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四国・四万十川の旅

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    2008年5月の連休の四国四万十川の旅

早朝散歩

ウグイス    オフは静かに

 あの暑い夏の日も終わり、やっと秋の気配が感じられるようになってきたので、渡りの鳥たちに出遭えないかなと河原を歩いてみた。

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 桜並木の緑の葉の上の方は、このシーズン毛虫の餌場になる。見上げると食い尽くされて葉がなくなった細い枝が目だつ。

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 そのケムンパスを目当てにやってくる鳥を見つけながら、朝露に濡れた土手の上を歩く。見落としが無いかと往復してみるが、その姿は見つからない。

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 あきらめて帰ろうと土手の下の叢を見ながら、上り始めた太陽を背にする。鳥の姿の見えない湧水池の草付に飛び込んできた鳥がいる。

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 目の上の白い線と容姿からムシクイかと期待したが、よく見るとウグイスである。春先のきれいな囀りの終わったフオフシーズンは、静かに地鳴きで餌取りをする日本三鳴鳥の一種であった。

ダイサギ     食事中

 コウノトリの連載にダイサギを引き合いに出してしまったので、ダイサギに敬意を表してレンズを向けてみた。

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 台風一過の好天の朝、川の流れで魚を物色しているダイサギの姿。頭を低くして狙いを定めていると、素早く獲物を捕らえた。

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 此方を向いてくれるかと期待したが、大物なのか敵にとられないようにか、後ろ向きで食事を始めた。

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 魚は何か良くわからないが、アユのようにも見える。もう少し見えるところで食べてほしかったが、おいしそうである。

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 くわえられた魚も必死に抵抗するが、嘴に銜えられるともう逃げられない。もし落としても良いように、水の流れから上がって飲み込もうとしている。

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 自然界で生きるにはそれぞれ知恵を出して生きているのだな、と教えられるダイサギの朝食風景である。

 

ホオジロ    何の囀り?

 夏日の早朝、期待の鳥も姿を見せず、時間の経過とともに額に汗が流れる河原で、さわやかな囀り聴かせてくれるのはホオジロである。

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 成果も無く帰るところを慰めてくれるように、大きく口を開けて囀る姿はうれしくなるものである。

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 ところが、最近うれしくない腹立たしいニュースが多い。特に中央官庁の大半が、雇用する障害者数を水増ししていたという問題である。

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 その言い訳は、「対象範囲を勘違いしていた」 というものである。正統な省庁が一つでもあれば納得するが、すべての部署が勘違いするものだろうかと思う。

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 現役の頃、民間で商品開発等で関連の部署に相談に行くと、事細かく法に照らして説明してくれる役人は素晴らしい人たちだと感心したことがある。

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 真面目にことを進める人たちが、馬鹿を見る社会にしてはいけない、と思うこのごろ。河原のホオジロの囀る姿は、この声が天まで届けと言わんばかりである。

 

コチドリ  成長した雛

 コチドリというと千鳥足を連想するが、千鳥足というのは酔っぱらいがジグザグに歩くさまをいう。

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 コチドリがそうかというと、普段歩くときはそのようにゆっくりと歩くときもあるが、獲物を見つけてそれを捕りに行くときは素早く動く。

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 朝陽のあたる河原は、擬態化した装いのコチドリは見つけにくい。鳥たちはそれぞれ自分の生活の場で天敵から身を守るために、目立たないような姿をしている。

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 飛んでくるときは、「ピピピイッ・・・・・」と鳴きながら来るのでわかりやすいが、一旦河原に降りてしまうと、動いてくれないと河原の石ころに同化して良く見えない。

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 その動き方も素早く少し動いては、じっと立ち止まっているのでなかなか見つけにくい。そんな動きを見ていると、自然界はそれぞれによくできているものだと感心するところである。

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 春先に産毛でヨチヨチと歩き出した雛が、今では一人前に飛び回るようになっている河原のコチドリである。

 

 

イソシギ     朝陽をあびて

 早朝の河原は朝靄が上がって陽が上り始めるころである。土手の上はジョギングをする人たちが走り抜けていく。

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 ゆっくりと、見ていても気持ち良いぐらいに走る人もいれば、必死の形相で苦しそうに走る人、とそれぞれの姿がある。

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 陽が上り、陽射しがだんだんと厳しくなっていく土手を、河原にいる鳥を探しながらのんびりと歩く。

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 目当ての鳥はなかなか姿を見せてくれないが、朝陽を浴びて水際に飛んできたのはイソシギである。

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 河原では良く見かける鳥で、地味で清楚な感じがする好きな鳥の一種である。流れの近くの水際を、採餌しながら石の上を伝わって歩く。

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 本命を見逃さないように周りに気配りをしながら、そのイソシギを追いかけてみる河原である。

 

 

ゴイサギ    抹茶池に家族で

 鳥のシーズンには良く歩く河原も大きな工事が始まると、重機の音や現場に入る大型のトラックなどが多くなるので足が遠のいてしまう。

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 それでも鳥日照りの早朝、何かいるのではないかという期待感をもって、久しぶりに土手に足を運んでみた。

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 雨の少ない土手下の湧水池は、水が動かないせいか、水面が小さな水草ですっかりおおわれている。

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          ホシゴイと共に

 上から見るとまるで抹茶池のようである。その光景もきれいであるが、その下には魚たちがいるんだろうなと心配しながら歩く。

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           メスか?

