達、蒲生、上杉、松平など多くの城主を迎えた名城であったが、幕末に起こった戊辰戦争で市街は焼かれ、明治になって城は取り壊されてしまった。

Ai3

 鶴が城の天守閣から見ると、奥にそびえる雲のかかった磐梯山と手前の右手に見えるこんもりとした緑の飯盛山が対照的である。飯盛山といえば白虎隊の悲劇が有名で、後世に伝えられている。

Ai4

       高くそびえる磐梯山と手前右の飯盛山

 戊辰戦争で討幕派を迎え撃つ会津藩だったが、戦いは次第に劣勢になり、小部隊に分かれて退却を余儀なくされた時、飯盛山に辿りついたのが数え年16~17歳で編成された白虎隊の20名である。

Ai5

 飯盛山の山上から城付近に火煙が上がっているのを見て、鶴ヶ城が落城したと思い込み、城と運命を共にしようと自害をしたという悲劇である。少年たちの純粋な気持ちとその行動である。

Ai7

      武者走り  鶴ヶ城の特色の一つ

 現在のお城は昭和40年に復元されたもので、テレビの大河ドラマの八重の桜の人気で有名になったが、今は郷土博物館として賑わっている。

Ai8

 開城一番で入城して観光バスが来るまでに見学を終わってしまおうという作戦で天守閣に上る。武具や甲冑などの展示とともに会津の歴史などが解説されているので、じっくりと読んでいると結構時間がかかってしまう。

Ai6

 それでも早い時間に切り上げることができ、五色沼へ向かうことができた。お土産を覗いてみるとすべて”八重に桜”絡みである。八重様様の会津若松である。

マガン   数に圧倒される

 朝陽に向かって集団で飛び立つマガンの飛び立ちをイメージして、伊豆沼に向かったが到着は昼過ぎになってしまった。

M1

 天気予報は雨であったが、幸いにも現地に着くと雨は降っておらず、鳥たちは賑やかに蓮の茎の切れ間の水上に集まっている。

M3

 マガンとオオヒシクイを期待していたが、オオヒシクイの姿は探してもなかなか見つからなかった。まだ到着していないのか、それとも食事に近くの田んぼに出かけているのか。

M5

 周りにはバーダーらしき人もいないので情報確認はできなかった。本日の宿泊地は会津なので、そんなにゆっくりもしていられない。広い湖沼の周りの散策路を鳥の鳴き声を目当てに歩いてみる。

M0

 さすがにラムサール条約登録地だけあってその規模の大きさに驚く。面積は387ヘクタールと広く、見渡す限り今では旬を過ぎた蓮の花と葉が見える。

M7

 この沼に飛来する鳥はハクチョウとガンが代表的だというが、マガンは日本に飛来する鳥の80%が渡ってくるという。確かにそういわれるように鳥の数はものすごい。

M8

             成鳥(白色部がある)と幼鳥

 冬の白鳥のためには、毎年初夏の6月ごろに、ハクチョウなどの水鳥が好んで食べるマコモの苗を1万数千本、その植え付け作業を小学生や中学生の愛鳥委員会のメンバーが行うという。

M9

 車の中で見ている分には、賑やかに騒いでいるが、車から降りてカメラを向けたりすると一斉に飛び立ってしまうこともある。まだ警戒心が強いようである。

M

 池の周りの散策路を歩いていると、近くの田んぼでトラクターが動いているが、稲刈りが終わった田んぼには、一面が黒く見えるほどすごい数のマガンの群れが降りている。

M_2

 こういう光景を眺めていると、すぐにはこの場所を離れがたくなる。時間に余裕を持って再度チャレンジしてみたいと思うのである。十数年前にこの沼には一度来たことがあるが、その時はまだバーダーになっていなかった頃なので、目的が全く違っている。再訪の機会を作ろうと心に決めて南下することにした。

