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    野鳥たちの表情を表現できればと思っていますがショットが精一杯。

花たち

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    気の向くままの足跡を紹介します

風景

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    一期一会の心に残る風景

淡島の一日

  • 淡島から見るサンセット
    奈良の帰りに淡島に一泊。夕日と富士山がきれい。露天風呂から正面に富士山が見える。

四国・四万十川の旅

  • 金比羅宮
    2008年5月の連休の四国四万十川の旅

健康づくり

スズメ   夕暮れ時の河原で

 一日一万歩を歩く目標で多摩川河畔を歩いての帰り、夕暮れ時の大きな木の枝にスズメの群れが見える。

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 最初は樹木の下の草原で草の種子などの餌を探していたが、近づくと一斉に飛びたちその木の枝に一列に並んでいる。

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 最近はスズメの数が減ったと言われているが、こういう光景を見ているとそうでもないのではと思ってしまう。

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 時には益鳥、あるときは害鳥になってしまうスズメであるが、人とともに人家の近くで生活する野鳥である。

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 普段はあまりレンズを向けない鳥たちであるが、整然と樹木の横枝に並んだ姿は、思わず微笑ましい姿に映り被写体としてみた。

春のおとづれ  早朝のよこやまの道

   ここのところ週末はいつも天気が悪く、早朝ウォーキングもサボりがちであった。今日は久々に青空、少し冷たい風があるが今までの天気を考えると家にいる雰囲気ではない。

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   多摩丘陵の「よこやまの道」を歩いてみる。尾根幹線の道路と平行して走る散策路である。標高は高いところで150メートルぐらいで歩く道はきちんと整備されているので歩きやすい。今の時期は、通路に落ちた枯れ葉が風に巻かれて塊になっているが、その中を歩くのは感触としては足に心地良い。

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  雑木林はまだ枯れ枝状態で、朝の陽の光が差し込む。両側の潅木の中ではガビチョウがガサゴソと採食中のようである。林の中をカケスが[シャー、シャー」と鳴きながら飛び回り、アオゲラも木に張り付いてコツコツと虫をさがしている。鶯が、まだ一人前とはいえないへたくそな囀りをはじめているようである。春がそこまで来ている。

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                    椿の花

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  「ツ、ツ、ピー  ツ、ツ、ピー」 と、シジュウカラのさえずりが大きく聞こえる。メスを呼ぶさえずり、恋の季節である。キジバトもペアーでの飛翔で目の前の木に並んで止まってストレッチをしている私を怪訝そうに見ている。春のおとずれを感じさせる光景である。

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  梅の花が終わり、桃の花が濃いピンク色につぼみをふくらませる畑では、家庭菜園の土おこしに精を出すサラリーマン風のにわか農夫の姿が見える。黄色い菜の花が咲く畑の畦には蕗の塔が花をつけている。この蕗の塔は油味噌で合えたり、てんぷらにすると苦味の利いたおいしいつまみになる。

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                        終わりの梅

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                        ナノハナ

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                     フキノトウ

  道路わきの土手にはラッパスイセンがきれいに花を開き、ハナニラやすずらんににたスノーフレークが美しい釣り鐘上の花を数輪下垂して咲かせている。

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                       ラッパスイセン

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                         ハナニラ

  早朝ウォーキングは約5キロメートル1時間半ぐらいの距離である。隣の川崎市の里山を歩き、鎌倉古道を横切り戻るコースである。このあたりは旧鎌倉街道があり、歴史的にも貴重な史跡のあるところである。「いざ、鎌倉」と、新田義貞が馳せさんじたのだろうか急な坂がある。

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  標高150mのパノラマ展望台は、多摩市が一望でき、さらに丹沢山系、奥多摩の山々、遠く秩父山系から狭山丘陵まで見渡せる。また富士山の雪を冠った姿も奇麗に見えるところであるが、すでに春の兆し、霞に煙って薄くその姿が見える程度である。