 あまりにもきれいな緑の池を双眼鏡で覗いてみると、何か鳥の姿が見える。よく見るとゴイサギである。

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           抹茶池の上で

 白い冠羽をなびかせ赤い目を開けて、獲物でも狙っているのかと思う表情である。夜行性のゴイサギが眠らないでいるので、興味深く見てみる。

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          見下ろすメス

 なんとその近くには幼鳥のホシゴイの姿も見える。そうかと思うと、その下の横枝には葉に隠れたメスと思われるゴイサギである。

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          視線の先にはメスが!

 無欲で足を運んだ河原で、珍しいゴイサギの家族の朝食後の団欒と言ったところだろうか。

 

カルガモ     大家族で

 早朝の河原は今シーズン巣立った雛たちが活発に動き始めている。水面を低く飛び交うカワセミ、行列を作って上流へ向かうカルガモの家族などである。

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 カルガモはどこにでもいるので注目するほどでもないが、大家族でいると思わず子供たちを数えたり、カメラを向けてしまう。

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 カルガモはふつう10個ぐらいの卵を産む。多いところでは十数羽の雛を見ることもあるが、独り立ちまで無事育つのは数少ない。

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 カルガモの生存率は20%ほどと言われているので、目の前の親子は8羽の子供をここまで育てているので立派である。

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         幼鳥の動きを見守る親

 この場所の鳥たちを観察している仲間に聞くところによると、当初は10羽の雛が孵化したようである。ところで生物の世界では天敵にやられるのは自然の摂理であって、雛を天敵にとられるのは親鳥の不注意と言われる。

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 不注意な親鳥は遺伝子を残せないのが自然なのである。さらに天敵のいるようなところに巣を作った親鳥が間違っているのである。80%の生存率で子育てをしている川面のカルガモの親は、そういう意味ではその責任を果たした見事と言える家族の移動である。

 

アオサギ   見事な捕食

 八月に入ったというのに梅雨明けが早かったり、猛暑日が長く続いたせいか、夏をかなり消化したような気分になる。

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 子供のころの夏は、30度を超えると暑い日になるんだなと構えたものであるが、ニュースなどで朝の気温は30度だと聞くと、少し涼しい朝なんだと思ってしまう。

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 暑い夏は涼しい早朝に行動して昼前には家に戻り、シャワーを浴びてゆっくりするのが賢明な過ごし方だと思う。

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 涼しいうちに河原を歩いてみようと、支流の川の土手を下流へと歩を進める。静かな水の流れには、カワセミやカルガモ、サギ類の姿が見える。

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 水の流れに逆らって立っているアオサギを見ていると、頭を低くして川面を覗き込んだと思うと、素早く嘴を水中に向ける。

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 一発で獲物をしとめたようで、水の滴る嘴の先にはオイカワのような魚を銜えている。繁殖期の赤色はあまり目立たないが、背びれや腹びれからの判断で間違いはあるまい。

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 見事な捕食の光景である。こちらを向いて飲み込んでほしいなと思ってみているが、シャイなアオサギなのか、背中を見せたまま飲み込んでしまい、その場面は見せてくれなかった。

 

 

 

カワセミ    初心者マーク

 最近気になる言葉に 「今までに経験のない豪雨」とか、「命に係わる暑さが続く」 といわれると、これは慎重に行動しないとまずいかなと思ったりする。

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 確かに今までに暑い夏はあったが、40°近い暑さは稀に記録されただけで、長い間その記録は残ったものであるが、このところそれが日々更新される。

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 その上、最近はどこでも観測史上最高気温と言われて、簡単に40°近い気温が記録されている。確か熱中症という言葉は昔はなかった。

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 子供のころは暑さで死者が出るのは、熱射病、日射病とか他には蚊が媒体する日本脳炎という言葉があった。

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 そのころでもそんなに気にならなかったのは、情報網が整備されていなく情報が正確に伝わらなかったせいなのだろうか。

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 そんな暑さの中久しぶりに河原を歩いてみると、カワセミの幼鳥たちが元気に飛び回って、水中ダイビングを繰り返している。

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 川の水から出てくる嘴に獲物を期待してみているが、嘴には何もないことが多い。捕食の練習をしているのか、幼鳥の胸の黒っぽい色は初心者マークなのかもしれない。それでも額に汗を流しながら、そんなカワセミを見ていると一服の清涼感を与えてくれるものである。

コチドリ  Ⅱ   花がらみ

 この河原にいるコチドリのペアーは、少し先まで飛んだかと思うと、しばらくじっとしていてすぐに目の前の石ころの間に戻ってくる。

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 大小の石がごろごろと多い河原であるが、生命力の強い草は活き活きとして花も咲いている。

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 花があるとすれば、何とか花がらみの場面をと思うのは世の常で、そのチャンスを待ってみる。

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 思うように良いところに動いてくれないが、わが意が伝わったのか花に近づいてくれる。

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       警戒の鳴き声を発する♂

 しばらくそんな光景を観察していると、コチドリの動きから察して、どうもこの近くで営巣して、そこに雛がいるように思える。

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 鳴き声からしても、どうも警戒警報を発令しているようである。そうとわかれば、どこに雛がいるのかと探してしまう。

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 どうも時々飛んでいるのは、注意をそちらに逸らそうとしている行動のようである。ということは、たぶんこのすぐ近くに雛がいるのだろう。花がらみのポーズを撮らせてくれている意図が、うすうすわかってきた河原である。

 

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