太宰治    生家と疎開の家

 今回の北東北の旅を計画したとき、改めて太宰治の作品を読み直してから行こうと決めて、本棚をさがして古い文庫本を見つけ出した。

_5638

      疎開の家

 それを通勤の電車の往復で読み終えてから旅に出たかった。「人間失格」と「走れメロス」の2冊を読み、斜陽館の再訪と疎開の家をおとづれた。

_5623

       当時の電灯

 斜陽館は以前にも見学しているので、最初に旧津島家新座敷の疎開の家を見学することにした。疎開の家は斜陽館の脇道を奥に5分ほど歩いたところにある。

_5633

             太宰の書斎

午後遅いこともあり、館内は空いていて館内ショップ太宰屋さんのお兄さんがゆっくりと詳しく案内をしてくれたので、太宰の生き方と生活を十分に知ることができた。

_5624

           洋室のサンルーム

 斜陽館への訪問客は年間8万人も来るらしいが、この新座敷への来場者はその5%程度だということである。

_5626

            洋室にある当時の写真

 館内ショップの手前から旧新座敷に入ると、ウグイス張りの床が耳に心地よい音を響かせる。廊下を曲がって洋室のサンルームの掃き出し窓を見ると、当時の波打つ透明のガラスが懐かしい。

_5619

      病床の母と対面した部屋から書斎

 玄関からすぐの太宰の書斎には、畳の上に津軽塗の卓と帳場火箸が置いてあり、当時は火鉢の灰にはたくさんのタバコの吸い残りがさしてあったということである。

_5634

      太宰執筆の眼線

 「机に座って見渡すと、当時の太宰の目線で部屋の中が見えますよ」と言われたので、畳に腰を下ろして見渡してみた。

_5640

      斜陽館

 よく写真に残っている立ち膝で右腕を膝の上に置き左手を顎に宛てたスタイルで、ペンを持った感じで見てみると当時の雰囲気が感じられるようである。

_5647

       斜陽館二階の部屋

 そんな雰囲気は芥川龍之介に似ているなと思ったら、太宰屋のお兄さんの説明は、太宰は芥川龍之介を真似ていたんだということである。

_5659

       斜陽館一階の部屋

 約1時間に渡って詳しい説明を聞きながらゆっくりと見学することができた。帰り際に、太宰を見る目線を再考しようと、おすすめの「泣ける太宰」「笑える太宰」「毒づく太宰」「祈る太宰」を入手して斜陽館へと向かった。

龍飛崎   鷹の渡りを見るつもりが

 十三湖で、若いころに旦那にだまされて東京から嫁いできた、と笑顔でいう老夫婦の店で名物のしじみラーメンを食べて、国道339号線を海岸沿いに龍飛崎を目指す。車の少ない道路ではニホンザルの家族が道を占拠してしまう。

_5537

       十三湖

 思わず車を停めてサルが通り過ぎるの待つ。昼間だからいいようなもので、これが夜だったらと想像するとちょっと怖い感じがする。

_5538

              七つ滝

 龍泊ラインの眺瞰台では眼下に日本海が見え、津軽富士と言われる岩木山が遠く霞の上に頭を出している姿が目に止まる。振り返ると八甲田山の山並みも薄もやの中にどっしりと構えている。360度眺望の利くところである。

_5613_edited1

       傾り石沢入口

 龍飛崎の方角を見ると、その先には北海道の松前町、白神岬がすぐそこに見え、龍飛崎の白い灯台が下の方に位置するので、ここはかなり高い場所であることがわかる。

_5570

      北海道が見える

 七曲の道を下り、左に曲がると灯台への上り坂になる。灯台は開放されており、中に入って螺旋階段を上りデッキまで出ることができる。デッキに出て背中に大きな灯台のライトをしょって、北海道を眺める。

_5558_edited1

        見下ろす日本海

  灯台を降りて展望台に来ると、鷹の渡りを観察しているらしき人たちが数人いる。弘前大学の学生だという若者が、「朝から観察してますが、たくさんのノスリとツミが渡って行きました」と説明してくれた。双眼鏡を用意してその出現を待つ。