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                     ボケの花

  久しぶりに汗をかき野外でストレッチを行った。自然界の春への始動は着実に始まっている。私も重いコートを脱ぎ棄て、新しい季節への躍動を始めることにする。

新宿御苑を歩く

 勤め先の近くに新宿御苑があるのにゆっくりと歩いたことが無い。連休の初日は道路も混んでいるようなので近場で楽しむことにする。 因みに最寄の駅は地下鉄「新宿御苑前駅」である。大木戸門から木戸銭200円也で入る。

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 新宿御苑は、徳川家康の家臣、内藤氏の江戸屋敷の一部がそのルーツといわれている。明治に入り、農事試験場を経て、明治39年(1906)の皇室の庭園となり、戦後昭和24年(1949)に国民公園として一般に開放された。

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 広さは58.3ha(約18万坪)、周囲3.5kmの園内には、フランス式整形庭園、イギリス風景式庭園、そして日本庭園が巧みにデザインされ、明治を代表する近代西洋庭園といわれている。

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  新宿御苑のルーツ・・・・新宿御苑の敷地は、天正18年(1590)に豊臣秀吉から関八州を与えられた徳川家康が江戸城に入場した際、譜代の家臣であった内藤清成に授けた江戸屋敷の一部である。

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  東は四谷、西は代々木、南は千駄ヶ谷、北は大久保に及ぶ広大な土地で、後の甲州街道や青梅街道になる江戸から西に伸びる街道と、鎌倉街道が交差する要所であったことから、この一帯の警護など軍事的な目的で家康が信頼できる家臣に与えたとされている。

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  内藤氏七代清牧は元禄4年(1691)に三万三千石の信州高遠城主となった。内藤家の屋敷地はその石高に比べてあまりににも過分であったため、その後かなりの部分を幕府に返上したが、明治5年にはまだ十万坪以上が残されていた。

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 新宿御苑は、この内藤家の九万五千坪余と、当時すでに私有地化していたものの、元は内藤家の屋敷地であった隣接地を合わせた十七万八千坪(58.3ha)の土地に誕生することとなった。

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  また、現在大木戸門を入った突き当たりにある玉藻池を中心とする日本庭園は、安永元年(1772)に玉川上水の余水を利用して完成した内藤家の庭園 「玉川園」 の一部である。と説明があった。 多摩川の羽村取水堰からの玉川上水は笹塚あたりから地下にもぐり、この大木戸門まで続いているのである。

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  入ったすぐのところの玉藻池には、カイツブリの幼鳥と思われる水鳥が、水にもぐって遊んでいた。カメラを向けるとすぐにもぐってなかなか出てこない、どこに顔を出すのかわからないので、遊ばれているようであるがじっと待つ。

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  大きな雑木林を抜けると、広い芝生があり後方には西新宿の超高層ビル群が見える。後方にはフランス式整形庭園があり、プラタナスの並木がきれいだ。真ん中にバラの花壇がありこれから秋にはちょうど良い見ごろになるだろう、ヨーロッパの雰囲気漂う庭園である。

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 下の池にむかって歩いていいると、ワカケホセイインコが繁殖しているという案内があった、この鳥は篭脱け鳥の一種で原産地はインド、昔家で飼っていた人が放鳥してそれが野生化したものである。関東近辺の日本の公園にはかなりの数がいるようである。

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  水辺にかかるコンクリートの橋にこんな説明があった。  「日本初の擬木の橋」・・・『この橋は日本初の擬木の橋といわれています。擬木とは、木の幹に似せてコンクリートや石で造ったもののことです。明治38年フランスから買ったもので、三人のフランス人がついてきて現場で組み立てました。何度か修理されましたが、当時の姿のまま残され今日に至っています。』

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 各地で擬木は見ることがあるが、そのルーツはここ新宿御苑であることを初めて知った。大発見である。

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  桂の大木を見ながら森林浴を楽しんで歩いていると、歴史建造物「旧御涼亭」の前にでた。水辺の涼を楽しむ建物である。

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 『この建物は、昭和天皇御成婚記念として、台湾在住邦人の有志から送られたものである。旧御休憩所の平面形状に卍型のモチーフが見られるなど、清朝中期以降の台湾で用いられた建築様式の特徴が現れている。』との説明。