_5561_edited1

       雲に浮かぶ津軽富士 岩木山

 そんなやり取りをしているところへ、救急車が到着、近くで急病人が出たようである。鷹の渡りを見ようと双眼鏡で目を凝らしていると、視界に入ったのはなんと鷹ではなくヘリコプターである。

_5593_edited1

              龍飛崎灯台

良く見るとドクターヘリと書いてある。頭上を旋回したあと、灯台の隣の空き地の草むらに着陸、深緑の手術着のようなものを着た看護師2人とドクターが降りて、救急車の中へ。

_5573_edited1

         鷹の渡りを待つ

 ヘリコプターはそのままドクターを残して2、3回旋回したあと飛び去ってしまった。鳥を待っていたら、同じ飛び物でもヘリコプターであったという落ちである。

_5591       

 そんなわけで、期待の鷹の渡りは見られず、引き上げることにした。灯台から坂道を降りて、国道339号線が自動車道ではなく、階段国道になっているというところを見るべく、海岸までさらに降りた。

_5603

       太宰治記念碑

 太宰治の碑があるところから少し先へ行くと、その階段の登り口になっている。登り口にははっきりと国道339号線のj標識が立っている。聞くところによると、この階段国道沿いに咲くあじさいの花は見ごたえがあるらしい。

_5605

             階段国道339号線の登り口

 登りきったところは、同じく国道の標識が立っているが、こちらはあの石川さゆりの大ヒット曲「津軽海峡冬景色」の歌碑がある。碑の前に来ると音楽が聞こえてくるようになっている。観光バスの団体さんがにぎやかに記念写真を撮っている。

_5600

             階段国道339号線の下り口

 津軽半島の最北端にある龍飛崎は、岬を吹き抜ける風が強いことから「風の岬」ともいわれ、龍飛崎という地名も龍が飛ぶほどの強風が吹くことに由来していると言われる。

_5596

        「津軽海峡冬景色」の歌碑

 防寒具も用意してきたが、幸い風も少なく暖かい龍飛崎ではあったが、鷹の渡りは見ることができなく残念である。途中で見たノスリで我慢することにする。ここからは今来た龍泊ラインを十三湖の手前まで戻る。そこからは、太宰治の生まれた金木町までノンストップで向かうことにした。

ベンセ湿原  自然の宝庫

 国道101号線を離れると、人家もなく広い平原の中をまっすぐに走る一本道。信号もなく行き交う車もまれである。

_5527

       湿原から見る岩木山

 この風景もまた、日本にはないような異国情緒たっぷりな風景である。遠く津軽富士と言われる岩木山が三角形のブルーの姿で裾を隠す雲の上に見える。

_5528

 このベンセ湿原は、標高約20メートル、面積23ヘクタールの広大な湿原である。多分、野鳥たちもたくさんいる事だろうと、探しながらゆっくりと走る。

_5531

 すると道路脇の電柱にミサゴの姿が見える。さらに走ると、草むらからは猛禽が飛び出して来た。車を停めて追いかけてみたが大きな木の陰に姿を消してしまった。

_5533

 この湿原は6月には黄色のニッコウキスゲが一面に咲き、7月には花菖蒲で紫色に彩られると言われている。湿原に咲く植物群も貴重な学術研究材料だという。

_5535

さらに鳥類も120種ほどが確認されていると聞くので、飯盒炊爨で来てみるのもいいかなと思う。毎日が日曜日の身分になったら是非実現してみたいものである。その時はきっと青い空が迎えてくれることだろう。

わさお   住民票を持つ犬

 五能線との旅は鰺ヶ沢で分かれ、国道101号線を左に折れて七里ガ浜沿いに北上する。鰺ヶ沢の駅前を通ると、かみさんが”わさお”に逢っていこうというので、きくや商店によることにした。

_5491

 わさおは映画「わさお」の主人公で、秋田犬の捨て犬だったが薬師丸ひろ子演ずる菊谷セツ子に拾われて、わさおと名付けられて活躍する映画である。

_5492

 わさおは鰺ヶ沢町から特別住民票が発行され、さらに鰺ヶ沢町の特別観光大使にも任命されている。人気のわさお君である。

_5513

 信号待ちをしていると2、3台前の軽トラックの荷台に白い大きな犬の姿が見える。「あれがわさおだよ」といっていると、そのトラックは右折して遠ざかってしまった。

_5516

 我々は左折してきくや商店の看板が見えてきたので、車を停めてわさおの所在を聞くと、「今、出かけているが、もう少しすると戻ってきます」と津軽訛りの応対である。やはりあの軽トラックに乗っていたのはわさおだったのである。

_5521

 ちょうど店の前の道路下を五能線が走っているので、時刻を調べると15分後ぐらいにここを通過する予定になっている。店の中はわさおの写真とわさおグッズでいっぱいである。

_5522

 店の看板のいかの姿焼きを注文して、五能線の列車を待つことにした。しばらくするとわさおを乗せた軽トラックが帰ってきて、本物の菊谷セツ子さんとわさおが姿を見せてくれた。

_5497_edited1

かみさんは、わさおとのツウショットにご満悦で、この場所を離れがたい様子であったが、龍飛崎の鷹の渡りを目指してひたすら十三道を走る。しばらくの間五能線とはお別れである。

千畳敷  殿様の酒宴の名残の景勝地

深浦の目覚めは快調で一路龍飛崎を目指す。鰺ヶ沢駅までは五能線をまたいだりくぐったりしながらの走行である。

_5401

日本海側の青森はどこにいっても海岸は夕陽海岸と呼ばれる。どこから見ても夕陽が海に沈んでいくのである。その夕陽海岸に千畳敷と言われる広い隆起海岸がある。

_5404

       カモメのジョナサン

千畳敷海岸隆起生誕200年記念の碑があり、太宰治の小説「津軽」からこの千畳敷をわかりやすく説明しているので引用してみる。

_5419

『・・・・・木造りから、五能線に依って約三十分くらいで鳴澤、鰺ヶ澤をすぎ、その邉で津軽平野もおしまいになって、それから列車は日本海岸に沿うて走り、

_5424

右に海を眺め左にすぐ出羽丘陵北端の餘波の山々を見ながら一時間ほど経つと、右の窓に大戸瀬の奇勝が展開する。

_5435

この邉の岩石は、すべて角稜質懝灰岩とかいうものだそうで、その海蝕を受けて平坦になった班緑色の岩盤が江戸時代の末期にお化けみたいに海上に露出して、

_5444

数百人の宴会を海濱において催す事ができるほどのお座敷になったので、これを千畳敷と名附け、

_5446

またその岩盤のところどころが丸く窪んで海水を湛え、あたかもお酒をなみなみと注いだ大盃みたいな形なので、これを盃沼と称するのだそうだけれど、

_5406_edited1

直径一尺から二尺くらいのたくさんの大穴をことごとく盃と見立てるなど、よっぽどの大酒飲みが名付けたものに違いない。

_5450

この邉の海岸には奇岩削立し、怒涛にその脚を絶えず洗われている、と、まあ・・・・・・』という文章である。

_5455_2

太宰は金木の生まれなので、五能線も五所川原から能代方面への光景で考えているが、私は逆の方向に走っている。

_5456_edited1

千畳敷の海岸を歩いてみると、岩の割れ目から打ち寄せる波が白く吹き出す潮吹き岩のような現象もところどころに見られる。海の見える風景は好きだが、今日は少し雲が多いのが残念である。自然現象が残した奇岩の景勝地をあとに一路北へと進路をとる。

不老ふ死温泉  沈む夕日と絶景の露天風呂

 五能線とともに日本海の沿岸を走る国道101号線は黄金崎に着いた。舮作(へなし)海岸を見下ろす高台からは静かな日本海の波が太陽の光にキラキラと光る。

_6005

 背後には緑の森の中に白く輝く舮作崎灯台と、ゆっくりとまわる大きな風力発電の羽が見える。雄大な日本海の水平線は、地球は丸いのだと教えてくれるように広がっている。

_5393_edited1_2

 陸に目を転じれば、世界自然遺産の広大な白神山地の原生林の山並みが望める。青く晴れた空には、渡りの途中なのかゆっくりと大きな羽を広げて飛んでいるノスリの姿が見える。