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 日本庭園には「翔天亭」、「楽羽亭」の茶室がある。今度来るときはゆっくりお茶の御点前でもと考えながら通り過ぎる。

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 上の池ではススキの穂がきれいに出ており秋を感じさせるとともに、背景の高層ビルに良く映えている。本日は空が青くないので写真映えがしないが、紅葉の時期にはまた違う光景を見せてくれそうな新宿御苑であった。

小山田の谷から緑地を歩く

 せっかくの週末だが天気はいまひとつはっきりしない。昨日同様に雲は厚く、湿気が多い。ただ風があるので凌ぎやすい感じがする。家にいても暑いだけなので多摩丘陵を歩いてみる。小山田緑地方面に出かける。

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 小山田の谷のため池の補修工事は終わっていたが、まだ自然になじむには時間がかかりそうである。自然浴、森林浴には木道も整備され、歩きやすくできている。ここでもシジュウカラの幼鳥と思われる野鳥が飛び交っていた。最近は野鳥の幼鳥たちが、一人前になって行動し始めている。観ているとどこかぎこちなかったり、ちょっとあぶなっかしい行動がみて取れる。それがまたかわいいところではあるが。

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        オオハギボウシ

 途中、視界が開け、田んぼのあぜ道のかなたに、案山子がたくさん並んでいるのが見える。見るほどにユーモアの溢れる格好をしている。案山子の効果はいかほどのものかわからないが、昔懐かしい気がする。・・・・・道を通る人々が一息いれて、注目することによって、稲穂を狙う鳥たちも近寄らないかも知れない。いろいろの案山子があるが、たぶん帽子は風で飛んでしまったのだろうと思われる髪形のものもある。何か案山子のコンテストをやっているようである。これも古着の活用方法の一つになるように思う。

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 近くの池の周りの草むらを歩くと、足元からバッタが次々と飛び立つ、良く見るとそれぞれ違った種類のバッタである。草に取り付いていると、まったく見分けがつかないように保護色になっている。また池の上では、シオカラトンボのオスとメスが追いかけっこをしている。

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             ナツアカネ

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            コバネイナゴ

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              ツユムシ

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           ミヤマアカネ

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           ショウリョウバッタ

 このあたりは昆虫の宝庫のように色々な昆虫がいる。子供の頃に虫かごをもって、キリギリスやバッタを追いかけ、早朝にクヌギ林を一本一本足で蹴飛ばして木をゆすり、カブトムシやクワガタを捕まえた光景を思い出す。池の近くを流れる小川のほとりで子どもたちが、魚や虫を取っている。補虫用の網を持った子が・・・・たぶん気が短いのだろう、最後にはそれを川の水に入れて魚を取っていた。池の木道では、兄弟仲良く釣りを楽しんでいる後ろ姿がほほえましい。

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           シオカラトンボ♂

  農道を歩いていると、自転車をおした六十後半と思われる女性とすれ違った。「この黄色の蝶々はなんというんですか?」と聞いてきた。「紋黄蝶だと思います」と答える。話好きなのかつぎから次へとはなしかけてくる、「先ほど青い鳥を見たけどあれがカワセミですか?」というので、「たぶんこの辺で見かけるのはカワセミですよ」と答えると。「私はうまれて初めて見たんです、青くてきれいですね。」と喜んでいた。カワセミという名前を知っているだけでもすごいな・・・・と思った。

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            カワセミ ♂

  また、「最近は外来種でうるさい鳥がいますね」と聞いてきたので、「たぶん、茶色で目の周りが白く縁取ったようになっていませんか?」と聞くと、「声だけで見たこと無いんです、ただうるさいんです。」という。「それはたぶんガビチョウと言う鳥だと思います。」と会話が弾む。それにしても外来種などと良く知っているなと感心した。ほんとうはベテランのバードウオッチャーだったり・・・・と勘ぐってしまった。