_5394_edited2

 目的の海岸と一体化した露天風呂から日本海に沈む夕日を見るには絶好の好天気である。本日の日の入りは5時20分ということで早めに準備をして待つことにする。

_5884_edited1

      ノスリ

 この不老ふ死温泉は、背後に灯台があるために高い建物は建てられないので、二階造りですべての部屋がオーシャンビューになっている。

_5916_edited1

 荒磯の海岸にある露天風呂は、脱衣かごを持って海岸に行き、よしずで囲われたところで浴衣を脱いで茶色の源泉の湯に入る。入るときに白いタオルは、上がるときには茶色に染まっている。

_5924_edited1

 お風呂は混浴風呂と女性専用風呂が並んであり、それぞれ水平線に沈む夕日と打ち寄せる波が目の前に見える。

_5895_edited1_2

 日の入りの時刻が近づくにつれて人の数も増え、約30名ぐらいが赤く染まる夕日の海を風呂に入りながら眺めである。その中には体をバスタオルで隠した数名の女性の姿もある。若い人、昔若かった人多種多様である。

_6478_edited2

                          イメージ(入浴中の撮影は禁止)

 絶景の露天風呂に浸かりながら、岩礁に砕ける白い波の向こうの遠い水平線を見つめる。この感動の至福の光景を脳裏に焼き付けるように楽しむ。

_6479_edited1

      イメージ 露天風呂からのサンセット

 空には少し雲はあったが、日の入の瞬間の真っ赤な丸い太陽がはっきりと見ることができて心和む思いである。これで寿命も少し延びたかなと満足して地酒のお猪口を傾けている黄金崎の夜である。

十二湖  白神山地のふもとで

 国道101号線をさらに下ると、列車があまり来ない空きっぱなしの踏切を渡ると今度は五能線が左手に見え、海岸線に沿って線路が走っている。

_5803

            十二湖駅付近

 大波が来たらレールが水をかぶってしまいそうな距離である。大間越を過ぎて五能線と並んで走ると十二湖駅につく。人家も少ない駅前に大型の観光バスが並んでいる。

_5808

       日本キャニオン

 ガイドさんに聞いてみると「お客さんを待っているんです」という。ということは列車が着くということなので、その列車を待つことにした。

_5818

だが十二湖駅に止まるということは、”リゾートしらかみ”ではなく普通列車である。列車の到着を待ってから、駅前から右に折れて十二湖へと続く登り坂に入る。

_5827

       十二湖湖沼群

 見上げると白い山が見える。崩壊浸食によって白い岩肌がむき出しになった日本キャニオンである。間近に望める展望台があるので、車を駐車場において山道を30分登ることにした。

_5828

十二湖とは岩崎村にある湖沼群の総称で、実際は33の湖や沼が原生林の中に点在する。中でも有名なのが青池で、青インクを流し込んだような幻想的な水面の色が特徴でる。

_5847

白神出身の友人に「ほかの湖は見なくてもいいけど青池だけは見たほうがいいよ」と言われて来てみたが、数日前の台風の影響かその池の水面には落ち葉がいっぱいで神秘的な色はよく見えない。

_5825

白神山地の名勝暗門の滝への散策路もあるが、以前に行ったことがあるので湖沼をめぐる遊歩道のブナ林をのんびりと歩くことにした。

_5833

それぞれの湖沼の水面も波一つなく鏡面のようであるが、小鳥の鳴き声も聞こえてこない静寂である。ここで静寂を破る事件が起きる。

_5836

       落ち葉の青池

かみさんが上着をどこかに忘れてきたことに気がついた。一時は諦めかけたが、「買ったときは高かった」とか、「好きな上着だった」とかつぶやいているので、心当たりがあるとすれば日本キャニオンの山道でである。

_5839

 あまり人通りはなかったので、帰り道にその散策路を探してみることにした。上りのきつい山道であるが、上着を探しながら駆け足で登って見ると、頂上付近の展望台の下に落ちていた。

_6004

 急ぎ戻って見つかったことを告げるとかみさんは笑顔で喜んでいた。今夜の地酒は飲み放題だと恩を売って、宿泊予定の不老ふ死温泉へと海岸沿いの道を愛車を走らせたのである。

五能線   日本海の眺め

 今回の旅、本来は五能線に乗ろうというのが趣旨であった。五能線というのは、秋田の東能代を起点として日本海沿いを北上、青森県の五所川原までの旅である。しかし列車の本数は少なく時間がかかってしまう。

_5737

       八森海岸

 五能線は調べてみると、国道101号線に沿ってところどころ交錯しながら青森の鰺ヶ沢まで海岸沿いを走る風光明媚な魅力的な路線である。

_5733

       大間越

 最初は、のんびりと五能線に乗ってその風景を楽しもうと思っていたが、地図を眺めているうちに車でも五能線の雰囲気は満喫できそうだという結論で愛車での旅になった。

_5745

        リゾートしらかみ橅号

 五能線の列車の時刻表を見ながら、101号線での出遭いを計算してひたすら北上する。八森町までは国道の方が海寄りで、線路はほとんど右手に並行に走るように見えている。

_5760

 海岸線に打ち寄せる波に、開き始めたススキの穂が揺れている快適な国道101号線を走る。遠く日本海のコバルトブルーの水平線が地球の丸さを感じさせてくれる。

_5718

 海岸の高台にたって海を眺めると、打ち寄せる波音に日頃の雑踏の煩わしが嘘のように消えてしまう。やはりこういう風景を眺める気持ちのゆとりを持たないといけないのだと思う。

_5706

       八森海岸から黄金崎方面

 日本海からの爽やかな風を車窓に受けながら対向車も少ない国道を走ると、トンネルを抜けて大間越の駅に出る。

_5716

 無人の駅のホームに足を向け、入口のところの民家の庭先に座って仕事しているおじいさんに挨拶をして人気のないホームに立つ。「毎日カメラを持った人が訪ねてくるよ、もうすぐ列車が来るからね」との言葉。

_5508

            鰺ヶ沢へ向かう橅号

 無人駅のホームからはあまり良いアングルではないので、今来た道を少し戻って列車を待つことにした。大間越の撮影ポイントには、カメラを持った鉄道趣味の人がいて、話を聞くとここには今までに5、6回来ているいるとのこと。

_5777_edited2

ちなみに車のナンバーは宇都宮であった。この先の良い撮影ポイントを聞きながら、トンネルを抜けて姿を現す、五能線しらかみ号のシャッターチャンスを待つことにした。

_5851

       十二湖駅付近

 定刻には少し遅れているようだが、トンネルを抜けて緑色の車体の「橅」編成の列車が姿を見せた。日本海を背景に構図を考えていたが、思うようにはいかないのが世の常である。

_5854_edited1

        十二湖駅を出る普通列車

 海からの風でなびくすすきの穂に、秋の気配を感じさせる海岸沿いを、今宵の宿である深浦へと車を進める。日本海に沈む夕日の露天風呂と地酒を期待しながらのドライブである。