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         ガビチョウ 幼鳥

 外来種も繁殖力が旺盛なので、いつか日本の野鳥の生態系も大きく変わってしまうのではないかと心配になる。最近のニュースでも野生の動物、クマやサル、シカなどが人里に頻繁に現れるようになり、農作物を荒らすと報道していた。今朝の新聞にはセミの動態がちょっと違ってきたという記事が載っていたりするのを見ると、明らかに何かが変わってきているのだと思う。

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          ガマ

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             ミソハギ

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                 ハギ 

  九州の人がクマゼミが鳴くと夏が来た実感がするといっていた。クマゼミはどちらかというと関東以西に多いセミである。ところが最近はそのクマゼミがこの近辺でも多く鳴くようになってきた。”シャーシャー”と大きな声でなくが用心深く、姿を見るのは難しい。

 南の生物がじわじわと北上しているのだろうか。北海道の米”きらら”が最近おいしくなったと言われている。米どころ秋田の気候が北海道に上陸したのかも知れない。

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        ヤブミョウガ 

 先週の「日経ビジネス」の特集が ”亜熱帯日本、 気候変動リスクを克服する経営” であった。やはり温暖化で日本は亜熱帯気候になってきているのだろうか。温暖化はCO2だけではなく、エルニーニョ現象により海流の動きが大きく変わってきているのだといわれている。日本でとれる魚、野菜、果物、食物等が大きく変わってくるのではないだろうか。楽しみでもあるが、何かちょっと心配にもなる。

多摩川 中洲 散歩

 天気予報では、近郊は雨が降るかも知れないといっているので、近場を歩くことにする。久しぶりに多摩川に行ってみる。

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            アオサギ 

 早朝から釣り人が一人、愛鳥家が一人、そして自然愛好家の私が一人、土手を歩く人、走る人はたくさんいる。皆さん健康志向で結構です。

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           アオサギとコサギ

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               ホオジロ

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           カイツブリ

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          ムクドリ 幼鳥♀

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              アオサギ

 鳥も少なくなったので、花を見ながら中州を歩く、あまり人が入らないのか草が伸び放題、でも踏み分け後をたどりながら水辺まで行く。草葉を掻き分けてきたので朝の露でズボンはびしょぬれになってしまった。

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            カワウの大群

 上野の不忍の池をねぐらにしているカワウの群れが多摩川に朝の食事に来たようである。約200羽ぐらいでしょうか。鮎を放流するとつり人と競争になるようである。

 石ころだらけの河原に出ると、葦の草むらにセッカが止まっている。子育て中らしく口に虫をくわえているようである。こんなときもちゃんとセッカとまりを見せてくれる。口に虫、両足は葦にと急がしそうである。

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 近くの木にチョウゲンボウの姿を発見。カワラヒワの群れと同じ木に止まり、一緒に朝の食事を探しているのだろうか。カワラヒワはトダシバを見つけて食事開始。

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          チョウゲンボウ

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           カワラヒワのペア

 石ころだらけの河原にも、結構きれいな花が咲いている。

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           ハルシャギク

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       マツヨイグサ

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        アカツメクサ

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             ブッドレア          

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            ヒルガオ

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             ヒメジオン

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  早朝ウオーキングで、目もくれないで歩いていることがあるが、足元を良く見ると普段みたこともない花があることに気が付く。季節ごとに変わる花を注意してみていこうと思う。人生と同じで、華々しく派手に目立つよりもじっと路傍の片隅で小さくてもきれいな花をさかせている花のように、気が付いてくれる人だけにわかってもらえるような生き方もいいかなと思う。

玉川上水緑道を歩くその二

  西武立川駅の改札を出て線路沿いに戻り、右折して松中橋に向かう。駅前で昼を食べようと思って降りたが駅前には何もない。自転車置き場と駐車場、遠くに玉川上水の緑のトンネルが見える。西武拝島線沿いに玉川上水緑道を歩き玉川上水駅まで約二時間のコースである。

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  松中橋から上水に沿って茂るケヤキ、クヌギなどの雑木林の中、南岸を歩く。このあたりは、五日市街道沿いの旧家に今もかっての武蔵野の面影を残している。上水沿いの散歩道を歩くと、気持ちの良い水音と鳥のさえずりが間近に聞こえてくる。砂川分水が平行して流れている。