ミサゴ  午後のダイビング

今年もミサゴの季節になり、連日目と耳にするのは見事なダイビングの瞬間である。午後の出が良さそうなので、夕方に多摩川に向かう。

_6368_edited1

朝夕の涼しさとは打って変わって、昼下がりの太陽の照りつける陽射しは、真夏のそれと変わらないぐらい厳しい。

_6360_edited1

西に傾き始めた太陽が水の流れにキラキラと反射して、やや逆光気味で水面に浮かぶ鳥たちはシルエットになって見える。

_6377_edited1

話題の黒いコサギがどこかにいないかな、と探してみるが光の加減で見つけにくい。上空に注意しながら川面にも目を配りながらひと時を過ごす。

_6378_edited1

そんなことで待っていると、河原について20分ぐらいで上空に現れたのはミサゴである。生産性がよいというか、効率が良い出現で待ち時間も短く遭遇することができた。

_6379_edited1

しばらく上空を飛びながら獲物を狙う場所を探している。太陽を正面に受けたときは良いが、西の方の向かうと太陽の光に入って見えにくくなってしまう。

_6383_edited1

目の前の流れに飛び込んでくれないかと思いながら見ていると、思わせぶりのように旋回する。その瞬間を狙って追いかけるが、ホバリングをしたかと思うと、両翼をすぼめてダイビングのスピードは早い。

_6385_edited1

両足を伸ばしたその瞬間は逃してしまったが、川から飛び上がってきた時には、その足には大きなボラのような獲物をしっかりと捕まえていた。

_6392_edited1

見事に獲物を確保したミサゴは、流れる川の上をゆっくりと旋回しながら高度を上げて西の空へと姿を消してしまった。

Misago

それにしても待ち時間が少なく狩りの姿をファインダーに収めることができた。次回は順光で足を伸ばして捕まえる決定的瞬間を狙いたいものである。

大潟村   異国情緒の風景が好き 

 昨夜の秋田港での地酒の飲み過ぎの弊害も無く、太平山の彼方から上る朝日が眩しい。今日も良い天気である。

 佐竹氏二十万石の城下町として栄えた秋田市には、千秋公園など城下町にふさわしい町並みを残している。

1

 県内一の繁華街川反がある秋田市であるが、有名な竿燈祭りなどでかつて訪れたことがあるので、今回は素通りで大潟村だけにする。

 大潟村の広々とした風景は、日本にある農村風景とは違う異国情緒を味あわせてくれるので好きなところである。

2

 国道7号線から大潟村役場へむかう道路を左折して、奥羽本線の踏切の赤信号を待っていると、目の前を正面が赤と黄色、車両の側面に赤い線の入った「リゾートしらかみくまげら号」が4両編成で通過していく。

3

 白神山地を走る詩情にみちた五能線との最初の出会いである。ワクワクする気持ちを抑えながら大潟村に入ると、既に稲刈りが終わった広い田んぼが一面に続く。

 両側が大きな樹木で並木になっているどこまでも真っ直ぐな農道を走る。信号もない、行き違う車もほとんどない快適な早朝の風景である。

4

 大潟村は八郎潟という湖沼を干拓して作った陸地なので、山もなければ川もない。川のように見えるのは、灌漑用の水路と排水路である。

 整備された農地や黄金色に輝く稲穂を見ていると、日本とは言えない素晴らしい風景を堪能させてくれるが、その歴史には日本の農政の歪が隠されているのである。

5

昨今のTPP交渉などで日本の米問題がクローズアップされているが、日本の減反政策の犠牲になっているのがこの大潟村である。日本の人口は減少傾向であるが、世界の人口は爆発的に増えている。いずれ食料の確保は大きな問題になるだろう。この風景がこの国の未来を描く姿になってほしいものである。

北東北の旅  秋田港のサンセット

 ゆとりもないのにゆとり休暇をとって、五能線を楽しみ龍飛崎を目指す。あわよくば龍飛崎の鷹のわたりに出会えればと思いながら、早朝に多摩をたち一路東北へ。

Dscn6275_6136

       錦秋湖

 紅葉にはまだ早い錦秋湖で一風呂浴びて、秋田港へ進路をとる。錦秋湖では栗拾いに挑戦したが、落ちている栗は綺麗に拾われた後で収穫なし。

5

       秋田港の風力発電

 栗の木の枝を見上げれば頭の割れた栗のイガの中には茶色に光る栗の実が見える。長い棒でもあればたくさん取れるのだが、それもかなわず見上げるだけである。足で木を蹴飛ばしてみたが落ちてjくる気配はない。