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  このあたりの遊歩道は土の道、柵があって水辺におりて遊ぶことはできない。水の流れも多く、今は緑濃い葉になっているが桜並木が続く。

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  腰をおろすのにちょうど良い石があったり、ベンチがあったりしてゆっくりと歩ける。天王橋で北岸に廻る。ここは交通量が多いので注意して渡らないと危ない。クヌギの古木、ケヤキ、サクラの木などを眺めながら川沿いを歩く。しばらく進むと上宿橋に出る。

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  ここで玉川上水と残堀川が立体交差をしている。残堀川は瑞穂町の箱根ヶ崎から昭和記念公園を横切り多摩川に注ぎ込んでいる。昔はここで合流していたそうだが、明治時代になって残堀川の水が汚れたために分ける工事がされたということだ。残堀川ははるか下のほうを流れている。どのように玉川上水が交差しているのかははっきりわからないが、涸れ川になっている残堀川の川底を眺めて橋を渡るとまた玉川上水の清流が現れる。

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  御影橋から少し川沿いの道を離れ、右に折れ少年野球の練習を見ながら一般道を歩く。交差点を左に曲がると、大きな屋敷がある。塀の中はケヤキの大木がそびえ、まるで森のような旧名主の屋敷であるという歴史のある門構えを見て、正面にある流泉寺によってみる。山門の脇に「春は梅、夏あじさいに秋の萩、冬のさざんか四季おりおりに。」との言葉がある。

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  流泉寺は新田開発を進めた農民達の心のよりどころとして慶応三年(1650)に建立された。旧砂川村の教育の発祥地で、明治初期まで寺子屋があった。境内の鐘楼の隣には石仏がたくさん並んでいる。表情豊かな作品、素朴な作品、味わいのあるものまでたくさんあり、それぞれじっくりと見てみるとなかなか面白い石仏群である。

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  砂川三番を阿豆佐味天神社に向かう。

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  江戸初期にこのあたりが開かれたとき、鎮守の社として建てられた。本殿は寛永六年(1629)に修復されたもの。総ケヤキ造りの拝殿の彫刻も見事である。石造りの手水鉢(水盤)は、鶴見の名工といわれた飯島吉六の作といわれている。現在は使用されていないが、鉢の四隅を四人の童子が肩で担いだ格好の、珍しいデザインになっている。

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  また境内には、蚕影(こかげ)神社、疱瘡神、琴比羅社などが合祀されている。蚕影様は養蚕の神様であり、砂川ではかつて養蚕が盛んだった。今日は天気が良いせいか、おばあちゃんと若夫婦での赤ちゃんのお宮参りの姿が目立つ。

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  健康長寿のお祈りの後、玉川上水遊歩道の宮の橋へ向かう。ここからはまた、上水に沿って茂る雑木林の緑のトンネルを歩く。 国立音楽大学の楽器学資料館を左手に見て、玉川上水駅に向かう。・・・・玉川上水駅からの下流への景色と、そこから上流への松中橋までの風情と趣が、また違う雰囲気をかもし出してくれるので充分楽しめる。水と緑を満喫でき、気軽に歩ける健康づくりの良い緑道である。

玉川上水緑道を歩くその一

 多摩都市モノレールの玉川上水駅を降り、川沿いの玉川上水緑道を鷹の台駅まで歩く。約4kmの散策である。

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 清流の復活、玉川上水の案内がある。

 「玉川上水は、約350年前(承応2~3年)江戸の飲料水供給のために、作られた上水路です。  この上水は、江戸市中への飲料水の供給という本来の目的を果たすため以外に、武蔵野台地の各地に分水され、飲料水・かんがい用水・水車の動力として、武蔵野の開発に大きな役割をはたしました。  近年まで、この上水路はそのまま淀橋浄水場への導入路としてして使われていましたが、新宿副都心計画による淀橋浄水場の廃止に伴い、昭和40年以後小平監視所より下流については、水が途絶えていました。  しかし、このたび東京都の清流復活事業により、野火止用水に続き玉川上水にも昭和61年8月清流がよみがえりました。」