_6008

      地域柄忙しそうな巡視船

 秋田では日本海に沈む夕日を見ようと、日没の時間を調べて早めに到着できるように行動する。5時20分が日の入りである。

_6020

 秋田港にセリオンというガラス張りのタワーがある。そこには地上100mのところに秋田市が一望できる展望台があるので、早めに行ってそこからの夕日を見ることにする。

_6040

 空を眺めてみると雲は多いがなんとか雲間に日本海に沈む太陽が見られそうである。早いうちは人影は少ないが、日暮れとともにカップルが多くなってくる。

1

       夕日と飛行機雲

 雰囲気的には、隠れたデートスポットになっているようで、日の入りの時間が迫るにつれ展望台は賑やかになってきた。

4

           秋田タワー 「セリオン」

 雲を赤く染めながら沈む太陽の動きは早く感じる。海面に落としていたキラキラと光る太陽の光が線状になってこのタワーを照らしているが、時間とともに赤く染まってくる。

2

 雲間を沈んでいく太陽の光に上空を飛ぶ飛行機の機体が銀色にひかり、白い一直線の飛行機雲を残しながら飛んでいる。

3

 5時25分にはすっかり太陽も沈んで、空に残った雲に日の入りの残照が真っ赤に残り、港に浮かぶ海上保安庁の巡視船のシルエットが見える。

_6115

そんな風景の見える海辺のレストランで残照を楽しみながら、秋田の海の幸を肴に地酒を味わうことにする。

モズ   よく通る声

 縄張り宣言のよく通る声が多摩川のあちこちで聞こえる。モズのあの声が聞こえると秋になったなと実感する。

M2

 目元の過眼線がはっきりしたもずは、鳴き声がしたら近くにある高い木のてっぺんを見るとたいていの場合すぐに見つかる。

M3

 今はイナゴやバッタがたくさんいるのでモズも餌には困らないだろう。それにしても今年はイナゴ、バッタをおおく見かける。

M4

 また、そういう場所に行くことが多いのかもしれないが、たくさんの姿を見ている。食物連鎖の構図でいくと、今年は鳥たちの餌が多いということになるのだろう。

M5

 だから、食物連鎖の頂点にいるオオタカも出番が多いのかもしれない。オオタカも一時の減少で準絶滅危惧種に指定されていたせいか最近では数が増えているらしい。

M6

小さな猛禽モズも今年は数多く見かける。モズをはじめとして秋から冬に向けて鳥見のシーズンになるので、オオタカも含めてこれからが楽しみの季節になる。

チュウサギ  大きさも中ぐらいかなおらが秋

 シラサギという言葉は耳に心地よく聞こえる。白い鳥の姿は水の青にも、草木の緑にもよく映え、ゆっくりと優雅に飛ぶその飛行の様子は見ごたえがある。

_4685_edited1

 多摩川の河畔を上流へとのんびりと歩いていくと、川原の踏み跡の散策路の露払いをしてくれるのは、イナゴとバッタである。

_4694_edited1

 時々飛び出すのはひばりの姿とカワラヒワの群れである。そんな川原の水の中にダイサギとアオサギに混じって、二羽のチュウサギの姿がある。

_4690_edited1

 対岸の岸辺に上がって何か狙っているようである。いつも魚ばかりを食べているので、たまには野菜をというところでしょうか。それとも好物の昆虫でもいるのだろうか。

_4680_edited1

 チュウサギはサギ類の中では干潟や河川にはあまり行かず、休耕田や湿地で昆虫やカエルなどを食べる。昆虫食の比率はシラサギ類の中では最も高いと言われている。

_4719_edited1

 それを見てかアオサギも同じところに向かっている。きっと美味しいものを見つけたに違いない。その争奪戦を見るべく待ってみたが、相変わらずの忍び足で次の行動が見えない。

_4721_edited1

 しびれを切らして歩き出すと、それに驚いてか警戒してか数メートル先の河原へと移動してしまった。上流へと足を進め、そろそろコスモスが満開になる河川敷の公園へ向かうことにした。

« 2013年9月 | トップページ | 2013年11月 »