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 平成12年に「甦る水100選」に選ばれている。今ではきれいな水が流れ魚が元気に泳いでいる。ここからは川面に近いところから玉川上水が眺められる。

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  緑濃い雑木林を下流にむかって歩く。歩道は整備されていて歩きやすい。聞こえるのは、ヒヨドリ、シジュウカラ、ヤマガラ、などの野鳥の声、新緑の葉とともにすがすがしい。

  歩く人も多いが、ジョギングの人もかなり多い。古木の緑の葉が陽射しをさえぎってくれるので暑さがしのげる。ジョギングは男性も多いが女性が圧倒的に多い。日本の女子のマラソンが強いのもわかるような気がする。

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  この緑道沿いは文教地域なのか学校が多い、小平西校、武蔵野美大、朝鮮大学校を左に見ながら進むと、上水公園に出る。玉川上水と分水道が平行して流れる緑道をさらに進むと創価高校がある。水と緑に囲まれて学習環境としては最高である。

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  鷹野台の駅の近くに来ると、橋のたもとの潅木に、人だかりがある。何かと覗いてみると蛇がいるではないか、逃げもせずじっとしているのでよく見ると、アオダイショウが二匹絡みあっている。なんと交尾中であった。蛇の世界も繁殖期なのである。

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 西武国分寺線をわたり、津田塾大のキャンパスを左に見て鎌倉橋まで足を伸ばす。緑道の途中にJR武蔵野線への立て抗口があり電車の走る音が聞こえてくる。

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  玉川上水開設の説明があった。 「天正十八年(1590)徳川家康が江戸に居城を定め、こえて慶長八年(1603)この地に幕府を開くにおよび、居住するものが増加して、飲料水に不足を生じたが、井の頭の池を水源とする神田上水等により、一応の解決をみた。

しかし、寛永十二年(1635)三代将軍家光の諸大名参勤交代の制定からは、江戸の人口が急激に膨張し、再び飲料水に苦慮した。そこで幕府は、多摩川からの引水を計画した。この計画にに対し、工事を願い出たのは、江戸の町人庄右衛門、清右衛門の兄弟であった。 承応二年(1653)幕府は、この願い出を許可して工事費、金七千五百両を与え、工事に着手させた。兄弟は、老中松平信綱の家臣、安松金右衛門の設計を取り入れて、同年四月に着工、同十一月に羽村の取り入れ口から四谷大木戸まで、四十三キロの水路を開き、翌三年六月、江戸城をはじめ、町々への給水を完成した。

幕府は完成した水路五ヶ所に水番屋を設けて見廻らせる一方、要所三十二ヶ所に高札を立てて、水を汚すものを取り締まった。玉川上水開削の目的は、江戸市中への飲料水の供給にあったが、水の乏しい武蔵野の開発にも寄与し、上水完成の翌年には野火止用水への分水、ついで明暦三年(1657)には小川、砂川、国分寺の三分水が許可された。その後、武蔵野の村々から相次いで分水の願い出があり、許可された数は三十三ヶ所におよび、未墾の武蔵野の開拓をたすけ、今日の繁栄を招いたのである。」と小平市教育委員会よりある。

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  この兄弟の石碑と像は、玉川上水の羽村の取り入れ口近くにある。この工事を短期間で完成させた褒賞として”玉川”という苗字を名乗ることを許されたという。当時の状況を考えると、約半年で開削したというのは並大抵の苦労ではなかったかと思う。・・・・本日のウォーキング歩数は約15,000歩であった。

小山田緑地を歩く

 多摩ニュータウンの隣、町田市北西部の緑の丘陵に、雑木林、丘、畑や谷戸の風景が残る緑地がある。尾根幹線を西に向かい、東京国際ゴルフ場の入り口を入り、多摩丘陵病院の前を抜け、信号を直進方向に狭い道を行くと公園の駐車場に出る。

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 緑地は、本園、梅木窪分園、大久保分園、山中分園と別れている。本園には池がたくさんあるが現在拡張工事中で、カワセミも一時引越しをしているようである。竹林を抜け運動広場に行くと、芝生が一面で広々としている。隣には少年野球場がある。草地にはタンポポがきれいに一面に咲いていた。

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 池の廻りの木道をしばらく行くと、イチリンソウの群生地がある。イチリンソウの花は、ニリンソウよりやや大きいが一輪しか花をつけていない。

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 イチリンソウ

 梅木窪分園は、うさぎ谷にかかるつり橋を渡り、新緑の雑木林を登る。つつじとタンポポがきれいだ。スミレ、シャガの花を見ながら下ると、アサザ池に出る。夏になるとアサザの花が咲くという。アサザの花はまだ見たことが無い。ムラサキハナダイコンの花が小川の淵にきれいに咲いている。

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 ゴルフ場の脇に八重桜が満開である。田んぼの畦にはボケの花、関東タンポポ、ホトケノザ、ツクシ、オオイヌノフグリ、ジュウニヒトエ、アケビノ花などが春の光にまぶしい。

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 大久保分園には、トンボ池があり、夏には多くのトンボでにぎやかになるらしい。池の木道を進むとハルジヨンにシジミチョウが止まっている。高台に上ると池が一望に見下ろせる。はなみずきがきれいに咲いている。

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 ゴルフ場の中を通る道があるのでボールに注意しながら横切る。谷戸の道を民家の方に歩いていくと、「Gallery  Roots 類(Rui)」という派手なカラーのカフェーがある。フリーカメラマンの川瀬奈美さんのお店だ。

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 店のなかはレストラン、雑貨や、喫茶店、写真展といった感じのお店だ。雰囲気はいい。インド、スリランカ、パキスタンが中心。ちょうど昼時なので、スリランカカレーとコーヒーを頼む。・・・おいしい。天気もいいのでベランダで外を眺めながらいただく。下を流れる川にはカワセミが来るとマスターがいう、確かに小さい魚がたくさん泳いでいる。2時間待っても今日は姿をみせなかった。次回の楽しみにする。

 

 そこから、しばらく歩くと大泉寺に着く。今は葉桜になってしまったが、見事な桜並木の先に二層の堂々たる楼門が見える。四天王とも呼ばれ、階上には十六羅漢像が安置されている。四天門をくぐってすぐ左手に町田市名木百選に選ばれた杉の大木がある。

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 大泉寺の敷地は、元はこの里を開いた小山田氏の居城があったところ。文明9年(1477)に長尾景春によって小山田城が落とされ、その跡地に大泉寺が建てられたという。

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 寺を跡にして、鶴見川源流に向かう。「泉のひろば」である。小山田の田中谷戸にある。一日約1,300トンの地下水が湧き出しているという。鶴見川流域面積は235平方km、全長42.5Kmの一級河川である。その源流がここにある。さらにそこから、山道を入ると源流の源流がある。多摩ニュータウンの奥、八王子との境が源源流になる。春の花がきれいに咲いている下にある一筋の水の流れがそれである。

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 一滴の水が集まり、やがて大きな流れとなり大海に注ぐ。「近くても行かねば至らず、小さくても行わねば成らず」・・・一歩一歩の歩みが、行動が成功へつながる。まず一歩を踏み出そう。

多摩川の春

  昨日の曇り空と違い、朝からまぶしい太陽の光がふりそそぐ。オオタカに会いに多摩川に行く。大栗川との合流点が2年前の大洪水で流れが大きく変わってしまった。三月まで改修工事が行われていたため、重機が入り鳥たちも数が少なくなったような気がする。

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 工事終了直後なので、一面赤土が表面に出て殺伐とした風景になっている。梅雨が過ぎれば、また緑茂る河原に戻るだろうと思う。堤防が新しくなり、川の流れが変わり大栗川との合流点の中洲まで楽に行けるようになった。

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ちょうど合流点の河原は今、菜の花が真っ盛りである。土手にはタンポポが咲き、草の若芽の緑も鮮やかである。

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 心地よい風に誘われて、河原の菜の花の群生地を歩く。足元は、上流から流されてきた丸い石ころがごろごろしている。歩きにくいが、青い空と川の流れ、野鳥のさえずりが気持ちいい。

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 ひばりが石の上にとまって鳴いている。近づくと飛び上がり上空で囀っている。しばらくするとまっすぐ下に下り、またちょうどいい石の上で鳴き始める。ひばりの声を聴くと本当に春がきたんだという感じがする。

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  ひばりに混じってシロチドリが河原を飛び回っている。大きな声で鳴きながら飛んでいる。これから繁殖期になるので子連れでの姿を見るのが楽しみだ。

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 上空では、セッカが忙しく鳴きながら飛んでいる。菜の花への足を踏ん張ったセッカとまりを期待しているがなかなかとまってくれない。「ヒー、ヒー、ヒー、カチャ、カチャ、カチャカチャ」と急がしそうである。

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 対岸では、菜の花にアオサギがポーズをとっている。その奥のススキの原ではキジの鳴き声がするが姿はみせてくれない。今日は鳥たちが少ないので、オオタカは期待できそうにもないが、上空ではカラスとトビがバトルをやっている。トビが真剣にカラスを追いかけまわしている。

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 そのカラスも疲れたのか、川岸の菜の花の前で一休み、嘴太ガラスである。見事に黒い。この辺は本来はカワセミが頻繁に飛び交う場所だがきょうは少ない。最近は少なくなっているのかもしれない。

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 今日のような天気が続き暖かくなると、もう夏鳥の季節である。そろそろ渡りのニュースなども聞こえてくる。今年はどんな野鳥達にあえるのか楽しみである。元気を出して山の方に出向く計画を立てよう。狙いはアカショウビンとオオルリ。赤い鳥と青い鳥が幸せを運んできてくれるだろうことを祈りながら出会いを楽しみにしている。

根川緑道を歩く

三月も後半になりコートもいらないほど暖かくなってきた。見上げる空は、中国からの黄砂なのか杉花粉なのか、すっきりしない青空である。立川駅から多摩都市モノレールで一駅、柴崎体育館で降りる。運賃の高いモノレールではあるが100円である、何か得をしたような気分でエスカレータを降り、左手に体育館をみながら軌道の下を歩く。

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根川緑道は、立川の青柳崖線下を流れていた根川を改修して人工的に造られた川である。全長一キロメートルぐらいの録道であるがよく整備されている。まだつぼみは固いが桜並木が続き、根川の水源の近くの残堀川の土手は桜の名所になっている。

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根川の水源は、立川市錦町下水処理場より無色無臭の高度処理水を流しているとのことで、この小川にはカワセミ、カルガモ、コサギなどがいる。水はきれいで錦鯉なども泳いでいる。

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春を告げる”こぶし”の花がきれいに咲いている池のあるところに行くと、カワセミを狙ってカメラマンが並んでいる。池の淵にはブルーの小さな花が咲いている。水面に写る花の下を錦鯉がのんびりと泳ぎ、きれいな水を満喫している。

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この録道を歩いていると目に付くのは、中村草田男、水原秋桜子、萩原井泉水、高浜虚子、若山牧水などの詩碑、句碑、歌碑である。自然を詠ったものが多い。立川市民、立川にゆかりのある文学者の「詩歌の道」を作ったと言われている。流れの石には、ハクセキレイ、木の枝にはヒヨドリ、川のほとりには”シャガ”の花が一輪咲いている。

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健康づくりのウオーキングも、たまには息抜き、のんびりウオークもいいものだ。そんなときはこの根川緑道が最適である。四季折々の自然を満喫できるところである。思わず靴を脱いで、足を川の流れに任せてみたい衝動に駆られる。

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数日で今年度も終わる。百年に一度の経済危機、未曾有の不況とかいわれ、野党の解散総選挙の要求に対して「選挙より政策」と、言葉でかわしてきたが、実のある新年度の追加経済対策に期待したいものである。